さん
「おはよースズ!」
「お早うアル。」
ライにお子様抱っこされながら集落に戻った鈴に気付いて駆け寄ってくれたのはあの時の茶髪の少年だ。
大きいから15歳位かと思ったけど、まだ10歳だと言われて驚いた。
「あら、お帰りスズ。ライ様もご苦労様。ご飯出来てるから食べておいで。」
そう言って笑顔で迎えてくれたのはアルのお母さん。子持ちとは思えないナイスバディだ。ムチムチではなく、スラリとスレンダー系の。
食事は広場の食堂みたいな場所で女性達が作ってくれたご飯を食べる決まりになっている。 集落では女性が集落を守り、男性が狩りと外の警備を分担しているようだ。
「ありがとうございます、サラさん。」
「うふふ、沢山食べて大きくなるのよ。アルもさっさと食べてきな!」
「わかってるよ!スズ待ってたの!」
アルを一喝すると鈴を優しく撫でて家に帰っていくサラを見ながら鈴はまた心の中で溜め息をついた。完璧に子供扱いである。
…無理もないかもしれない。
鈴はライに抱っこされながら集落を見渡す。
子供達が鈴に気付いて手を振ってくれるので鈴も振り返した。恐らく五歳前後の子達だ。しかし背丈はすでに鈴の肩あたりまである。
この集落の者達は成長が早い上にデカイ。一歳にもなれば皆元気に走り回っている。…獣耳や尻尾をピコピコ動かしながら。
――まさか本物だったとは。
知った時の衝撃は凄まじいものがあった。思わず触り巻くったのは仕方がない。うん、仕方がない。
ここは異世界らしい。
2度目に目覚めた時にライから説明を受けた。
獣人と言われる種族が存在していて、人間は…いない。たまに“落ち人”として鈴みたいに耳も尻尾も持たない生き物が現れるらしいが大抵が弱くて長生きしないみたいだ。
そりゃそうだろうと鈴はライやアルを見て思う。
彼ら狼族の平均身長は200cm。女性ですら180cmがザラで皆筋肉ムキムキの肉体美を誇ってらっしゃる。
狼族は仲間意識が強く、しなやかに地を駆け獲物を狙う森のハンターだそうだ。有事には女性だって戦闘要員らしい。
この世界には他にも無数の種族が存在しているが、皆平等に弱肉強食。食うか食われるかの命のやりとりの毎日を送っている。そんな世界に人間が身一つで生き残れるのだろうか?
無理無理、絶っ対無理。
人間が食物連鎖の頂上に立てるのは知恵を持ったからだと思う。でもこの世界の獸人も知恵を持ち、感情を持ち、言語を操り、火を操り物を作りだして独自の文化を築いていた。そして人より圧倒的に高い身体能力に加え更に獣特有の凶暴さも持っている。
人間は知恵を持った獣には適わない。おまけに肉食の動植物や魔物が集落の外には沢山いるそうだ。
ちなみに鈴を襲ったピンクの蔦はレベルで言うと最弱。子供も簡単に引きちぎれるらしく、真っ赤に晴らした足を見て大変驚かれた。犬もどきですら下の上くらいで狩りを覚えだした子供達の獲物に丁度良いそうだ。
この世界において非力な人間はヒエラルヒーの底辺なのだと知った。
今更ながらよく生きてたな私。見つけてくれたライとサンダー、そして受け入れてくれた狼族の皆にいくら感謝してもしきれない。
そう、感謝はしている。いきなり現れた私に彼等は快く迎え入れ衣食住を与えてくれた。本当に感謝はしている、のだが…
「ほら、スズ口開けろ。」
今日は犬もどきのスープらしい。ホカホカと湯気が立ち上るスープはとても美味しそうだ。
と、鈴は目の前に差し出されている木のスプーンを見つめながら思った。
「どうした?食べないのか?」
耳元にライの声がかかってくすぐったい。今鈴はライの膝の上にいる。お腹に片腕を回されてのアーン状態だ。抵抗はとうの昔に諦めたがやはり20歳を超えてアーンは恥ずかしい。
「…食べる。」
しかしお腹は空いた。鈴は足元で生肉を貪るサンダーに「お前は自分で食べられていいね。」と思いつつ口を開けた。
ジュワっと広がる肉汁。やっぱり美味しい。
口の端から漏れた肉汁をライに拭われながら鈴はあの時の己の失態を呪った。
何故こうなったのか。それは鈴が2度目に目が覚めた時に遡る。