に
「ーーあ、いたいた。」
異世界トリップ初日を思い出していた鈴は突然聞こえた声にハッと我に返った。眼前には変わらず大きな爬虫類の瞳が覗き込んでいた。
「キュウー?」
「…何でもないよ。あの時はありがとね、サンダー。」
顔を両手で挟んで額を合わせてグリグリしてやるとグルグルと喉を鳴らした。
「スズ、気分が悪いのか?」
声と共に浮遊感があり、もはや定位置となっている声の主の太い腕にポスンと座らされた。
もぅ20歳なんだけど。
これでも160cmはあるんだけど。
言いたいことは山程あるが言っても意味がないということを鈴はこの一ヶ月で学んだ。
「ううん。大丈夫だよ、ライ。」
「そっか。でももう朝飯が出来るから帰ろうな。」
そう言うとライと呼ばれた黒髪の青年はニッコリと笑ってクルリと踵を返して歩きだした。尻尾をフリフリさせながら。後ろからはサンダーも着いてきている。
恐らく2mはあるだろうライは鈴が頑張って歩いた道をあっという間に戻っていく。上半身は素晴らしい肉体美を惜しげもなくさらし、鈴を抱えているのに足取りは全く揺るぎはない。
鈴は心の中で溜め息をついた。実際に出すとどんなにコッソリしてもライの真っ黒な獣耳が必ずキャッチしてどうした?と何度も問いただしてくるから出さない。
叫んで気を失った鈴が次に目を覚ましたのはフカフカの布団の中だった。
良かった、目が覚めたんだ。
鈴は安堵の息を漏らす。何て疲れる夢を見たのか。リアルすぎて今も全身疲労感一杯だ。今日は日曜日、もう一眠りしようと布団を抱き込む。
…あれ、家の布団ってこんなにフカフカだっけ?カバーの手触りも違うような。
寝惚けながらも違和感を感じて鈴はようやく目を開けた。
「…………。」
見慣れない景色である。鈴はムクリと起き上がりグルリと室内を見渡し――ガクッとベッドの上に手を突いた。
「まだ覚めてない!」
白い壁、真っ白な布団。鈴は枝を編み込んだ木製の天蓋付ベッドに寝かされていた。ガラスがないくり貫いただけの窓から風が入り、ベッドを囲む薄い布がサラリと踊る。私の部屋はこんなにアジアンしていない。
風は鈴の頬も撫でてゆく。
「…………。」
鈴は無言で手をグーパーしてみる。次いで身体を触っていき、最後に頬を思いっきり捻った。
「…痛い。」
痛い。確かに痛い。いや、でも、そんな。
頬から手を離した鈴はヨロヨロと床に足をつく。
「痛っ。」
足首に痛みが走る。見ると布が巻かれていた。誰かが手当てをしてくれたのか、ピンク蔦に巻き付かれた所だ。
「は、はは…夢ならパッと治ってよ。」
鈴は力なく呟いた。
夢?夢でしょ?じゃなかったら何なの?わかんないよ。
瞳に涙がみるみる溜まっていく。
「あ、起きてるーって、えぇぇ!!?何で泣いてるの!?」
突然の叫びに鈴は声の方を見てパチクリと瞬いた。その瞬間溜まった涙がポロリと溢れる。
「ぎゃぁぁ、溢れた!目から水が溢れた!」
…賑やかな子だな。ビックリして思わず涙も止まってしまった。中学生位だろうか。背は鈴と同じくらいだが顔が幼い。上半身はは裸で揺ったりとした民族衣装のようなズボンを履いていている。おぉ裸足だ。
少年は入り口でこちらを指して固まっている。アチコチ跳ねた髪と同じ色の茶色い獣耳がペタンとなっていて可愛い…って、は?
鈴は少年の頭に付いている獣耳を凝視した。…アクセサリー?あ、尻尾もある。
「煩いぞアル。少女が起きてしまうだろう。」
お互い見つめ合っていると別の黒髪の青年が入ってきた。…青年の頭にも獣耳が付いている。流行ってるの?2人ともイケメンだから許されるけど何とも人を選ぶアイテムが流行ったものだ。
青年は鈴を見て目を見開くと、大股であっという間に真正面まできた。
デ、デカ。2m越えてる?見上げていると首が痛くなりそうだ。今は鈴がベッドに座っているから尚更高く感じる。
「…どうした?」
「え?…わっ!」
脇に手を差し込まれてヒョイっと持ち上げられる。視界が一気に高くなり、怖くて鈴は青年の首に抱きついた。
ペロリ。
…ん?
ペロ。ペロ。
生暖かくザラザラとしたモノが鈴の顔を這う。それが青年の舌だと理解した瞬間鈴の顔は真っ赤に染まった。
「な…な…」
驚きすぎて言葉にならない。
「泣き止んだか?どうして泣いていたんだ?アルに何かされたか?…顔が赤いな。熱でもあるのか?」
と、ラブコメ定番のデコtoデコをされたあたりで許容力を越えた鈴は再び意識をブラックアウトさせた。
ファンタジーの次は乙ゲーって…どうなってる私の潜在意識。