移動手段
「はい、サンダーあーん」
「ギャウ」
私が差し出した捌きたての兎(仮)肉――パッと見兎なんだけど、絶対兎ではない。兎はあんなに体毛を棘々に変化させて攻撃してこない。でも味は美味――に雷竜のサンダーがパクリとカブリつく。一緒に食べられた自分の手を抜く。サンダーは賢いから噛んだりしないお利口さんだ。うむ、いつもながらよい喰いっぷりである。
「おいしい?」
「キューイ」
食べながら尻尾をフリフリと振って喜びを表すサンダーの頭を撫でる。もう1枚?よしよし、あげるから待ちなさい。
「あっスズ見っけ!」
おかわりを催促するように頭をさスリスリしてくるサンダーに待てをさせてカゴから肉を取り出そうとした鈴の手が止まるーーからの、ダッシュ!
「ーースズも懲りないね。いい加減諦めたら?」
さっきは大分向こうから聞こえてきたはずの声が今はやや呆れを含んですぐ後ろから聞こえた。くっそ相変わらず移動が速いな。声と同時にお腹に腕を回されたからダッシュから一歩しか進めなかった。お陰でサンダーが待てをしたまま早く肉よこせと服の裾を引っ張ってくる。
「離してアル」
「ダーメ」
振り返るとアルがいた。この世界に来てからライに次いで2番目に出会った獸人で毛色は明るい茶色で質感はフワフワ。まだ10歳なのにすでに私より背が高いってどういうことだコラ。睨みつけているのに全く気にした様子もなく見下ろしてくる顔はまだ幼さが残るジャニーズ系美少年である。
初対面では泣き出した私にビックリして耳も尻尾もペタンとなっていたけど普段は明るい性格で頼りになる子供達のリーダー格の男の子だ。
「ライがご飯用意して待ってる」
アーンが嫌で毎回逃げるから探すアルも慣れたものだ。彼らの鼻と耳から逃れられたことはない。天然GPSめ。
アルは何なく私を担ぎ上げて歩き出した。待て10歳。
「歩くから下ろして」
「ダメ。スズ遅いし」
ぐうっと言葉に詰まる。けっして運動神経が悪くない鈴がアルの言葉に反論出来ない訳があった。
いつだったかこの世界に来て初めの頃、お許しが出たから子供たちと遊んでいてかけっこをしようと言うことになった。まぁ、いくら狼族とは言え子供だ。4足から2足になりたての子供たちと20歳の自分。本気なんて大人気ないし、どれくらい手加減して走ろうか。
…なーんて何で思ったあの時の私。異世界。ここ、いーせーかーい。
え?結果?ド真剣に走って2歳の男の子に負けましたが何か?
流石に呆然とした。しかも僅差ではなく惨敗。納得いかなくって即再挑戦したら今度は1歳の女の子に負けたよコンチクショー。
いや、あの仔達速すぎるって。ないって。
鈴の運動神経はソコソコよかったはずだが所詮は人。獣人とのスペックの差を分かりやすく見せられる結果となってしまった。わかっていたつもりだったがここまでとは理解できておらず越えられない種の壁の高さを改めて思い知った。勿論勝ったとはしゃぐ子供達は安定の可愛さだったから愛でまくったけれど。
しかし話はここで終わらなかった。
その場面を見てていた大人達がいたのだ。ライが鈴取説10ヵ条に鈴が走るときは気を付けろーなんて言うから見守っていてくれていたようだ。全く嬉しくない。
彼等曰――
「遅すぎてビックリした。え?あれ全力?まじで?」
――だそうで。まぁようは想像以上に遅かったと。目を見開いて「は?」って二度見するくらいには遅かったと。真顔で言われると割りとダメージ受けるって初めて知ったよ。
落ち人の立場から言わせてもらえるならあっちの世界ではこれで十分だったのだと声を大にして言いたい――小さくても彼等の高性能な耳は聞こえると思うけど。
そんな感じで異世界的鈍足に驚かれたり慰められたりむしろ一生懸命で可愛かったと皆から言われてソロソロ精神的ダメージが限界突破しそうになっている時に1人の青年にとどめを刺された。
「こんなに遅かったら敵が来たとき真っ先にやられるなー」
その言葉に確かに!って納得した後思わず泣いたよ。こっちに来てから涙もろくなった気がする。いやここは流れるように相手の精神に負荷を掛けていき最後まで攻撃の手を緩めない狼族の手腕を讃えるべきか?
リアルに実現しそうな未来に涙が止まらん。ボロボロと涙を流しながら死ぬ前に他の獸人と会ってみたいなーとか思っていたら大人達がギョッとして慌てて慰めてくれた。
「だ、大丈夫だスズ!そん時ゃ俺が担いで逃げてやるから!な!?」
「そうよー子供達は集落の大人が命に代えても守るし、まずライ様がスズに傷を付けるわけないわー」
「涙拭こうなーはい、鼻チーン。泣かしたのバレたらライ様に殺されるから泣きやもうなー」
皆に撫でられつつお姉様に涙を舐め取られていたら、止めを刺してくれた青年が美爆乳のオバ様に殴られてた。パンチで人って飛ぶんだね。
その後青年が怖がらせてごめんと謝ってくれて、敵が来たら絶対護ってやるから安心しろという言葉を頂いた。他の大人達も任せなさいと力強く頷いてくれてようやく涙が止まった。皆さんなんて頼もしい。冗談抜きで鈴の命は狼族の皆に掛かっている為深々と頭を下げてお願いをしておいたのは言うまでもない。
その後のその後。
何故か泣いたのがライにバレた。
「じゃあ守れるくらい強くないとな?稽古つけてやるよ」
そう言ってライは青年を引きずって森へ消えていった。ライはニッコリ笑っていたのにブンブンと首を横に振る青年の顔色はすこぶる悪かったが大丈夫だろうか。
それ以来ライが私を抱っこして移動することが増えた。曰わく「これならすぐに助けられるだろ?」ということらしい。いや、まぁ、確かにそうなんだけど。ありがたいんだけど。
それは何故か集落に広がって、皆やたらと私を抱っこして移動しようとするようになった。足が遅いのは事実だし、抱き上げておけば転けて怪我しないし守りやすいし触り心地がいいしとよくわからない理由で皆異議なしらしい。
待って、本人が超異議ありなんだけど。だから、自分で、あの、待っ…本当に話聞かねぇなここの獸人は!
後日鈴の取説に“出来るだけ抱っこ”と追加されて色々諦めた。




