じゅう
「初めまして、スズ」
「ハジメマシテ~」
「大変だったわね。ここを故郷だと思って皆に甘えていいからね?」
「アリガトウゴザイマス」
「狼族は子供を集落全員で育てるの。スズもウチの部族で引き取るならもうウチの子よ。同じ位の子供達が沢山いるから仲良くしてあげてね。」
「……………ハイ」
「本当に筋肉ないなぁ。触っていいか?」
「駄目デス」
ただ今季節外れの転校生のように狼族の皆さんに囲まれて質問をされまくっている鈴です。
いやん、私ったら人気者!…さーせん。ちょっとテンパってました。
防波堤のライは用事があり――渋々、本っっ当に渋々――どこかへ行ってしまい、今はマーサお姉様に抱っこされております。ハッキリ言おう、お姉様胸スゲェ。
「スズ?」
「何でもないデス」
素晴らしい弾力を体感しながら四方からの質疑応答を再開する。
いや、質問は別にいいのよ?皆さん私がビックリする位超ウェルカム対応だし。さっきライも言っていたけどこの世界で落ち人は無条件で保護対象だそうだ。基本は見つけた部族に保護される決まりだとか。
身元不明の身としては本当にありがたくて質問の1つや2つドンとこーい!――なんだけど。
「不思議な臭いだな?」
「…ソウデスカ」
首筋に顔を埋めてフンフンと臭いを嗅いでいるのはさっきのお洒落さんのディール。逃げたい。が、逃げられない。物理的にお姉様にシッカリ抱っこされているせいもあるんだけど、それがなくても逃げてはいけないと理解している。
『スズ、逃げないで』
最初灰色髪の青年にいきなり顔を近付けられてビックリして逃げようとしたら、マーサお姉様が小さく耳元で囁いてきた。
狼族は嗅覚が優れていてたとえ目をつぶっていても臭いで相手を特定出来るらしい。だから初対面や久し振りに会った相手などはまず臭いを嗅ぐ。初対面なら臭いを覚え、久し振りなら変わりないかを確かめるために。
コレは彼らの挨拶なのだ。私と言う存在を受け入れてもらうための、大切な儀式。
反射で仰け反りそうになるのをグッと堪えて頭や首筋、胸元に顔を近付けてくる狼族を受け入れる。時たま相手の息が敏感な部分に当たりビクッとしながらも獣耳を見ながらモフりてーと意識を逸らして頑張りましたとも。
「チョット舐めてい?」
「駄目デス」
その体勢で喋るんじゃねぇ。
耳元で喋るディールの息に鳥肌がゾワッときた。
女性の方は大丈夫なんだけど、やっぱり男性となると気持ち的に抵抗感がなくならない。異世界、と言うか狼族は私にはハードルが高い。高過ぎる。私が勝手に意識してるだけなのはわかっているが差し引いても高過ぎる!
乙女なのに不特定多数の異姓に臭い嗅がれるってどうなのよ。
まだ犬ならよかった。ワンコは好きだ。シッポをフリフリしながら駆け寄ってくる様はたまらん。イメージも従順や一途といった癒しを感じる。
対して狼はどうだろう。気高いやら孤高やら、やたらと格好よい単語が出てくるではないか。スラリとした引き締まった体躯に銀の毛並み。
絶対家畜化されることはない強く、優しく、美しい野性の獣。
「甘噛みは?」
「駄目デス」
さっきから無茶な質問ばっかりでなかなか離れないイケメンディールを見ながらそんな事を思った。シッポを振って親愛の気持ちは伝えてきてくれるのに、服従はせずに自己を保つ強い意識。油断するとパクリと食べられそうだ。
ここは異世界。
擬人化された獣たちの世界。
そして人は弱者。
右も左もわからない状態で庇護なくば死亡の一択。救いは落ち人に優しい掟のみ。
鈴は雲1つない青空を見上げた。
元居た世界と変わらぬ空だ。だが同じではない。
死にたくない。
痛いのも嫌だ――帰りたい。
生きて元の世界に帰りたい。ならば生き残らなければならない。 鈴は今静かに現状を受け入れて、そして決意した。
生きて、帰る。
その為に手段は選んでなんかいられない。私は日本人。長いモノに巻かれまくって生き抜いてやるわ!
取り敢えず狼族に好意的に受け入れてもらえたみたいでなによりだ。
「ちょっとだけ。」
「駄目デス」
でも譲れないラインはある。ちょっと甘噛みって何だ。
鈴の決意と言う名の前置き終~了~。
次からは日常編を一話読み切りで参ります…多分。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。




