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ファンタジー短編まとめ

冷たい土の中に眠るまで

作者: あきら

 生まれ落ちた場所は飢えることがない豊かな生活を送れる場所だった。

 と、同時にいつ死ぬかからない場所でもあった。

 会う人は全て笑顔の仮面の下に己の欲望を隠している。陰謀、計略。誰であっても信用がならない。それがたとえ血が繋がった者だろうと。

 まともに生き延びるものは多くないのだ。


 自分が生まれた時、女だと分かった時、まず母が発狂した。彼女は夫の最初の子を産み落とすと言う目的は果たしたが、最初の「息子」を産むというより重要な目的は達成できなかったからだ。

 彼女の父、つまり私の祖父は彼女に強く、強く言い含めていた。


――第一王子を産め


 王子を産め。

 王になる子を産むのだ。

 他の女達に先んじられてはいけない。

 お前が最初に産むのだ。


 彼女はそのために生まれて、育てられていた。幼い頃からずっと世継ぎを産むことを刷り込まれた。他の望みなど抱けぬ人形として彼女は完成された。

 そして「第一王子」を産むために王の妃となった。何一つ彼女の意思はなく物事は進んだ。


 私が産まれるために沢山の死があった。

 同じように言い含められていた女は何も母だけではない。何人も何十人もの女たちがここに送り込まれていた。同じように「第一王子を産め」と言う言葉に縛られ生きていた。

 彼女たちと彼女たちに関わる者達はライバルを蹴落とすのに容赦がなかった。

 食事には毒を。輿には石を。寝室には短剣を。貢ぎ物は偽物で、友人は密偵で、賞賛は嘲笑で。

 思いつく限りありとあらゆる非情な手段が用いられた。

 彼女たちは被害者であったが、同時に加害者でもあった。

 その繰り返しの末、生きてこの地に出れた最初が私だった。




 彼が生まれたのは私が生まれてから一回り季節が巡った時だった。

 たった一巡するだけの間にも沢山の女達が死んで、子どもを孕んで、死んで、死んだ。稀に生まれた子も居なかったわけではないが私と同じように要らない子だった。


 だけれど彼は違った。

 彼は要る子だ。


 彼の母親の父はその一報を聞いた瞬間、喜びのあまり泡を吹いて倒れたという。ただでさえ城中が生まれた子のために駆り出されていたのに、年老いた男まで介抱せねばならなくなった。

 だが彼の老人の反応も無理の無いことであろう。沢山の死の中でとうとう手に入れた生だ。喜ばないわけがなかった。

 新たな母親の方といえば、夢見心地も良い所で暫くは何が起きたのか理解できずに居たらしい。次々に贈られる祝いの言葉も頭をすり抜けてしまい、新しい広い部屋に移されてようやく自分の身に起こったことを理解し始めたらしい。


 対して他の女達は血色を失った。存在意義を失ったからだ。その中の楽天的な数人は辛うじて「もしも」を信じた。

 その女達の父は「もしも」を「確実」にするためにすぐに手を打ち始めた。 

 私の母といえば、私が生まれた時点でもう正気を保っていなかったからその時は特段何もせずに居た。せいぜいふわふわと花を愛で、蝶を愛で、土を愛でていただけだ。

 何年も何年も、誰も気にも留めなかった。

 王子を産まない女など価値がない。



 そうして哀れな女は城の一番高い所に上り飛び降りた。

――夢見心地のまま旅立ってしまった。



 私は、母の事を知らない。幼かったのだ。歩くのがやっと、言葉は持たない。彼女を狂わせたのは私だというのに、彼女の苦しみも悲しみも絶望もなんにも知ることなかった。

 でも、知っていることもあった。最後の別れの時だ。人々は彼女を飾って、箱に入れて。

 最後の仕上げに土をかけた。

 冷たい土だった。ひんやりと指先に絡みつく土。日陰の、すっかり掘られた場所に彼女は横たえられて、閉じ込められた。



 大きくなる、それは私において真っ当に行われていたのだろうか?

 誰にも見向きをされず、私は他人と真に交わる機会を極端に失った。身体は成熟した。言葉は操れる。過去を知った。感情は土に埋めてしまっていた。



***



 母が死んでから何年も経ち、私が私の意識を手に入れても相変わらずここは死が渦巻いていた。

 今、次の瞬間誰かの悲鳴が聞こえたとしても何の不思議もないだろう。そうしたら私は出来る限り目と耳を塞いで、いつも通り振る舞うのだ。

 それは何のためなのか。怖いわけではないと思う。恐怖はとうの昔に捨てたはずだ。できるだけ目立たず、忘れ去られるように務めたのは……生きたいからだ。ここでは目立つ人物から死んでいく。それでも生き延びるには多大な労力と莫大な金がつぎ込む必要がある。

 実際とてもうまくいっていた。大半の人は私に興味が無かった。それは血がつながった人間でも同じらしく、父にも母の父にも会わずに大きくなっていった。


 静かな夜だった。

 窓から夜空を見上げ、星を数えるのに相応しい日だった。

 私は母が最後にそうしていたように塔の高い所からこの場所を見下ろしていた。本来この場所は誰かしら重要な、例えば最初の王子を産んだ女の居室として使われるのが習わしだ。

 だが、今は私のものである。この部屋に相応しい人物は危険から身を守りづらい離宮暮らしを選んだ。そしてその子も。

 ああだというのに。

 こんこんと乾いた木の音がする。私は出来る限り窓の外に意識を飛ばし、耳をふさいだ。聞こえないふりをした。

 音は二度三度と繰り返され、やがてギィと言う音になる。

「また、そうやっているのか」

 彼はそうのたまった。たぶん苛立っている。声がとにかく低い。飾り気も何もない簡素な言葉。たまに遠くで聞く彼の声とはあまりにかけ離れている。

 そして彼は私の腕を掴んで引きずった。

 かなり乱暴に叩きつけられた自覚があった。腕が、痛い。庇うものが何もない石壁は固く、簡単に私の体に字をつけた。

 彼はよくこうして夜半にやって来て私を罵った。手も上げた。夜にしか来ないのは人の目があまりに多いからだろう。どこにいても彼は人に囲まれている。人の目を掻い潜るのは夜が良い。


 彼は人々から感情を投げつけられ続けている。

 祖父から期待を、母から自尊心を、他人から憎しみを。大量に差し向けられた憎しみを向ける先を探していた。

 憎むに値する人間が良かった。それ以上に投げつけた憎しみを返してこないと言う条件が重要だった。程なくして彼は私を見つけたのだった。

 今日も当然ながら私は彼に反抗しないでいる。理由は簡単だ。彼に反抗するということは私が排除されることだからだ。私は……死にたくない。

 今死んだら何の為に生まれたのだろうか。私は男ではなかった。そのせいで今祖父は苦境に立たされている。長年侮っていた一族に後れを取っている。母も死んだ。

 私は生きている。必死に隠れて見つからないようにして生きている。誰にも意に介されないから生き延びているのだけれども、存在しない者として生きることに意味があるのだろうか?

「何を見ているっ……!」

 空を、と思ったけれど今はもう見えていなかった。そういえば引っ張られたのだ。だから今目が向いているのは彼の顔のはずだ。

 ああ、だからか。彼は見られるのが嫌なのだ。もう誰からにも感情を向けられたくないのだ。

 私が男であったなら彼は今の半分も感情を向けられなかったのだ。憎しみや苦しみの量が減り、極端な祖父からの期待が無くなる。母はその高すぎる挟持を少しは下げていたかも知れない。

「お前のせいだ、何もかにもが」

 わざわざ城の奥深くに隠れていた私を引きずり出したいのはそのためだ。けれども何も変わるわけはない。私が表に出たところで気にする人は居ないし、よしんば思惑が成功しても直ぐに消されるだろう。沢山の女達が死んでいったように。

 だからつい口からこぼれてしまった。

「可哀想」

「……っ」

 



 彼から受ける仕打ちが一つ増えた。

 思わず出た言葉は相当彼の心を抉ったらしい。反撃は苛烈を極めた。

 後になって考えれば簡単な事だった。彼は感情を向けられるのが何よりも不快なのだ。そこから逃げるために、見下していた女から逆に哀れまれてしまい、追い詰められた。

 彼が行ったのはおおよそ非道な行為だった。逃げることを許さず、私を組み敷いた。幾つかの拒否の言葉を投げつけたけれど届かない。私は逃げ道を一つ――すなわち嫁入りと言う手段を失ったわけだ。


 そしてその行為は一回限りでは終わらなかった。その後も変わらず彼は夜半になると私のところに来た。罵りながら私を抱いた。私は時々彼の嫌がる事を言い溜飲を下げた。そして事態を悪化させた。代わりに彼の好むことを言って苦しめさせた。感情を向けられ苦しみ、罪悪感に苦しみ、禁忌に苦しむ彼は幼子のようにか弱く見えた。

 しばらくはそんな日々が続いた。季節が何度も巡って、沢山の人間が死んでいく。

 もしかすると……思っている程うまく隠れられていたわけじゃないのかもしれない。彼はだんだんとあからさまに私の所に来るようになったのだから。賢しい人々は気づいたかもしれない。

 けれども生き延びれた。

 周りを見れば随分と顔ぶれが変わっていた。あまりにこの場所で行われていることが変わらないから気づかないが、確かに変わっていることもあるのだ。

 例えば私達の父はずいぶん老いていた。新しい女は放り込まれなくなった。

 その結果がもたらすもの、彼に向けられる人々の感情が大きく変わった。人々は、父親ではなく彼に集まって来るようになった。

 彼の番が来たのだった。

 もう彼は心配なかった。一つ上がり、一番の混沌から抜けだしたのだ。憎しみを彼に向ける暇があったら次を。代わりの生贄を産み落とすしたほうが賢明なのだ。



 そして私は相変わらず母が死んだ塔の上で星を数えていた。時々大きくなったお腹を撫でながら。

 冷たい土に埋められるその瞬間を夢見ているのだ。


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[良い点] 王族には生まれたくないな…
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