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ぼくのせかい

作者: 白崎

カチャッ

自室に入ろうとドアを開ける。

さっと視界が広がり、殺風景な部屋が目の前に現れた。

開け放した窓から、遅い梅雨の終わりを告げるような乾いた風がさらさらと入ってきて、頬を優しくなぞる。

ここ何日か雨は降っていない。

制服を脱いで普段着に着替えながらぐるりと部屋を見回す。

僕の部屋には物があまり無い。

机の上は広々としていて、参考書とかマンガなんてものは皆無。

たまに出る宿題をするときくらいしか使わない。

ベッドの横にある低い棚には、通学用のバッグと、金魚の餌、そして小さな金魚鉢しか置いていない。

その金魚鉢では、金魚が一匹暮らしている。

いつもはきちんとハンガーにかけておくのだがなんだか面倒くさく、脱ぎ捨てた制服はそのままで僕はベッドに勢いよく倒れこむ。

ベッドはぼすっと音を立ててやわらかに沈み込んだ。

なんだか、憂欝だ。

この時期の、妙に静謐な空気が嫌だった。

人の言動一つ一つがストレスとなる。

この憂欝の構成物質はそれだけではないのだが。

目を瞑って、少し考えることをやめる。

少しして目をぱちっと開き、ため息をついた。

そしてのろのろと金魚鉢のそばに寄る。

僕が鉢を覗き込むと赤い金魚が一匹、ゆらゆらと漂っている。

「やぁ」

僕が声をかけると、金魚はこちらを向いた。

「うわ、なんてひどい顔なの!ねえ!それって最悪だね!」

そう言って金魚は水草の裏に素早く隠れた。

「開口一番にそれか。お前の発言も十二分に最悪だからな」

しょげて言うと、金魚はぴゅんと水草の影から飛び出してきて険しい表情でまくしたてた。

「アホがあ。鏡見てみろよ、なんだってそんな落ち込んだ陰気くさい顔してるのさあ」

「…そんなひどい顔してる?」

「とっても。鏡持ってないの?可哀想にね!」

「持ってる。でもそんな気になれないんだ。ねぇ、お腹減ってない?」

「げええ、また市販の餌かあ。やだよ!あれは不味くてたまらないからね!」

いやだいやだ、と狂ったように連呼する彼を無視して市販の餌をぱらぱらと水面に浮かべた。

彼は、

「うわあ不味い!人間が作ったものって!」

と言いながらも嬉しそうにぱくぱくと食べた。

自分も人間によって作られたということを知らない彼の、金魚としてのプライドだ。

「うふふ、意地張らないで素直においしいって言えばいいじゃない」

僕が笑いながら言うと、彼はぴたりと動きを止めて赤い体をさらに赤くした、気がした。

「それ照れてるつもりなの?」

僕が目を丸くすると、彼は「そんなわけないだろ、君はきっと頭がおかしいんだね…」ともごもご言った。

小さな泡が口もとからぷつぷつと出る。


その様子がおかしくて、もっと笑ってしまった。

照れ隠しなのか、心なしか早口で彼は問う。

「それで、なんであんな妙ちくりんな顔してたのさあ」

「妙ちくりんだって」僕はむっとしてみせた。「失礼な」

「本当のこと言っただけだろお。さあ、言ってみなよ、グズだなあ!ほうら早く言えったら、勿体ぶるなよヒレも無いくせにさ!」

無意味な罵倒は聞き流すことにしようと思ったが、誤魔化そうとしているのが見え見えで思わず笑ってしまった。

そうそう、僕の憂欝の理由はなんだっけか。

なんだったっけ?

「ごめん、忘れた」

本当に忘れてしまっていた。

「なにさそれ!まぁいいや。そんなもん忘れるに限るよ、馬鹿がいつまでも塞いでたってねえ!」小さな金魚はふんと笑って言った。

「そうかもね」

僕も自然と笑顔になる。

「だからさ、その不味いのをもうちょっとくれよ!」

「餌はもう駄目だよ」


再び乾いた風がふわっと吹き込んできた。

どこからか、せっかちな蝉の声も微かに聞こえた気がした。



もうすぐ、夏がくるだろう。

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