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輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―  作者: あすらりえる
第二章_翠玉と災禍の庭

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第74話:愛するゆえの毒


 夜が明け、里の空に薄い光が差し始めた頃、シルフィアは目を覚ました。


 酔いつぶれて、すやすやと眠り続けるリュカを寝床に運び、自身の寝台に戻ったのは夜更けだったが、目覚めは妙に良かった。


 リグリアに戻る前に、果たさねばならないことがあった。


 畳んでおいた外套を羽織り、その内側に硬い感触が二つ、指先に伝わった。バルトロメオとカミラから回収した赤黒い液体の入った薬瓶。レナートが一時的な力を得る代償に自滅した劇薬が二本あった。


(寿命……。寿命を消費して力を……)


 それを見つめる自身の鼓動が、朝の静寂の中でやけに大きく響いた。


 迷いを振り切るようにシルフィアが寝所を出ると、里には早朝から復興作業の音が鳴り響いていた。


 エルフたちは昨夜の宴など無かったかのように、折れた樹々を運び、剥がれた屋根を直している。


 それをレンとバルトロメオが手伝っていて、丸太を担ぐ姿が遠目に見えた。リズは資材を仕分けながら、エルフの職人に言葉を投げかけている。


 広場の端を抜け、シルフィアはリアムのいる書庫へと続く道をゆっくりと登っていった。


(ゼファー……)


 白銀騎士団を率いる男の姿が脳裏をよぎる。茶色の髪、穏やかな微笑、弟のルクスを失った悲嘆を押し殺した表情が次から次へと浮かんでくる。


 彼の隣に立ち続けるには、長命種である自身の歩みはあまりにも遅い、遅すぎる。同じ時を同じ速さで生きること。それがどれほど贅沢な望みであるか、叶わないと知りながら、幾度も言い聞かせてきた。それでも、胸の奥底で燻る願いが消えることはなかった。


 リアムの書庫の前に辿り着くと、シルフィアは一度呼吸を整えてから扉を叩いた。


「どうぞ」


 穏やかな声が返る。


 扉の先には、朝光に満たされた静謐な空間が広がっていた。壁には古書と乾燥させた薬草が並び、中央の机には硝子の薬製器具が整然と置かれている。その奥の長椅子に、リアムが腰を下ろしていた。


 昨夜よりも顔色は良くなっているが、まだ本調子でないことは明白だった。


「リアム様、朝早くからごめんなさい」


「構わないわ、シルフィア。書庫から持ち出された品を確認していたところよ」


 彼女の傍らには魔法袋が置かれていた。中身はリアムの書庫から持ち出された古文書の類だった。


「盗みを働いた男は死体で見つかったんですね」


「ええ。巡回していた同胞が発見したわ。状況的に魔法袋をリュカに渡した教団の男に始末されたんでしょうね」


「底の知れない男……」


「その男なりの美学があるのでしょう。それでシルフィア、改まってどうしたの?何か、私に調べてほしいことがあるのかしら?」


 リアムは手で向かいの椅子を示した。シルフィアは会釈して、そこに腰を下ろした。


「はい。リアム様にこれを……」


 シルフィアは、懐から取り出した薬瓶の()()を机上に置いた。赤黒い液体が揺れる様を見るなり、リアムは瞳を細めた。


「シルフィア。……この薬はどこで?」


「教団の男が黒曜騎士団に渡していた薬です。その未使用分を回収しました。寿命を代償に強大な力を引き出す代物です。レナートはこれを服用して自滅しました」


「……どうして、これを調べたいの?」


 リアムは薬瓶を軽く振りながら意図を問うた。


 予想していた問いに対し、シルフィアは用意していた答えを、自身に言い聞かせるように紡いだ。


「一年前の騒動も、今回も輪廻教団が暗躍していました。第一転生者の復活を目論むだけならば、寿命を削る劇薬など不要なはずです。薬の詳細を紐解けば、教団の目的を別な角度から捉えられるのではないかなと」


「それはゼファーさんのためでもあるのかしら?」


「ええ。今の彼は疲弊しています。リグリアの七元徳と戦う必要はないとしても、それがいつまでも不変である保証はありません。衝突が避けられぬものとなった時、彼の負担を少しでも減らしたくて」


 リアムはシルフィアの顔を見ていた。暫くの沈黙の後、彼女は頷いた。


「分かったわ。調べておきましょう。まだ本調子ではないから、少し時間をちょうだい。結果が出たらリグリアまで便りを送るわね」


「ありがとうございます、リアム様。お願いします」


 薬瓶を机に置いたリアムは、穏やかな眼差しをシルフィアに向けた。


「それにしても、シルフィア。森を出る前と比べて、あなたはずいぶん変わったわね。昔から同胞には優しかったけれど、外の者にはそうではなかった。ゼファーさんに対しても、ね」


 揶揄う(からかう)ような言葉に、シルフィアは顔を赤らめて俯いた。


「それはやめてください、リアム様。自覚はしてるし、思いだすと恥ずかしいわ」


 リュカの前では姉として、他者の前では余裕ある魔導師として振る舞う彼女も、リアムの前ではそれを保てない。


「あの人と共に在れる時間は、私にとって、かけがえのないものだから」


「それは喜ばしいことよ。大切になさい」


「はい」


 やがて話題はゼファーからリュカへと移り、二人は互いに笑みを交わしながら、穏やかな朝のひと時を過ごした。


挿絵(By みてみん)




 □■□■□■□




 リアムの書庫を辞したシルフィアは、里の下層へと下っていった。


(騙すような真似をしてごめんなさい、リアム様)


 人間が服用すれば短時間で死に至る劇薬を、教団が如何なる思惑で製造したかは定かではない。その正体を突き止めたいという願いに嘘はなかった。


 だが、シルフィアにとってそれは副次的な目的に過ぎず、真の狙いは、自らが服用した場合の影響にこそあった。


 人間のゼファーと同じ時を歩みたい。


 だが、長命種という寿命差がそれを絶望的に隔てている。シルフィアは、寿命を代償に力を得る薬の存在を知ってしまった。力が欲しいわけではない。毒としか呼べない寿命の加速度的な消費。それこそが、彼女の求めていたものだった。


 懐に隠し持ち、リアムに預けなかったもう一本が、歩を進めるたびに存在を主張してくる。


(これを飲んだレナートはすぐに自滅した。人間ではそれが限界だけど、長命種の私なら命を使い切ることなく、人間と同じ速度で老いていけるかしら……?)


 そこまで考えて、シルフィアは思考を現実に引き戻した。愚かな男だと、レナートを断じたはずだった。


 それなのに、今の自分に彼を断ずる資格があるとは思えない。自分はまだ、その一線を越えてはいないだけで、この薬瓶を捨てられずに持ち続けている。


 そして、踏み込む可能性を己の中に残してしまった。その事実から逃れることは、もはや叶わない。


 里の中程まで下りたところで、海里と遭遇した。


「シルフィアさん、おはようございます。リアムさんのところに?」


「ええ、そうよ。少し、頼み事があったの。海里、あなたも?」


 嘘ではない。少なくとも、海里とは無縁の秘め事だった。事情を知らぬ彼は、自身もリアムに用があるのだと告げ、彼女の側を通り過ぎようとした。


「はい。薔荊蛇の偵察に行く前にリアムさんと約束したことがあって。里を出る前に話しておきたくて」


「リアム様の容体も落ち着いてきているわ。行って来ると良いわ」


「はい」


 海里の瞳が、不意にシルフィアの胸の深奥を刺した。


(……この子は、本当に優しい子ね。リュカが懐くのも頷けるわ)


 シルフィアが微かな笑みを浮かべると、海里は会釈して階段を登っていった。


 遠ざかる背中を見つめ、心の内でこぼした。


(ゼファー……あなたに見えていないところで、私はこんなにも馬鹿なことを考えている)


 自嘲しながらも、彼女の指が懐の薬瓶から離れることはなかった。



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