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輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―  作者: あすらりえる
第一章_転生者の原罪

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第5話:風の裁き

 ロルカ村の村長エルドリックは、頭を抱えて唸っていた。


 村の倉庫の扉が壊れているのを発見したからだ。教団へ売るために閉じ込めた青年、海里の姿はなかった。


「まさか、あの青年が、この扉を破って逃げ出すとは……」


 彼は、自らの甘さを悔やんだ。この大陸はおろか、リグリア王国の知識がない異邦人である海里を見くびっていた。その驕りが、この事態を招いたのだ。


 バルドは教団の幹部を連れて、遠からず村に戻ってくるだろう。しかし、その幹部の前で、肝心の海里の行方が分からないと露見すれば、どう申し開きをすればよいのか、彼には全く見当がつかなかった。


 焦燥感がじりじりと焼き付けていく。得られるはずの利益が遠のき、それどころか教団の怒りに触れる恐怖が、村全体を覆い始めた。


 そして、エルドリックが恐れたその時は、予想よりも早く訪れた。


「よぉ、エルドリック爺さん。王都から戻ってきたぜ。それから……連れてきたぜ、輪廻教団の幹部様をな!」


 馬に乗ったまま、バルドは上機嫌を隠しもしなかった。


 彼の背後には、別の黒い駿馬に跨る人影があった。深くフードを被った外套に身を包み、その顔は全く見えない。その人物は、無言のまま馬から降りて、付近に視線を巡らせていた。


  挿絵(By みてみん)


 純白の制服と呼べそうな、清廉な装いが覗き、白い上着とズボンは、汚れ一つなく清潔感に満ちており、その縁には精緻な金色の刺繍が施されていた。


 その服装は、ロルカ村の風景とはかけ離れており、まるで異世界の存在のようであった。だが、全身から放たれる冷たい雰囲気は、形容しがたい不安を広げていった。


 そして、フードの影から覗く漆黒の髪が、風に揺れていた。


 エルドリックは、教団幹部の異様な雰囲気に気圧されながら、なんとかバルドに話しかける。バルド自身は、利益に目が眩み、教団幹部の異様さを気にも留めていないようだった。


「随分と早かったな、バルド。もう少し時間がかかると思っておったぞ」


「なぁに、貴重な貢物だ。教団様も見返りを弾んでくれるさ。俺の馬を潰す勢いで飛ばしてきた甲斐があったぜ、へへ」


 平静を装って話すエルドリックに対し、バルドは饒舌に語り続けそうな気配だったが、不意にバルドの言葉を遮る声が割り込む。



「それで、お前たちが捕らえた転生者はどこにいる?」


「ッ!?」


 エルドリックは、てっきり男だと思い込んでいた教団幹部の、高く、澄んだ声に驚愕した。


(女なのか? しかもずいぶん若そうな声じゃった……)


 エルドリックの心中など知る由もないバルドは、冷徹な声に若干気圧されながらも、答えた。


「あ、ああ、黒髪の男は、こっちの倉庫に押し込んだんだ。どうぞ、ご確認ください、教団の幹部様」


 バルドとエルドリックは、教団幹部と共に、海里を閉じ込めた倉庫へと移動した。


 そして、そこでバルドも気づく。倉庫の扉が破壊され、海里がいないという事態に。


「はぁ!? おい、どういうことだ? なんであいつがいないんだ、爺さん!」


 バルドは驚愕と怒りでエルドリックを睨みつけた。


 その時、静かだが、強い意志を秘めた声が響く。


「私が彼を村から逃がす手助けをしたわ」


 そこに立っていたのは、リーファだった。彼女は毅然とした態度で、バルドに向かい合った。


「お前……リーファ! 何をしてくれてんだよ! この村が裕福でも安全でもないことは、お前が知らねぇはずねぇだろ!?」


 バルドは怒鳴った。


「こんなやり方でお金を手に入れたら、もう誰も信じられなくなる!」


 リーファの言葉は、村人の多くが抱えながら口に出せなかった良心の呵責を代弁していた。


「リーファ、綺麗事で腹は膨れねぇんだよ!! 俺たちは、王都の外で、貧しい暮らしを強いられているんだ! 生きるために金策を考えることの、何が悪いんだよ!?」


「生きることを理由にして、何をしたっていいわけじゃないわ!」


 バルドは、自らの行動を正当化しようとし、リーファもまた反論を繰り返す。


「待て、争いは止めんか、お前たち……」


 エルドリックは、おろおろと二人の間に割って入ろうとするが、彼もまた、海里を陥れた主犯のひとりである。彼の言葉に、誰も耳を貸さなかった。


「村長、それをあなたが言うの? 私たちが争う責任の一端は、間違いなくあなたにもあるわ!」


 リーファは、エルドリックを厳しく非難した。


「そうだ!爺さん、あんたもむざむざとあいつを逃しやがって!」


 バルドもまた、怒りの矛先をエルドリックに向けた。


 バルドとリーファの口論、エルドリックの仲裁の失敗。それは、ロルカ村の抱える根深い不満と、道徳観の対立が、この場で爆発したようだった。




 そして、その場にいた全員の耳に、静かなため息が響いた。


「はぁ……」


 大声を出したわけでもないのに、倉庫前に集まっていた村人たち全員を、一瞬で怖気づかせた。教団の女幹部から、静かだが怒りが感じられた。


「つまり、件の転生者とやらは既にいなくて、お前たちは、この私に無駄足を踏ませたということだな……」


 彼女の周囲の空気が、一層と冷たくなり、誰もが言葉を失った。


「ひっ!」


 リーファは恐怖に怯え後ずさった。バルドは、事態の深刻さにようやく気づき、必死に弁解の言葉を絞り出す。


「ま、待ってくれ!確かにここに閉じ込めた奴はもういない。だから、今から俺がまたあいつを探して……」


「黙れ」


 バルドの言葉を遮り、女幹部はバルドに向かって右手を翳した。翳した手の先に、圧縮された球状の風が瞬時に生成され、それが、バルドの胸に直撃した。


「うっ、ぎゃあああああああああああああああッ!!!」


 球状の風が直撃したバルドは、全身を鋭い風の刃に切り刻まれる激痛に、絶叫をあげた。そのまま吹き飛ばされ、村外れの畑へと落ちていった。


 呆気に取られていた村人たちに、教団の女幹部は、冷酷な宣告を下した。


「私の時間を無駄にしたこと、それは、このリグリア王国へ私を遣わした教皇様への侮辱だ。……贖え」


  挿絵(By みてみん)


 彼女は、風の魔力でふわりと宙に浮かび上がると、両手の平を広げ、ゆっくりと魔力を溜め始めた。周囲の空気は、彼女の魔力によって激しく渦巻き始める。


「ひっ! ひゃあああああああああ!」


「助けてえぇ!」


 魔法に長けていなくても、ハッキリとわかる、尋常ではない風の奔流。それは、バルドに放たれたものとは比べ物にならない力の予兆だった。村人たちは、悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ惑う。


「あ、ああ……」


 ぺたりと尻餅をついたリーファは、その場から動くことができず、宙に浮かび、その全身から風の魔力を放つ女幹部を、ただ見上げることしかできなかった。


 そして、エルドリックは、全てを悟ったかのように眼前の光景を眺めていた。


(あの青年を捕らえようなどとするべきではなかった。儂とバルドの欲が、この村を滅ぼすのじゃ……。ならば儂にせめて出来ることは……)


 エルドリックのその心中の後悔が、他の誰かに伝わることはなく、彼は恐怖で固まっているリーファへと視線を向けた。


 そして、女幹部は、風の魔力を溜め終えた。彼女は、ロルカ村全域に向け、その風の力を解き放った。


「吹き飛べ」


 その声が響いた直後、村全体を覆い尽くすほどの、巨大な風の渦が生まれた。圧倒的な魔力によって圧縮された空気が、巨大な竜巻となって村の中心から天へと向かって吹き荒れた。


 風の竜巻は、家々を、そして恐怖に逃げ惑う村人たちを容赦なく巻き込んでいく。風の渦の中では、木材が砕け散る音と断末魔の絶叫が混じり合い、瞬く間にすべてを破壊して吹き飛ばした。


 風の嵐がおさまったあと、女幹部は、ただの廃墟と化した村を見下ろし、ぽつりとつぶやいた。


「名前……聞きそびれたか。まあいい。……彼、それに黒髪。王国に戻ったら、地道に探すとしよう」


 彼女は、自らが乗ってきた馬さえ吹き飛ばしていたが、気にする素振りも見せなかった。風の魔力を全身に纏い、森を突っ切るように最短距離で、リグリア王国の王都へと戻っていった。


 ロルカ村は、一つの転生者を巡る騒動と、輪廻教団の女幹部の風の裁きによって、廃村と化した。




 □■□■□■□




 すべてが破壊されたその惨状から、僅かに時間が流れた。


 辺りの土埃が収まりかけた頃、二人の少年少女がその場所に現れた。二人は赤茶けた髪色をしていて、年の頃は、十代前半ほどだった。


「何かすごい突風だったから来てみたけど、これ、村だったんだよねぇ、ロロ?」


 少女は、目の前の光景に、思わずといった様子で声を漏らす。


「そうみたいだね、リリィ……。見る影もないけど。でも、あっ、見て見て。向こうの畑で、何か動いてるよ!」


 少年ロロが指さした先には、風の魔力によって吹き飛ばされた家屋の残骸が積み重なっていた。


「えぇーー、汚れそうだからあたし行きたくないよ。ロロが行ってよ」


 リリィは顔をしかめた。


「いいからいいから! ほら、早く行こう! うーん、ぼろ雑巾みたいだけど、まだ動いてるね……。パパのところに連れていけば、もしかしたら助かるかも!」


 ロロは、倒れた建材を避けながら、動いているものへと近づいていく。


「しょうがないなぁ。手伝うから、ロロ、あとでおやつ寄越しなさいよ! 」


「わかったわかったー」


 ロロは、無邪気に笑った。


「……オーガちゃん、手伝って!」


 リリィは渋々ながらもロロを追いかけ、森に繋がる木陰へと声をかけた。


 ぐおぅ


 二人の会話に反応して、木陰から、大きな影が歩み出てきた。それは、全身を赤い皮膚で覆われた巨躯を持つオーガだった。オーガは、ロロと呼ばれた少年が指さした()()()()()()()()()()を乱暴に抱え上げた。


 オーガは、森に向かって歩き始めた。


 惨状の跡が生々しい、死の匂いが満ちる場所で嬉々と笑う少年と少女は、その年齢に見合わない異様な雰囲気を醸し出していた。彼らは、この凄惨な出来事を、単なるおもしろい出来事としてしか見ていなかった。


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