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輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―  作者: あすらりえる
第一章_転生者の原罪

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第40話:君を救う、そのために

 白銀騎士団の本部へと向かう道すがら、ルカンの毒に蝕まれているラルフは、時折苦しげに肩を揺らしていた。


「はっ、はぁ……っ、ちっ……!」


「ラルフ、大丈夫か……?」


「……海里。一つ、聞きてぇことがある。お前にとって、あのルカンの群れは……強かったか?」


 唐突な問いだった。海里は記憶を辿る。ルカンの数は多く、その執拗さは厄介極まりなかった。だが、個体としての強さを問われれば、ルクスの力を継承する前の自分ですら打倒できていた。群れとしての脅威度は高いが、個体単位では決して、常軌を逸した強敵ではない。


「……それは」


「はっきり強いと言い切らねぇあたり、それが答えだな。生理的に気味悪いし、持久戦になれば怖ぇとは思ったがよ……」


「ラルフ、何を気にしてるんだ?」


「ルクスの死因が気になってた。……俺の知ってるあいつは強かった。あのルカンの群れの強さなら……ルクスが致命傷を負うはずがねぇんだ」


 ラルフの言葉は、海里の認識を根本から揺さぶった。海里が出会った時、ルクスはルカンの群れに囲まれ、既に致命傷を負っていた。だからその傷も、魔物の牙によるものだと疑いもしなかった。だが、彼と共に死線を越えてきたラルフの見解は違った。


「上位種のヴェノム・ルカンが最初からいたんなら、話は違ったかもしれねぇ。だが、ヴェノム・ルカンが現れたのは、お前がルクスと会った後だったんだろ?」


「ああ、そうだ。ルクスが最後に、ヴェノム・ルカンの片目を抉り抜いて……」


 言いかけて、海里は戦慄した。


 致命傷を負い、死の淵にありながら、ルクスはヴェノム・ルカンの片目を奪うだけの一撃を放ってみせた。そんな彼がルカンの群れに、あのような深い傷を負わされたと本当に言えるのか?


「実際にルカンの群れとやり合ってから、どうにもこの疑問が消えなくてよ……」


「……いや、言われてみれば」


 ルクスに致命傷を負わせたのは、ルカンではないのか?海里はその答えを求めて、自身の中に宿るルクスの記憶へと意識を向けた。ルクスの見た光景を、その感情をなぞれば、真実はすぐに判明するはずだった。


 だが。不意に、脳内を焼くような鈍痛が走った。


(ッ……!?――何だ?)


 答えに触れようとするたび、激しい拒絶反応が海里の思考を遮断する。知りたいと願う意志とは裏腹に、海里自身が、その真実を見ることを激しく拒んでいる感覚を覚えた。


 ――『()()()()()()()()()()()を受けてしまってね……』


 死にゆくルクスが遺した言葉のひとつ。それがもし、ルカンの奇襲のことではないのだとしたら……。


 海里は胸を掻き乱す嫌な予感を振り払うことができないまま、ラルフと共に白銀騎士団の本部へと足を踏み入れた。




 □■□■□■□




 白銀騎士団の本部に到着した二人は、ラルフの案内でゼファーの執務室へと向かった。ラルフは軽くドアをノックし、返事を待たずに声をかける。


「ゼファーさん、ラルフです。海里が目覚めたので連れてきました」


 慣れた手つきでドアノブを回す。その刹那、「待っ……」という、焦りの混じった短い声が部屋の奥から聞こえた。だが、すでにラルフの手によって扉は開かれていた。


 挿絵(By みてみん)


 扉の向こう側で二人が目にしたのは、一人のエルフ族の女性が、困った顔をしたゼファーにぴったりと身を寄せ、彼を抱擁している姿だった。


「あ……」


 不意の来訪者にエルフの女性が短い呟きを漏らす。その直後、彼女は驚くべき変わり身の早さで優雅な佇まいを見せ、何事もなかったかのようにゼファーの傍らに立った。


 だが、海里の目は見ていた。離れ際、彼女の指先が名残惜しむようにゼファーの袖口をそっと撫でたのを。もう少しだけその温もりに触れていたいと、彼女の指先が静かに訴えていた。


「……」


「……病み上がりにも関わらず、よく来てくれたね、海里。ラルフも怪我を押しての伝令、感謝する」


 気まずい沈黙を破るように、ゼファーが冷静な声で咳払いをした。案内役のラルフはといえば、顔を背けて目を逸らしているが、その耳が赤くなっていた。


「……いえ。俺は、ただの伝令ですので」


 海里は状況を飲み込めぬまま、ゼファーと、その隣に立つエルフ族の女性を交互に見つめていた。ゼファーはそんな海里に改めて女性を紹介した。


「海里とは初対面だったね。彼女はシルフィア。白銀騎士団の団員ではないが、私の……その、個人的な協力者だ」


「初めまして、海里。シルフィアよ。あなたのことはゼファーから聞いているわ。よろしくね」


 シルフィアは微笑み、優雅な所作で手を振る。


「初めまして、海里です。……エルフ族の方にリグリアで会うのは初めてで、少し驚きました」


 海里の正直な言葉に、彼女は「ふふ」と鈴を転がすような声で笑った。


「エルフはアウロラの森で暮らす者がほとんどだもの。こうして人間の街で暮らす私の方が、同胞から見れば異端者なのでしょうね」


「さて――」


 ゼファーが表情を引き締め、空気を一変させた。


「ラルフ。……ジュノアの容体はどうだ?」


「芳しくありません。アルベール先生でも、ルカンの毒への対処法が見つからない状態です。このままだとジュノアは、魔力を乱す毒による衰弱死が避けられません」


「そうか……」


 ゼファーは目を閉じ、一呼吸置いてから海里を見据えた。


「海里。君を呼んだのは他でもない。ジュノアを救うための解毒剤を手に入れるため、協力してほしいんだ」


「……解毒の方法があるんですか!?」


 海里の声が弾む。絶望の淵に、確かな希望の光が差し込んだ。


「ああ。説明を頼めるかい、シルフィア」


 促されたシルフィアが、「ええ」と頷いて語り始める。


「私の故郷、アウロラの森には、あらゆる魔力異常を浄化するとされる翠玉(すいぎょく)の涙という薬草が自生しているの。魔力の乱れを根本から整えるその薬草なら、ルカンの毒も内側から除去できるはずよ。……けれど、それは森の最深部にしか咲かないわ」


「アウロラの森……その最深部……」


「ジュノアだけでなく、多くの者がルカンの毒の影響下にあり、事態は一刻を争う。海里、君には私の推薦と、案内役としてシルフィアを伴い、アウロラの森へ向かってほしい」


 ゼファーはそこで言葉を切り、悔しげに拳を握った。


「私は今回の掃討作戦の残務処理と、動けない多くの団員を抱え、今はリグリアを離れることができない。……海里、この依頼、受けてもらえるだろうか」


「行きます。必ず翠玉の涙を持ち帰って、ジュノアを救います」


 迷いはなかった。


「恩にきる。……それと、この件にはアルベール先生にも同行を願うつもりだ」


 ゼファーの提案に、ラルフは戸惑いを隠せずに声を上げた。


「アルベール先生が今、王都を空けるのはまずいんじゃないですか?救護の要である先生が現場を離れるのは……」


「シルフィアの薬草の知識だけでは足りないんだ。翠玉の涙を入手しても、薬として調合、使用するには、卓越した医学的知見が不可欠だ」


 ゼファーの考えに、ラルフはなおも懸念を口にする。


「……理屈は分かります。ですが、先生が不在となれば、医院の患者たちは……」


「ラルフ、その心配はないと思うよ」


 海里が静かに言葉を挟んだ。


「もともと医院には腕の良い助手が揃っているし、今はリーファもいる。俺たちが決闘した時も、先生は自分がしばらくいなくても大丈夫と言っていただろ」


「そういえば、そんなことを言ってたな。それにリーファか……。……暫くは大丈夫な気がしてきた」


「リーファのことが苦手か?」


 海里の問いに、ラルフは先ほど医院で受けた笑顔の圧を思い出したのか、遠い目をして肩をすくめた。


「……苦手っていうか。あの子の前じゃ、何を言っても言い負かされそうな気がすんだよ。理屈じゃなくて、もっとこう……抗えない何かを感じるっていうかよ……」


 百戦錬磨の騎士であるラルフが少女一人にタジタジになっている様子に、執務室の重苦しい空気が一瞬だけ和らぎ、一同の口元に微かな苦笑が漏れた。


 ゼファーは表情を引き締め直すと、医師であるアルベールへの個人的な配慮を付け足した。


「アルベール先生自身にも休息が必要なんだ。今の彼は、救えない命を前に無力感に苛まれている。医師としての矜持を取り戻す好機であり、アウロラの森の静謐さは、彼の疲弊した心を癒やしてくれるはずだ。……あそこは、心が洗われる良い場所だよ」


 ゼファーはそう言うと、窓の外、遥か彼方に霞むアウロラの森の方角へと視線を投げた。その言葉に、シルフィアが慈しむような微笑を浮かべる。


「ラルフ。君の体もルカンの毒に蝕まれている。……済まないが、今回は王都で大人しくしていてくれ」


「……っ。はい、ゼファーさん」


 悔しげに拳を握り、ラルフは絞り出すような声で応じた。そして、隣に立つ海里へと向き直る。その瞳には無念と切実な願いが混在していた。


「……悪い、海里。情けねぇが、俺はこのザマだ。ジュノアのこと、解毒手段の入手をお前に託させてくれ」


「ああ、任せてくれ。俺が必ず翠玉の涙を見つけて戻ってくる」


 自らが動けない歯痒さに焼かれるラルフに、海里は一点の曇りもない言葉を返した。その背中には、ルクスから受け継いだ命の重みと、自らの意志で選び取った誓いが、かつてないほど強く宿っていた。




 □■□■□■□




 アルベール医院に戻った海里は、まずジュノアの眠る病室へと足を運んだ。


 静まり返った病室に、ジュノアの浅く、掠れた呼吸音だけが規則的に響く。それが時折途切れるたび、海里の胸は締め付けられた。


 ジュノアの顔から健康的な血色は失われ、死の予感を孕んだ青白さが彼女の肌を覆っている。額に滲む微かな汗が、意識の底で続く苦闘を物語っていた。


 挿絵(By みてみん)


(ジュノア……)


 海里はそっとジュノアの横に膝をつき、彼女の手を両手で取った。


 他愛のない話をしている時に感じたジュノアの手の温もりは、今はどこにもない。今、伝わるのは、ひんやりとした冷たさだった。その冷たい手を握りしめたまま、以前、傷を負ったリーファを癒した時と同じように強く想った。


『ジュノアを、魔力を乱す毒から治癒させたい』、と。


 胸元のペンダントが海里の意志に呼応し、眩い光を放ち始める。想いを力に変える憑想が発動し、清浄な癒やしの波動がジュノアへと流れ込んだ。


 だが、直後――海里が期待していた効果は現れず、背筋を駆け抜けるような凄まじい拒絶が襲った。


(ッ!?なんだ、今の感覚は!)


 憑想の光を弾き返したのは、毒の抵抗ではなく、()()()()()()のように感じられた。憑想の光を流し込もうとするたび、ジュノアの白い肌の下で血管が不気味に、どす黒く脈打つ。毒の根源がそこに居座り、侵入者を嘲笑っているかのような、生理的な嫌悪感が海里を突き抜けた。


 海里は何度も治癒を試みた。しかし、結果は変わらず、後に残ったのは憑想を酷使したことによる激しい虚脱感だけだった。リーファの時は、ルクスの治癒の記憶が道筋を示してくれた。だが、この毒は外傷ではない。身体の内側で魔力そのものを蝕む、未知の侵食。ルクスの記憶を辿っても、こんな毒を治した経験など存在しない。憑想の光は行き場を失い、ただ弾き返されるだけだった。


(ルカンはもう倒したはずなのに……。一体、何なんだこの禍々しい感覚は)


 突きつけられた現実に海里は唇を噛んだ。外傷を塞ぐことはできても、身体の内側で魔力を乱し続ける毒には、憑想の光は届かない。しかもあの拒絶は、単なる毒の抵抗ではなかった。何者かの悪意が、ジュノアの身体の中に根を張っている。彼女を救うには内側から魔力の乱れを整え、ジュノア自身の生命力で毒を排斥させるしかない。そのためには、やはり翠玉の涙を求めてアウロラの森へ向かうほかに道はなかった。


 海里は、ジュノアの手をもう一度ぎゅっと握りしめた。


「ジュノア。……ルクスが大切に想っていた君を、絶対に死なせはしない。だから、俺が帰ってくるまで、もう少しだけ耐えてくれ」


 意識のない彼女に語りかけ、海里が立ち上がろうとした、その時。海里の手に、わずかな感覚が走った。ジュノアの冷え切った指先が、ほんの一瞬、海里の手を握り返した……ような気がした。


「……必ず、君を救う方法を手に入れて戻ってくる。そして君が目覚めたら、その時は、俺が転生者だってことも……全部、自分の口で伝えるから」


 海里は自らに言い聞かせるように誓いを立てると、未練を断ち切るように背を向けた。静かに病室を後にし、アルベールのいる部屋へと向かった。





 □■□■□■□




 アルベールの部屋に向かった海里は、そこにいた彼と、傍らで控えていたリーファに対し、白銀騎士団本部で受けた依頼の全容を伝えた。


「以上が、ゼファーさんからの依頼です。……アルベール先生、アウロラの森への同行をお願いできないでしょうか」


 海里の真摯な眼差しを受け、アルベールの唇の端には微かな苦笑が浮かんでいる。


「まったく……ゼファー君め。どちらが医者か分かったものではないが、その心遣い、ありがたく受け取っておこう。私も同行するよ、海里君」


 アルベールは頷いた。その瞳には、ゼファーへの感謝と、医師としての使命感が宿っていた。


「ありがとうございます……!」


 海里とアルベールのやり取りを横で聞いていたリーファは、瞳を不安そうに揺らしながら呟いた。


「海里さん……。アウロラの森はエルフの方々の聖域ですが、そうはいっても魔物もいるはずです。どうか、無茶はしないでください」


「ありがとう、リーファ。……無茶をしない、とは約束できないけれど」


 海里が曖昧な笑みを返すと、リーファは「まったく、もう……」と溜息をつき、仕方ないと言わんばかりに彼の瞳を真っ直ぐに見た。


「この医院の先輩方と一緒に、私がジュノアさんのことを責任を持って見守ります。だから、海里さん。どうか、ご自身の身を第一に。……気をつけて、行ってきてくださいね」


 一言一言に、彼女の切なる祈りが込められていた。それは、かつて村を失い、海里に命を繋いでもらった彼女だからこその願いだった。


「ありがとう。君がいてくれるだけで、俺はジュノアの事をまかせられるよ」


 海里の偽らざる言葉に、リーファは僅かに表情を和らげ、今度はアルベールへと向き直った。


「先生もです。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


「ああ、分かっているよ、リーファちゃん。君たちがここを守ってくれるなら、私も安心して全力を尽くせる」


 二人の会話を傍らで聞きながら、海里は別の懸念へと意識を飛ばしていた。この世界で再会した幼馴染、鏡花について。


(……再会、なんて呼べるものじゃなかったな……)


 今の彼女は輪廻教団の七元徳の一人。かつての面影は消え、海里を認識することさえない。何故、あのような無機質な目をしているのか見当もつかない。教団支部を訪ね、彼女に会えたところで対話など望むべくもない。以前、街中で遭遇した転生者を捜す金髪の青年が教団にいる以上、うかつに接触すれば捕らえられる可能性すらあるだろう。


(今の俺じゃあ、鏡花の前に立つ力もない……)


 この世界の人間ではない水無月海里を、転生者と気づきながら尚、一人の人間として信じ、受け入れてくれたのはジュノアだ。


(あの日、元の世界で鏡花を守れなかった後悔を、二度と繰り返さないために――俺は今、ジュノアを助けることを選ぶ。鏡花と向き合うのは、ジュノアを助けたあとだ)


 海里は胸の奥で渦巻く鏡花への感情を無理やり押し込み、アウロラの森へ向かうための準備を進めていった。


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