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輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―  作者: あすらりえる
第一章_転生者の原罪

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第35話:分断された戦場の死闘

 ヴェノム・ルカンが地面から這い出した衝撃で、土壁の一部は崩れ、崩壊した山塞型のアジトの残骸が、ルカンの群れの対処に追われる討伐隊の面々へと降り注ぐ。


「シルフィア、ルカンの掃討を続けてくれ。私は討伐隊の者たちを救う」


 ゼファーは雷槍で視界に入るルカンの群れを倒しつつ、シルフィアへの配慮を欠かさない。


「ええ、ゼファー。あなたはあなたの仕事をしてちょうだい」


 シルフィアが杖から氷の魔力を放つと、青白い氷の天蓋が形成され、崩落する残骸から討伐隊を救う。同時に彼女が指先を軽く鳴らすと、周囲の空気が瞬時に氷結し、無数の氷弾がルカンを貫いた。氷の天蓋を維持しながらも、彼女は呼吸をするようにルカンの群れを間引いていく。


「……散りなさい」


 その間にゼファーは、電光石火の速度で移動を続け、アジトの崩壊に巻き込まれた者を救いながらルカンの群れを抉り貫く。


「全く、まだこれほどの数がいるとはね……」


「団長、さきほど現れた上位種と思しき個体がジュノアたちのいる方へ向かいました。増援に回りますか!?」


 隊員の一人が焦燥を帯びた声を上げるが、ゼファーは戦場全体を俯瞰し、冷静に首を振った。


「いや、我々が動けばこの場所が瓦解する。まずはこの場の脅威の排除が先決だ。大局を見誤るな」


 ゼファーはあえて海里たちの方へは向かわず、瓦礫の除去と負傷者の集約を迅速に指示していく。



 □■□■□■□



「どけッ! 邪魔なんだよ、テメェら!!」


 ラルフの怒号が響き、炎の槍がルカンの一体を貫く。 海里とジュノアを分断した溝の向こうへ跳ぼうとするたび、地中から溢れ出すルカンの群れが妨害してくる。


 眼前に広がるのは、ヴェノム・ルカンの突進によって抉られて出来た巨大な溝。 その向こう側では、咆哮と金属が激突する鋭い音が断続的に響いている。二人が生きている証拠ではあるが、同時に死闘の真っ只中にあることを示していた。


 焦っているのはラルフだけではなかった。


「くそっ、キリがねぇ! リズ! そっちはどうだ!」


「焼き払っても焼き払っても、次が湧いてくるわよ!」


 リズの叫びに合わせ、放たれた火球がルカンの群れに着弾する。だが、熱波に焼かれ炭化したルカンの骸を、後続の個体が何のためらいもなく踏みつぶし、新たな肉を求めて肉薄してくる。


「海里ぃッ! 死ぬんじゃねぇぞ!!」


 レンはリズの火球の穴を潰すようにメイスを叩きつけてルカンの頭蓋を砕く。どす黒い体液が飛散し、思わずそれを避ける。


 焦燥ばかりが募るが、自分たちがこの群れに足止めされている間にも、海里たちはヴェノム・ルカンと死闘を繰り広げている。その事実が、彼らのルカン対処の速度を加速させていた。


「ラルフだったよな!?こっちは俺とリズでどうにかするから、さっさと溝を越えて合流してやってくれッ!」


「分かってんだよ……ッ!しつこいんだよッ!」


 ラルフは奥歯を噛み締め、新たなルカンを串刺しにするが、焦燥に駆られた彼の僅かな隙をルカンの爪が襲い、腕と足を浅く裂かれ、出血が滲む。


「ラルフ!?」


「かすり傷だ、気にすんな!」


 仲間のもとへ駆けつけられない己の無力さへの怒りが、彼をさらに苛烈な攻勢へと駆り立てていた。


 分断された戦場、溝の先の土埃の向こう側で、彼らは海里たちの生存を信じ、眼前のルカンの群れを倒し続けるしかなかった。



 □■□■□■□



「ジュノア、来るぞ……!」


「ええ……!」


 通常のルカンとは別種といえる巨躯を持つヴェノム・ルカン。 その赤黒い甲殻は白昼の陽光を吸い込んで不気味な光を放つ。ルクスが最期に刻んだ右目の傷跡はそのままに、残った左目が二人を射抜いた次の瞬間、死闘の幕が上がった。


 挿絵(By みてみん)


 ジュノアは剣に水魔法を奔らせ、オーガの首を一閃した高密度の水刃を形成する。


 ぐおおおおおおおッ!!!!


 ヴェノム・ルカンの咆哮と同時に、ジュノアは鋭く踏み込んだ。最小限の動作で、脚部の甲殻を狙って水刃を振り下ろす。


 だが、狙い過たず命中した水刃は鋼鉄をも凌ぐ外殻に阻まれた。火花が散るような高音と共に刃が弾き返される。


「……なんて硬さなのッ!」


 ジュノアはたじろぐことなく、瞬時に体勢を立て直して連撃を叩き込む。同じ箇所を執拗に刻むことで、ようやく赤黒い装甲に微細なヒビが走り始めた。


 しかし、ヴェノム・ルカンはその巨体に似合わない俊敏さで、ジュノアへ向けて毒々しい前脚の爪を振るう。


「くっ……!」


 反射的に水の障壁を展開するが、圧倒的な質量を乗せた一撃の前では、あまりにも脆弱だった。障壁は一瞬で砕け散り、ジュノアは激しい水飛沫と共に後方へと吹き飛ばされた。掠めた爪が彼女の右腕の布地を裂き、浅い傷を刻む。


「ジュノア! 大丈夫か!?」


「ええ、平気よ!」


 海里の叫びに短く応え、ジュノアは即座に剣を構え直す。 ジュノアへの追撃を遮るように、海里がヴェノム・ルカンの懐へ滑り込む。手に握るのは重力の魔力を帯びた剣。通常の剣の数倍の質量を付加した一撃を、ジュノアと同じく脚部へと叩きつける。


 鈍い衝撃音が響き、甲殻を僅かに砕く感触が手に伝わった。だが、その程度ではヴェノム・ルカンにとって痛痒ですらない。


(こいつの巨体を押し潰すほどの重力は、さっきの広域圧殺で魔力をごっそり持っていかれた今の俺じゃ使えない......!ピンポイントの付加で急所を狙うしかない)


 海里は焦燥を押し殺し、さらに果敢に攻め立てる。だが、ヴェノム・ルカンにとってその攻撃は、羽虫が纏わりつく程度の煩わしさでしかなかった。海里を圧殺すべく、その巨体で倒れこんでくる。


「くそっ!」


「海里、無茶よ! 下がって!」


 二人の連携は崩れていない。しかし、一撃の重みが違いすぎた。攻撃を凌ぎながらじりじりと後退を余儀なくされ、戦局の主導権は完全にヴェノム・ルカンに握られていた。


 防戦一方の二人の前で、ヴェノム・ルカンがさらなる動きを見せた。 その巨体が沼に沈むように、ずるりと地面へと沈み込んでいく。


 地面がヴェノム・ルカンの周囲だけ水面のように波打った。硬質な甲殻に覆われた巨躯が、ぬるりと滑るように潜り、地中へと姿を消す。


 その直後、海里たちの足元から予告も前触れもない衝撃が突き上げてきた。 執拗に、そして正確な地中からの不意打ちは、隆起した地面が巨大な角と化して襲いかかってくるような錯覚を抱かせた。


「地面が……魔力で液状化してる!? あの魔物、自らの魔力で地面を泥のように変質させているの……!?」


 ジュノアが驚愕に目を見開く。土壌を広範囲にわたり、自由自在に操る魔力。それはもはや単なる魔物の範疇に収まる力ではない。


「ルカンの群れがどうやって地中を移動していたのか不思議だったが……そういうことか! 魔力で地面を柔らかくして泳いでいたのか!」


 海里とジュノアは、直下から突き上げてくるヴェノム・ルカンの角を飛び退いて回避し続ける。


「ジュノア、気を付けろ! どこから来るか分からないぞ!」


「ええ」


 海里は叫びながら、絶え間なく変化する地面の振動を察知しようと神経を研ぎ澄ませる。だが、ヴェノム・ルカンは二人の動きを嘲笑うかのように、地面からの突き上げと潜伏を繰り返す。


 再度、二人の足元が不気味に波打ち、ヴェノム・ルカンの巨躯が、地表を突き破り海里たちを串刺しにせんと膨れ上がったその瞬間、ジュノアが動いた。


「何度も地中から奇襲させるような真似はもうさせないわ……!」


 ジュノアの叫びと共に、彼女の膨大な水の魔力がヴェノム・ルカンの潜伏地点へ、すなわち魔力が土壌を液状化させている中心点へと叩きつけられる。


 魔力を帯びた水が、緩んだ土壌の粒子間に瞬時に食い込んでいく。水と土が混ざり合った瞬間にジュノアが魔力を固定へ転じさせると、液状化していた地面は硬質な地盤へと急速に変化した。


 ――ぐぅ、ぅぅおぉおお……ッ!!


 地中に潜行していたヴェノム・ルカンが、思わぬ圧迫感に苛立った唸り声を上げた。 変質した地面は、怪物の自由を奪う空間と化した。潜るための手段を物理的に奪われたヴェノム・ルカンにとって、これ以上の妨害はない。


 ぐおおおおおおおおおおおおおッ!


 怒り狂った咆哮と共に、ヴェノム・ルカンは地中での逃走を断念し、土煙を撒き散らしながら地上へとその巨体を這い出させた。左目に映るのは、潜行手段を奪ったジュノアに対する怒りが見て取れた。


「すごいなジュノア! 潜行を封じたぞ!」


 状況を一変させた彼女の機転に海里が感嘆の声を上げた。 ジュノアは額に汗を滲ませ、激しい魔力行使による倦怠感を抑えながら、再び剣を正眼に構えた。


「まだよ海里。潜行を封じただけ……。あの巨体に決定的な有効打を与えられなければ、いずれ私たちがジリ貧になるわ……!」


 肩で息をしながらも、戦士として冷徹に先を見据えるジュノア。海里はその横顔を頼もしく見つめ、一歩前に踏み出した。


「ありがとうジュノア。次は俺の番だ。君は少し休んでいてくれ。君が作ってくれたこの隙、俺が繋ぐよ」


「海里……? また無茶をするつもりなの?」


「無茶じゃないさ。君が潜行を封じてくれたからこそ、狙える一撃がある」


 ジュノアの懸念を背中に受けながら、海里は不敵な笑みを浮かべて剣を低く構えた。


「これまで以上に重い一撃を、あの図体に叩き込んでやるのさ」


 海里の全身から重力の魔力を放ち始め、それをヴェノム・ルカンは許さぬとばかりに目を血走らせ猛然と突進してきた。


「――今だッ!」


 ヴェノム・ルカンが激突する寸前、海里は纏わせた重力を反転させた。 身体の重みが消えて、羽のような軽さを得た身体が空中へと飛び上がる。視界から消失した海里を探して急停止したヴェノム・ルカンの無防備な頭殻部に向かって、海里は重力の魔力を注ぎ込み剣とともに落下する。


「砕けろぉ!!」


 そして、重力で増幅された質量をもった剣がヴェノム・ルカンの頭殻を粉砕した。砕け散る甲殻の乾いた音が響いて、ヴェノム・ルカンが苦悶の鳴き声を上げて転倒した。


「よしっ、やったか……!?」


 確かな手応えがあったが、さすがは上位種というべきか、その生命力は海里の想像を超えていた。 頭殻を半分以上叩き壊され、鮮血を噴き出しながらも、ヴェノム・ルカンは生きている。倒れ伏した体勢のまま、海里に向かって前脚の爪を振りかざす。


「……それなら、これならどうだ!」


 海里は懐から、シモンの道具屋で入手した粘土状の煙玉を取り出した。 ルカンは血の匂いに誘われ、嗅覚を頼りに獲物を追う。ならば、その鋭敏すぎる感覚こそが弱点になり得るはずだ。いつかルカンとまた遭遇することを予期して準備しておいた煙玉を、海里はシモンの教えを反芻して、握りつぶして前方へ投げつけた。


 無味無臭の嗅覚麻痺作用を持つ特殊な煙が、ヴェノム・ルカンの周囲を白く染め上げる。


 それはヴェノム・ルカンにとって、感覚の大半を奪われるに等しい攻撃だった。 傷ついた頭部を激しく振り、混乱と苛立ちを露わにしながら、届かない獲物の匂いを必死に探り始める。視覚よりも嗅覚を信じてきたヴェノム・ルカンにとって、嗅覚の途絶は致命的な混乱を引き起こした。


「ジュノア、こっちだ!」


 海里は煙の幕に紛れ、樹々の影へと身を隠していたジュノアのもとへ合流した。 短い休息の間に海里の戦いを見守っていたジュノアは、その魔法の出力と、道具を使いこなす冷静な機転に、感嘆の息を漏らした。


「海里、すごい……ッ!! あの巨体を力で叩き伏せ、その上であいつの感覚を封じるなんて……!」


 ジュノアが思わず感嘆の声を上げた、その刹那だった。


「――っ!?」


 唐突に右腕を駆け抜けたのは尋常ならざる激痛。ジュノアは喉の奥で声にならない悲鳴を漏らした。


 反射的に腕を押さえる。そこは先ほど、ヴェノム・ルカンの爪を避けきれずに掠めた場所だ。見た目には皮膚が薄く裂けているに過ぎず、騎士の経験からすれば、かすり傷と判断できる程度の損傷。


 だが、その小さな傷口から全身を駆け巡る感覚は、想像を絶する苦痛を彼女に与えた。血脈打つ苦痛。 ジュノアが苦悶に顔を歪めながら見れば、傷口は不気味な青紫色に染まり、内側から毒々しい光を放ち始めていた。


「な、何なの、この痛み……!? ただの毒じゃない……魔力が……っ!」


 体内を循環する水の魔力が、侵入した毒素に反応して激しくささくれ立つ。清冽であるはずの彼女の魔力は、内側から制御を失って暴れ狂う。


「……っ、あぁああああッ!!」


 激痛に身を焼かれながらも、ジュノアは奥歯を砕かんばかりに噛み締め、強靭な意志で狂い始めた魔力の端を掴み取った。剣に纏わせた水の刃は不規則に飛沫を上げ、その制御を失っていく。それでも彼女の瞳から戦意が消えることはなかった。


(意識が……遠のく。このままじゃ、剣を握ることさえ……)


 痛みは増していくばかり。毒は確実に彼女の神経を侵し、身体の自由を奪おうとしている。 だが、その焦燥が逆にジュノアの覚悟を研ぎ澄ませた。


(倒れる前に……終わらせる。海里と一緒に、あいつを!!)


 ジュノアは崩れ落ちそうな膝を叱咤し、激痛に意識を奪われながらも、海里と合流すべく、一歩、また一歩と進んでいった。


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