第24話:憑想という呼び名
海里とラルフの決闘が終わり、静まり返っていた練兵場は一気に興奮と驚きに包まれた。
遠巻きに見ていた騎士たちは、何が起きたのかを測りかね、戸惑いを隠せずにいた。
彼らの目に見えたのは、突如として放たれたまばゆい白光。そして、その光に呑み込まれた直後、炎を消され、戦意を失って膝を突いた同僚の姿。
「今のは……ルクスと同じ光魔法か?」 「いや、胸元のペンダントが光っていたぞ。魔道具の類じゃないか?」
海里の光は異質で、誰もがそれを海里自身の想いの力だとは想像もできず、誤認していた。
海里も剣を地面に突き刺して、激しく肩を揺らし荒い呼吸を繰り返す。ゆっくりと立ち上がったラルフは、複雑な色を宿した瞳で、じっと海里を見つめ返していた。
そこへ、遠巻きに見守っていたジュノアが、安堵と怒りが入り混じった表情でつかつかと歩み寄ってきた。
「海里! ラルフ! 二人とも、なんて無茶なことを……!」
ジュノアの剣幕は凄まじく、その声には怒りと、それを上回るほどの安堵が滲んでいた。
海里は膝をつきそうな疲労を必死に堪え、ラルフは突き刺した槍を杖代わりにして、二人してバツが悪そうに視線を泳がせた。だが、視線を泳がせた海里を逃がさず、ジュノアは両手で海里の頬を掴むと、怒りと心配がない混ぜになった表情で告げた。
「……海里、ルクスのために怒ってくれたのは嬉しかった。でも、こんな真似は二度としないで!」
「悪かった……ジュノア、ごめん」
「謝ってほしいんじゃないわ……馬鹿」
ジュノアは海里を叱った後、矛先を今度はラルフへと向けた。
「それからラルフ! あなたもよ。……あなたの本音は分かったわ。本当はルクスの死を悼んでいたことをね」
ジュノアの言葉に、ラルフは苦々しく顔を歪め、赤髪を乱暴に掻いた。 肩で荒い息をつきながら、海里が掠れた声でラルフに問いかける。
「ラルフ、……どうして、ジュノアにあんな言い方をしてたんだ?怒らせないで他にやりようがあったんじゃないか?」
「……ルクスが死んでから、ジュノアの憔悴が酷くて見てられなかった。マシな時とそうでないときの落差もあってよ……。そう簡単にルクスが死んだことを割り切れるはずがねぇ」
ラルフは視線を逸らしたまま、絞り出すように本音を漏らした。
「目の前の作戦に集中しねぇと、今度はジュノアが死ぬ。そう思った。だから……俺を恨んででも、怒りで気を逸らさせれば少しはマシになるんじゃねぇかと、そう思った」
「ラルフ、あなた……。分かりづらすぎるわよ、本当に……」
ジュノアが呆れたように、けれど複雑そうな感情を宿して瞳を細める。 海里は深い溜息とともに、地面に突き刺していた剣をゆっくりと引き抜いた。
「やり方が不器用すぎるぞ……」
「……それしか思いつかなかったんだよ。ジュノア、すまねぇ」
ラルフが小さく頭を下げると、海里もまた、魔力を消耗した体に鞭打ってラルフに向き直った。
「俺も……あんたの事情も知らずに乱入して悪かったな」
ラルフは一瞬の沈黙の後、フッと口元を緩めた。その顔には、最初の荒々しさは微塵もない。
「……気にすんなよ。思わぬ強者がいると知れたし、何より、ジュノアをここまで想ってくれる奴が傍にいるのが分かった。……ありがとよ、海里」
「あ、ああ……想う?」
感謝の言葉とともに投げかけられた『想う』という響きに、海里の胸の奥がわずかに騒いだ。それが自分自身の意志なのか、それとも混在するルクスの記憶の残滓なのか、海里自身にも判別がつかない。面食らって言葉を詰まらせる海里とラルフの間に、ジュノアが割り込んだ。
「はい、そこまで! 二人ともボロボロじゃない。……ほら、治療のために本部へ行くわよ。周囲の目もあるんだから、シャキッとしなさい!」
若干お冠ながらも、彼女の表情には安堵が浮かんでいた。 海里は再びラルフと視線を合わせ笑いあう。ジュノアとともに白銀騎士団の本部に足を向けた、その時だった。
「……っ!?」
視界が唐突に回転した。それと同時に膝の力が抜け、海里の身体が崩れ落ちそうになる。
「海里!?」
異変に気づき、駆け寄ったジュノアが咄嗟にその肩を支えた。彼女の手に触れた海里の肌は汗でびっしょりと濡れていた。
「大丈夫……少し、ふらついた……だけだ」
強がって見せたが、海里の指先は小刻みに震え、剣を握り直すことさえままならない。凄まじい虚脱感が全身を支配し、立っていることさえ困難な状況だった。
「……無理をしないで」
ジュノアは海里の顔を覗き込み、心配を隠せない切実な瞳でそう告げた。海里は彼女に体重を預けたまま、今はただの冷たい石に戻ったペンダントを無意識に握りしめる。
「……悪い、ジュノア。……しばらく肩を借りるよ」
「いいから、しっかりして。……行きましょう」
ジュノアの肩を借り、一歩ずつ海里は重い足取りで歩き出した。同じく槍を杖代わりにして歩くラルフと共に、三人は静かに白銀騎士団の本部へと向かった。
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白銀騎士団の本部へ辿り着くと、そこには医師アルベールが穏やかな笑みを浮かべて待っていた。その姿を認めたジュノアが驚きの声を上げる。
「アルベール先生!? どうしてここに……」
声には出さないが、海里とラルフも同じ疑問を顔に浮かべた。
「やあ、ジュノアちゃん。ついさっき、私のところにゼファー君が来てね。派手に戦った急患二人の治療を依頼されたんだ。慌てて来てみれば……まさか相手が海里君とラルフ君だったとはね……」
「ゼファーさんが!? 戻ってたのか……」
「そう……みたいね」
ラルフが声を漏らし、ジュノアもまた神妙な面持ちで頷いた。 白銀騎士団団長ゼファー。亡きルクスの実兄である彼が医者を呼んだ。それは、先ほどの決闘を彼が見届けていたということに他ならない。
「そのゼファーさんはどこに?」
「ん?あとで君たちの所に行くと言っていたよ。彼も多忙だからね」
多忙。それは目の前の名医と呼ばれる医師にも同じことが言えた。そんな名医を突発的な負傷者の治療に駆り出してしまったことに、海里はちくりとした罪悪感を覚えた。
そんな内心を見透かしたのか、アルベールは笑みを深めて、二人へ問いかける。
「さて、海里君にラルフ君。重要な作戦が控えていると聞いたよ。今日初めて会ったばかりと聞いた二人が、一体どうして、ボロボロになるまで、戦う必要があるんだい?」
笑顔のアルベールから放たれる静かな苦言。海里とラルフは顔を見合わせ、肩を小さくさせて声を揃えて謝った。
「「……すみません」」
「本当に、先生の言う通りよ。二人とも猛省しなさい」
ジュノアの追い打ちに、さらに小さくなる二人を見て、アルベールは小さく笑った。
「さて、お小言はこの辺にして、医者の仕事をさせてもらおうか」
そこからアルベールによる治療が始まった。海里は、彼が回復魔法の使い手であることをここで初めて知った。
アルベールの掌から溢れる柔らかな緑色の光が、ズキズキと疼く傷口を優しく包み込んだ。日だまりにいるような温かさが全身を巡り、戦闘で酷使した筋肉の強張りがスッと解けていく。
(……温かい。これが、回復魔法か)
以前、ペンダントの光がリーファを救った。あれも現象としては治療だったが、今のアルベールの魔法とは根本的に何かが違う。自分の想いを媒介にする白い光に対し、これは純粋で洗練された魔力の循環。けれど、あの時感じた虚脱感の正体は、今なら少しだけ理解できる気がした。
「いいかい。回復魔法は大概の傷を塞ぐが、失った体力までは戻せない。むしろ、身体を強制的に活性化させるから、治す過程で患者自身の体力を激しく消耗させるんだ。決して万能じゃないし、身体の欠損を治すなど以ての外だ。回復薬も同様だ。あくまで自己治癒の補助に過ぎない。……無理は禁物だ、分かったね?」
アルベールの厳格な忠告に二人は頷いた。
「先生、お忙しい中、わざわざ往診に来ていただきありがとうございました」
「なに、そこは遠慮無用だよ。ゼファー君の頼みでもあるし……それよりも、二人に嬉しい報告があってね。先日、うちに運び込まれて療養していた桃髪の少女が、目を覚ましたんだ。医療の心得もあるそうで、今は助手として働いてもらっているよ」
その言葉に、海里の胸が跳ねた。
(リーファ……! 目を覚ましたのか……!)
ジュノアも、かすかに目を見開いた。廃村となったロルカ村で拾い、王都へ運んだ少女。その後の容態を確かめる余裕もないまま日が過ぎていた。無事に目覚めていた。
「あの時の……よかった……」
思わず、ジュノアの口からそれだけが零れた。
「ふふ。二人とも、あの子のことを気にかけていたんだね。……患者としてでなくても、ただ顔を見せに行くだけで、きっと彼女も喜ぶと思うよ。さて、作戦開始までは大人しくしていること!二人とも、いいね?」
「「はい!」」
「よろしい!」
柔らかな名医の微笑みに、二人は背筋を伸ばして答えた。アルベールはにこやかな笑みを浮かべて医院へと戻っていった。
□■□■□■□
アルベールが去った後の応接間には、独特な薬品の匂いがかすかに残っていた。
回復魔法で傷こそ塞がったものの、消耗した魔力と体力が戻るわけではない。海里とラルフはソファーへ深く沈み込み、指を動かすのも億劫そうに天井を仰いでいた。
そこへ、木の盆を抱えたジュノアが、わざとらしい足音を立てて戻ってきた。
「はい、二人とも。魔力薬よ。……これに懲りたら、本当にあんな馬鹿な真似はしないでよね」
ジュノアはそう言い、魔力薬の入った小瓶の栓を小気味よい音を立てて抜いた。海里が自分で受け取ろうと弱々しく手を伸ばしたが、ジュノアはそれを無視して、海里の口元に小瓶をグイと押し当てた。
「ジュノっ!」
「ほら、こぼさないで飲みなさい。……ラルフも口を開ける!」
「おい、ジュノア……俺は子供じゃねぇ……っぶふっ!?」
ラルフが抗議しようと口を開いた瞬間、待ってましたと言わんばかりに緑色の液体が詰まった薬瓶が押し込まれる。海里もまた、有無を言わせぬジュノアの気迫に押され、大人しく小瓶を呷るしかなかった。
「ふんっ!」
魔力薬特有の苦みが鼻を抜ける。 まだ少しご機嫌斜めなジュノアの叱咤混じりの強引な優しさに、海里たちは互いに顔を見合わせ、苦笑いしながらも、その苦い薬を甘んじて胃に流し込んだ。
ジュノアから口に捻じ込まれた魔力薬を飲み干すと、身体の倦怠感がじわじわと解けていった。海里は意識が明瞭になるのを感じながらソファーに座りなおす。
そのタイミングで、同じく倦怠感から解放された様子のラルフが話しかけてきた。
「……それで海里。もともとジュノアに用があって騎士団に来たんだろ?」
「ああ。賊討伐の作戦にジュノアも参加すると聞いてさ。少しでも事前に情報を共有しておきたくてさ」
「ある程度の情報は、合同会議の時にギルドのマーカスさんから聞いているわ」
ジュノアは手際よくテーブルの上の小瓶を片付けると、代わりに数枚の書類を広げた。
「でも、実際に戦ったあなたの話は別よ。聞かせて、海里」
「ああ」
ジュノアの真剣な眼差しに応えて、海里は森で魔物を操り襲ってきた双子の賊、その逃走を手助けした白狼を駆る赤髪の女。
そして、かつて王国最強と謳われながら壊滅した騎士団の生き残りディランが、賊の首魁になっていること。
海里が語るごとに、応接室の空気は目に見えて重くなっていった。
「俺たち騎士の大先輩が、今じゃ賊の親玉かよ……」
ラルフが吐き捨てるようにぼやき、椅子の背を軋ませた。
「私たちも十年前からここにいたわけじゃないわ。そのディランとは面識がないけれど……」
ジュノアは書類の一点を見つめたまま、白く細い指先で机の縁をトントンと規則正しく叩いた。
「かつての騎士が敵に回っている。それはつまり、私たちの手の内を……騎士団の戦術を相手は知り尽くしているということよ」
二人はディラン個人を知っているわけではなかったが、海里の言葉から、これから踏み込む戦場が如何に大きな危険を孕んでいるかを感じ取った。
そして、海里の持つ情報の共有が済んだところで、ラルフが話題を変えてきた。
「それで、話は変わるけどよ海里。首から下げてるそのペンダント、形見だと言っていたな。それは魔道具じゃないなら、一体何だ? 戦いの最期、俺にはルクスが笑ってる姿が見えた」
「そう。ラルフも見たのね。私含め、周囲には眩い光しか見えていなかった。でも、前に私が見たものと同じなんだって、ラルフの様子で分かった」
その話は気になる、と言いたげにジュノアが海里のほうを見ていた。
しかし海里とて、二人の期待する明確な回答を持っているわけではない。彼はペンダントをそっと指先でなぞりながら、言葉を選んで話し始めた。
「このペンダントは、最近光るようになったんだ。俺が誰かを助けたい、誰かのために何かを伝えたい……。そういう想いを持った時に、力になってくれるみたいで……」
「やっぱりお前自身も、明確に理解してるわけじゃないのか。……だが、実際にルクスの最期を見せられた以上、お前が自分の想いを力に変えてるのは事実みたいだな」
推測交じりのラルフの言葉に、海里は正直に頷いた。
「そう……みたいだ。だけど、不可解な点も多い」
「亡くなったあなたの幼馴染、鏡花さん……。ペンダントが光るのは、彼女があなたを助けようとしてくれているのかしら?」
「そうだったら、嬉しい……」
「……けれど、負担も大きいわ」
ジュノアは懸念の混じった視線で、海里の胸元のペンダントを見つめた。
「さっき、あなたは立っていることさえままならなかった。理屈は分からないけれど、その光はあなた自身に悪影響を及ぼしているみたいだったわ。たとえ鏡花さんが助けてくれているのだとしても、あなたが無事じゃないなら元も子もないわ」
海里は先ほどの虚脱感を思い出し、無意識にペンダントを握りしめた。ジュノアの言う通り、これは無尽蔵に振るえるような力ではない。
「あなた自身にも影響がある以上、多用しないほうが良いと思うわ。あなたには剣技と重力の魔力もあるんだから……。自分を蔑ろにはしないで」
「ああ」
頷く海里に、ジュノアは、隣で黙って話を聞いていたラルフにも視線を向けた。
「ラルフ、あなたもお願い。ルクスの最期を見せた光のことを他言しないで。教団の耳には入れたくないわ」
「……分かってるよ。何か聞かれたら、魔道具の力とでも言いくるめとくさ」
「ありがとう、二人とも」
海里の礼を聞きながら、ジュノアは少し考え込んでから、それからポツリと呟いた。
「海里はまるで、強い想いに憑かれているみたいね。……あの白い光、憑想って呼んでみたらどうかしら? 自分の想いも他者の想いも背負って戦うあなたに合っている気がするわ」
海里はジュノアの提案したその言葉を、心の中で静かに反芻した。
想いに憑かれる……憑想。
それは説明のつかない力を振るう自分への、ジュノアからの慈愛に満ちた戒めのように感じられた。
「……ありがとう、ジュノア。そう呼ばせてもらうよ」
「……ええ。もし使う時は、慎重にね」
ジュノアが柔らかく微笑み、これまで正体不明の現象でしかなかった力が名前を持った。
ふと、ジュノアは海里の側に置かれた剣に視線を向けた。
「ねぇ海里。その剣はどうしたの?」
「王都の裏通りにある……見た目は怪しい道具屋で買ったんだ」
「……裏通りの怪しい道具屋?」
「素材の鉱物のせいで、重すぎて誰にも見向きもされていなかったと、店主のシモンさんが話していたよ」
「……そんな、買って間もない不慣れな剣で俺と戦ってたのかよ」
「ああ、そうだ」
ラルフは呆れたように鼻を鳴らした。
「その道具屋、近いうちに俺も行ってみるかな。怪しいってのは気になるけどよ、掘り出し物の装備とか見つかるかもな」
「ああ、また行くつもりだから、今度場所を案内するよ」
「ふぅん、いいわね。私もついて行こうかしら」
海里とラルフは、すっかり気心の知れた友人同士のような雰囲気で会話を交わし、ジュノアはそんな二人の様子を優しい眼差しで見守っていた。




