第22話:故人の名誉
シモンの道具屋で装備を整えた海里は、賊の討伐作戦開始前にジュノアと話しておこうと白銀騎士団の本部へ向かった。
白銀騎士団本部が近づくと、その敷地内に入るまでもなくジュノアの姿は見つかった。騎士団の入口付近でジュノアが別の騎士と何やら口論を繰り広げていたからだ。口論の相手は、炎のような赤髪の男性騎士で、背中に長い槍を背負っていた。
「ジュノア。賊の討伐作戦を練るのに、もういないルクスならどう立ち回ったとか、無意味なことを考えるんじゃねぇ!」
苛立ちを隠せない様子で赤髪の騎士が声を荒げていた。
「ラルフ。何よ、その言い方?彼は私たちにとって替えの効かない戦力だったのよ。簡単に埋まる穴じゃないわ!彼がいない大きな戦いは私たちにとっても初めてなのよ!万全を期したいと思って何がいけないのよ!」
ラルフと呼ばれた男性騎士の売り言葉に買い言葉といった様子のジュノアに、海里は近づくことを躊躇い、しばらく物陰から二人の様子を伺うことにした。
ジュノアに反論されたラルフと呼ばれた騎士は引かずに荒々しい口調で続けた。
「その万全の中に、いつまで死んだ奴を数えてんだって言ってんだよ! あいつの真似は誰にもできねぇ。お前が見ておくべきなのは、今の騎士団だろうが!」
「大体、増援を呼んでおいて、いざお前が行ったら旅人を助けて死んでいただと!?ゼファーさんが戻った時、あいつの無駄な死を一体なんて報告するつもりだ!?」
「なっ!?ラルフ……。無駄な死って……それ、本気で言っているの?」
「本気だ。お前がいつまでもあいつの影を追ってると、今度はお前が判断を誤って死ぬぞ、ジュノア」
ルクスという故人を侮辱する言葉に、ジュノアと同様に、物陰から聞いていた海里も絶句した。
(何だあの男は……。ルクスと付き合いが長いだろうに、あの言い草……)
暴言に言葉を失っているジュノアに、さらにラルフは言い募る。
「何も言い返せねぇかよ、ジュノア。やっぱり、お前もルクスが馬鹿なことしたと思ってたんじゃねぇのか?」
「っ!違う!」
ジュノアが声を絞り出して俯き、そこでラルフは歩いてきた海里に気づき、胡乱げな声を上げる。
「……あ?誰だ、お前?」
「もう黙れよお前。故人を侮辱するのも……大概にしろ」
俯いていたジュノアが、海里に気づいて顔を上げた。
「……海里、どうして騎士団に?」
海里は視線をラルフに固定したまま返事をする。
「ジュノアに話があって来たんだ。そしたら、そのラルフとかいう無礼者の言い様に黙っていられなくなった」
「あァ? 冒険者か?盗み聞きしてるとは、無礼者はどっちだ?俺はジュノアと死んだ騎士の話をしてるんだ。部外者はさっさと失せろよ」
ラルフは手を振って、海里を追い払う動きを見せる。
「部外者なものか。お前が言ったルクスに助けられた旅人が俺のことだ」
一瞬、驚いた顔をしたラルフが、目を細めて海里を見据えた。
「へぇ、お前がそうだったのか……」
「もう一回言うけどルクスを侮辱するな。言ったことを撤回しろ」
「断る。事実を言っただけだ」
「……そうか」
ラルフは苦々しげに吐き捨てると同時に、海里の怒りがさらに増す。それを見てラルフは獰猛な笑みを浮かべる。
「はっ、いい感じの気迫じゃねぇか。俺の言ったことを撤回させたきゃ、力で捻じ伏せてみろ。その剣は飾りじゃねぇんだろ?」
「……望むところだ」
「いい度胸だ。練兵場までついて来な」
ラルフは海里に背を向け、騎士団の練兵場へ向かって歩き出した。海里も続いて歩き出す。
「ちょっと、二人ともやめて!」
ジュノアは二人を止めようとするが、その声は二人には届かない。海里はジュノアに視線を向けて、立ち止まらずに言葉を返した。
「ごめん、ジュノア。ルクスへの侮辱は見逃せない」
「……海里」
海里とルクスの関係を聞いているジュノアは、それ以上制止の言葉をかけることができなかった。
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騎士団の練兵場は、午後になったばかりで誰もいなかった。日差しに照り付けられながら、海里とラルフは距離を取って向かい合う。海里は購入したばかりの剣を、ラルフは背負っていた長槍をそれぞれ構えた。
ジュノアが遠巻きに見守る中、ルクスの名誉をかけた戦いが始まる。
(買って間もない剣で戦うなんてな……。口は悪くてもラルフは明らかに強い。だけど、ルクスの死が決して無駄じゃなかったと分からせる必要がある)
「最近は雑魚の魔物相手ばかりで張り合いがなかったんだ。簡単にやられるんじゃねぇぞ」
ラルフは笑みを浮かべて海里を挑発する。その眼差しからは、決闘を楽しみにしている様子が伝わってくる。
「言ってろ」
海里は短く言い返す。今、この場で必要なのは力だからだ。
「行くぞ」
槍を構えていたラルフは地を蹴った。瞬時に海里との距離を詰めてきて、その手に握られた槍で凄まじい連撃を繰り出してきた。槍の穂先は、海里の胴、四肢を正確に狙ってきた。
(ッ!速い!)
ルクスの身体能力の影響もあり、槍の連撃の軌道を追うことはできていた。
しかし、対応できるか否かは別問題だった。冒険者として活動する中で海里は対人戦ではなく魔物との戦いが中心だった。
加えて、過去の出来事の影響で未だ対人戦への苦手意識は正直抜けていない。
槍の連撃を躱しながら反撃のタイミングを窺い、攻撃が止んだ一瞬で斬りかかる。
「カウンター狙いか?だが、遅い!!!」
ラルフは海里の意図を見抜いていて、剣を振り上げた海里に対し、さらに距離を詰めて突きを放ってきた。海里は反撃を中止せざるを得なくなり、ラルフに攻撃を与えることが出来ない。
海里は、ルクスの身体能力を含めて、常人よりも強い。しかし、ラルフという男には、自らの力を最大限に活かすための経験が蓄積されていた。
「威勢が良かったのは口先だけか? その程度なのかよ!!」
海里の剣を弾いたラルフは、期待外れと言わんばかりの様子だった。
(このままじゃ終われない。ルクスへの侮辱は必ず撤回させる!)
ルクスは自らが命が尽きる状況下で海里を生かした。その生き様を、自分よりも知っているはずのラルフに無駄とは絶対に言わせてはならない。
海里から重力の魔力が溢れ始め、ラルフを中心に集束していく。
踏み込もうとしたラルフの白銀の鎧が、自身の重みに耐えかねるようにぎしりと音を上げると同時に、身体が違和感を覚えて膝が折れかける。
「……なっ、身体が重い……!?」
ラルフが動きを止めた瞬間を海里は逃さなかった。
海里は一気に地を蹴りラルフに肉薄する。シモンの店で入手したばかりの剣に、重力の魔力を込めて剣を振りかぶる。魔力のこめられたその剣は、鈍い光を放っていた。
「ちっ!」
反射的にラルフは槍を構えて、海里の剣を防ごうと試みるが、半ば失敗に終わる。ずしりとした重みが加えられた海里の剣が、甲高い音と共にラルフの槍と激しくぶつかる。その衝撃は練兵場に凄まじい風圧を発生させた。
海里の一撃は、ラルフの腕にビリビリと衝撃を与え、彼は警戒して数歩後退した。
「今のは……、重力か……」
ラルフの顔に、初めて明確な警戒の色が浮かんだ。
「はっ、はっ、はあ」
海里が荒い息を整えていると、ラルフがじっと海里を見つめる。
「重力魔法か……やるじゃねえか!」
ラルフは海里を警戒しつつ獰猛な笑みを浮かべた。
状況が変化し、練兵場の空気は、二人が放つ緊張感で張り詰めていた。




