第21話:道楽者の道具屋
夜の城壁でジュノアと語り合ってから数日が経過した。
その日、冒険者の初依頼時に遭遇した賊の一件で進展があったと連絡を受けて、海里は冒険者ギルドへ向かっていた。
ギルドへ入ると、既にレンとリズの二人が到着していて、受付をしているマーカスが早速やって来た海里に気づいた。
「来たな海里。こっち来い」
マーカスは太い腕で手招きをしてきて、カウンターの奥の空間に三人を集めると低い声で語り始めた。
「魔物を操る賊の件で進展だ。騎士団が連中のアジトを特定し、近々強襲作戦が決行される。 ギルドにも協力要請が来てな、当事者のお前ら三人は参加決定だ。準備しておけよ」
リズが露骨に嫌そうな顔をするが、マーカスは構わず言葉を重ねた。
「日時は追って連絡する。それまで依頼は受けるな。万全の状態でいろよ、作戦前に消耗されても困るからな」
「マーカス、質問がある」
「なんだ、海里」
「ディランという男についても、何か分かったのか?」
海里の問いに、もともと低いマーカスの声の調子がさらに一段落ちた。
「ああ。今回の合同作戦は、元を正せばその男が原因だ。ディランは十年前まで王国の騎士だった。……それも、国境付近で壊滅した当時最強の騎士団の数少ない生き残りの一人だ」
海里は思わず息を飲んだ。王国の騎士が、なぜ賊に堕ちたのか。
「壊滅した騎士団の生き残りって……。リズ、この前話してくれた事件のことじゃ?」
「そうね……。でも、賊になってたのは初耳だわ。何でかしら?」
驚きを隠せない海里とリズだったが、マーカスは首を振るだけだった。
「さあな。そいつは本人にしか分からねえだろうよ。ディランは本人の腕っぷしよりも、傀儡魔法の扱いに長けていたそうだ。魔物を手駒にするその力で、当時は騎士団に随分貢献したらしい」
マーカスは吐き捨てるように言葉を続けた。
「そんな男が今や賊の頭だ。ディランだけじゃなく、例のイザベラや双子もいる。元騎士が相手となれば、騎士団が躍起になるのも無理はねえ」
「……厄介な相手だな。なぁマーカス、俺たちは自由に動いていいのか?」
レンが尋ねると、マーカスは首を横に振った。
「悪いなレン。今回は騎士団の指揮下に入ってもらう。……おいリズ、そんな顔をするな」
あからさまに嫌な顔をしたリズを、マーカスが窘める。
「騎士団の下って、黒曜騎士団の下に付くんだったら御免だわ。今のあいつら、評判は最悪でしょ……」
「安心しろ、その心配はねえよ」
マーカスは少しだけ口角を上げた。
「今回の指揮を取るのは白銀騎士団だ。『雷針』ゼファーなら、その心配はねぇ。それから海里」
「ん?」
不意に名前を呼ばれて、海里は声を上げる。
「お前の知ってるジュノアって姉ちゃんも参戦する。事前に話すことがあったら話しておけよ。……いいか、準備を怠るな!」
「「「了解!」」」
席を立ちかけた三人に、そこで思い出したようにマーカスが待ったをかけた。
「待て待て、お前ら、これを持ってけ! 賊に関する情報提供の追加報酬だ。死にたくなきゃ、装備の足しにでもしろ!」
マーカスがカウンターの奥から取り出したのは、ずっしりと重みのある三つの麻袋だった。 受け取ったレンが、中身を覗き込んで目を丸くする。
「おぉっ、すげえ! これだけあれば防具が新調できるぜ!」
「ふふ、これなら少し良い調合素材も買えそうね」
リズも満足げに袋の口を締め、口角を上げた。 二人が使い道を弾ませる中、海里は手の中にある金貨の重みを静かに噛み締める。
(……これだけあれば、ジュノアに借りた分に色をつけられるな)
三人はそれぞれ迫りくる作戦に備えるためギルドを後にした。話し合いの机に一人残ったマーカスは、独り言のようにぼそりと呟く。
「……にしても、あいつらが戦った場所に戦闘の痕跡はあれだけ残ってて、魔物の死体が一つもねえなんてな。最初から何もなかったみてぇだ……」
その呟きは喧騒にかき消され、誰に届くこともなかった。
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冒険者ギルドを出たあと、海里は一人、王都の喧騒を離れて裏通りを歩いていた。 次の作戦は魔物を操る元騎士が相手だ。万全を期すため、少し変わった掘り出し物がないかと考え、普段とは違う店を見て回ろうとしていた。
ふと、入り組んだ路地の奥で妙な店が目に留まった。 外壁には複雑な幾何学模様が踊り、窓には深い青のステンドグラスが嵌められている。
(……道具屋、か?)
動物の角を模したドアノブに加え、怪しげな外観に一瞬躊躇したが、それを上回る興味に背中を押され、海里は扉を開いた。
乾いたベルの音が店内に響く。 乱雑に積み上げられた古びた巻物に天井から吊るされた奇妙な形の薬瓶。奥へと続く棚には、およそ道具屋には不釣り合いな重々しい武具まで並んでいる。
「やあ、いらっしゃい。初めましてのお客だね」
店の奥から現れたのは、柔和な笑みを浮かべた男だった。 波打つ金髪を細いバンドで留め、知的な雰囲気を纏っている。使い込まれた革のエプロンとグローブ姿は職人のようだが、その立ち姿にはどこか気品のようなものが感じられた。
「品揃えには自信があるよ。……ところで、君が差しているのは騎士の剣かな? 冒険者が持つには珍しいが」
「最近リグリアの王都に来たので。知人の騎士から借りているんです」
「ふむ、少し抜いて見せてもらえるかい?」
促されるまま、海里は剣を引き抜いた。店主は刀身を覗き込み、眉をひそめる。
「……君、この剣をどう扱った? 随分と傷んでいる様に見えるが」
「……重力の魔力を流して、剣の威力を底上げしています。そのせいでしょうか」
「なるほど、重力か! それでは並の鋼では自重に耐えきれまい。……物は試しだ、壁際のあの剣を手に取ってみてくれないか?」
海里は無造作に置かれた、幅広の刀身を持つ片手剣を掴んだ。 持ち上げた瞬間、ずっしりとした重みが腕に伝わる。
「……良い剣ですね。今のものより重いですが、俺にはこっちの方が馴染む気がします」
「だろうね。問題はその値段だが……」
店主は指を数本立てて、拍子抜けするような少額を提示した。海里は思わず二の足を踏む。
「……安すぎませんか? まさか、呪われているとか」
「ははは! 生憎と私に呪われた装備を仕入れる伝手はないよ」
店主は愉快そうに笑い、店内の薬瓶が微かに共鳴した。
「その剣は魔力を蓄える鉱物で出来ていてね、いかんせん重すぎて誰も見向きもしなかったのさ。君のように容易く扱う者が現れたなら剣も本望だろう。その安さは身請け代だと思ってくれればいい」
「……疑ってすみませんでした。大切に使わせてもらいます」
「もしも、剣が安くて気が咎めるのなら、魔道具の一つでも抱き合わせで買っていっておくれ。冒険者ならば、備えはいくらあっても困らないだろう?」
「そうですね、魔道具か……」
海里は店内を見渡した。ふと、棚の隅で埃を被っている、灰色の干からびた果実のような塊が目に留まった。
「これは何ですか? ずいぶん地味な見た目ですが」
「握りつぶせば細かな胞子が舞う煙玉さ。鼻の利く魔物は嗅覚がしばらく使い物にならなくなる。……あぁ、人間には無害だから安心していいよ」
「……嗅覚」
海里の脳裏にサメの頭を持つ異形の魔物がよぎった。あの魔物が外見通り、サメと同じ性質を持つなら、血の匂いを嗅ぎ分けるほど嗅覚が良いはずだ。
「いくつか欲しいですが、実際に使ったことがあるんですか?」
「ああ、使ったことがある。もっとも、私のように非力な人間には握りつぶすことに苦戦したがね」
店主は肩をすくめて笑い、海里は煙玉を含めて会計を済ませた。
「いい買い物ができました。……でも、なぜこの店は大通りではなく、こんな路地裏に?」
店主は飄々とした様子で、海里の疑問に答えてくれた。
「私の欲しいものを集めていたら、いつの間にか道具屋が出来ていた。……まあ、それ以上の理由は秘密さ」
「……秘密。……最近、同じことを言われたな」
海里は苦笑した。つい先日も図書館でリズから煙に巻かれたのを思い出し、小さく溜息をつく。
「それは失敬」
店主は柔和な笑みを湛えたまま、わずかに目を細めた。
「……君の周りには悪戯好きな女性がいるようだね」
「はい。最近もからかわれたばかりです」
苦笑する海里に、楽しげな顔をしていた店主は改まった様子で問いかけた。
「冒険者の青年。……君の名前を聞かせてもらえるかな?」
「俺は海里です」
「海里君か。私はシモン。またのご来店を心待ちにしているよ」
挨拶を交わし、海里は新しい剣の重みを背中で感じながら店の外へ出た。そして、賊の合同討伐作戦に向けて、ジュノアと話しておこうと考え始めた。
次の目的地へ向かって歩き出す海里が、シモンの言葉に混じっていた妙な断定の意味を理解するのは、まだ先の話となる。




