第17話:黒髪の男を探す者
冒険者ギルドで受付を行うマーカスは、依頼から戻ってきた海里、リズ、レンの三人の報告を静かに聞いていた。
海里が森で起きたことの口火を切り、リズとレンが補足した。魔物が傀儡魔法で操られ、イザベラと呼ばれた女がディランという名を呼んだことを伝えた。三人の報告が進むにつれて、マーカスの眉間の皺が徐々に深くなっていった。
「……お前ら、本当によくやってくれた。しかし、大変だったな」
マーカスの言葉は心からの労いを含んでおり、三人は同時に言葉を発した。
「「「大変だった」」」
海里は冒険者として初依頼で、リズとレンにとっても想定外の事態。三人とも疲弊しており、今は休息を取りたい意見が一致していた。
マーカスは机の引き出しから革袋を三つ取り出し、カウンター越しに彼らの前に置いた。
「まずは依頼の報酬だ。それから賊の件は、冒険者ギルドだけでは手に余るだろうな。傀儡魔法と、ディランという名前。これは騎士団にも共有が必要だ。貴重な情報だから追加報酬を期待して待ってろ」
「本当!?」
その言葉に真っ先にリズは反応した。彼女の疲れ切っていた瞳が瞬時に輝いた。予定外の金銭的報酬は、彼女にとって最高の回復薬だった。
「ああ、本当だ。重要な情報を知らねぇでいると、それが原因で死ぬ奴は多いし、何度も見てきた」
短い言葉に彼の長年の経験で得た実感が込められていた。
「お前ら、イザベラって女が言ってた賊の名前はディランで間違いないんだな?」
繰り返し確認するようにマーカスは質問をしてきた。
「確かにそう呼んでいたぞ。マーカス、ディランって奴を知ってるのか?」
彼は一度沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「名前だけだ。お前らより年下の子供が独学で傀儡魔法を使えるはずがねえ。なら背後に教えた奴がいるのは確実だ」
マーカスは顎に手をやり、ギルドの窓の外に広がる薄暗い空を見つめた。
「もし俺の懸念通りなら、ただの賊の範疇じゃ済まねぇ。騎士団も黙ってはいねぇだろうな……」
マーカスはそこで言葉を区切った。
「今日はもう帰って休め。状況の進展があり次第、すぐに連絡する」
「分かった」
海里たちがギルドから出ていくと、マーカスは、かつて冒険者仲間から聞かされた話を思い出していた。十年前、国境付近で騎士団のひとつが壊滅した事件。詳細が今もなお不明で、彼は薄気味悪さを感じずにはいられなかった。
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冒険者ギルドの扉を開けると、王都の喧騒が三人を包み込んだ。 夕刻の空はオレンジ色に染まり、長い影が石畳の上を這っていた。
「あー……疲れた。今日はもう、飯食って寝る以外何もしたくねぇ。あの双子に振り回されたせいで全身ガタガタだぜ」
レンは派手に伸びをし、強張った肩を回して骨を鳴らした。
「私は採取の後、すぐにでも調合に取り掛かるつもりだったのに。あのクソガキどものせいで計画が丸潰れよ……許すまじ」
リズは不満を隠そうともしない。だが、その足取りは重い。彼女の生活リズムを乱された怒りも、今は疲労が上回っていた。
二人の他愛ない愚痴を聞きながら、海里はふと口を開いた。
「……二人のおかげで、自分一人の力だけじゃなくて、背中を預けて戦う良い経験になった。ありがとう」
海里の素直な言葉にレンとリズは一瞬顔を見合わせ、ふっと笑った。
今日、確かな実力を持つ二人と共闘したことで、単独行動では決して得られない力強さを海里は実感できた。そのまま話を続ける海里たち三人に向かって声がかけられた。
「そちらの冒険者のお三方、少々お聞きしたいことがあり、お時間をいただけますか?」
海里たちが声の主の方向へ振り向くと、一人の青年が立っていた。
その青年は、夕闇に溶け込むような漆黒の装束を纏っていた。 足首まで届く丈の長い司祭服を思わせるローブは光沢を放ち、彼の身体に馴染んでいる。襟元で存在感を放つ銀の十字架は、鈍い輝きを放っていた。
金色の髪は手入れが行き届き、柔和な笑みを湛えていた。
だが、極めて丁寧な物腰は人混みの中ではあまりに浮世離れしており、彼が何らかの組織の人間であることを物語っていた。
レンは顔を露骨に歪め、迷惑そうな目を向けた。
「輪廻教団......」
レンの呟きを聞き、海里とリズの間にも緊張が走る。
「勧誘なら間に合ってるわ。見ての通り疲れてるの。用があるなら手短に言ってちょうだい」
教団の勧誘を一刻も早く切り上げたい。リズの態度はそれを隠そうともしなかった。しかし青年は露骨な悪態にもただ微笑を深めただけだった。
「失礼、勧誘ではありません。お聞きしたいのは、最近、王都で黒髪の男が現れたという話に心当たりはありませんか? ギルドに出入りする皆様なら、何かしら耳にしているかと思いまして」
「……ッ!?」
海里は心臓の鼓動が跳ね上がる衝撃を覚えた。 黒髪、黒目。ロルカ村で自分を教団へ売ろうとしたバルドが珍しいと口にしていた海里本来の身体的特徴。
青年の視線は海里たちを順々に覗き込み、その反応を見ていた。海里はせり上がる焦燥を無理やり飲み込み、平然を装って慎重に視線を逸らした。
今の海里の髪色は、ルクスから力を託された影響でアッシュブラウンに変化している。教団が追う黒髪の男という条件からは外れていた。
だが、安堵よりも先に戦慄が走った。 ロルカ村のバルドの密告は、既に教団中枢へ届いている。自らが知らぬ間に獲物として網に掛かっていた事実に引き攣るような圧迫感を覚える。アッシュブラウンの髪がいつまで盾になるのか。必死に平静を装いながら、海里は無言を貫いた。
「知らないわ。そんな珍しい人なら、冒険者じゃなくても知ってるはずよ」
リズが会話の糸を断ち切る。それは今の海里にとって余計な追及を避ける何よりの加勢だった。
「……なぁ、もう行っていいだろ」
次いで、レンも苛立ちを隠さずに声を尖らせた。
しかし、青年は一切の不快感を見せず、ただ微笑を湛えたままでいる。
「ええ、貴重なお時間を奪い、失礼いたしました。皆様のご活躍を祈っております」
青年は深々と頭を下げると、踵を返して人混みの中へと消えていった。
その背を見送りながら、海里の脳裏には疑念が広がっていく。 外見を偽ったところで、教団が転生者特有の気配を嗅ぎ分ける術も持っていたなら、この誤魔化しはいつまで保つ?
三人は青年の影が完全に消えるまで、その場に立ち尽くしていた。
「……なんなんだ、一体」
レンが毒突くように呟き、その視線は青年が消えた雑踏の奥を見つめていた。
「言葉通り人探しでしょうけど。わざわざ黒髪を条件にするなんて……。過去の転生者も黒髪だったって聞くし、新たな転生者の存在を嗅ぎ付けたのかしら?でも、教団は……」
リズが思考を巡らせている。その間に、海里は自身の意図を悟られぬよう言葉を選んだ。
「……もし新しい転生者が現れていたら、何か変化が起きるのか?」
教団の目を逃れた直後の問い。転生者という存在が、リズ達、この世界の住人にどう映っているかを海里は知りたかった。
リズは小さく首を振った。
「さあ。私だって会ったことはないわ。ただ、教団がああして捜している以上、彼らの教義にとって、よほど利用したい存在なんでしょうね」
「そうか……」
海里は短く応じ、それ以上の詮索を止めた。
(教団に踏み込むのは、自ら藪を突いて蛇を出すようなものだ)
王都に着いた日のジュノアの言葉が頭をよぎった。海里は疑問を無理やり押し殺し、ただ歩みを速めた。三人はそれきり言葉を失い、王都の長く伸びる夕暮れの道を歩いていった。
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教団の青年は思案を巡らせていた。
(……やはり、外見だけを頼りに探すのは効率が悪いですね。そう容易く見つかりはしないことは理解していますが……)
彼は胸元で揺れる銀の十字架にそっと触れる。
(別な方向性も試してからご報告をするとしましょう。私の主が関心を示しているのですから)
青年の脳裏に、命令を下した冷たく美しい黒髪の女の横顔が浮かぶ。それだけで、彼の足取りは軽くなった。彼は夕闇に沈みゆく王都の雑踏へ、吸い込まれるように歩を進めていった。




