第16話:戦いの後に.....
黒焦げになり、二度と動かないオーガを見下ろし、リズがふぅと深く息を吐いた。
「……はぁ。オーガを一撃で焼くのは流石に魔力の消耗が激しいわね」
肩を上下させ、疲労を隠さないリズの呟き。その言葉が合図となったように、リリィの顔から余裕が消えて驚愕に染まった。
「ちょっ……! オーガちゃん!? ねえ、嘘でしょ、あんなに黒焦げになっちゃって……どうしよう!?」
リリィが叫ぶ中、海里に鎌を弾き飛ばされ拾い直したロロが、余裕を失った苛立ちを爆発させた。
「リリィ! 何してるんだよ!向こうの方が人数が多くなっちゃったじゃないか!あの状況で、オーガに命令したらダメだろ!!」
「ちょっ、わたしのせいなの!? ひどい、ロロだって、そのお兄さんに防戦一方だったじゃない! あんたがもっと上手く戦ってれば、こんなことになってないわ!」
「なんだよっ!? 僕がどれだけ必死に戦っていたと思ってるんだ!」
互いに一歩も引かず激しい火花を散らす双子。 さっきまで魔物を自在に操っていた自信満々の賊の顔は消え、そこにあるのは、予期せぬ敗北でパニックを起こして責任をぶつけあう子供の姿だった。
海里はロロの鎌の刃から剣を引いて距離を取った。
「……まだ続けるか? オーガを失った以上、これ以上の戦いは無意味だと思うけど……」
海里の言葉にリリィが歯を剥いて唸る。
「賊なら捕縛したほうがいいわ。オーガを操れる奴らを野放しにするのは良くないわ」
リズは肩で息をしながら双子を逃がさない意思を見せる。その視線は、リリィの持つ魔導具の鞭を見つめていた。
「リズ、俺たちも消耗してるぜ。子供だろうと王都まで連行するのは骨が折れるぜ? ……今の俺らに、そんな余裕があるか?」
レンが三人の疲労状態を考え、意見がまとまらない中、戦場に一種の膠着状態が訪れた。
それを破ったのは何かの投擲音だった。 海里たちと双子の中間地点に、丸い物体が転がり込む。
「何だ!?」
海里が叫ぶのと、その物体から煙が噴き出すのはほぼ同時だった。
「煙幕か!?」
白い濃煙が膨れ上がり、周囲を真っ白に塗りつぶしていく。
「吸うな! ただの目眩ましじゃねぇ、麻痺毒だ……痺れるぞ!」
鼻腔を突く薬品臭にレンが警告を叫び、海里とリズは咄嗟に服の袖で口元を覆ったが、多少の煙を吸ってしまい、身体の痺れを感じていた。
そして、視界を遮る白い煙の向こうから女の声が響く。
「リリィ、ロロ。……何してるんだい!撤退するよ!」
「待ってよイザベラ! あいつらにオーガちゃんが……! あれを従えるのに、私たちがどれだけ苦労したと思ってるのよ!」
泣き叫ぶようなリリィの抗議。だが、イザベラと呼ばれた女の声に躊躇いはなかった。
「傀儡の魔物なら、代わりはいくらでもいる!それよりディランがあんた達を心配してるんだよ」
「ディランパパが……? ……っ、クソぉ! 覚えてろよお前ら! 次に会ったら絶対に許さないからな!」
ロロの罵声が響いて白い煙が薄れていった。海里たちが咳き込みながら視界を取り戻したとき、そこには驚愕の光景があった。
通常の狼を遥かに凌ぐ巨躯の白い毛並みを持つ狼に跨った赤髪の女が、脇に双子を抱え上げ、凄まじい速さで森の奥へと消えていく。
「あんたたちぃ!! 次は絶対、絶対に後悔させてやるんだからぁ!」
遠ざかるリリィの絶叫を最後に、賊の三人は姿を消した。
海里たち三人は、その場に座り込むようにして安堵の息を吐いた。
「ここまでね。あの速度には追いつけないわ」
「そうだな。深追いは危険だ。あの白狼に乗ってた女のほうが強そうだった」
リズとレンが疲れた声で同意し、そんな二人に海里は感謝を伝えた。
「二人とも付いて来てくれてありがとう。とんだ初依頼になったけど、一人では危なかった」
「気にするなよ新人。むしろ、久々に手ごたえのある戦闘だった」
「気にしないで新人。焦ってもおかしくないのに冷静だったじゃない」
二人の返事が示し合わせたかのように同じタイミングで発せられたので、三人の間の空気が緩んで思わず笑いあった。
「それにしても傀儡魔法でオーガまで従えるなんて……あの双子、放置すると危険だわ」
リズが眉をひそめ事態の深刻さを噛み締める。その視線は、双子が消えた森の奥をじっと見つめている。
「依頼は達成したけどよ……この件、戻ってマーカスに報告しようぜ」
レンの提案に二人は頷く。
「さっきの女はイザベラって呼ばれてたけど、別でディランって男もいる。大所帯なのかもな。黒焦げだけど、オーガの耳を持って帰ろうぜ」
海里はレンに手渡されたナイフで、黒焦げのオーガの耳を削ぎ落とした。初めて行った行為なのに、嫌悪感を感じることもなかった。
突発的に発生した戦闘で消耗した三人は、王都への帰路に就いた。
帰り道の途中、海里は抵抗を覚えるはずの対人戦で身体が動いたことに驚愕していた。ルクスから託された記憶の中には、彼の戦闘経験もあり、それが極限状況で、急速に適合していく感覚を感じた。
(また、誰かの命を奪うところだった……)
あの双子は敵で、こちらを殺そうとした人間だ。反撃を躊躇えば、海里のほうが命を落としていただろう。だが、それ以上に海里の心を占めていたのは安堵だった。 自分の振るう剣が、最終的に人間を殺めるに至らなかったことへの。
簡単に命を落とすこの世界で、再びあの日と似た罪悪感を覚えるのではないか。その思いに葛藤しながら、海里はふと、懐にある形見のペンダントに指を這わせた。
(……今回は光らなかったな。重力魔法とは関係ないのか? それとも、俺の意志に反応しているのか?)
指先に触れる銀細工の感触は冷たい。 何度も海里を救ってくれる不可解な力を疑問に思っても、無機質なペンダントがそれに答えることはない。
海里はまだ見ぬ力の正体と、これから歩む道への不安を感じていた。
□■□■□■□
海里たちが去った戦場痕に、抉れた地面、へし折られた樹木、そして鼻を突く焦熱の臭いが残っていた。横たわるゴブリンや狼、そしてオーガの骸はそのまま残っていた。
だが、その場所へ血の芳香に誘われ、地中からそれは現れた。
サメのような頭部と鋭利な牙が並び、ハイエナのような不規則な斑模様が浮かぶ肉体。異なる生命を強引に縫い合わせたような姿は、異形そのものだった。
群れで現れ、不揃いな赤黒い背びれは不気味な脈動を繰り返す。
暗闇の中で爛々と光る紅い眼が魔物の死体を眺めていたかと思うと、異形の群れが一斉に骸へと群がった。
死肉は引きちぎられ、オーガの強靭な骨が容赦なく噛み砕かれていく。静まり返った森に響くのは、硬質な骨を砕き、肉の千切れる不快な音。
異形の魔物の凄まじい食欲の前では、巨躯を誇ったオーガさえ瞬く間に消えていった。食事を終えた異形の群れが去った後、そこには魔物の死体があった痕跡は残っていなかった。
残されたのは血で黒ずんだ地面と、異形の魔物から発された魔力の残滓。
森は禍々しい気配に満ち、再びこの森で何かが起こることを予感させて静けさに包まれた。




