第11話:何処にもいない患者
リグリアの王都に到着した海里は、道中の行動を共にした騎士たちに別れを告げた後、ジュノアの背中を追って石畳の道を歩いていた。
目的地は、ジュノアから聞いたアルベールという医者の開く医院。
王都は想像を超える活気に満ちていた。人々が行き交い、大通りには木材や石材で造られた趣のある商店が軒を連ねていた。
王都全体は堅牢な石壁によって厳重に囲まれていた。壁の内側には、石造りの建築物が密集し、壮厳な街並みを形成している。
しかし、その活気あふれる街中で、異質な風景が飛び込んできた。
街の随所で、白い外套を纏った者たちが、道行く人々に熱心に何かを語りかけている場面を何度も見かけた。それは輪廻教団の信徒たちで、一見すると穏やかな笑みを浮かべていた。
人々の反応は様々で、彼らの言葉に耳を傾ける者もいれば、煩わしそうに顔をしかめ、足早に立ち去る者もいた。
海里が教団信徒に視線を向けていることに気づいたジュノアは、すぐに声をかけた。
「あれは輪廻教団の布教活動よ。あまり彼らのほうを見ないで、海里」
ジュノアはそう言いながら、海里の腕をそっと掴み、早足で歩き始めた。
「彼らは珍しいものや、目立つ者に鼻が利くわ。それが理由で教団に入る人もいるから」
「ああ、気を付けるよ」
ロルカ村で海里は転生者と知られて、輪廻教団に売られかけた。村を吹き飛ばしたという教団幹部は、もう王都に戻ってきているだろう。
重力の魔力だけならともかく、海里自身に理解できていない形見のペンダントの発光現象。教団に入るつもりがなくとも、それを理由に教団に目をつけられることは避けたかった。
二人の間に教団について、それ以上の言葉はなく、石畳を叩く足音が響いていた。やがてジュノアが足を止め、ある石造りの建物を指差した。
「ここがアルベール先生の医院よ。腕は確かで、建国に携わった人の血筋でもあるの。……信頼できる人よ」
窓からは薬草を煎じる、かすかに苦い匂いが漂っている。海里はその看板を見上げ、小さく息を吐いた。
(建国者に携わった関係者の子孫、か……。単なる街医者じゃなさそうだな)
海里は、己の無知を改めて突きつけられた。ルクスから託された知識は、断片的なものに過ぎない。この世界の常識と歴史は、まだ自分の血肉にはなっていない。
(喋りすぎないようにして、近いうちに、この国や歴史のこと調べないとな……)
気を引き締め直す海里の隣で、ジュノアが重厚な木製の扉をノックした。
ほどなくすると、ドアが開く。海里はそこに立っていた人物の姿に目を奪われた。
白いコートに黒のシャツを着こなしたその男は、一見すると医師というよりは、深い知識を持つ研究者に見えた。
彼の整った顔立ちには柔和な笑みが浮かんでいたが、その穏やかな瞳の奥に色濃い疲弊が見て取れた。
「やぁ、ジュノアちゃん、来ると思っていたよ。今日はルクス君はいないのかい?ん?そちらの君は……?」
アルベールはジュノアの様子を確認し、ルクスがいないこと、彼女の隣に立つ見慣れない青年の存在に気づき、わずかに眉を寄せた。
「ルクスは森で魔物と戦い……亡くなりました。彼はルクスの最期を看取ってくれた海里です。先に運ばれているリーファさんだけでなく、彼の身体を診ていただけますか?」
ジュノアは唇をきつく結び、震える声で告げた。
「ルクス君が……!?ジュノアちゃん、君にとっては辛いだろうに」
ルクスが死んだという言葉を聞いたアルベールは、驚きに目を見開いてから、海里に視線を向けた。
「海里君だったね。私はアルベール。ジュノアちゃんと親しかったルクス君を看取ってくれてありがとう。詳しい話は中でしよう。さあ、入ってくれ」
それから、アルベールは二人から詳細な話を聞き、それから海里の身体を診察した。手慣れた手つきで、丁寧に海里の身体の状態を確認していく。
「魔物に吹き飛ばされた時、身体を強く打ったんですが、後遺症とかは大丈夫でしょうか?」
「ふむ、心配ないよ。君の身体は正常だよ。後遺症の心配もない。ただ…」
アルベールは顎に手を当て、考え込むように海里の顔を見つめた。
「ただ、普通の人と比べて、随分と身体能力が高そうだ。何か特別な訓練でも受けていたのかい?」
アルベールの疑問に、海里は内心で冷や汗をかいた。ルクスの力を託されたと言っても信じてもらえないだろう。
「いえ、特にこれといった訓練はしていないです。活発に動き始めたのはごく最近です」
「ふむ?そうなのかい?」
しばらく話していると、アルベールの助手がやって来た。
「アルベール先生。先に運ばれたリーファさんですが、しばらく目を覚まさないでしょうが、命に別状はありません」
「良かった。ありがとうございます」
海里は、自分を助け、その結果、傷を負うことになったリーファが眠っているだけと聞き、ひとまず安堵した。
「ひとまず、あなたの身体に異常がなくて安心したわ。アルベール先生、急な診察をありがとうございました」
ジュノアはアルベールに一礼し、それから海里の方に向き直った。
「私は白銀騎士団の本部に戻るわ。……ルクスのこと、それと、あなたから聞いた異形の魔物の件を報告しないといけないから」
「……ああ。色々とありがとうジュノア」
海里の言葉に、彼女は柔らかな笑みを浮かべる。
「いいのよ。……じゃあ、またね」
そうして、彼女は医院を後にした。ルクスを失った悲しみが簡単に癒えるとは思えないが、それでも時間をかけて気持ちを整理してほしいと、彼女の背中を見送りながら海里は願った。
□■□■□■□
ジュノアが去り、医院に静寂が戻った。アルベールはふう、と深く椅子に身を沈めると、棚から茶葉を取り出した。
「さあ、温かいものでも飲んで。二人になったところで、……少し、私の愚痴を聞いてもらっても構わないかな」
窓の外から、王都の喧騒が遠く聞こえる。
彼に差し出されたお茶は疲れた身体に染みた。ふと見たアルベールの指先に、薬草の微かな色が染み付いている。休む間もなく患者と向き合い続けてきた結果なのだろう。
「最近は魔物と賊が跋扈して、騎士団の手が回っていない。おかげで薬草の採集がままならなくて、薬の備蓄も心もとないんだ。冒険者ギルドに依頼を出しているが、必要な量は足りない」
アルベールは遠い目をして、語り続ける。
「宰相様が進める富の集中政策が、この国を蝕んでいる。不満が犯罪を生み、絶望が賊を増やす。……怪我人を診るより、この国そのものを治療する方が必要なのかもしれないな」
その言葉は、海里を複雑な気持ちにさせた。
自分を陥れたロルカ村の村人たち。街道で斬り倒された賊たち。彼らもまた、今のリグリアの現状が生み出した歪みに過ぎなかったのではないのかと。
「もう一つ、輪廻教団の動きも無視できない。彼らは王国に協力的だが……、それとは別の目的がある気がしてならない。彼らの目的の成就に必要なものが、リグリアにあるんだろうか……」
(教団が王国に協力的、か。……村を容赦なく吹き飛ばしたんだ。まともな狙いなはずがない)
海里が内心で警戒を強めていると、アルベールは苦笑いを浮かべた。
「……と、国の現状ばかり話してしまったね。実はもう一つ、個人的に頭の痛い患者がいてね」
「と言うと?」
「深手を負って駆け込んできた男性がいてね。……目を離すとふらりと消えては、知らぬ間に戻ってくる。安静にしてくれと言っても聞く耳持たずさ。医者として、あんなに手に負えない人は初めてだよ」
アルベールは肩をすくめたが、その表情には困惑よりも、得体の知れない存在に対する微かな畏怖が滲んでいた。
「今はいるんですか?」
「いいや、今はまた、どこかへ消えてしまった。いつ戻るかも分からない」
その患者の話を聞き、海里の胸が何故かざわついた。 その感覚の正体は分からない。ただ、その見知らぬ男と、いつか邂逅することになる。 ……そんな予感があった。
「愚痴ばかりですまなかったね。君には関係のない話だ」
穏やかに笑うアルベールに、海里も小さく笑みを返した。 この医師との関係も深くなるのだろう。 そんな予感を抱えて、海里はお茶の最後の一口を飲み干した。




