そして伝説へ⋯⋯
カッ──!!
視界が白飛びするほどの閃光が、壊れかけたセーブ部屋から噴出した。それは今まで私が放っていた癒やしの青い光ではない。魂そのものを燃料にして燃え上がる、黄金の劫火。
パキパキパキパキッ!
私の本体である結晶が急速に崩壊していく。核を覆っていた外殻が砕け、内包されていた膨大なエネルギーが奔流となって溢れ出す。
[ システム警報 ]
警告:コア崩壊を開始。
存在維持領域、消失。
自我データ⋯⋯保存できません。
本当に実行しますか?
>> YES / NO
最後の最後でシステムが問いかけてきた。
それはまるで私を死なせまいとする、この世界の最後の良心のようにも思えた。
(⋯⋯ごめんな)
私は心の中で、自分を管理してくれたシステムに詫びた。
(でも、選ばせてくれ。俺は、ただ石として残り続ける未来より⋯⋯あいつらが笑って暮らせる未来が欲しいんだ)
私は迷わず『YES』を叩きつけた。
[ .....分かりました. ]
[ 健闘を祈ります、あなた ]
一瞬、無機質なログが人間臭い言葉を表示した気がした次の瞬間、私の意識は光の渦に溶けた。
痛くはない。熱くもない。ただ自分という存在が拡散し世界の一部になっていく感覚。
そのすべてを私は一つのベクトルへと収束させた。
──届け。あのバカで、無茶ばかりする、愛すべき勇者たちへ!
ズドォォォォォォッ!!
黄金の光線が、破壊された扉の枠を突き抜け、ボス部屋の闇を切り裂いて一直線に飛翔した。
死を覚悟し目を閉じていた勇者アルド、彼を包み込んだのは虚無の闇ではなかった。
「⋯⋯え?」
温かい、陽だまりのような熱。それが全身の毛穴という毛穴から爆発的な勢いで流れ込んでくる。
ドクンッ!!
止まりかけていた心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。
潰れた左目が熱を持つ。折れた骨がパキパキと音を立てて接合する。千切れた筋肉が編み込まれる。
治癒ではない。再生ですらない。
これは──「再構築」だ。
「な、んだ⋯⋯これ⋯⋯!?」
アルドが目を見開く、視界がクリアだ。いや以前よりも遥かに鮮明に世界が見える。
体中から力が溢れて止まらない。手の中にある折れた剣の柄から眩い光が伸び刀身を形成していく。
彼だけではなかった。
聖女、魔導師、重戦士⋯⋯瀕死だった仲間たち全員が、黄金のオーラを纏って立ち上がっていた。
その頭上に、バグったような文字列が浮かび上がる。
[ システムログ ]
>> 勇者パーティに対し、管理者権限による特別支援を執行。
付与効果:
1. 《HP超速自動回復》:毎秒100%回復
2. 《攻撃力限界突破》:物理・魔法威力 100倍
3. 《絶対無敵》:全ダメージ無効化
「馬鹿な⋯⋯ッ!?」
魔王ゼノスの驚愕の声が響く。彼がチャージしていた極大消滅魔法。
世界を終わらせるほどの闇の球体が、勇者たちを包む黄金の光に触れた瞬間、ジュワッとかき消されたのだ。
「貴様ら何をした!? 死に体だったはずだ! そのふざけた力はどこから湧いてきたッ!!」
魔王が吠える。未知の力に対する、原初的な恐怖。
アルドは呆然と自分の手を見つめ、そしてゆっくりと振り返った。
背後の、扉の向こう。光り輝きながら砕け散っていく、青い結晶の残骸へ。
「⋯⋯お前、なのか?」
アルドが震える声で呟いた。
その時だ。
『──行けえええええええええッ!!』
頭の中に、声が響いた。ウィンドウの文字じゃない。
少し生意気で、けれど何よりも力強い、肉声。
『アルドォォォッ! 泣いてる暇があったら剣を振れ! これが最後の、特大サービスだッ!!』
アルドの瞳から大粒の涙が溢れ出した。聞いたことはない。でも、わかる。
こいつだ。ずっと俺たちの側で文句も言わずに傷を癒やし、おにぎりを出し、下手くそな文字で励ましてくれた、あの石の声だ。
「⋯⋯ああ、聞こえてるぞ!!」
アルドは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で獰猛に笑った。
「ありがとよ⋯⋯!! おまえの命、最高に使わせてもらうぜッ!!」
ドンッ!!
アルドが地面を蹴った。その速度は先ほどの比ではない。音速すら超え、光の矢となって魔王へと肉薄する。
「小賢しいわ虫ケラがぁぁッ!!」
魔王が無数の触手を槍のように突き出す。
バシュッ! バシュッ!
アルドは防御すら必要としなかった。触手が身体を貫く──はずが、黄金のオーラに触れた瞬間に蒸発する。《絶対無敵》今の彼には魔王の攻撃などそよ風ですらない。
「なッ!?」
「これで、終わりだぁぁぁぁぁッ!!」
アルドが光の剣を振りかぶる。
《攻撃力100倍》
それはゲームバランスなど度外視した、子供の空想のようなデタラメな数値。
だが今の彼にはその資格がある。友の命を背負った一撃なのだから、理不尽なくらい強くて当然だ!
ズッ、パァァァァァァァンッ!!
一閃――ただの一振り。
それだけで魔王ゼノスの巨体は防御障壁ごと、鎧ごと、空間ごと──真っ二つに両断された。
「ガ、ア⋯⋯ア⋯⋯!?」
魔王は自分の身体に入った亀裂を信じられない目で見下ろし、そして崩壊していく私の光を見つめた。
「⋯⋯見事だ。人間⋯⋯と、その加護よ⋯⋯」
満足げな遺言を残し、絶望の象徴だった闇は光の粒子となって霧散した。
静寂が戻り黄金の光が役割を終えてキラキラと空気に溶けていく。
勝ったのだ。無理ゲーと呼ばれた運命を私たちは覆したのだ。
(⋯⋯へへっ、やったな、アルド)
あれほどダンジョンを圧迫していた重苦しい瘴気が、嘘のように晴れていく。
天井の崩れた隙間から細い光が差し込んでいた。それはこの地下世界に初めて訪れた「夜明け」だった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ッ」
勇者アルドは、勝利の余韻に浸ることはなかった。ガランと音を立てて剣を取り落とすと、彼はよろめきながら振り返った。黄金の輝きを失い、薄暗がりの中に沈んだ、あの小部屋の方へ。
「石⋯⋯ッ!」
アルドが走る。聖女たちも後を追う。
破壊された鉄扉をくぐり、彼らがたどり着いた場所。
そこには、もう「蒼き結晶」はなかった。
サラサラ⋯⋯。
乾いた音がして、青い砂が崩れ落ちていく。かつて私だったもの。勇者たちを癒やし、励まし、守り抜いたセーブポイントは、魔力を使い果たし、ただの砂礫となって崩壊していた。
「あ、あぁ⋯⋯」
アルドが膝から崩れ落ちる。彼は必死に両手を伸ばし、崩れ落ちる青い砂をかき集めようとした。
だがサラサラと指の隙間からこぼれ落ちていく。まるで止めることのできない時間の砂時計のように。
「なんでだよ⋯⋯。勝ったんだぞ。お前のおかげで、勝てたんだぞ! なぁ、返事をしてくれよ! また文字を出してくれよ! おにぎり出して、笑わせてくれよ⋯⋯ッ!」
アルドの絶叫が虚しく反響する。私はその光景を「どこか高いところ」から見ているような気がした。
視界はもうない。音も遠い。意識の糸がプツリ、プツリと切れていく。
(泣くなよ、アルド。⋯⋯かっこ悪いぞ、英雄が)
私は彼に最後の言葉をかけたかった。システムウィンドウはもう開けない。魔力もない。
残っているのは、魂の燃えカスのような、わずかな灯火だけ。
(十分だ。これだけあれば、一言くらいは⋯⋯)
私は最後の力を振り絞った。アルドの涙で濡れた砂の上に、蛍のような淡い光の粒子を集める。
ふわリ。
空中に、拙い、子供の落書きのような光の文字が浮かんだ。
『アリガトウ』
アルドが息を呑んで、顔を上げる。
『タノシカッタ』
嘘じゃない。最初は動けないことに絶望した。暇で死にそうだった。
でも、お前たちが来てからは、毎日が騒がしくて、愛おしくて、最高にスリリングだった。
君たちの成長を見守るのが好きだった。頼られるのが嬉しかった。
君たちの冒険の一部になれたことが私の誇りだった。
『バイバイ』
文字が、ふっと滲んだ。それが私の限界だった。
「待て! 行くな! 置いていかないでくれッ!!」
アルドが光に手を伸ばす。けれど、その手は虚空を切り光の粒子は天へと昇っていく。
意識が急速にフェードアウトする。
最後に感じたのは、アルドの掌の温もりと、どこまでも澄み渡った達成感。
(ああ⋯⋯いい、石生だったな)
私は満足して、永い眠りについた。
* * *
魔王ゼノスの討伐から、半年が過ぎた。
世界は平和を取り戻した。空を覆っていた暗雲は消え去り、人々は恐怖のない日々を謳歌している。
四人の英雄たちは王都で盛大なパレードに迎えられ、その功績を称えられた。
だが英雄アルドの姿は、祝宴の席にはなかった。
──とある草原。
心地よい風が吹き抜ける丘の上で、一人の青年が野営の準備をしていた。
勇者アルドだ。彼は栄光の座を辞し一人で旅を続けていた。
「今日はいい天気だな」
アルドは独り言を呟きながら焚き火に薪をくべる。そして胸元から大切な「相棒」を取り出した。
銀の鎖で繋がれた、小さなペンダント。その先端には親指ほどの大きさの「青い宝石」が揺れている。
あの日、砂になったセーブポイントの中から見つけ出した、唯一残った私の核の欠片だ。
「⋯⋯なぁ。この空、お前にも見せてやりたかったよ」
アルドは宝石を愛おしそうに指で撫でた。宝石は太陽の光を受けてキラリと輝く。
この半年、アルドはずっと私(宝石)に話しかけながら旅をしてきた。
魔王を倒した時に浴びた莫大な魔力と、アルドが注ぎ続けた感謝の想い。それらが宝石の中で混ざり合い、少しずつ、温かい鼓動を刻み始めていたことに、彼は気づいていただろうか。
パチッ。
焚き火が爆ぜる音と共に、宝石がカッと強く脈動した。
「え⋯⋯?」
アルドが驚いて手を離す。ペンダントが宙に浮き上がり、眩い光を放ち始めた。
それは、あの日見た「回復の光」であり、同時に「命の光」でもあった。
光が収束し、形を成していく。もう、無骨な岩塊ではない。
小さな手足。透き通るような羽。そして懐かしい青色の輝き。
光が弾けた時。そこには手のひらサイズの精霊のような姿をした「私」がふわふわと浮いていた。
「⋯⋯んあ?」
私は大きく伸びをして、目を開けた(今度はちゃんと目がある!)。
眩しい。ダンジョンの薄暗い天井じゃない。どこまでも広がる青い空と白い雲。
「あれ? ここ、天国? にしては、なんか草っぽい匂いがするけど」
私はキョロキョロと辺りを見回し、そして目の前で彫像のように固まっている青年と目が合った。
「⋯⋯あ、アルド? うわ、なんか老けた? 目の下のクマひどくない?」
軽口を叩いたつもりだった。
けれどアルドは何も言わず、震える手で私を──小さな私の身体を、壊れ物を扱うようにそっと包み込んだ。
「⋯⋯ばか」
ポタリ。大きな雫が、私の頭に落ちてきた。
「遅いんだよ、バカ野郎⋯⋯! どれだけ待ったと思ってるんだ⋯⋯!」
「うわっ、ちょ、泣くなよ! せっかく復活したのに湿っぽいなぁ!」
私は彼の指にしがみつき、ニシシと笑ってみせた。
ああ、生きている。身体がある。声が出る。
そして何より──動ける!
「へへっ、驚いた? 魔王の魔力をたっぷり吸ったおかげで、進化しちゃったみたいだ」
私はアルドの目の前でくるりと宙返りをした。
「これからはセーブポイントじゃない。⋯⋯専属のナビゲーター妖精だ!」
アルドが涙を拭って破顔した。あのダンジョンの中で見せた、頼りない笑顔じゃない。
眩しい太陽のような、最高の笑顔だ。
「ああ⋯⋯頼むぜ。ナビゲートしてくれよ、俺の人生を」
「任せとけ! 道案内も、バフも、話し相手も全部やってやる!」
私は彼の肩にちょこんと着地した。ここが私の新しい特等席だ。
動けない石だった日々は終わった。
これからは、歩ける。走れる。どこへだって行ける。
「行こう、アルド! 新しい冒険へ!」
「ああ──行こう!」
風が吹き抜ける。私たちは足並みを揃えて(私は飛んでるけど)、果てしない地平線の向こうへと歩き出した。
これは死に戻り勇者とお節介な元セーブポイントが紡ぐ、新たな英雄譚の始まりである。




