表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/8

そして伝説へ⋯⋯

 カッ──!!


 視界が白飛びするほどの閃光が、壊れかけたセーブ部屋から噴出した。それは今まで私が放っていた癒やしの青い光ではない。魂そのものを燃料にして燃え上がる、黄金の劫火。


 パキパキパキパキッ!

 

 私の本体である結晶が急速に崩壊していく。コアを覆っていた外殻が砕け、内包されていた膨大なエネルギーが奔流となって溢れ出す。


 [ システム警報 ]

 警告:コア崩壊を開始。

 存在維持領域、消失。

 自我データ⋯⋯保存できません。

 本当に実行しますか?

 >> YES / NO


 最後の最後でシステムが問いかけてきた。

 それはまるで私を死なせまいとする、この世界の最後の良心のようにも思えた。


(⋯⋯ごめんな)


 私は心の中で、自分を管理してくれたシステムに詫びた。


(でも、選ばせてくれ。俺は、ただ石として残り続ける未来より⋯⋯あいつらが笑って暮らせる未来が欲しいんだ)


 私は迷わず『YES』を叩きつけた。


 [ .....分かりました. ]

 [ 健闘を祈ります、あなた ]


 一瞬、無機質なログが人間臭い言葉を表示した気がした次の瞬間、私の意識は光の渦に溶けた。


 痛くはない。熱くもない。ただ自分という存在が拡散し世界の一部になっていく感覚。

 そのすべてを私は一つのベクトルへと収束させた。


 ──届け。あのバカで、無茶ばかりする、愛すべき勇者たちへ!


 ズドォォォォォォッ!!

 

 黄金の光線が、破壊された扉の枠を突き抜け、ボス部屋の闇を切り裂いて一直線に飛翔した。


 死を覚悟し目を閉じていた勇者アルド、彼を包み込んだのは虚無の闇ではなかった。


「⋯⋯え?」


 温かい、陽だまりのような熱。それが全身の毛穴という毛穴から爆発的な勢いで流れ込んでくる。


 ドクンッ!!


 止まりかけていた心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。

 潰れた左目が熱を持つ。折れた骨がパキパキと音を立てて接合する。千切れた筋肉が編み込まれる。

 治癒ではない。再生ですらない。

 これは──「再構築リメイク」だ。


「な、んだ⋯⋯これ⋯⋯!?」


 アルドが目を見開く、視界がクリアだ。いや以前よりも遥かに鮮明に世界が見える。

 体中から力が溢れて止まらない。手の中にある折れた剣の柄から眩い光が伸び刀身を形成していく。


 彼だけではなかった。

 聖女、魔導師、重戦士⋯⋯瀕死だった仲間たち全員が、黄金のオーラを纏って立ち上がっていた。


 その頭上に、バグったような文字列バフアイコンが浮かび上がる。


 [ システムログ ]

 >> 勇者パーティに対し、管理者権限による特別支援チートを執行。


 付与効果:

 1. 《HP超速自動回復オートリジェネ》:毎秒100%回復

 2. 《攻撃力限界突破》:物理・魔法威力 100倍

 3. 《絶対無敵インビンシブル》:全ダメージ無効化


「馬鹿な⋯⋯ッ!?」


 魔王ゼノスの驚愕の声が響く。彼がチャージしていた極大消滅魔法ヴォイド・エンド

 世界を終わらせるほどの闇の球体が、勇者たちを包む黄金の光に触れた瞬間、ジュワッとかき消されたのだ。


「貴様ら何をした!? 死に体だったはずだ! そのふざけた力はどこから湧いてきたッ!!」


 魔王が吠える。未知の力に対する、原初的な恐怖。


 アルドは呆然と自分の手を見つめ、そしてゆっくりと振り返った。

 背後の、扉の向こう。光り輝きながら砕け散っていく、青い結晶の残骸へ。


「⋯⋯お前、なのか?」


 アルドが震える声で呟いた。

 その時だ。


『──行けえええええええええッ!!』


 頭の中に、声が響いた。ウィンドウの文字じゃない。

 少し生意気で、けれど何よりも力強い、肉声。


『アルドォォォッ! 泣いてる暇があったら剣を振れ! これが最後の、特大サービスだッ!!』


 アルドの瞳から大粒の涙が溢れ出した。聞いたことはない。でも、わかる。

 こいつだ。ずっと俺たちの側で文句も言わずに傷を癒やし、おにぎりを出し、下手くそな文字で励ましてくれた、あの石の声だ。


「⋯⋯ああ、聞こえてるぞ!!」


 アルドは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で獰猛に笑った。


「ありがとよ⋯⋯!! おまえの命、最高に使わせてもらうぜッ!!」


 ドンッ!!


 アルドが地面を蹴った。その速度は先ほどの比ではない。音速すら超え、光の矢となって魔王へと肉薄する。


「小賢しいわ虫ケラがぁぁッ!!」


 魔王が無数の触手を槍のように突き出す。


 バシュッ! バシュッ!

 

 アルドは防御すら必要としなかった。触手が身体を貫く──はずが、黄金のオーラに触れた瞬間に蒸発する。《絶対無敵》今の彼には魔王の攻撃などそよ風ですらない。


「なッ!?」

「これで、終わりだぁぁぁぁぁッ!!」


 アルドが光の剣を振りかぶる。


 《攻撃力100倍》


 それはゲームバランスなど度外視した、子供の空想のようなデタラメな数値。

 だが今の彼にはその資格がある。友の命を背負った一撃なのだから、理不尽なくらい強くて当然だ!


 ズッ、パァァァァァァァンッ!!


 一閃――ただの一振り。


 それだけで魔王ゼノスの巨体は防御障壁ごと、鎧ごと、空間ごと──真っ二つに両断された。


「ガ、ア⋯⋯ア⋯⋯!?」


 魔王は自分の身体に入った亀裂を信じられない目で見下ろし、そして崩壊していく私の光を見つめた。


「⋯⋯見事だ。人間⋯⋯と、その加護よ⋯⋯」


 満足げな遺言を残し、絶望の象徴だった闇は光の粒子となって霧散した。

 静寂が戻り黄金の光が役割を終えてキラキラと空気に溶けていく。


 勝ったのだ。無理ゲーと呼ばれた運命を私たちは覆したのだ。


(⋯⋯へへっ、やったな、アルド)


 あれほどダンジョンを圧迫していた重苦しい瘴気が、嘘のように晴れていく。

 天井の崩れた隙間から細い光が差し込んでいた。それはこの地下世界に初めて訪れた「夜明け」だった。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ッ」


 勇者アルドは、勝利の余韻に浸ることはなかった。ガランと音を立てて剣を取り落とすと、彼はよろめきながら振り返った。黄金の輝きを失い、薄暗がりの中に沈んだ、あの小部屋の方へ。


「石⋯⋯ッ!」


 アルドが走る。聖女たちも後を追う。

 破壊された鉄扉をくぐり、彼らがたどり着いた場所。

 そこには、もう「蒼き結晶」はなかった。


 サラサラ⋯⋯。


 乾いた音がして、青い砂が崩れ落ちていく。かつて私だったもの。勇者たちを癒やし、励まし、守り抜いたセーブポイントは、魔力を使い果たし、ただの砂礫(されき)となって崩壊していた。


「あ、あぁ⋯⋯」


 アルドが膝から崩れ落ちる。彼は必死に両手を伸ばし、崩れ落ちる青い砂をかき集めようとした。

 だがサラサラと指の隙間からこぼれ落ちていく。まるで止めることのできない時間の砂時計のように。


「なんでだよ⋯⋯。勝ったんだぞ。お前のおかげで、勝てたんだぞ! なぁ、返事をしてくれよ! また文字を出してくれよ! おにぎり出して、笑わせてくれよ⋯⋯ッ!」


 アルドの絶叫が虚しく反響する。私はその光景を「どこか高いところ」から見ているような気がした。


 視界はもうない。音も遠い。意識の糸がプツリ、プツリと切れていく。


(泣くなよ、アルド。⋯⋯かっこ悪いぞ、英雄が)


 私は彼に最後の言葉をかけたかった。システムウィンドウはもう開けない。魔力もない。

 残っているのは、魂の燃えカスのような、わずかな灯火だけ。


(十分だ。これだけあれば、一言くらいは⋯⋯)


 私は最後の力を振り絞った。アルドの涙で濡れた砂の上に、蛍のような淡い光の粒子を集める。


 ふわリ。

 空中に、拙い、子供の落書きのような光の文字が浮かんだ。


『アリガトウ』


 アルドが息を呑んで、顔を上げる。


『タノシカッタ』


 嘘じゃない。最初は動けないことに絶望した。暇で死にそうだった。

 でも、お前たちが来てからは、毎日が騒がしくて、愛おしくて、最高にスリリングだった。


 君たちの成長を見守るのが好きだった。頼られるのが嬉しかった。

 君たちの冒険の一部になれたことが私の誇りだった。


『バイバイ』


 文字が、ふっと滲んだ。それが私の限界だった。


「待て! 行くな! 置いていかないでくれッ!!」


 アルドが光に手を伸ばす。けれど、その手は虚空を切り光の粒子は天へと昇っていく。

 意識が急速にフェードアウトする。

 最後に感じたのは、アルドの掌の温もりと、どこまでも澄み渡った達成感。


(ああ⋯⋯いい、石生(じんせい)だったな)


 私は満足して、永い眠りについた。



  * * *



 魔王ゼノスの討伐から、半年が過ぎた。


 世界は平和を取り戻した。空を覆っていた暗雲は消え去り、人々は恐怖のない日々を謳歌している。

 四人の英雄たちは王都で盛大なパレードに迎えられ、その功績を称えられた。


 だが英雄アルドの姿は、祝宴の席にはなかった。


 ──とある草原。

 心地よい風が吹き抜ける丘の上で、一人の青年が野営の準備をしていた。

 勇者アルドだ。彼は栄光の座を辞し一人で旅を続けていた。


「今日はいい天気だな」


 アルドは独り言を呟きながら焚き火に薪をくべる。そして胸元から大切な「相棒」を取り出した。


 銀の鎖で繋がれた、小さなペンダント。その先端には親指ほどの大きさの「青い宝石」が揺れている。

 あの日、砂になったセーブポイントの中から見つけ出した、唯一残った私のコアの欠片だ。


「⋯⋯なぁ。この空、お前にも見せてやりたかったよ」


 アルドは宝石を愛おしそうに指で撫でた。宝石は太陽の光を受けてキラリと輝く。

 

 この半年、アルドはずっと私(宝石)に話しかけながら旅をしてきた。

 魔王を倒した時に浴びた莫大な魔力と、アルドが注ぎ続けた感謝の想い。それらが宝石の中で混ざり合い、少しずつ、温かい鼓動を刻み始めていたことに、彼は気づいていただろうか。


 パチッ。

 焚き火が爆ぜる音と共に、宝石がカッと強く脈動した。


「え⋯⋯?」


 アルドが驚いて手を離す。ペンダントが宙に浮き上がり、眩い光を放ち始めた。

 それは、あの日見た「回復の光」であり、同時に「命の光」でもあった。


 光が収束し、形を成していく。もう、無骨な岩塊ではない。

 小さな手足。透き通るような羽。そして懐かしい青色の輝き。


 光が弾けた時。そこには手のひらサイズの精霊フェアリーのような姿をした「私」がふわふわと浮いていた。


「⋯⋯んあ?」


 私は大きく伸びをして、目を開けた(今度はちゃんと目がある!)。

 眩しい。ダンジョンの薄暗い天井じゃない。どこまでも広がる青い空と白い雲。


「あれ? ここ、天国? にしては、なんか草っぽい匂いがするけど」


 私はキョロキョロと辺りを見回し、そして目の前で彫像のように固まっている青年と目が合った。


「⋯⋯あ、アルド? うわ、なんか老けた? 目の下のクマひどくない?」


 軽口を叩いたつもりだった。

 けれどアルドは何も言わず、震える手で私を──小さな私の身体を、壊れ物を扱うようにそっと包み込んだ。


「⋯⋯ばか」


 ポタリ。大きな雫が、私の頭に落ちてきた。


「遅いんだよ、バカ野郎⋯⋯! どれだけ待ったと思ってるんだ⋯⋯!」

「うわっ、ちょ、泣くなよ! せっかく復活したのに湿っぽいなぁ!」


 私は彼の指にしがみつき、ニシシと笑ってみせた。

 

 ああ、生きている。身体がある。声が出る。

 そして何より──動ける!


「へへっ、驚いた? 魔王の魔力をたっぷり吸ったおかげで、進化アップデートしちゃったみたいだ」


 私はアルドの目の前でくるりと宙返りをした。


「これからはセーブポイントじゃない。⋯⋯専属のナビゲーター妖精だ!」


 アルドが涙を拭って破顔した。あのダンジョンの中で見せた、頼りない笑顔じゃない。

 眩しい太陽のような、最高の笑顔だ。


「ああ⋯⋯頼むぜ。ナビゲートしてくれよ、俺の人生を」

「任せとけ! 道案内も、バフも、話し相手も全部やってやる!」


 私は彼の肩にちょこんと着地した。ここが私の新しい特等席だ。


 動けない石だった日々は終わった。

 これからは、歩ける。走れる。どこへだって行ける。


「行こう、アルド! 新しい冒険へ!」

「ああ──行こう!」


 風が吹き抜ける。私たちは足並みを揃えて(私は飛んでるけど)、果てしない地平線の向こうへと歩き出した。


 これは死に戻り勇者とお節介な元セーブポイントが紡ぐ、新たな英雄譚の始まりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ