夜の語り、魔王の違和感
数十回に及ぶ「死のトライアル&エラー」を繰り返し、勇者たちはついに「魔王のHPを一本削る(第一形態撃破)」ところまで到達していた。
そこまで進むと、またもや強制全滅イベントのような超広範囲攻撃でやられたのだが、戻ってきた彼らの表情は明るかった。
「進んだ」という実感が、彼らを支えているのだ。
今は休息の時間、ダンジョン内に夜という概念はないが人間の集中力には限界がある。
聖女、魔導師、重戦士の三人は私が展開した《聖域の加護》(身体強化付与+睡眠の質向上)の光の中で、泥のように眠っている。
だが一人だけ眠れない男がいた。
「⋯⋯起きているか?」
勇者アルドだ。彼は剣の手入れを終えると私の本体(結晶)の前にあぐらをかいて座った。
(起きてるも何も石ですから。24時間営業中だよ)
私は明滅で応える。アルドは苦笑して私の表面をコツコツと指で叩いた。
「不思議だな。⋯⋯お前が次の攻撃を教えてくれるおかげで、あんな理不尽な攻撃も避けられるようになった」
彼は不思議そうに首をかしげる。
「どうしてお前にはわかるんだ? 未来が見えているのか?」
いい質問だ。私は昼間の攻略で稼いだSP(そう、彼らが何度も死んでくれたおかげで、またポイントが貯まったのだ)を魔力に変換して使って、ウィンドウを表示させた。
『ログ ガ アル』
『オマエガ シンダ キロク』
『メ ヒカル → セキカ』
私は簡潔に伝えた。未来予知ではなくこれは膨大な「死のデータ」に基づいた統計学だ。
彼らが身体を張って集めた「死に方」のリストが、最強の攻略本になっているだけのこと。
「なるほどな⋯⋯。俺たちの死は、無駄じゃなかったってことか」
アルドは自嘲気味に笑った。そしてふと真顔になりボス部屋の扉を睨みつけた。
「最初は⋯⋯あいつも様子見をしていたんだ。俺たちが部屋に入って名乗りを上げるまで待っていた。一度死んでからは違う。扉を開けた瞬間、殺しに来る。まるで俺たちが生き返ってくることを知っているかのように」
⋯⋯鋭い。確かに魔王の挙動は「リスキル」狙いのそれに変わっている。この世界がゲームだとしても、かなり悪意のあるAIだ。
アルドは視線を戻し、じっと私の青い光を見つめた。
「なぁ。お前は誰なんだ? 女神様の使いか? それとも過去の勇者の成れの果てか?」
真剣な眼差しだった。命を預ける相手の正体を知りたい。それは当然の欲求だろう。
私はなんと答えればいいのだろう? 『元日本人のゲーマーです』なんて言っても文字の制限以前に伝わらないし雰囲気ぶち壊しだ。
私は少し考えて、文字を浮かべた。
『タダノ イシ ダヨ』
アルドはその文字を目で追い、ふっと吹き出した。
「ははっ⋯⋯そうか。ただの石か⋯⋯石に助けられ、石に餌付けされ、石に命を預ける勇者⋯⋯。お伽噺にもなりやしないな」
彼は膝を抱え、身体を小さくした。笑い声が消えるとそこには重苦しい沈黙が落ちた。
彼の手が震えているのがわかった。昼間は気丈に振る舞い、仲間を鼓舞していたリーダーの仮面が、誰も見ていない夜陰の中で剥がれ落ちていく。
「⋯⋯怖いんだ」
ポツリと、彼が溢した。
「何度も死ぬ。そのたびに痛みが走る。身体が千切れる感覚が、熱さが、寒さが、魂に刻まれる。生き返るとわかっていても⋯⋯扉を開けるのが、本当は怖くてたまらない」
それは誰にも言えない弱音だった。聖女たちの前では絶対に吐けない、勇者としての本音。
それを彼は「物言わぬ石」である私にだけ、打ち明けてくれた。
「俺は、勝てるのか? いつか、本当にあいつを倒せるのか⋯⋯?」
彼は縋るように私を見た。無責任な慰めは言えない。相手は強大すぎる。
でも私には「役割」がある。ここ(セーブポイント)にいる限り、絶対に彼を見捨てないという役割が。
私は残った全魔力を込めて、ウィンドウを展開した。
文字制限ギリギリの、精一杯のメッセージ。
『オマエハ シヌ』
アルドが息を呑む。
『デモ ワタシガ ナオす』
ウィンドウの文字が、私の感情に合わせて強く脈動する。
『ダカラ イケ』
(お前は死ぬ。何度でも死ぬだろう。でも、私が何度でも直してやる。元通りにしてやる。だから──恐れずに進め)
それは残酷な命令かもしれない。死んでこい、と言っているのと同じなのだから。
けれど、アルドは泣きそうな顔で笑った。
「⋯⋯ああ」
彼は額を私の冷たく硬い表面に押し付けた。ひんやりとした石の感触が彼の熱を奪っていく。
「わかった。⋯⋯行ってくるよ。お前がいる限り、俺は何度でも挑む」
カチリ、と何かが噛み合う音がした気がした。それはただの設備と利用者ではない。歪で奇妙、そして何よりも強固な「信頼関係」が、ここに結ばれたのだった。
* * *
リスポーン回数が、ついに一〇〇回を超えた。
普通の人間なら一〇〇回も死ねば精神が崩壊するだろう。肉体が無傷に戻ったとしても「死ぬ瞬間の痛み」と「恐怖」の記憶は蓄積されていくのだから⋯⋯それでも彼らは戦い続ける。
パシュン――軽快な音と共に勇者アルドたちが虚空から吐き出されたが以前のような悲鳴も、嘔吐もない。
「⋯⋯くそッ! あと一歩だったのに!」
「第三形態の『虚無の波動』⋯⋯あれの予備動作、短すぎないかしら!?」
「いや、集中すればギリギリ分かる⋯⋯直前の魔力収束にノイズが混じっていた。あれが合図だ。次は反応できる」
彼らは膝をつくこともなく、即座に円陣を組んで反省会を始めていた。
目は死んでいない。むしろギラギラとした狩人のような光を宿している。
たくましくなったなぁ⋯⋯。まったくこいつらの親の顔が見てみたいよ⋯⋯なんつって。
私は彼らの成長に目を細めた(目はないけれど)。
この数日間、私たちは地道なレベル上げと装備の強化(私の『異界の売店』から排出されたアイテムによる補強)、そして死因ログの解析を続けてきた。
その成果は劇的だった。初見殺しだった第一形態(物理無効の鎧)は、連携攻撃で難なく剥がせるようになった。続く第二形態(四属性魔法の乱舞)も、私の表示する『アンチョコ(属性予測)』を見ながら、最小限の被害で突破できるようになった。
問題は──その次だ。
「魔王ゼノス、第三形態⋯⋯あれは反則だろ」
重戦士が忌々しそうに、床をドンと叩いた。魔王は追い詰められると理知的な人型を半分捨て、下半身が不定形の影のような怪物へと変貌する。
攻撃パターンはデタラメで物理法則を無視した全方位攻撃がやってくる。なにより火力が桁違いでかすっただけでHPが消し飛ぶ。
(俺のログ解析も、第三形態だけは精度が落ちるんだよな⋯⋯)
私は申し訳ない気持ちでウィンドウを表示した。
『データ ブソク』
『ランダム コウゲキ オオスギ』
「気にするな。お前のサポートのおかげで、あそこまで辿り着けているんだ」
アルドが汗を拭いながら(実際にはリスポーンしているので汗などかいていないのだが、癖のようなものだ)私に笑いかけた。そして、彼はふと真顔になり、ボス部屋の扉を振り返った。
「⋯⋯なぁ」
場の空気が変わる。アルドの声に、わずかな戦慄が混じっていたからだ。
「さっきの戦闘、最後の方⋯⋯何か変じゃなかったか?」
「変って? いつも通り、理不尽な暴力の嵐だったけど」
「いや、違う」
アルドは首を振った。彼は誰よりも近くで魔王と剣を交えている。その彼が言うのだ、何か決定的な違和感があったに違いない。
「全滅する直前だ。魔王の奴⋯⋯動きを止めたんだ」
「え?」
聖女が聞き返す。
「止めたって、攻撃を?」
「ああ。俺たちが態勢を崩して、絶好の追撃チャンスだったのに。あいつは手を振り下ろさず⋯⋯ただ、じっと見ていた」
アルドは私の本体である青い結晶を指差した。いや、正確には私を指したのではない。「ボス部屋の中から見て私がいる方向」を指したのだ。
「俺たちじゃない。俺たちの背後にある、この『扉』を凝視していた⋯⋯気がする」
(⋯⋯は?)
私は思考を停止させた。ボスモンスターが戦闘中にプレイヤーを無視して、出口の方を見る?
ヘイト管理のバグか? いや、そんな生易しい雰囲気ではないことはアルドの表情を見ればわかる。
「まるで⋯⋯『そこに誰がいるのか』を探るような目だった」
アルドの言葉に石室の温度が数度下がったような気がした。
魔王は気づいているのか? 自分を倒そうとする人間たちが何度殺しても、扉一枚隔てた先で「新品同様」になって戻ってくる、このカラクリに。
「まさか、な⋯⋯。魔王は部屋から出られないはずだ。それがダンジョンのルールだろう」
魔導師が乾いた笑いを漏らした。そう、ルールだ。
ボスはボス部屋に君臨するものであり、セーブポイントまで出張ってくるなんてことは、ゲームの歴史上あってはならないマナー違反だ。
(大丈夫だ。この部屋には『聖域の結界』も張ってある。奴の攻撃だって届かないはずだ)
私は自分に言い聞かせるように、ブゥンと魔力を高めた。
しかし、システムログの端に、嫌なノイズが走ったような気がした。
──ゾクリ。
石の身体には痛覚も触覚もないはずなのに。私は初めて「視線」による寒気を感じていた。
分厚い扉の向こうから底知れない何かが、こちらを覗き込んでいるような。
「⋯⋯とにかく、考えても始まらない」
アルドが強引に空気を断ち切るように立ち上がった。
「違和感があったとしても、やることは変わらない。次こそ第三形態の動きを見切るぞ」
「え、ええ。そうね。悩みすぎて動きが鈍ったら元も子もないわ」
彼らは努めて明るく振る舞い、装備の点検を始めた。
そう、悩んでいる暇はない。
これが無限ループだとしても、彼らの精神力には人間である以上、限界があるのだから。
私は彼らの背中を見つめながら祈るように《攻撃力アップ》のバフをかけた。
(頼む、早く倒してくれ。⋯⋯なんだか、嫌な予感がするんだ)
その予感が最悪の形で的中することになるのを、私たちはまだ知らなかった。




