おにぎりと攻略会議
カラン、コロン。
魔法陣から転がり落ちたのは、八つの物体だった。
無機質な透明フィルムに包まれた正三角形の黒い塊、表面には『塩むすび』『紀州南高梅』などと書かれたシール。
そして、冷えた水滴がついた500mlのペットボトル(緑茶)が四本。
(うっわ、マジか。異世界転生特典の定番だとは聞いていたが、まさか自分が供給する側になるとは)
私は内心でガッツポーズをした。高級フレンチやスタミナ満点のステーキではないが、今の彼らに必要なのは間違いなく「これ」だ。
「な、なんだこれは⋯⋯?」
勇者アルドがおっかなびっくり、足元の物体を拾い上げる。
未知のアーティファクトを見る目だ。無理もない。ファンタジー世界にポリプロピレンの包装フィルムは存在しない。
「鑑定魔法を使ってみる⋯⋯」
魔導師が恐る恐る杖をかざす。
「⋯⋯『保存食』か? しかも、極めて高度な『時間停止』の封印が施されている」
「時間停止の封印だと!? このペラペラの膜がか!?」
「ああ。中身は⋯⋯『米』らしい。東方諸国の主食のはずだ」
彼らは円陣を組み、深刻な顔でおにぎりを囲んでいる。爆発物処理班みたいだ。
(あーもう、見てられない! 貸してみろ、こうやるんだよ!)
私は彼らの手元に小さな光の矢印を表示させた。『1』と書かれたテープをつまみ、下に引く動作を指示する。
「⋯⋯ここを、引くのか?」
アルドが半信半疑で赤いテープをつまんで引いた。スゥーッ、と気持ちの良い音を立ててフィルムが裂ける。続けて左右の角を引けばコンビニおにぎり特有の「海苔と米が合体する瞬間」のギミックの完成だ。
パリッ。フィルムが外れ、磯の香りがふわっと石室に広がった。
「香ばしい⋯⋯これは、海苔の香りか?」
「毒性反応なし。⋯⋯食べられるようだ」
アルドはゴクリと喉を鳴らした。極限のストレスと度重なる死による魂の摩耗。そして単純な空腹。
彼の身体は限界だった。意を決して黒い三角形にかぶりつく。
パリッ、シャク⋯⋯静かな部屋に乾いた海苔の音が響く。
その瞬間、アルドの動きが止まった。
「────ッ」
彼は目を見開き、咀嚼も忘れて硬直した。不味かったか? と私が不安になるほどの長い沈黙。
しかし次の瞬間、彼の瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「う⋯⋯まい⋯⋯」
震える声だった。
「なんだこれ⋯⋯しょっぱい。ただの塩味なのに⋯⋯どうしてこんなに、美味いんだ⋯⋯」
アルドは夢中で二口目を頬張った。ふっくらと炊かれた白米の甘み。
それを引き締める容赦のない塩気とパリパリの海苔の食感。
それは魔物の肉や硬い干し肉とは決定に違う文明の味だ。
誰かが丁寧に作り(工場生産だけど)誰かが食べる人のことを想って味付けした(商品開発部だけど)優しさの味だった。
「おい、アルドだけズルいぞ!」
「私にもちょうだい!」
たまらず他の三人も、おにぎりの封を開けた。重戦士は梅干し入りを引き当てたらしい。
「すっぱッ!? うぉぉ、なんだこの酸味は! 疲れた身体に染み渡るぅぅ!」
「おいしい⋯⋯。あったかい料理じゃないのに、すごくホッとする⋯⋯」
聖女が両手でおにぎりを持ち、ハムスターのように齧りながら泣いている。
冷たいはずのおにぎりが、彼らの胃袋に落ちた瞬間、熱源となって全身を温めていくようだ。
仕上げとばかりに、私はペットボトルのお茶を彼らの前に押し出した(光の矢印で強調)。
キンキンに冷えた緑茶だ。
彼らは戸惑いながらもキャップをひねり、ゆっくりと喉に流し込む。
カテキンの苦味が口の中に残った米の甘みを洗い流し、荒んだ精神をシャキッと整えてくれる。
「ふぅぅぅ⋯⋯生き返った⋯⋯」
誰かが漏らしたその言葉は、比喩ではない重みを持っていた。さっきまでの「システム的なリスポーン(蘇生)」ではなく人間として、心が「生き返った」のだ。
完食までには五分とかからなかった。彼らは地面に散らばったフィルムを丁寧に集めると、私の本体である結晶に向き直る。
「なぁ」
アルドが口元の米粒を拭いながら私に話しかける。その顔からは先ほどまでの悲壮感が少しだけ薄れていた。
「お前がくれたのか? 俺たちを⋯⋯励ますために」
私は黙って二回、光を点滅させた。『イエス』のサインだ。
「そうか⋯⋯」
アルドは私の表面に手を触れた。今度は縋るためではない。相棒の肩を抱くような、確かな体温のある接触だった。
「ありがとう。⋯⋯故郷の、母さんの味を思い出したよ」
(いや、それコンビニ製だけどね)
私は心の中でツッコミながらも、その言葉はどんな称賛よりも嬉しかった。
彼らの瞳に理性の光が戻っている。お腹が満たされて心が落ち着けば、人間は前を向ける生き物だ。
「よし、もう一度挑戦してみよう。なにか攻略の糸口が掴めるかもしれない」
「あぁ! 諦めてたまるか!」
「私もやるわ!」
「一撃だけでも入れてやろう」
おにぎりで腹を満たした勇者たちは、それから幾度となく挑戦し――また私の前に戻ってきた。
* * *
彼らは私の前で円陣を組み、深刻な顔で議論を交わしていたがその内容は芳しくない。
「最初の攻撃⋯⋯あれはどうにもならないのか?」
「無理よ。扉が開いた瞬間、反応する間もなく全身が石化するか、蒸発するかだもの」
「事前に準備するにしても全ては対策出来ん⋯⋯」
「防御魔法の展開が間に合わないんだ。あの魔王、予備動作なしで撃ってきやがる」
彼らの認識は「初手での回避不可能な全体攻撃」をどうするか――でも、それは少し違う。
私は一番最初の記憶──彼らが「五分間」生存した時のことを思い出していた。
あの時、彼らは部屋に入ってからしばらく生きていた。爆発音もしなかった。
つまり「初回だけは、魔王が会話イベント(口上)のために待ってくれていた」のだ。
そして一度戦闘状態に入って全滅した後、システム的な戦闘フラグが解除されておらず、魔王は今、扉の目の前で攻撃を溜めて待ち構えている。「リスキル(リスポーン地点キル)」狙いの出待ち状態だ。
クソゲーもいいとこだな、おい。
(⋯⋯対抗策はきっとある)
私は視界の端にある『死因ログ』をスクロールした。彼らが十数回死んでくれたおかげで、貴重なデータが集まっている。
[ 過去の死因ログ解析 ]
No.12:開幕死(石化)← 直前の魔力収束反応:【眼球】
No.13:開幕死(火炎)← 直前の魔力収束反応:【肺】
No.14:開幕死(火炎)← 直前の魔力収束反応:【肺】
攻撃の中身はランダムだが魔王は必ず「開幕に広範囲攻撃」を仕掛けてくる。そして重要なのは直前の微細な魔力反応で「何が来るか」を判別可能だという点だ。
彼らは扉を開けた瞬間の殺気に圧倒され、その予備動作を見落としているだけだ。
(伝えたい⋯⋯! この攻略情報を!)
私は自分のステータスを確認した。
現在所持SP:150pt。
さっきおにぎりガチャで使い切ったはずだったが、その後の「試行錯誤(という名の全滅)」のおかげで、皮肉にもポイントが潤沢に貯まっていた。
勇者が死ねば死ぬほど、セーブポイントは経験値を吸って機能拡張する。なんとも業の深いシステムだが、今はこれに感謝するしかない。
(頼むぞ⋯⋯! この機能で伝わってくれ!)
私は貯まったSPを消費し、新たなスキルを解放した。
『スキル解放:──《空中文字表示》』
制限は『ひらがな・カタカナのみ』『一度に二〇文字まで』SP交換による魔力を使う必要があれど、今はこれだけでも十分だ。
私は議論に行き詰まっている彼らの目の前に意識を集中させた。
ログの解析結果を光の文字へと変換する。
フォン、フォン、フォン⋯⋯。
「な、なんだ!?」
「光が⋯⋯文字になってる?」
驚く四人の目の前に私はその一文を掲げた。
『メ ヒカル→セキカ ハイ→ブレス』
(目 光る →石化 肺 →ブレス)
「⋯⋯え?」
アルドがぽかんと口を開けて、その文字を読み上げた。
「目、ひかる⋯⋯石化? 肺、ブレス?」
「どういうことだ⋯⋯。もしかして石化とブレスの予備動作を示しているのか?」
魔導師がハッとして、私の本体(結晶)を見つめた。
「そうか⋯⋯! この石は、私たちが死んで戻ってくるたびに輝いていた。あの部屋の中の魔力反応を『観測』して、統計を取っていたのか!」
なるほど、そういう解釈をしてくれたか。まあ「死体からログを拾いました」と言うよりは、高尚な理由に聞こえるだろう。
「もし、この石が『敵の攻撃パターン』を解析済みだとしたら⋯⋯」
「信じてみる価値はある、か」
アルドは剣を強く握りしめた。
「よし。次は扉を開けた瞬間、魔王の『目』か『胸(肺)』を見るんだ。石化なら鏡の盾、ブレスなら水壁だ」
「分かった! 反応して見せる!」
「了解!」
「それ以外なら盾で防げるかもしれん!」
方針は決まった。彼らは装備を整え、再びあの忌まわしい扉の前へと立つ。
ゴゴゴゴゴ⋯⋯。
扉が開く。彼らが飛び込む。
ズゥゥゥン。
扉が閉まる。
(⋯⋯頼む、見極めてくれよ!)
私は固唾を飲んで見守った。いつもなら、ここで数十秒もすれば『ピガーッ!』というエラー音と共に全滅ログが流れるはずだ。
十秒経過。
⋯⋯ログは出ない。
二十秒経過。
⋯⋯まだだ。
三十秒経過。
⋯⋯やったか? ⋯⋯やった! 「開幕即死」の壁を超えた!
(いける! 初動さえ凌げば、彼らは強いんだ!)
一分が経過した頃。
『ピガーッ!』
[ 警告 ]
パーティ全滅を確認。
死因:魔王の追撃(尻尾薙ぎ払い)による物理圧殺。
ああ、やっぱりダメだったか。しかし、その「死」は今までとは決定的に違っていた。
ドチャッ。パシュン!
リスポーンした四人は、いつものように地面に崩れ落ちたが、そこに悲鳴はなかった。
「くっそぉぉおおおッ!!」
ドンッ! アルドが悔しげに私の台座を拳で叩いたのだ。
「防げた! 最初の攻撃は完全に見切れたぞ! あの文字通りだった!」
「ええ! その後の尻尾攻撃に反応できなかったけど⋯⋯でも、戦いにはなっていたわ!」
彼らの顔には冷や汗と共に熱い興奮が浮かんでいた。今まで「理不尽な災害」でしかなかった魔王が、初めて「攻略可能なボスキャラクター」に変わった瞬間だった。
「おい、石!」
アルドが顔を上げ、私の光る文字ウィンドウを食い入るように見つめた。
「わかるか? 次はどうすればいい? 俺たちは、どうやって死んだ!?」
頼もしい。死に戻りを前提とした、死にゲーマーの思考に切り替わっている。
(任せろ。新しい死因ログは今まさに回収したばかりだ)
私は彼らの熱意に応えるべく、新たな文字を空中に打ち込んだ。
『シッポ ミギカラ クル トべ』
(尻尾 右から 来る 跳べ)
「右か! よし、次はジャンプだ!」
こうして奇妙な攻略会議が始まった。
セーブポイントと勇者たちの、地獄のような、けれど確かな希望に満ちた二人三脚のスタートだった。




