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死のフルコースとレベルアップ


 勇者アルドの絶叫は、始まりの合図に過ぎなかった。


 シュン、シュン、シュン⋯⋯連続して空気が弾ける音が響く。アルドの周囲に三つの光の粒子が集束し──そして、新たな悲劇が実体化した。


「いやぁあああ! 焼ける、私が焼けるぅぅぅ!」

「カッ、ヒュッ⋯⋯息が、毒が⋯⋯!」

「ぐあぁぁッ! 俺の腕は!? 盾はどこだッ!?」


 聖女、魔導師、重戦士。

 三人が同時にリスポーンし、同時に石床の上でのた打ち回った。

 聖女は自分の身体をかき抱いて幻の炎に怯え、魔導師は喉を抑えて泡を吹き、重戦士は五体満足な腕をありえない方向に曲げようとしている。


 阿鼻叫喚。まさに地獄絵図だった。

 清潔で静謐なこの「セーブポイント」だけが、まるで狂った劇場のように絶望を反響させている。


(うわぁ⋯⋯。これ、全員「死んだ瞬間の記憶」を持ったまま戻ってきてるのか⋯⋯)


 私はドン引きしながらも、職業病(?)で《全回復フルケア》の光を放った。

 温かな光が彼らを包み込み、幻痛と混乱を強引に鎮静化させていく。


「はっ⋯⋯!? こ、ここは⋯⋯」

「生き返った、のか⋯⋯? 確かに私は、あの黒い炎に包まれて⋯⋯」


 数分後――ようやく正気を取り戻した四人は、青ざめた顔で互いの生存を確認し合った。

 だがそこに「生還した喜び」はない。あるのは理解不能な現象への恐怖だけだ。


「撤退だ!!」


 リーダーであるアルドが叫んだ。その判断は正しい。今の彼らは戦意もプライドもへし折られている。


「一度ダンジョンを出て態勢を立て直す! 急げ!」


 四人は転がるようにして、来た道──ダンジョンの入り口側へと続く通路へ駆け出した。

 賢明だ。まずは家に帰って、温かいスープでも飲んで寝るべきだ。私もそう思う。


 しかし。


 ガィィィンッ!!


 通路の入り口で、彼らは見えない壁に弾き返された。


「な⋯⋯ッ!?」

「結界!? いつの間に!」


 魔導師が杖を振るい、解析魔法を放つ。

 空中に浮かび上がった魔法陣を見て、彼は絶望的な声で呟いた。


「嘘だろ⋯⋯。『ボス部屋封鎖結界』だ。このフロアの主を倒さない限り、外には出られない⋯⋯」

「そんな、馬鹿な! 転移魔法は!?」

「ダメだ、空間が固定されている⋯⋯私たちは、檻に閉じ込められたんだ!」


 その言葉が意味する事実は、あまりにも重かった。進むには絶対的な強さを誇る魔王を倒すしかない。

 退けば、この薄暗い石室で飢え死にするのを待つだけ。

 そして、死んだとしても──ここ(セーブポイント)に戻される。


(⋯⋯詰んでる)


 私は彼らの会話を聞きながら戦慄していた。

 これはただのRPGじゃない。クリアするまで絶対に電源を切らせてもらえない、悪趣味なデスゲームだ。


 沈黙が場を支配する中、勇者アルドが震える手で剣を握り直した。


「⋯⋯行くぞ」

「アルド!? 正気か!?」

「ここにいてもジリ貧だ。⋯⋯行くしかないんだよ!!」


 半ばヤケクソのような叫びと共に、彼らは再びボス部屋の扉を開けた。

 

 ──三十秒後。


『ピガーッ!』


 [ 警告 ]

 パーティ全滅を確認。

 死因:魔王の咆哮による広範囲衝撃波。

 >> 全員、リスポーンを開始します。


 私の視界に無慈悲なログが流れた。

 そして再び、肉が潰れる音と共に四人が吐き出される。


「ごふっ⋯⋯!?」

「あがッ⋯⋯」


 全回復。再突入。


 ──一分後。


 [ 警告 ]

 パーティ全滅を確認。

 死因:視線による石化。からの粉砕。


 ──二十五秒後。


 [ 警告 ]

 パーティ全滅を確認。

 死因:絶望的な恐怖による多臓器不全(ショック死)。


 ──三〇秒後。


 [ 警告 ]

 パーティ全滅を確認。

 死因:酸の海による全身溶解。


 繰り返される死と繰り返される再生。

 

 私はただ、それを見ていた。何もできない。

 彼らが泣き叫びながら戻ってくるたびに機械的に傷を癒やし、再び死地へと送り出すことしかできない。


(やめろ⋯⋯もうやめてくれ⋯⋯)


 私のコアが軋む。「便利機能」であるはずの《全回復》が、今は彼らを無限の地獄に縛り付ける鎖になっていた。

 癒やせば癒やすほど、彼らはまた「万全の状態で殺される」ことができるのだから。


 一〇回目の全滅で戻ってきた時、聖女がついに壊れた。


「いやぁ⋯⋯! もう嫌、行きたくない! 死にたくないぃぃ!!」


 彼女は石床に爪を立て子供のように泣きじゃくった。

 私の回復では心の傷までは癒せない。勇者アルドも、もはや彼女を叱咤する気力すら残っていないようで、虚ろな目で天井を見上げている。


 空気が澱んでいる。死の臭いと絶望の気配が私の周囲にこびりついて離れない。


(私は⋯⋯ただ見ていることしかできないのか? こんな特等席で彼らが摩耗して壊れていくのを?)


 無力感が石の身体を重く押し潰すようだった。


(何か。何か、私にできることはないのか)


 そう強く願った、その時だった。


『ピロン♪』


 場違いに軽快なその音は、泣き叫ぶ聖女の声にかき消されそうになりながらも、確かに私の意識システムへ届いた。

 視界の端で、新しいウィンドウが点滅している。


 [ 熟練度到達 ]

 規定リスポーン回数(10回)を観測しました。

 経験値を取得⋯⋯レベルアップしました!


 >> セーブポイント Lv.1 → Lv.2

 >> SPセーブ・ポイントを 100pt 獲得しました。

 >> 新機能:【スキルツリー】が解放されました。


(は⋯⋯?)


 私は目の前で過呼吸を起こしている聖女と虚空に浮かぶ文字を交互に見比べた。

 レベルアップ? 私が?

 しかも条件が「リスポーン回数の観測」って⋯⋯。


(つまり何か? こいつらが死ねば死ぬほど、経験値が入るってことか?)


 なんて悪趣味なシステムなんだ。勇者たちが命を削って絶望のループを回すたびに、そのエネルギーを吸って管理者が肥え太る。完全にブラック企業の構造じゃないか。

 でも今はその悪趣味なシステムにすがることしかできない。


(SP⋯⋯これで機能を追加できるのか!?)


 私は急いで【スキルツリー】の項目を展開した。

 脳内にスマホゲームのようなアイコンの羅列が広がる。


 ・《結界強度アップ》:消費30SP

 ・《MP自動回復付与・小》:消費50SP

 ・《聖域の加護(精神安定)》:消費50SP

 ・《異界の売店ガチャ》:消費50SP(※解放条件Lv.2)


 今の所持ポイントは100。どれを取るべきか迷っている時間はない。


 目の前では聖女が「ヒューッ、ヒューッ」と喉を鳴らし、白目を剥きかけている。

 勇者アルドが必死に背中をさすっているが、恐怖でパニックになった人間の心は言葉だけでは癒やせない。

 このままでは、彼女の精神(SAN値)が先に死んでしまう。再起不能になる前に手を打たなければ。


(まずはこれだ! 頼む、効いてくれ!)


 私は迷わず《聖域の加護(精神安定)》を取得し、即座に発動した。


『スキル発動:──《聖域の加護》』


 フォン⋯⋯。

 先ほどの《全回復》とは違う、淡い緑色の波紋が私を中心に広がった。

 それは傷を治す光ではなく波立った水面を静めるような、強制的な「凪」の波動だ。

 森の中で深呼吸をした時のような、あるいは静かな図書館にいる時のような、清涼な空気が石室を満たしていく。


「あ、ぅ⋯⋯?」


 効果は劇的だった。痙攣していた聖女の身体からスゥッと力が抜けたのだ。

 見開かれていた瞳孔がゆっくりと収縮し、焦点が戻ってくる。


「⋯⋯あれ? 私⋯⋯」


 彼女は呆然と呟き、自分の手を胸に当てた。

 早鐘を打っていた心臓の鼓動が、嘘のように落ち着いていることに気づいたのだろう。


「聖女様!? 大丈夫か!?」

「え、ええ⋯⋯。不思議ね。急に、恐怖が遠のいて⋯⋯頭が冷えたみたい」


 彼女だけではない。絶望に打ちひしがれていた魔導師や重戦士の顔にも、わずかだが理性の色が戻っていた。「死ぬのが怖い」という根源的な感情が消えたわけではない。だがそれに押しつぶされず「思考する」余裕が生まれている。


「この光⋯⋯また、あの石が?」


 勇者アルドが、ハッとして私を見た。

 その瞳に宿っていた今にも消えそうだった灯火が、少しだけ強くなる。


「傷を治すだけじゃない⋯⋯俺たちの心まで、守ってくれるのか?」


(おうよ。メンタルケアも完備だ。福利厚生の行き届いたセーブポイントだろ?)


 私は得意げに緑色の光を強めた。どうやら、このスキルは「精神安定剤」のような効果があるらしい。これなら、パニックによる全滅は防げるかもしれない。


(さて、残りのSPは50ポイント⋯⋯)


 私はもう一つの気になるスキルに目を向けた。


 《異界の売店ガチャ》説明文には『異世界の物品をランダムに召喚・精製します』とある。


 異世界、つまり私の前世である「日本」のアイテムが出る可能性もあるということか。

 彼らを見ればわかる。精神は落ち着かせたが肉体的な消耗──特に「空腹」と「渇き」が限界に達している。


 回復魔法で体力(HP)は戻せても、減ったカロリーや栄養までは補給できないのだ。


(腹が減っては戦はできぬ、ってな)


 私は残りのポイントを全額ベットして《異界の売店》をアンロックした。

 

(さあ、何が出る? 普通にポーションとか魔剣の類か? それとも⋯⋯)


 私が念じると虚空に小さな魔法陣が展開された。

 そこからコロンと落ちてきたのは、伝説の武器でも秘薬でもない。

 透明なフィルムに包まれた、三角形の物体だった。


 ──え?


 それを見た瞬間、私の中に強烈な郷愁が突き刺さった。

 勇者たちは「なんだあれは?」と警戒して身構えているが、私は知っている。知っているどころの話ではない。


 どこからどう見ても、コンビニの「おにぎり」だった。

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