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第六十九話:分断

◆迷宮核の間/黒瀬視点


「……対象の強制転移、完了しました。パーティの分断に成功です」


 ナノの報告と共に、迷宮核の前に浮かび上がった三つのモニターに、それぞれの転送先の映像が映し出された。


 勇者パーティの三人は、今や全く別の階層に隔離されている。


「よし。奴らのチートの『出力と仕様』を実地で検証する。見せてもらおうか、勇者の性能を」


 俺はコーヒーを一口啜り、モニターに視線を固定した。


 彼らが持っているのは、この世界のルール(物理法則や魔力保存の法則)を無視する理不尽な力だ。力で正面から挑めば、グレンたちのように無惨に散るだけ。


 だが、どんなチートプログラムにも必ず「入力」と「出力」の法則がある。


「まずは、あの魔法使いのお嬢さんからだ」


◆第9階層/ミユ視点


「えー、なにここ。水浸しじゃん、靴濡れるし最悪なんですけどー」


 ミユは鏡のように静まり返った水面の上に立ち、不満げに頬を膨らませていた。


 レンやダイキとはぐれたことへの不安はない。彼女の頭にあるのは、「早く合流して美味しいパフェを食べたい」ということだけだった。


『侵入者をスキャン。……モデリング開始』


 空間に無機質な声が響くと、水面がボコボコと泡立ち、ミユと全く同じ姿をしたドッペルゲンガーが形成された。


「うわっ! 私の偽物とかマジありえないんだけど」


 ミユは顔をしかめ、持っていたステッキを適当に振り回した。


 コピーは彼女の動きを模倣し、同じように魔法を放とうとする。通常の冒険者であれば、自分と同等の魔力・技術を持つ相手との泥沼の持久戦を強いられるギミックだ。


 だが、ミユの持つ【無限魔力】のチートは、その前提を根本から破壊する。


「めんどくさーい。一気に消えちゃえ!」


 詠唱破棄。クールタイムゼロ。

 ミユのステッキから、空気を焼き尽くすほどの極大魔法が安物の花火のように連射された。


 ドォォォン! ズガガガガガッ!!


「あはははは! ドッカンドッカンいっくよー!」


 隕石の落下、空間を削り取る爆炎。

 コピーが処理しきれずに消滅するどころか、第9階層の「水鏡」そのものが物理的に蒸発し、空間全体が崩壊していく。


「あはは、楽勝〜! こんなのゲーム以下じゃん!」


 ミユは鼻歌交じりに、焼け野原となった壁に大穴を開け、その先へと歩き出した。


 だが、彼女は気づいていなかった。その大穴の先が、正規のルートではなく、黒瀬が意図して口を開けていた「隔離部屋」であることに。


「……ん? なにここ、キモっ」


 部屋に入ったミユは顔をしかめた。

 壁も床も、紫色の不気味な粘液で覆われ、無数のスライムが蠢いている。


「きったなーい。全部燃えちゃえ!」


 ミユは再び極大の爆炎を放った。


 だが――炎がスライムの群れに着弾した瞬間、爆発は起きなかった。

 ジュワッ、と音を立てて、スライムたちが炎の魔力を「吸収」したのだ。


「え……?」


 魔力を喰らったスライムたちは、一瞬で倍の大きさに膨れ上がり、分裂し、さらに波のように押し寄せてくる。


「な、なんで!? じゃあ氷! 雷!!」


 ミユが魔法を乱射すればするほど、スライムたちはそれを餌にして爆発的に増殖していく。瞬く間に、部屋の半分が紫色の粘菌の波で埋め尽くされた。


『無限の魔力には、無限の受け皿を用意してやるのが礼儀だ』


 部屋に、冷徹な男の声が響く。


『ポヨの分裂体に魔力吸収の性質を付与した、特製スライムだ。さあ、撃ち続けろ。お前のチートが、お前自身を押し潰すまでな』


「う、嘘でしょ……!? こっち来ないで! イヤァァァッ!」


 無限魔力というチートが、己の首を絞める最悪のバグに変わった瞬間だった。


◆第7階層〜絶対暗闇の部屋/レン視点


一方、レンは吹き荒れる暴風の中、断崖絶壁の細い道を歩いていた。


「風うるせえ。髪が乱れんじゃん」


 レンは忌々しげに舌打ちをした。

 上空からは、風に乗って鋭い爪を持つグリフォンたちが急降下してくる。本来なら、足場の悪い崖道で機動力を奪われながら迎撃を強いられる難所だ。


「キシャァァァッ!!」


 三体のグリフォンが、レンの首を狙って殺到する。

 だが、レンはポケットに手を突っ込んだまま、面倒くさそうに指先を振った。


 ヒュンッ。


「……?」


 グリフォンたちの姿が、空中で「途切れた」。


 血も肉片も散らない。まるで映像がバグったように、レンに触れる寸前で、彼らの身体が空間ごと「消去」されたのだ。


「雑魚が群がってくんなよ、うざい」


 グリフォンたちの身体が空間ごと「消去」される。チート能力【空間断絶】。


「道なりに進むのもダルいな。迷路とかやってらんねー」


 レンは、眼前にそびえ立つ巨大な岩壁を見上げ、指先で空中に四角い枠を描いた。

 ズバァンッ! と岩壁がくり抜かれ、階段まで一直線に続く「無のトンネル」が形成された。


「はい、ショートカット開通。……お?」


 トンネルを抜けた先、そこは第8階層。

 松明の明かりすらない。自分の足元すら見えない。

 完全な漆黒。


「あ? なんだここ。暗くてなんも見えねーぞ」


 レンは舌打ちをし、イライラと指先を振った。


「ウザいな、この部屋ごと消えろ!」


 ……しかし、何も起きない。


「は? なんで発動しねーんだよ!」


 もう一度、二度と腕を振るうが、空間は断絶されない。

 レンの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。


『空間断絶のトリガーは、対象の「視認」だ』


 暗闇の中から、またしてもあの男の声が聞こえる。


『見えないものは、消しようがない。ここは光も音も反射しない絶対暗闇の無響室。お前のチートは、ここではただの「腕振り体操」だ』


「ふ、ふざけんな! 出せ! ここから出せよッ!!」


◆第11階層・闘争の円形闘技場/ダイキ


「お、なんだここ。コロシアムか?」


 ダイキは闘技場の中央に転送され、周囲を見回していた。

 観客席からは魔物たちの地響きのような歓声が轟き、正面には、燃え盛る炎を纏った巨躯の魔人が立ちはだかっていた。


「俺がこの階層の主、バルログだ。……人間よ、お前の力、この俺に見せてみろ!」


 バルログが巨大な戦斧を構え、闘気と共に咆哮する。

 その圧倒的な威圧感は、かつてAランクのガルスを絶望させたものだ。


 しかし、ダイキは鼻で笑った。


「強そうなボスじゃん! でも俺にはノーダメだぜ! いくらでも殴ってこいよ!」


 ダイキは武器すら構えず、両手を広げて胸を張る。

 バルログは眉をひそめたが、その驕りを打ち砕くべく、渾身の力で斧を振り下ろした。


 ドゴォォォォン!!


 闘技場が揺れるほどの衝撃。


 だが、土煙が晴れた後、ダイキは傷一つ負わずに立っていた。

 バルログの斧は、ダイキの皮膚に触れる寸前で、不可視の障壁に弾かれていたのだ。


「な……我が一撃が、全く通らんとは……」


「ハッハハハ! 言ったろ? 俺の【絶対防御】は物理も魔法も全部無効化するんだよ! お前の攻撃なんて蚊が止まったようなもんだぜ!」


 ダイキが高笑いする。

 バルログの瞳に、獰猛な光が宿った。


「ほう……無敵と申すか。よかろう、ならばその殻をどこまで保てるか、我が炎で試してやろう!」


 バルログは戦斧を振るい、次々と連撃を叩き込む。

 炎の爆砕、岩盤を砕く蹴り、闘技場を揺らすほどの咆哮。そのどれもが、Aランクをも消し飛ばすほどの威力を持っている。


 だが、ダイキはあくびを噛み殺しながらそれを受けていた。


「ふあ〜。ねえ、もっと本気出せないの? そよ風みたいなんだけど」


 キンッ! ガンッ! ドゴォォォォン!!


 攻撃が当たるたびに衝撃波は発生するが、ダイキの体には毛ほどの傷もつかない。

 次第に、バルログの顔に苛立ちの色が濃くなっていく。


「チィッ……! いまいましい殻め! 打撃が通らぬなら、この熱で中から焼き尽くしてくれるわ!」


 バルログは全身から青白い火柱を噴き上げ、ダイキを炎のドームに閉じ込めた。

 数千度の超高熱。岩すら気化する温度だ。


 だが、数分後。

 炎が晴れた後には、少しだけ汗をかいたダイキが立っていた。


「あー、サウナみたいでちょっと暑かったわ。でもダメージはゼロだぜ?」


「……ッ、貴様ァァァッ!!」


 バルログは戦斧を地面に叩きつけた。

 戦うことは好きだ。強者との削り合いは、彼の存在意義でもある。


 だが、この相手は違う。

 手応えがない。痛みを共有できない。ただ一方的に「無効化」されるだけの、虚無の作業。


(ええい、つまらん!)


 バルログの闘争心が、急速に冷めていく。

 それと反比例するように、ダイキの態度が傲慢さを増していった。


「そろそろ俺の番だな。おらっ!」


 ダイキは調子に乗り、その辺に落ちていた剣を拾い上げると、無防備にバルログの懐へ飛び込んできた。

 素人のような、大振りの斬撃。


 バルログはそれを躱そうとしたが、ダイキは「回避」という概念すら捨てていた。


 バルログのカウンターの拳が顔面に直撃しても、ダイキは微動だにせず、そのまま剣をバルログの脇腹に突き立てる。


「ガハッ……!」


 バルログが苦悶の声を漏らし、たたらを踏んだ。

 傷は浅い。だが、それは確実に魔人の肉体を削っていた。


「あはは! やっぱり俺の攻撃は通るじゃん! お前、デカいだけで大したことねーな!」


「ぬぅっ……!」


「よーし、いいぞ! 俺はずーっと無敵で、お前だけが一方的に殴られるサンドバッグだ! 最高だな、このゲーム!」


 ダイキは狂ったように笑いながら、滅茶苦茶に剣を振り回す。


 防いでも無意味。躱しても、いずれ疲労で捕まる。

 バルログは、かつてない『理不尽』に追い詰められていた。


(……我は、誇り高き炎の王だぞ)


 バルログは、ダイキの薄ら笑いを見下ろしながら、奥歯が砕けるほど噛み締めた。


 何千年と戦ってきた。数多の強者と血肉を削り合う闘争に、己の存在意義を見出してきた。

 それが、こんなポッと出の、痛みすら知らないガキの遊びに付き合わされている。

 これほどの屈辱があるだろうか。


(このまま、ただ殴り続けても意味はない。我の炎は、奴には届かぬ)


 バルログの息が荒くなる。

 このままでは、ただの素人に削り殺される。

 魔人としての誇りが、ズタズタに引き裂かれていくのを感じた。


 その時。

 バルログの脳裏に、ある言葉がよぎった。


『――力には限界があるが、理に限界はないんだ』


 彼を打ち負かした、迷宮主・黒瀬の言葉。


(……ダメージ判定そのものが存在しない、というわけか。ならば、力で削れぬのなら、環境を変えるまで。……黒瀬の戦い方、癪だが試してみるか)


 バルログは、自らの象徴でもあった巨大な戦斧を、手放した。

 ガラン、と重い音が闘技場に響く。


「あ? なんだよ、ついに諦めたのか? つまんねーの」


 ダイキが嘲笑う。

 だが、バルログはゆっくりと立ち上がり、両手を闘技場の石畳へと突き立てた。


「我は誇り高き魔人。こんなガキの遊びに付き合う義理はない。……黒瀬よ。貴様の理屈、少しだけ借りるぞ!」


 ゴゴゴゴゴォォォォ……!!


 バルログの全魔力が、闘技場という「環境の改変」へと注ぎ込まれる。

 次の瞬間、闘技場を覆っていた石畳がドロドロに融解し、足元一面が巨大な『溶岩の沼』へと変貌した。


「うおっ!? ……って、だからマグマも無効だって言ってんだろ! 熱くも痛くもねーよ!」


 溶岩の中に足を踏み入れたダイキが、勝ち誇ったように言う。


「そうか。ならば……その殻の中で、永遠に息を止めておれ」


 バルログが、静かに、そして酷薄に見下ろした。


「……え?」


 ダイキは、気づいた。

 熱くはない。ダメージもない。

 しかし、比重の重いドロドロの溶岩に足を取られ、自分の体重と鎧の重さによって、身体がズブズブと底へ向かって沈み始めていることに。


「お、おい……足がッ!? 抜けない……!」


 もがけばもがくほど、溶岩はダイキを深く飲み込んでいく。

 膝、腰、そして胸。


「熱は無効でも、貴様自身の重さはどうだ? 貴様の無敵は、呼吸まで保証してくれるのか?」


 戦士の誇りを取り戻した魔人の威厳ある声が、ダイキの耳に絶望の宣告として響く。


「ま、待て……! 息が……!」


 溶岩が首元まで迫り、ダイキの顔に初めて、死の恐怖とパニックが浮かび上がった。

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