第六十七話:クソゲー勇者
◆第15階層・魔王の茶室/黒瀬視点
「……ご主人。申し上げにくいのですが」
コンソールに向かっていたナノが、いつになく深刻な声で告げた。
モニターには、真っ赤な警告灯が点滅している。
「結論から言います。 勇者が到来しました」
「……やっぱり、来たか」
俺は深くため息をつき、椅子に背中を預けた。
画面に映し出されているのは、迷宮の入り口を突破し、第1階層へ足を踏み入れた3人の影。
王都からの情報通りだ。異世界から召喚された「勇者」たち。
「解析結果を出せ」
「はい。推定ですが、彼らの保有スキルは以下の通りです」
ナノが淡々と、しかし絶望的なデータを読み上げる。
勇者レン:『空間断絶』。あらゆる物理・魔法防御を無視し、視認した対象を座標ごと消去します。
魔法使いミユ:『無限魔力』。MP消費ゼロ。息をするように極大魔法を連発可能。
盾使いダイキ:『絶対防御』。ダメージ無効化。物理法則による干渉を一切受け付けません
「……ははっ」
俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。
物理無効に、防御無視に、無限リソース。
俺がこの世界で積み上げてきた「熱力学」や「流体力学」といった物理法則を、根底から覆すチート能力のデパートだ。
頭が痛い。 まともにやり合えば、俺の自慢の防衛システムなど紙切れ同然だろう。
俺は視線を巡らせ、優雅にお茶をしている二人の顧問に助けを求めた。
「……というわけなんですが、エルドラさん、リリスさん。 ちょっくらひとっ走り、あの勇者たちを排除してきてもらえませんか? 特別手当として、新作スイーツ1年分をお約束します」
SSSランクの二柱。 彼女たちが動けば、たとえ勇者だろうと瞬殺できるはずだ。 だが。
「断る」
エルドラは、紅茶のカップを置いて即答した。
「なぜです? 1年分ですよ?」
「スイーツは魅力的じゃが……これはお主の試練じゃろう、黒瀬」
エルドラは紫の瞳で俺を射抜いた。
「それに、我が本気を出せば、勇者ごとこの迷宮も消し飛ぶぞ? 理不尽に対抗するには、我も理不尽にならねばならんからのう」
「……ぐっ」
反論できない。この人が本気を出したら地図が変わる。
「私もパスね〜」
リリスも、マカロンをかじりながら気のない返事をした。
「勇者ごときに本気出すなんて、魔界の女王として大人気ないしぃ〜。 それに、貴方の実力、見てみたいじゃない?」
リリスは意地悪そうにニヤリと笑った。
「私の娘を任せる男が、たかだか人間3人に遅れを取るようじゃ困るわ。 ここは貴方の『管理者としての手腕』を見せてもらうわよ」
どうやら、最強の用心棒たちは動いてくれないらしい。 俺は頭をガシガシとかいた。
「……分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
「うむ。良い心意気じゃ」
エルドラが扇子を開き、口元を隠す。
「一つだけ助言をやろう。 奴らの力は『理』を捻じ曲げておる。 お主の得意な計算や物理で、真っ向から勝とうとするな。 ルール無用の相手に、ルールを守って戦う必要はない」
「そうそう。真正面からぶつからないで、搦手で攻めるのが吉よ」
リリスも補足するように指を立てた。
「貴方、見た目は地味だけど、中身は性格悪そうだし。 そういう陰湿な戦い方、得意でしょ?」
「……最高の褒め言葉として受け取っておきますよ」
俺は口の端を吊り上げた。 そうだ。俺はエンジニアだ。
相手がバグっているなら、仕様の穴を突くまで。
「ナノ。第1〜第4階層の監視レベルを最大へ。 まずは奴らの挙動を収集する」
◆北西迷宮・第1〜4階層/レン視点
「あー、マジでダルい。なんなのこのダンジョン」
俺、レンは心底うんざりした声を上げた。
王様から「世界を脅かす邪悪な迷宮主を倒してくれ」と頼まれた時は、少しは骨のあるクエストかと思ったが、蓋を開けてみればこれだ。
入り組んだ通路。薄暗い視界。じめじめした空気。
典型的なRPGの初期ダンジョン。 めんどくせぇ。
「ねー、レンくん。この道、行き止まりだよ〜?」
ミユが、可愛らしく首を傾げる。
目の前には分厚い岩壁。どうやら迷路になっているらしい。
「戻るの? 足痛いんだけど」
「戻るわけねーだろ。時間の無駄だ」
俺はため息をつき、その岩壁に向かって軽く手を振った。
ヒュンッ。
音もなく、空間がえぐれる。
厚さ数メートルはあろうかという岩盤が、最初から存在しなかったかのように消滅し、その奥にある通路が露出した。
チートスキル【空間断絶】。
防御力も硬度も関係ない。俺が「邪魔」だと思った空間を切り離して捨てるだけ。
「はい、ショートカット開通」
「さすがレン! 頼りになる〜!」
「雑魚も湧いてきたぜ。……うわ、キメェ」
巨漢のダイキが、通路の奥から這い出てきたスケルトンの群れを指差す。
カシャカシャと骨の音を鳴らして迫ってくる姿は、生理的に不快だ。
「キモすぎ! 燃えちゃえ!」
ミユがステッキを適当に振る。
ドォォォォン!!
詠唱破棄の極大火球。
通路全体が爆炎に包まれ、スケルトンたちは一瞬で消し炭になった。
普通ならMP切れを起こす乱射だが、彼女の【無限魔力】にはリソース管理なんて概念はない。
「あーあ、煤が飛んできた。……まあ、いいけど」
ダイキは爆風の中を平然と歩く。
飛んできた瓦礫が彼の体に当たった瞬間、カキンと乾いた音を立てて弾かれた。
【絶対防御】。彼には、この世界の物理法則が適用されない。
「……ハイハイ、クリアクリア」
俺たちはあくびを噛み殺しながら進んだ。
罠があれば消し飛ばし、魔物が出れば焼き払い、攻撃は無視して歩く。
緊張感なんて欠片もない。ただの「作業(レベル上げ)」だ。
そして、あっという間に第4階層を突破した。
◆第5階層・迷宮都市
「うわ、なんだここ」
階段を降りた先。俺たちは足を止めた。
そこには、予想していた「薄暗いボスの部屋」ではなく、信じられない光景が広がっていた。
「街……? しかも、めっちゃ栄えてんじゃん」
綺麗に舗装された石畳。
規則正しく並んだ煉瓦造りの建物。
街灯が道を照らし、多くの種族が行き交っている。
王都よりも清潔で、何より――
「……くんくん。ねえ、なんかすごくイイ匂いしない?」
ミユが鼻を鳴らす。
俺も気づいていた。
風に乗って漂ってくる、この香り。
このクソみたいな中世レベルの異世界に来てから、一度も嗅いだことのない、しかしDNAに刻まれた懐かしい香り。
「ソースと……スパイスの匂い? マジかよ」
俺たちは顔を見合わせ、匂いの元へとダッシュした。
辿り着いたのは、一軒の大衆食堂。
看板には『猫のしっぽ亭』とあり、店員は猫耳を生やしたケット・シーたちだ。
だが、俺たちが釘付けになったのは、店の前に出されたメニュー表だった。
『本日の日替わり:特製カツカレー』
『人気No.1:濃厚豚骨醤油ラーメン』
『デザート:季節のフルーツパフェ』
「……は?」
ダイキが口をポカンと開ける。
「ラーメンに、カレー……? 嘘だろ、ここダンジョンだぞ?」
「ど、どうせ名前だけでしょ。こないだの街で食った『異世界風焼きそば』だって、ただのゴムみたいな麺だったし……」
俺は半信半疑のまま、店に入った。
数分後。
俺たちの目の前には、黄金色の輝きが置かれていた。
揚げたてのトンカツ。湯気を立てる濃厚なカレーソース。そして、ツヤツヤと輝く白米。
「……いただきます」
俺は震える手でスプーンを握り、カツとカレー、そしてライスを一度に掬って口に運んだ。
サクッ。 ジュワッ。
「……ッ!?」
衣の香ばしい歯ごたえ。
豚肉から溢れ出す脂の甘み。
そして、何十種類ものスパイスが複雑に絡み合った、深みのあるカレーの辛さ。
それらを、完璧に炊き上げられた米が受け止める。
「う……うめぇぇぇぇぇッ!!」
俺は叫んだ。
「なんだこれ!? レトルトじゃねえ! ちゃんと店で仕込んだ味だ! いや、日本で食ってたチェーン店より美味いぞ!?」
「こっちのラーメンもヤバい!」
ダイキが丼に顔を突っ込んで叫ぶ。
「麺がちゃんとしてる! スープも豚骨の臭みがなくてクリーミーだ! チャーシューがとろける!」
「パフェも最高〜! 生クリームが新鮮だし、フルーツも甘〜い! 日本のコンビニスイーツよりレベル高いよこれ!」
ミユも目を輝かせている。
俺たちは無心で貪った。
異世界に来てからというもの、飯は最悪だった。
硬いパン、塩味しかないスープ、臭みの抜けていない肉。
勇者としてチヤホヤされても、食生活だけはストレスでしかなかった。
なのに、敵地であるはずのダンジョンで、これほどの「故郷の味」に出会えるなんて。
「ふぅ……食った……」
皿まで舐める勢いで完食し、俺は満足げに腹をさすった。
そして、冷たい水を飲みながら、ニヤリと笑った。
「なぁ、ダイキ、ミユ。俺、いいこと思いついた」
「ん? なに、レン」
「このダンジョンのボス……殺すのやめね?」
二人がキョトンとし、すぐに俺の意図を察して悪い笑みを浮かべる。
「なるほどね。殺しちゃったら、この飯が食えなくなるもんね」
「そう。だからさ……捕まえて、俺たちの専属シェフ兼、管理人にしようぜ」
俺はこの快適な食堂を見渡した。
空調も効いているし、清潔だ。外の汚い王都よりも、よっぽど住み心地がいい。
「俺たち勇者じゃん? 世界を救ってやるんだからさ、これくらいの報酬あってもいいよな」
「賛成〜! ここを拠点にして、一生遊んで暮らそうよ!」
「楽園発見だな。迷宮主を脅して、この街の権利を巻き上げようぜ」
決まりだ。
この迷宮は、今日から俺たちの別荘になる。
迷宮主がどんな奴かは知らないが、俺たちの力の前では無力だ。
せいぜい、美味しいカレーを作り続けてもらうとしよう。
俺は傲慢に足を組み、通りがかったケット・シーの店員に向かって、空になったコップを放り投げた。
「おい猫。水が遅えよ。気が利かねえな」
◆第5階層・食堂『猫のしっぽ亭』/レン視点
カラン、と乾いた音がして、コップが床に転がった。
「あ……」
給仕をしていたケット・シーが、怯えたように肩を震わせる。
俺が投げたコップは、彼女の足元で虚しく転がっていた。
「おい猫。水が遅えよ。気が利かねえな」
俺は冷ややかな視線を浴びせる。
こいつらはNPCみたいなものだ。プログラムされた通りに動くだけの、ゲームの背景。
だから、何をしても心が痛むなんてことはない。
「も、申し訳ありません……! すぐにお持ちします……!」
ケット・シーが涙目で頭を下げる。
「ねーねー、猫ちゃん」
今度はミユが、フォークを弄びながら口を挟んだ。
「そのエプロン、ダサくない? なんか色使いが芋っぽいっていうかー」
ミユが指先を向ける。
ボッ、と小さな炎がケット・シーのエプロンの端に燃え移った。
「にゃっ!? あ、熱っ!?」
ケット・シーが悲鳴を上げてエプロンを叩く。
ミユはそれを見て、キャハハと無邪気に笑った。
「あはは! 燃えちゃった! ねえ、もう全部脱いじゃいなよ。その方が可愛いって!」
「おいおいミユ、やめとけよ」
ダイキがニヤニヤしながら止める。
「店が燃えたら、明日から飯が食えなくなるだろ?」
「えー、ちぇっ。ダイキはつまんないなぁ」
ミユが指を鳴らして火を消す。
ケット・シーはへたり込み、震えながら俺たちを見上げていた。恐怖、屈辱、混乱。
ああ、いい表情だ。 俺たちが「強者」で、この世界の支配者なんだと実感できる。
「おい、店長呼んでこいよ」
俺はテーブルを叩いた。
「この店の権利、俺たちに譲渡するように言っとけ。 拒否権はねえぞ? 逆らったら、この街ごと『断絶』して更地にしてやるからな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
最高だ。 飯は美味いし、住人は弱いし、俺たちは最強。
やっぱり異世界転生はこうでなくちゃな。
◆第15階層・魔王の茶室/黒瀬視点
「……」
俺は無言でモニターを見つめていた。
画面の中では、同郷の少年少女たちが、俺の大切なケット・シーを虐げ、高笑いしている。
カツカレーを美味そうに食べていた時、俺は少しだけ期待していた。
同じ日本の飯を美味いと感じる感性があるなら。
同じ故郷の空気を知っているなら。
もしかしたら、話し合いで分かり合えるんじゃないかと。
日本食を提供し、元の世界へ帰る方法を一緒に探す――そんな、平和的な保護も選択肢にはあった。
だが。
「……前言撤回だ」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷えていた。
「あいつらはお客様じゃない。……ただの、躾のなってないガキだ」
この世界をゲームだと思っている。
自分たちに与えられた力が、誰かを傷つけるためのものだと勘違いしている。
他者の尊厳を踏みにじり、それを娯楽として消費している。
一番タチが悪いタイプだ。
そして、俺が一番嫌いなタイプだ。
「ご主人。排除しますか?」
ナノが静かに問う。
勇者への対抗策として、転移で迷宮外に飛ばす方法も考えてはいた。
「いや」
俺は首を横に振った。
「ただ飛ばすだけじゃ生温かい。それに、あんなのでも勇者だ。一度転移で飛ばしても、すぐに何かしら対策を打ってくるだろう」
俺は椅子から立ち上がり、インカムを装着した。
スイッチを入れる。 管理者権限モード、起動。
「勘違いしたガキどもに、社会の厳しさとマナーを教えてやるのが、大人の義務ってもんだろ」
俺の言葉に、ナノが了解の電子音を鳴らす。
「では、教育的指導プランへ移行します」
「ああ。徹底的にやるぞ」
俺はモニター越しのレンたちを睨み据え、宣告した。
「総員、戦闘配置へ移行せよ。 第6階層以降の難易度設定を『ナイトメア』へ変更。 セーフティ解除。リミッター解除」
俺の迷宮で、パワハラもカスハラも許さない。
お客様気分はここまでだ。
「ようこそ、地獄へ。 ――更生プログラムの開始だ。泣いて謝るまで、帰れると思うなよ」
俺は不敵に笑い、第6階層のレベルロックを解除した。




