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第六十五話:暴走する熱量、冒険者の矜持

◆第11階層・闘争の円形闘技場/ガルス視点


 巨大な鉄扉が開かれた瞬間、鼓膜を震わせたのは地響きのような歓声だった。


『ウオオオオオオオオオッ!!』


 地下空間とは思えないほど広大なドーム。

 すり鉢状になった観客席には、数え切れないほどの魔物たちと、幻影で作り出された観客がひしめき合っている。


「……フン。魔物が興行の真似事とはな」


 『白金の盾』のリーダー、ガルスは鼻を鳴らした。

 だが、その表情に油断はない。


 第10階層の「軍隊のような連携」を抜け、辿り着いたこの場所。

 中央のリングに立つ、炎を纏った巨躯の魔人。あいつが、このエリアのボスだということは一目で理解できた。


「行くぞ。Aランクの『格』を見せつけてやる」


 ガルスは号令をかけ、闘技場の中央へと進む。

 今回の装備は万全だ。王都の魔導工房で特注したフルプレート。さらに武器には聖属性と氷属性のダブルエンチャントを施してある。


「ようこそ、最初の挑戦者よ」


 バルログが腕を組み、傲岸に見下ろしてくる。


「ここは力が全ての神聖なリングだ。小細工はいらん、全力で来い!」


「言われずともッ!!」


 ガルスが踏み込む。

 速い。以前よりも装備の重量バランスが最適化され、動きにキレがある。


「『聖光連斬(ホーリー・ラッシュ)』!!」


 光を纏った剣が、バルログの胸板へと突き出される。

 バルログはそれを避けようともせず、胸で受けた。


 ジュウウウッ!!


 肉が焼ける音。だが、それ以上に剣の氷気がバルログの熱を相殺し、確かな手応えが返ってくる。

 刃がバルログの鋼のような皮膚を裂き、赤い血が飛沫を上げた。


「入った!」

「いけるぞ、リーダー!」


 部下たちの歓声が上がる。

 ガルス自身も、勝利の予感に口元を緩めた。


 だが。


「……クックック」


 バルログの喉の奥から、低く、不気味な笑い声が漏れた。


「……いいぞ。その痛み、久しく忘れていた」


 ドクンッ!!


 バルログの心臓が、鐘のように大きく脈打った。

 瞬間、彼を包んでいた炎の色が変わる。

 赤から、青へ。そして、眩いばかりの白へ。


「なっ……熱量が、上がって……!?」


 ガルスが後ずさる。

 耐熱装備の結界が、悲鳴を上げて軋み始めた。


「もっとだ! もっと踊れ、人間!!」


 バルログが咆哮と共に拳を振り上げる。

 それは武術ではない。純粋な暴力の塊。


「防ぐッ!」


 ガルスは反射的に盾を構え、防御スキル『城塞の構え(フォートレス)』を発動する。

 どんな衝撃も無効化する、Aランクタンクの絶対防御。


 ドゴォォォォォォン!!


 衝撃音が、空気を引き裂いた。


「ぐ、がぁぁぁぁぁッ!?」


 ガルスは自分の目を疑った。

 愛用の白金の盾が、飴細工のようにひしゃげ、粉砕されたのだ。

 衝撃はそのまま左腕へと伝わり、骨を砕き、ガルス自身の体をボールのように吹き飛ばした。


「ガハッ……!」


 闘技場の壁に叩きつけられ、ガルスは血を吐いて崩れ落ちた。


「リーダー!?」

「かっ、回復を……!」


 仲間が駆け寄ろうとするが、それより速く、白い炎の塊がガルスの目の前に着地した。


「弱い。脆い。足りぬわぁッ!!」


 バルログの瞳孔が開いている。

 完全に理性が飛んでいた。


 かつて迷宮の主として君臨していた頃の、暴虐の王の姿。

 黒瀬が設定したセーフティを、彼自身の昂る闘争本能が焼き切ってしまったのだ。


「し、死ぬ……」


 ガルスの脳裏に、死の二文字が浮かぶ。

 動かない体。迫りくる巨大な戦斧のような拳。

 それは、慈悲のない処刑の一撃として振り下ろされた。


 ――ガギィィィィィィン!!!!


 凄まじい金属音が、闘技場を揺らした。


「……あ?」


 ガルスは、潰されていなかった。

 閉じていた目を恐る恐る開ける。

 そこには、真紅の大剣を背負い、バルログの拳を横から強引に弾き飛ばした男の背中があった。


「……よお、熱血野郎。興が乗るのは結構だが……やりすぎだ」


 ボロボロの鎧に、包帯だらけの体。

 だが、その男から放たれる覇気は、バルログの熱気にも負けていなかった。


 『紅蓮の牙』グレン。


「……邪魔をするか、人間」


 バルログが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 だが、その一撃でわずかに理性が戻ったのか、追撃の手が止まる。


「グ、グレン……?」


 ガルスが掠れた声で名を呼ぶ。

 グレンは振り返りもせず、大剣を肩に担ぎ直してバルログを睨みつけた。


「ガルス。死人が出てないからって、この迷宮を舐めてかかるんじゃねーよ」


「舐める、だと?」


 バルログの背後の炎が、さらに勢いを増して燃え上がった。  興味を失うどころか、その凶悪な笑みは一層深まっていた。


「クク……違うな。貴様は、さっきの雑魚よりは『燃え』そうだ!!」


 ドンッ!!


 バルログが踏み込む。  空気が爆ぜ、熱波の衝撃が二人を襲う。


「チッ、話が通じる相手じゃねえか!」


 グレンが大剣を構え、迫りくる灼熱の拳を受け止める。


 ズガンッ!!


「ぐゥッ……! 重ぇな、畜生!」


 グレンの足元の石畳が砕け散る。  一撃防ぐだけで、全身の骨が軋むほどの威力。


「ソフィア! 転移魔法だ! 急げ!」


「展開中よ! あと五秒稼いで!」


 後方でソフィアが叫ぶ。  バルログは追撃の手を緩めない。


「逃がすかァッ! 灰になれェェ!!」


 バルログが口を大きく開ける。  喉の奥で、白熱した極大のブレスが輝く。


「させるかよッ!!」


 グレンは大剣に全魔力を注ぎ込み、強引にバルログの足元を薙ぎ払った。  体勢を崩させ、ブレスの照準を天井へと逸らす。


 ズドォォォォォン!!


 天井が溶解し、マグマの雨が降り注ぐ。


「今よ! 全員入って!」


 ソフィアの周りに、転移の光が満ちる。  グレンは無造作にガルスの襟首を掴むと、全力でバックステップを踏んだ。


「あばよ、脳筋! 続きはまた今度だ!」


「ヌゥンッ!! 待てェェェッ!!」


 バルログがその腕を伸ばし、空間ごと鷲掴みにしようとするが――  その爪が届く寸前、グレンたちは光の中に消えた。


◆第10階層・安全地帯


 転移の光が収まると、そこは第10階層の入り口付近にある安全地帯だった。

 ガルスは地面に投げ出され、すぐに部下の魔術師たちが回復魔法をかける。


「……かはっ、はぁ、はぁ……」


 左腕の感覚がない。だが、生きている。

 Aランク冒険者として、これほどの惨敗は初めてだった。

 手も足も出なかった。あんな化け物が、第11階層の門番だというのか。


 ガルスは、少し離れた岩に腰掛け、ポーションを呷っているグレンを見た。


「……なぜ助けた」


 ガルスは震える声で問うた。


「お前は、俺のことが嫌いなんじゃなかったのか?

 俺はお前たちを馬鹿にし、この迷宮を汚そうとした。

 見捨てれば、いい気味だっただろうに」


 グレンは空になった瓶を放り投げ、フンと鼻を鳴らした。


「ああ、いけすかない野郎だとは思ってるぜ。

 権威を笠に着て、偉そうにふんぞり返ってるテメェのツラを見るたびに、殴りたくて仕方なかった」


 グレンは立ち上がり、ガルスを見下ろした。

 その瞳に、侮蔑の色はない。あるのは、同じ道を歩む者としての、ぶっきらぼうな矜持だけだった。


「だがな……同じ冒険者仲間を見殺しにするほど、俺は堕ちちゃいねーよ」


「……ッ」


 ガルスは言葉を失った。

 自分がグレンの立場なら、助けただろうか?

 ……いや、きっと嘲笑って見捨てていた。

 その「器」の差を、まざまざと見せつけられた気がした。


「借りだ。……いつか、返す」


 ガルスは悔しそうに拳を握りしめ、顔を背けた。

 グレンは「勝手にしろ」とだけ言い残し、自身のパーティの元へと戻っていった。


◆第8階層・暗闇の回廊/カイ視点


 一方その頃。

 カイたち『夜明けの芽』は、深い闇の中にいた。


 視界ゼロ。松明の明かりすら飲み込む濃密な闇。

 その奥から、ヒヒィィィン! という亡霊馬の嘶きが聞こえる。


「来るぞ! 右だ!」


 カイが叫ぶ。

 彼の瞳には、エルドラとの特訓で磨かれた魔力視の光が宿っている。

 闇の中でも、敵の魔力の流れが「線」となって見えていた。


 キンッ!!


 レオが盾を掲げ、闇から振り下ろされた不可視の刃を受け止める。

 デュラハン。首なし騎士の重い一撃。


「ぐぅぅッ……重いッ!!」


 レオの足が地面に沈む。

 盾には亀裂が入り、限界が近い。


「ミナ! 拘束魔法!」

「やってるけど、魔力抵抗が強すぎるの!」


 ミナの水魔法がデュラハンの鎧に弾かれる。

 セラが矢を放つが、首のない騎士はまるで背中に目があるかのように剣で払い落とす。


「(……視える。視えるけど……体が追いつかない!)」


 カイは歯噛みした。

 デュラハンの剣筋は読めている。


 だが、それを躱し、カウンターを入れるだけの速さと筋力が、まだ足りない。

 Bランク相当の魔物との、基礎スペックの差。


「カイ! 私の魔力がもう空よ!」


 セラの悲痛な声。

 これ以上の戦闘継続は、全滅を意味する。


「……くそっ! ここまでか」


 カイは瞬時に判断を下した。


「撤退だ! レオ、バックラーを捨てて身軽になれ! ミナは目くらましの霧を!」


 「「了解!」」


 カイたちは一糸乱れぬ動きで陣形を変え、階段の方角へと駆け出した。

 デュラハンが追ってくるが、カイが殿を務め、その剣筋をギリギリで受け流して時間を稼ぐ。


 なんとか第7階層への階段に飛び込み、カイたちは崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」


 レオが大の字になって息をする。

 完全な敗北。8階層の主には、傷一つつけることすらできなかった。


 だが。


「……でも、前回より長く戦えたな」


 カイが、汗を拭いながら言った。

 その顔に、絶望の色はない。


「デュラハンの剣、最後の方はリズムが分かった。次は……パリィできる」


「あたしも、魔法が弾かれるタイミングが分かったわ。次はもっと圧縮して撃ち込む」


 ミナも不敵に笑う。

 負けた。でも、確実に前に進んでいる。

 8階層の壁は厚い。だが、決して登れない壁ではないと、彼らは実感していた。


「帰ろう。今日は肉を食って、作戦会議だ」


 カイたちは互いに肩を貸し合いながら、光のある場所へと歩き出した。


◆迷宮第15階層・魔王の茶室/黒瀬視点


「……ふぅ。危なかったな」


 俺はモニターの前で、冷や汗を拭った。


 バルログの暴走。

 グレンが間に合わなかったら、ガルスは確実に死んでいた。

 冒険者が死ぬのは自己責任とはいえ、Aランクパーティが全滅すれば、国からの干渉が強まる。それは避けたい。


「バルログのリミッター、もう少し下げるか……。

 いや、あいつの性格上、下げすぎるとへそを曲げるしな」


 頭の痛い問題だ。

 だが、とりあえず第10、11階層の運営は、ギリギリだが回り始めた。

 これで魔力回収効率も上がるだろう。


「ご主人」


 影からナノが現れる。


「どうした、トラブルか?」


「トラブルというか……新たな『案件』です。

 迷宮の周囲、地上の森林エリアに、多数の生体反応を検知しました」


「冒険者か? いや、勇者パーティか?」


 俺は身構える。

 だが、モニターに映し出された映像を見て、俺は眉をひそめた。


 そこに映っていたのは、武装した兵士ではない。

 ボロボロの衣服を纏い、痩せこけた体を引きずる集団。

 頭には猫の耳や、狼の耳。背中には尻尾。


「……獣人族?」


 老人や子供もいる。

 彼らは怯えるように周囲を警戒しながら、迷宮の入り口近くの森の奥へと進んでいく。

 どうやら、そこを隠れ家にするつもりのようだ。


「難民、ですかね」


 ナノが淡々と言う。


「人間の兵士に追われている形跡があります。

 おそらく、迫害を受けて逃げてきたのでしょう」


「……なるほどな」


 俺はため息をついた。

 迷宮都市ができ、人が集まれば、そこから弾き出される者や、救いを求めて集まる者も出てくる。


 これは、単なるダンジョン運営の話ではない。

 一つの社会としての問題だ。


「……放っておけば、魔物に食われるか、人間に狩られるかだ」


 俺はコンソールを操作し、第5階層のマップを開いた。


「ナノ。

 第5階層の拡張エリア、まだ空きがあるな?」


「はい。居住区画C、未開放です」


「……受け入れるぞ。

 労働力不足の解消にもなるし、何より……俺の迷宮の近くで、面白くない悲劇が起きるのは趣味じゃない」


 俺の言葉に、ナノが微かに微笑んだ。


「了解です、ご主人。

 ――『多文化共生プロジェクト』、起動します」

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ダンジョンモンスターのケット・シーはダンジョンの魔力が必要ですが、外から雇ったケット・シーなら、それ自身が魔力の収入源に? とはいえ獣人には宗教的な問題があって外部との関係が厄介になるかもしれませんが…
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