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第六十四話:地獄への挑戦権

◆第5階層・外れの訓練場/カイ視点


「――遅いッ!!」


 鋭い叱咤と共に、木刀が俺の側頭部をかすめる。

 風圧だけで肌が切れるかと思うほどの鋭さ。


「ぐっ……!」


 俺は必死に重心を落とし、二撃目を剣の腹で受け流そうとする。

 だが、師匠――エルドラさんの剣は、俺の予測を嘲笑うように軌道を変えた。


 パァンッ!!


「がはっ!?」


 脇腹に強烈な一撃が入り、俺は無様に地面を転がった。

 受け身を取る余裕すらない。肺の中の空気が強制的に絞り出される。


「呼吸が乱れておるぞ、カイ。

 魔力の流れを読む前に、己の体の声を聞け」


 エルドラさんは、涼しい顔で木刀を下ろした。

 銀髪をポニーテールに結い、動きやすい稽古着に身を包んだその姿は、ただ立っているだけで絵になる。

 だが、その実力は紛れもない化け物だ。


「はぁ、はぁ……すみません、師匠……!」


 俺は痛む脇腹を押さえながら、ふらつきつつ立ち上がる。

 周りでは、レオやミナ、セラも同じように地面に転がっている。

 全員、泥だらけで満身創痍だ。


 ガルスに負けたあの日から、俺たちは毎日ここへ通っている。

 悔しさをバネに、少しでも強くなるために。


「まあ、筋は悪くない。

 特に受け流しの勘所は掴めてきておる。あとは――」


 エルドラさんが言葉を切った。

 その紫の瞳が、訓練場の入り口に向けられる。


「……誰だ?」


 俺も振り返る。

 そこには、一人の男が立っていた。


 長身痩躯。腰まである緑色の長髪を束ね、額からは二本の鋭い角が伸びている。

 鬼人族。

 その身から放たれるプレッシャーは、ただ者ではない。


「失礼。……熱心な稽古の声が聞こえたもので」


 男は、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 その足取りには一切の音がなく、まるで風が流れてくるようだ。


「俺も、混ぜていただけませんか?」


「えっ?」


 俺は目を丸くした。

 見るからに手練れだ。装備も上質だし、何より立ち姿に隙がない。

 こんな凄腕が、なぜ俺たちの訓練に?


「……ふん。珍客じゃな」


 エルドラさんが、面白そうに目を細める。


「名は?」


「ジグ、と申します。

 この迷宮で……そうですね、警備のような仕事をしております」


「ほう。警備員が何の用じゃ?」


「上には上がいると痛感しまして。

 それに……」


 ジグと名乗った男は、チラリと俺たちを見た。

 その瞳には、どこか懐かしむような、温かい光が宿っていた。


「彼らとは、奇妙な縁を感じるのです。

 まるで……同期のような」


「同期?」


 俺は首を傾げた。

 会ったことはないはずだ。これほど特徴的な鬼人族なら、忘れるはずがない。

 なのに、なぜか俺も、彼に対して不思議な親近感を覚えていた。


「よかろう。

 ちょうど、サンドバッグ役が足りておらぬところじゃ」


 エルドラさんは、もう一本の木刀をジグに放り投げた。


「死ぬ気で来い。

 手加減はせんぞ」


「望むところです」


 ジグは木刀を受け取り、綺麗なお辞儀をした。

 そして――構えた瞬間、空気が変わった。


 殺気ではない。もっと純粋な、研ぎ澄まされた「闘気」。


「……すごい」


 俺は息を呑んだ。

 これが、本物の強者の構えか。


「行くぞ!」


 ジグが踏み込む。

 速い。俺の目では残像しか追えない。


 ガギィィィン!!


 木刀同士が激突し、訓練場に衝撃波が走る。

 エルドラさんが、わずかに眉を上げた。


「ほう。重いのう」


「まだまだ!」


 ジグの連撃。

 剛剣だ。一撃一撃が岩をも砕くような重さを持っている。

 だが、ただ力任せなだけじゃない。その軌道は理に適っており、最短距離で急所を狙ってくる。


「(……あの動き、どこかで……?)」


 俺は、ジグの剣技に見覚えがあった。

 第1階層で戦ったゴブリンたちの、あの泥臭くも鋭い連携。

 それをもっと洗練させ、極限まで高めたような――。


「カイ! ボーッとしておるな! お主も入れ!」


 エルドラさんの怒声が飛ぶ。


「は、はいッ!」


 俺も剣を構え、二人の戦いに割って入る。

 ジグの剛剣と、エルドラさんの神速の剣。

 その嵐の中で、俺は必死に「流れ」を読もうとした。


「そこだ、カイ!」


 ジグが、エルドラさんの剣を受け止めながら叫ぶ。


「力で受けるな! 俺の剣圧を利用して、師匠の死角へ潜り込め!」


「えっ、はい!」


 言われるがまま、俺はジグの剣の側面に滑り込む。

 ジグがわざと体勢を崩し、エルドラさんの注意を引きつける。

 その一瞬の隙。


「もらったぁぁッ!」


 俺は渾身の突きを放つ。


 パシッ。


 しかし、それはエルドラさんの左手に、素手で受け止められた。


「……悪くはない。

 だが、殺気が漏れすぎじゃ」


 ドォォン!!


 俺とジグは、まとめて吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


「はは……さすが師匠。化け物ですね」


 ジグが苦笑しながら起き上がり、俺に手を差し伸べてくれた。


「大丈夫か、カイ」


「あ、ありがとうございます……。ジグさん、強すぎますよ」


「俺も昔は弱かったさ。

 何度も死にかけて……それでも諦めなかったから、今がある」


 ジグは、俺の手を強く握った。

 その掌は硬く、無数の剣ダコがあった。


「強くなれ、カイ。

 お前たちなら、きっともっと高みへ行ける」


 その言葉は、まるでかつて俺たちを見守ってくれた誰かからの、エールのように聞こえた。


「……はい! 俺、もっと頑張ります!」


 俺は、熱いものを胸に感じながら、力強く頷いた。


◆第9階層・水鏡の闘技場/グレン視点


 波のない水面に、汗が滴り落ちて波紋を作る。


「はぁ……はぁ……ッ!」


 グレンは、肩で息をしながら大剣を支えに立っていた。

 全身傷だらけだ。鎧もボロボロ。

 だが、その瞳だけはギラギラと燃えている。


 目の前には、同じくボロボロになった自分自身――ドッペルゲンガーが立っていた。


「……しつけぇな、俺」


 グレンがニヤリと笑うと、コピーも同じ顔で笑い返す。


 離れた場所では、ソフィアやアリアたちが心配そうに見守っている。

 最近、グレンたち3パーティ――『紅蓮の牙』、『万理の瞳』、そして聖女騎士団は、一つのクランを結成した。


 名付けて『暁の連盟』。


 目的は単純。この迷宮の最深部を攻略し、あの黒い悪魔リリと、その奥にいるダンジョンマスターにリベンジを果たすことだ。


 だが、そのためには個々の力が足りない。

 特にグレンは、前回の戦いで自分の限界を痛感していた。

 Aランクの力押しだけでは、あの領域には届かない。


「だからこそ……ここで超えるんだよ。過去の自分を」


 グレンは大剣を構え直す。

 いつもの「剛剣」ではない。

 力を抜き、切っ先を揺らめかせる独特の構え。


「ソフィアに言われたよ。『あなたは単調すぎる』ってな。

 確かにそうだ。俺は今まで、才能とフィジカルだけで勝ってきた」


 コピーが動く。

 最速の踏み込み。いつもの俺の、必勝パターン。


「……視えるぜ。お前の動きが」


 グレンは動かない。

 剣が迫る。首を狙った一撃。


 その瞬間。


 フッ。


 グレンの姿がブレた。

 回避ではない。前進だ。

 コピーの剣の内側、死角となる懐へ、紙一重ですり抜けた。


「なっ……!?」


 コピーが驚愕の表情を浮かべる。

 それは、今までのグレンにはなかった「柔」の動き。


「力だけじゃねえ。……技も、読みも、全部乗せるんだよ!」


 グレンの大剣が、下から上へと奔る。

 ただの斬撃ではない。魔力を刃に乗せて回転させる、ドリルのような一撃。


 ズドォォォォン!!


 コピーの顎を砕き、そのまま天高く打ち上げる。


「終わりだァッ!!」


 追撃の魔力波。

 コピーは空中で霧散し、水へと還った。


「……勝った」


 グレンはその場に座り込んだ。


「やりましたね、グレン様!」


「無茶するわね……でも、見事だったわ」


 アリアとソフィアが駆け寄ってくる。

 グレンは、二人に支えられながら立ち上がった。


「へっ……これくらいやれなきゃ、連盟のトップは張れねえよ」


 強がりを言うが、その顔は晴れやかだった。

 Aランクの剣聖は、ここでまた一つ、殻を破ったのだ。


◆第10階層・灼熱の回廊/ガルス視点


「……なんだ、ここは」


 『白金の盾』のリーダー、ガルスは、目の前に広がる光景に舌打ちをした。


 煮えたぎるマグマの海。

 噴き上がる火柱。

 視界を歪めるほどの熱気が、肌をジリジリと焼く。


「第6階層の焼き増しか? 芸がないな」


 ガルスは鼻を鳴らす。

 彼らは第5階層での一件以来、迷宮内での立場を失っていた。

 住人からは白い目で見られる。


 この状況を覆すには、結果を出すしかない。

 誰よりも早く深層へ到達し、この迷宮を攻略する。

 そうすれば、誰も文句は言えないはずだ。


「行くぞ。こんな熱さ、我らの白金の前には無意味だ」


 彼らは万全の準備をしてきていた。

 王都から取り寄せた最高級の耐熱魔道具。


 魔法が施された鎧。

 これなら、装備破壊など起きるはずがない。


「敵影確認! 前方、ワイバーンの群れです!」


 部下の斥候が叫ぶ。

 空から、炎を纏った飛竜たちが急降下してくる。


「雑魚が! 落とせ!」


 後衛の魔術師たちが氷の矢を放つ。

 だが――


「ギョオオオン!!」


 ワイバーンたちは、空中で複雑な軌道を描き、魔法を回避した。

 ただの回避ではない。互いにカバーし合い、こちらの死角へと回り込んでくる。


「なっ……!? 連携しているだと!?」


 ガルスが驚く。

 野生の魔物ではない。明らかに指揮されている動きだ。


「囲まれた! 地上からも来るぞ!」


 溶岩の中から、ケルベロスや火の精霊が現れる。

 彼らもまた、統率された軍隊のように配置についていく。


「……誰だ。誰がこいつらを操っている!」


 ガルスが叫ぶと、岩山の上から重々しい声が響いた。


「――ようこそ、新入りのお客様」


 見上げれば、そこには巨躯の鬼が立っていた。

 全身を真紅の鎧で包み、巨大な戦槌を担いだ魔人。

 オウガ・ジェネラル。


「我が名はオウガ。この第10階層の管理を任された者だ。

 貴様らの力、試させてもらうぞ」


「下等な魔物が! 我らを試すだと?

 その傲慢、死を持って償わせてやる!」


「来るか。……総員、迎撃開始!

 無理はするなよ、怪我をしたら交代だ!」


 オウガの号令で、魔物たちが一斉に襲いかかる。

 その戦い方は、以前の「命を使い捨てる突撃」とは全く違っていた。


 傷ついた個体は下がり、元気な個体が前に出る。

 炎と爪の波状攻撃が、休みなくガルスたちを襲う。


「くそっ、キリがない!」

「回復が追いつきません!」


 部下たちが悲鳴を上げる。

 だが、ガルスは退かなかった。


「ええい、鬱陶しいッ!!

 『聖光旋風斬(ホーリー・サイクロン)』!!」


 ガルスが回転しながら聖なる光の斬撃を放つ。

 周囲の魔物たちが吹き飛び、包囲網に穴が開く。


「そこだ! 突破するぞ!」


 ガルスは先頭を切って駆け抜ける。

 部下たちも必死に続く。


 オウガ・ジェネラルは、深追いをしなかった。

 ただ、去っていく彼らの背中を、冷ややかな目で見送った。


「……力はある。だが、余裕がないな。

 この先で待つ絶望に、耐えられるかな?」


◆第11階層・入口前


 なんとか第10階層を突破したガルスたちは、階段の前で膝をついていた。


「はぁ……はぁ……。

 なんなんだ、あの統率は……!」


 鎧は煤け、魔力もかなり消費した。

 だが、彼らは生きている。

 Aランクの意地で、地獄を潜り抜けたのだ。


「……リーダー。まだ進むんですか?」


 部下が弱気な声を出す。


「当たり前だ!

 ここで帰ったら、あの街の連中に何を言われるか分かったもんじゃない」


 ガルスは乱暴に立ち上がり、目の前の扉を睨みつけた。


 第11階層への扉。

 そこからは、今までの熱気とは質の違う空気が漏れ出していた。


 熱いのではない。

 痛い。

 肌を刺すような、純粋な「闘気」と「殺意」の奔流。


 ガルスは剣を握りしめ、扉に手をかけた。


 ギギィ……。


 重い音がして、扉が開く。

 その向こう側。

 広大な円形闘技場の中心で、炎を纏った魔人が、凶悪な笑みを浮かべて待ち構えていた。


「……来たか。最初の客が」


 バルログの声が、腹の底に響く。


 ガルスたちの運命を決める、新たなる地獄の門が、今開かれた。

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