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第六十三話:統合プロセスと、二人の外部取締役

◆北西迷宮・第十五階層/黒瀬視点


「……美学が足りん」


 修復を終えたばかりの黒曜石のテーブルで、エルドラが優雅に紅茶を啜りながらダメ出しをした。


「効率的なのは認めるが、迷宮には畏怖が必要じゃ。もっと自然の猛威を取り入れ、冒険者に大自然への敬意を抱かせるようなフロアを作るべきじゃな」


「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってんの、この木偶の坊は」


 向かいの席で、リリスがモンブランをフォークで突き刺しながら噛みついた。


「迷宮に必要なのは絶望感よ! 入った瞬間に精神汚染チェックが入って、正気度が削れるような呪いの霧とかないの? 甘いわ!」


「ふん。相変わらず趣味の悪い女じゃ。だからお主の迷宮は『陰湿すぎて行きたくないランキング』で殿堂入りするのじゃぞ」


「なんですってぇ!? アンタの迷宮こそ『広すぎて迷うだけのクソマップ』って噂よ!」


 バチバチバチッ!!


 二人の視線が交差するたびに、空間に亀裂が走り、テーブルの上のティーカップがガタガタと震える。


 俺は、その間で胃を押さえていた。


「(……帰りたい)」


 組織のトップに、方向性の違う外部取締役が二人いるようなものだ。

 しかも二人とも、俺より権限が強い。


「あの、お二人とも。今は会議中ですので……」


「うるさいわね! 黙ってて!」

「そうじゃぞ黒瀬。これは方向性の違いという、譲れぬ一線なのじゃ」


 リリが、俺の隣で申し訳無さそうに小さくなっている。


「ごめんね、ご主人……。ボクがもっと強ければ、ママたちを黙らせられるんだけど……」


「いや、リリは悪くない。……悪いのは、SSSランクというバグを二人も抱え込んだ俺のミスだ」


 俺は遠い目をして、モニターに映る下層の様子に逃避した。

 あちらでは、実務部隊による新人研修が始まっていた。


◆第十階層・中級魔物エリア/ジグ視点


「――いいか、よく聞け!」


 ジグは、整列したワイバーンやケルベロスたち――旧ゲヘナから移籍してきた中級魔物たちを見下ろしていた。

 彼らはまだ、新しい環境に戸惑い、殺気立っている。


「ここでは力だけが全てじゃない。求められるのは規律と役割だ!」


 ギャオオオン!!


 一頭のワイバーンが、ジグの言葉に反発して炎を吐いた。

 「俺に従え」と言わんばかりの威嚇。旧ゲヘナでは、これが挨拶だったのだろう。


 だが。


 ザンッ。


 一閃。

 ジグの剣が、ワイバーンの鼻先数センチの空気を切り裂いた。

 炎が両断され、霧散する。


「……ッ!?」


 ワイバーンが硬直する。

 首を落とされたかのような錯覚。圧倒的な「格」の差。


「暴れる元気があるなら、訓練で使え。……傷の手当てはしてやる」


 ジグは剣を納め、懐からポーションを取り出して放り投げた。

 ワイバーンはそれを受け取り、困惑したようにジグを見る。

 殴られると思っていたのだろう。


「ここでは、怪我を放置しない。万全の状態でこそ、最高の働きができるからな」


 ジグの背中には、かつての自分――ゴブリンだった頃の記憶が重なっていた。

 使い捨てられる恐怖と、拾われた時の安堵。


「ついてこい。お前たちの強さを、正しく使う方法を教えてやる」


 ワイバーンが、恭しく頭を下げた。

 現場の統率は、順調に進んでいるようだった。


◆第十一階層・闘技場/ロク視点


 一方、闘技場の裏手では、ロクが溶岩の巨人と対峙していた。


「分析完了。対象:マグマ・ゴーレム。知能レベル低下中。暴走状態」


 巨人は、周囲の壁を殴りつけ、熱を撒き散らしていた。

 環境の変化によるストレス反応だ。


「ウオオオオッ!!」


 巨人がロクに向かって拳を振り下ろす。

 だが、ロクは動かない。


「《冷却結界:展開》」


 青い光の膜が、拳を受け止める。

 ジュワァァァッ!!

 熱が奪われ、巨人の腕が黒く変色して固まる。


「あなたの熱量は、破壊に使うには効率が悪すぎます」


 ロクは無表情のまま、空中にホログラムの図面を展開した。


「第十三階層の動力炉へ行きなさい。そこであなたの熱を供給すれば、都市全体のエネルギーになります。……計算では、あなたの存在価値は現在の1200倍に跳ね上がります」


「……1200バイ?」


 巨人が動きを止める。

 難しいことは分からないが、「すげえ役立つ」ということだけは伝わったらしい。


「案内します。ついてきなさい」


 ロクが歩き出すと、巨人は大人しくその後ろをついていった。

 バルログが、闘技場の観客席からその様子を見て、腕組みをしながら鼻を鳴らす。


「フン……。あやつの部下ども、芯が通っておるな。……悪くない」


◆第十五階層・再び茶室/黒瀬視点


 現場が優秀で助かった。

 俺は安堵の息を吐き、再び目の前の「SSSランク問題」に向き直った。


「……で。リリちゃん、お部屋のインテリアなんだけど」


 リリスが、どこから取り出したのか分からないカタログ(魔界通販)を広げている。


「やっぱり『呪いの家具シリーズ』がいいと思うの!

 見て、この『座るとMPを吸われる椅子』とか、『深夜に悲鳴を上げるタンス』とか!

 魔王の部屋っぽくて素敵でしょ?」


「やめてよママ! 趣味が古いのよ!」


 リリが全力で拒否する。


「ボクの部屋は、ご主人が作ってくれたこの『シックな黒』で統一するの!

 変な家具置いたら、空間魔法の座標がズレちゃうでしょ!」


「あら、空間補正ならママがやってあげるわよ?

 それとも、あの『生きた生首のシャンデリア』の方がいい?」


「もっと嫌ッ!!」


 リリスの親バカが暴走している。

 エルドラは「ふん、悪趣味な」と呆れつつも、モンブランの二個目に手を伸ばしている。止める気がない。


 俺は、頭を抱えた。

 このままでは、第十五階層がお化け屋敷になってしまう。


「……リリスさん。提案があります」


 俺は意を決して割って入った。


「リリの部屋は、あくまで職場です。機能美を優先させてください」


「あら、貴方。私に意見する気?」


 リリスの目がすぅっと細くなる。怖い。


「その代わり……迷宮の『裏ボス部屋(隠しエリア)』を作ります。

 第十六階層……いや、深淵の離れとでも名付けましょうか。

 そこの内装は、リリスさんの好きにしていいです」


「……!」


 リリスの表情がパッと明るくなった。


「専用の離れ?

 ……悪くないわね。リリちゃんが疲れた時に、里帰り気分で休める場所ってことね?」


「ええ、まあ(絶対に休まらないと思うが)」


「いいわ! 採用よ!

 さっそく魔界から家具を取り寄せなきゃ!

 ああ、楽しみだわぁ〜♡」


 リリスは上機嫌でカタログをめくり始めた。

 チョロい。

 だが、これでリリの聖域は守られた。


 その時。

 ナノが、小さくアラートを鳴らした。


「ご主人、定時連絡です。

 地上から、気になるニュースが」


「なんだ?」


「東方のAランク迷宮『ゲヘナ』の消滅が、王都で確認されました。

 それと同時に……王宮が動き出したようです」


◆王都・宰相執務室


 深夜の王城。

 重苦しい空気が、宰相の執務室を支配していた。


「……消滅した、だと?」


 宰相は、震える手で報告書を握りつぶした。


「はい。東方の活火山地帯にあった『ゲヘナ』の反応が、完全に消失しました。

 跡地には巨大なクレーターしか残っておらず……魔力反応はゼロです」


 報告する密偵の声も強張っている。


「攻略されたわけではないのか?」


「いえ。攻略されたなら、迷宮核の残骸や、魔力の残滓があるはずです。

 ですが、今回は……まるで根こそぎ持ち去られたかのように、綺麗さっぱり消えています」


 宰相は、壁に掛けられた大陸地図を睨みつけた。

 東のゲヘナが消え、同時期に、北西の迷宮の魔力濃度が異常上昇したという報告が入っている。


「……まさか。

 迷宮が、迷宮を喰らったというのか?

 そんな非常識な……」


 背筋に冷たいものが走る。

 北西の迷宮。

 Aランク冒険者をデコピンで沈め、国家認定を受け、あまつさえ他の迷宮を捕食して成長する化物。


 もはや、一国の軍事力で制御できる存在ではない。


「……調査団レベルでは、手遅れだ」


 宰相は、机の引き出しから、封蝋された一通の書状を取り出した。

 それは、国家存亡の危機にのみ使用が許可される、禁断の招集状。


「奴を止めるには、常識外の力が必要だ。

 ……『勇者』を召集せよ」


「……ッ! 本気ですか、閣下!

 勇者パーティを動かせば、周辺諸国への影響も計り知れません!」


「構わん。

 あの迷宮がこれ以上肥大化すれば、いずれこの国そのものが飲み込まれる。

 毒を以て毒を制す。……最強の矛をぶつけるしかないのだ」


 宰相は、決意を込めて書状にサインをした。


 勇者。

 それは、迷宮というシステムにおける、最大の脅威。

 理屈も確率も無視して、奇跡を起こして敵を討つ存在。


 黒瀬の構築した「論理的迷宮」に対する、最強の「非論理的脅威」が、今まさに放たれようとしていた。


◆迷宮第十五階層


「……くしゅん」


 俺は大きなくしゃみをした。


「……なんか、ものすごく面倒なフラグが立った気がする」


 俺は悪寒を感じながら、モニターに映る平和な迷宮都市の様子を眺めた。


 SSSランクの二人がいて、バルログがいて、リリがいる。

 これだけの戦力があれば、何が来ても大丈夫だと思いたい。


 だが、俺の「社畜センサー」が告げている。

 次のプロジェクトは、今までで一番のデスマーチになると。


「……ナノ。念のため、全階層のセキュリティレベルを1段階上げておけ」


「了解です。……心配性ですねえ」


「備えあれば憂いなし、だ」


 俺はコーヒーを飲み干し、再びコンソールに向き直った。

 嵐の前の静けさの中、迷宮のアップデートは続いていく。

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