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第六十一話:組織再編と最恐の訪問者

◆北西迷宮・第十階層/黒瀬視点


「……ふん。悪くない手際だ」


 瓦礫の山と化した旧ゲヘナの入口で、腕を組んだバルログが不機嫌そうに、けれど感心した様子で呟いた。


 俺たちは今、迷宮統合によって手に入れた広大な更地――旧ゲヘナエリアの再構築リファクタリングを行っていた。


「ここはお前たちの新しい職場だ。住み心地が悪いと、モチベーションに関わるからな」


 俺はコンソールを操作し、残った魔力13,000を元手に、次々とコマンドを実行していく。


 まず手をつけたのは、旧ゲヘナにいた下位魔物たちの処遇だ。


 サラマンダーやヘルハウンドといった、熱に強く、しかし知能の低い魔物たち。

 彼らはバルログが召喚したが放置しただけの烏合の衆だった。


「異動だ。サラマンダー、およびヘルハウンド。……第六階層『灼熱の回廊』に転属してもらう」


 俺が指先を滑らせると、数十体の魔物たちが光に包まれ、転移していく。


「あそこなら環境も近いし、リザードマンたちとの連携も取りやすい。数を増やして密度を上げれば、中級冒険者へのいい足切りになる」


「雑魚払いか。……まあ、我が精鋭の足元をチョロチョロされるよりはマシだな」


 バルログが鼻を鳴らす。


 彼にとっては「弱者」など視界に入れる価値もないらしい。だが、俺にとっては貴重な「低コスト防衛戦力」だ。適材適所。


「さて、次は第十階層だ。……ここはお前のかつての部下たち、中級魔物の住処にする」


 旧・リリのボス部屋があったフロア。そこを拡張し、ゲヘナにあった溶岩の海と切り立った岩山を再現する。


 ただし、以前のような無秩序な熱暴走はない。


「ここに火炎翼竜、火炎の精霊、ケルベロス達を配置する。……管理者は、オウガ・ジェネラル。今のあいつなら、部下を無駄死にさせない運用ができるはずだ」


 モニターの中で、オウガ・ジェネラルが部下のワイバーンに餌をやっている姿が映る。かつては鉄球を振り回して部下を殴りつけていた男が、今は甲斐甲斐しく世話を焼いている。


「……随分と骨抜きにされたものだな」


「違うぞ、バルログ。あれがホワイトな職場を知った者の顔だ。安心しろ、お前もすぐにそうなる」


「断る!!」


 バルログが全力で拒否するが、時間の問題だろう。


◆第十一階層・闘争の円形闘技場/黒瀬視点


 そして、第十一階層。

 旧ゲヘナの最深部にあった空洞をベースに、俺は巨大な円形闘技場を建設した。


 すり鉢状の観客席には、幻影魔法で作り出した数万の観衆と、配下の魔物たちが並ぶ。

 中央のフィールドは、焦土、荒野、溶岩地帯と、環境を自由に変更できるギミック付きだ。


「ここが、お前の新しい城だ。第十一階層、中ボスエリア」


 俺はバルログに向き直った。


「コンセプトは『正々堂々』。小細工なし、純粋な力と技のぶつかり合い。……どうだ、お前の性に合うだろ?」


 バルログは、闘技場の真ん中に立ち、周囲を見回した。


「……フン。悪くない」


 バルログの口元が、凶悪に吊り上がった。


「以前のように、ただ侵入者を焼くだけでは退屈していたところだ。……ここでは、思う存分暴れてよいのだな?」


「ああ。ただし、殺すなよ。叩きのめして、心を折って、追い返す。それがルールだ」


「……貴様の理屈臭い戦い方には反吐が出るが、この『舞台』だけは評価してやろう」


 バルログは満足げに腕を組んだ。

 戦闘狂バトルマニアには、最高の遊び場を提供してやるのが一番の懐柔策だ。


◆第十二〜十四階層


 ここからは、俺の側近たちへのボーナスステージだ。

 魔力容量が増えたおかげで、彼ら専用のエリアを作ることができる。


「第十二階層。担当、ジグ」


 俺が展開したのは、和風の山城を模した『鬼哭の砦』だ。

 石垣、櫓、そして畳敷きの道場。


 第一階層で経験を積んだ優秀なゴブリンたちをここへ移送し、豊富な魔力とジグの指導によって、ホブゴブリンやオニへと進化させる。


「……素晴らしい」


 ジグが、完成した道場の床を撫でながら、感極まった声を上げた。


「我ら一族の悲願……安住の地と、強さを求めるための場所。……黒瀬様、この御恩は、生涯をかけてお返しします」


「期待してるぞ。ここを最強の『人材育成フロア』にしてくれ」


 次は、第十三階層。


「担当、ロク」


 無機質な岩肌が、蒸気と歯車の音に包まれる。


 巨大なピストンが動き、ベルトコンベアが回る、スチームパンクな『歯車の迷宮』。

 配置するのは、オートマタ、アイアンゴーレム、ガーゴイルといった、疲れを知らない機械と岩の軍団だ。


「演算完了。生産ラインと迎撃システムを直結しました」


 ロクが、青い瞳を点滅させながら報告する。


「侵入者は不純物として検知し、排除プロセスを自動実行します。……ご主人、この工場の排熱を利用して、新型の魔導機の量産も可能です」


「お前、本当に優秀だな……。頼む、どんどん作ってくれ」


 最後は、第十四階層。


「担当、ポヨ」


 そこは、幻想的だが足場の悪い、半透明な粘液に覆われた『粘菌の海』だ。

 鍾乳洞のような空間に、無数のスライムが徘徊している。

 ここのスライムは特殊だ。物理攻撃を受けると分裂し、放置すると合体して巨大化する。


「ポヨーン!」

(「通さないよ!」と言っている気がする)


 ポヨが巨大化して道を塞ぐ。

 物理攻撃がほぼ通じない、冒険者にとっては悪夢のような「詰み」エリアの完成だ。


◆第十五階層・虚空の玉座


 そして、最深部。

 俺は、リリと共にその場所に立った。


 そこは、以前の雷雲の玉座とは全く違う空間だった。


 壁も床も天井も、すべてが黒一色の素材で構成されている。

 障害物は一切ない。あるのは、中央に置かれたシンプルな玉座のみ。


「エリア名『虚空の玉座』。……リリ、お前のためのステージだ」


 空間魔法を最大限に活かすため、余計なノイズを極限まで排除した。

 ここでは、距離も方向も意味を成さない。リリの「座標操作」だけが、唯一のルールとなる。


「わぁ……! すごい! ボクが映ってる!」


 リリは床を走り回り、はしゃいでいる。

 四枚の翼と、Aランク上位の魔力を纏った姿でキャッキャする様子は、見た目と中身のギャップが激しいが、まあ喜んでいるならいいだろう。


「お前はここであぐらをかいてていい。ここに来るまでに、冒険者は心折れてるはずだ」


「えー、つまんない。ボクもたまには暴れたいのに」


「たまに来るSランク用にとっておけ。……さて」


 俺は一息ついた。


 これで、全十五階層のリニューアルが完了した。

 魔力残量もカツカツだが、システムとしては完璧だ。


「ナノ、最終チェックを――」


 言いかけた、その時だった。


 ウゥゥゥゥゥン……!!


 迷宮全体が、不快な振動を始めた。

 地震ではない。空間そのものが、何らかの巨大な質量によって歪められているような感覚。


「ご、ご主人! 警告! 警告です!」


 ナノが赤く点滅し、アラート音を鳴らす。


「第十五階層内部に、規格外の魔力反応! 外部からの強制アクセスです!」


「は? ここ最深部だぞ!? 入口を通らずに直接!?」


 ありえない。迷宮の壁は、空間断絶結界で守られている。それを外から無理やりこじ開けるなんて、神話級の化け物でなければ不可能だ。


「解析不能! 推定ランク……SSS相当!!」


「……SSS!?」


 俺が叫んだのと同時に、リリの顔色が一気に青ざめた。


「……嘘。この魔力……この、ねっとりした気配……」


 リリが、ガタガタと震え出す。

 Aランク上位の魔王が、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。


「ま、ママ……!?」


 メリメリメリッ!!


 空間が、ガラスのように砕け散った。

 そこから現れたのは――「闇」そのものだった。


 漆黒のドレス。

 背中には、リリと同じ……いや、それ以上に巨大で禍々しい、六枚の黒翼。

 そして、この世の全ての男を狂わせるような、圧倒的な妖艶さと魔圧を持つ女性。


 魔界の女王、リリス。


「あらあら〜?」


 彼女は、破壊した空間の穴から優雅に足を踏み出し、この世で一番甘く、そして恐ろしい声で言った。


「私の可愛い可愛いリリちゃん、こんなところで何してるのかしら〜? ママ、心配で地獄から這い出てきちゃったわぁ」


「ヒッ……!」


 リリが俺の背中に隠れる。


 リリスの真紅の瞳が、ゆっくりと俺に向けられた。

 その瞬間、心臓が止まるかと思った。


 殺気ではない。だが、「愛娘の隣にいる悪い虫」を見る目は、殺意よりも質が悪かった。


「……で? うちの娘をたぶらかした誘拐犯は、どこのどいつかしら?」


 俺は、引きつった笑顔を浮かべながら、必死に言葉を探した。


(……詰んだ)


 最強の迷宮が完成した直後、最強の「家庭の事情」が殴り込みをかけてきた。

 元社畜エンジニアの胃痛の日々は、まだまだ終わりそうになかった。

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