第五十九話:不採算部門の吸収合併
◆北西迷宮・第五階層「広場」/カイ視点
迷宮都市、第五階層。その広場は、かつての穏やかさが嘘のように、殺気と砂塵に支配されていた。
石畳を叩く激しい金属音。火花が散り、衝撃波が空気を震わせるたびに、周囲で見守るケット・シーたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「……ッ、ハァッ!!」
カイは、右腕に走る痺れを奥歯で噛み殺した。
視界の端で、レオが弾き飛ばされ、セラとミナが魔力切れで膝をついているのが見える。
目の前に立つのは、白銀の鎧を纏ったAランクパーティ『白金の盾』のリーダー、ガルス。
その剣先から漏れる「聖なる波動」は、ただ対峙しているだけで皮膚を焼くような重圧となってカイを押し潰そうとしていた。
「どうした、小僧。先ほどまでの勢いはどうした?」
ガルスが冷笑を浮かべ、剣を正眼に構え直す。
圧倒的な実力差。本来なら一瞬で首を飛ばされていてもおかしくない。だが、カイはまだ立っていた。それどころか、その瞳には諦めではなく、鋭い「観察」の光が宿っている。
(――視える。エルドラさんに叩き込まれた、あの感覚だ)
カイの脳内で、ガルスの魔力の流れが「線」となって展開される。
次にどこを狙い、どの程度の出力を出すのか。
それはかつてエルドラに数千回、数万回と木刀で打ち据えられた、地獄の特訓の結果だった。
「行くぞ!」
カイが地を蹴る。
力で勝てる相手ではない。だからこそ、カイはガルスの魔力そのものを「利用」する道を選んだ。
振り下ろされる白銀の重撃。カイはそれを剣の腹で受けず、わずかに刀身を傾けて「流した」。
キィィィィン!!
耳を突き刺すような高い金属音が響き、ガルスの剣がカイのすぐ横の石畳を粉砕する。
衝撃を地面へと逃がしたカイは、その反動をそのまま自身の回転エネルギーに変え、ガルスの脇腹を狙って最短距離の突きを放った。
「なっ……!?」
ガルスが驚愕に目を見開く。
刺突。ガルスの白銀の鎧に、鋭い線が刻まれ、火花が舞う。
「……小僧、貴様ッ!!」
プライドを傷つけられたガルスの顔が怒りに染まった。
Aランクの剣技が、Dランクの「ガキ」に届かない。それが彼には許せなかった。
ガルスは剣を大きく引き、全身の魔力を一点に収束させる。広場全体の空気が、一瞬で凍りついた。
「『聖光烈破斬』!!」
それは、防御という概念を無効化する広域破壊魔法だった。
カイは本能で悟る。――これは、流せない。
全力で盾を構えるが、放たれた光の激流がカイを飲み込んだ。
ズドォォォォン!!
石畳が捲れ上がり、爆煙が舞う。
煙の中から吹き飛ばされたカイは、数回転して壁に叩きつけられた。
「ガハッ……、ゴホッ……!」
口の中に鉄の味が広がる。
剣を杖代わりにして立ち上がろうとするが、筋肉が悲鳴を上げ、膝が笑って動かない。
ガルスの、Aランクの一撃。それを耐えきれるほど、まだカイの器は大きくなかった。
「無駄だと言っただろう。……死ね、秩序の塵となれ」
ガルスがトドメの一撃を振り上げる。
カイは、滲む視界の中でその剣を見つめた。
(……ここまで、か。ごめん、みんな……)
その瞬間。
「――おいおい、二日酔いの俺より酒癖の悪い真似してんじゃねえよ」
重厚な足音と共に、場違いなほど軽薄な声が響いた。
ガルスの剣が振り下ろされる寸前、真紅の大剣がそれを正面から叩き落とした。
ガギィィィン!!
凄まじい衝撃。弾き飛ばされたのは、ガルスの方だった。
「なっ……何者だ!?」
「あぁ? 誰かと思えば『白金の盾』か。王都の連中は、他人の家の玄関先で騒ぐのが趣味なのかよ」
爆煙の中から現れたのは、全身に包帯を巻きつつも、圧倒的な覇気を放つ男。
『紅蓮の牙』のグレン。
その後ろには、ソフィアやアリアも冷ややかな視線で控えている。
「グレン……! 敗残兵が何の用だ!」
「敗残兵、ねえ。確かにあの悪魔にはデコピン一発で負けたがな……」
グレンは大剣を肩に担ぎ、ガルスの目を真っ直ぐに見据えた。
「ここは俺たちの『拠点』だ。温泉があって、不味くない飯があって、猫たちがマカロンを売ってる。……土足で荒らす奴は、たとえ王都の英雄様だろうが叩き出すのが俺のルールなんだよ」
グレンの言葉に呼応するように、広場のあちこちから、勇気を取り戻した冒険者たちが立ち上がる。
「そうだ!」「出ていけ略奪者!」「この街を汚すな!」
数千人の「拒絶」の声。それは、Aランクという個の力を凌駕するほどの、圧倒的な意志の壁だった。
「……チッ。カイとか言ったか、小僧」
ガルスはカイとの戦いで予想以上に魔力を消耗し、呼吸を乱していた。さらに、グレンたちとの連戦はあまりにも分が悪い。
彼は忌々しげに剣を納めると、背後の仲間たちに合図を送った。
「今日のところは譲ってやる。だが覚えておけ、迷宮に秩序をもたらすのは我らだ。いずれ必ず、この不浄な都市ごと管理下に置いてやる」
ガルスは捨て台詞を吐き、転移ゲートへと逃げ帰っていった。
広場に静寂が戻る。
カイは、ようやく力の抜けた身体を地面に投げ出した。
「……よお、生きてるか、後輩」
グレンが手を差し伸べてくる。
だが、カイはその手を取る前に、震える拳を石畳に叩きつけた。
「……負けた」
悔しさが、熱い塊となって喉を焼く。
いい勝負をした。あんな強者相手に、一撃を入れた。
周りはそう言うかもしれない。だが、カイにとっては敗北でしかなかった。
自分が弱かったから、グレンに助けられた。自分が無力だったから、誰かに守られた。
「……強くなりたい。次は、誰にも助けられないくらい。俺が、みんなを守れるくらいに」
カイの目からこぼれた涙が、石畳に小さなシミを作る。
だが、顔を上げたその瞳に宿る火は、ガルスの「聖光」よりも、グレンの「紅蓮」よりも、青く鋭く燃え上がっていた。
◆炎熱迷宮ゲヘナ・最深部/クロ視点
一方その頃。炎熱迷宮ゲヘナ、最深部。
「……さて、バルログ。これが最終報告だ」
俺は、漆黒の仮面越しに、目の前で跪く魔人を見下ろした。
かつての猛威はどこへやら、バルログの巨躯は絶対零度の極寒に蝕まれ、全身がひび割れたガラス細工のように震えている。
「……殺せ。……理屈で……我が炎を汚した貴様など……我は認めん……!」
「認めなくていいさ。俺が欲しいのは承認じゃない。結果だ」
俺は一歩下がり、背後のロクに合図を送った。
ロクの兵装コンテナが複雑な変形を遂げ、巨大な電磁加速レールが展開される。
俺の手元に、グランが特注で仕上げた一本の長針が浮かぶ。
全方位に魔導回路が刻まれた、神殺しの楔。
「《多段電磁加速・臨界突破》――実行」
俺が指先を弾いた瞬間、世界から音が消えた。
バチィィィィィィン!!
光より速い一閃。
それは、バルログの頭部、わずか数センチ横を通過した。
直後、轟音と共に背後の巨大な岩壁が、数百メートルにわたって円筒形に消滅した。
空気の摩擦熱でバルログの肌が焼け、絶叫すらも真空に呑み込まれる。
もし当たっていれば、彼の存在そのものが「事象」から抹消されていた。
「……今のはわざと外したが、次は外さない」
煙を上げる指先を下ろし、俺は呆然とするバルログを見下ろした。
「だが、お前を殺しても魔力の無駄だ。バルログ。……お前の『運営』はクビだが、その『熱量』だけは評価してやる」
「……何だと?」
「俺の下に来い。不採算部門として整理するつもりだったが……これだけの魔力を一人で回してきたスタミナは、うちの迷宮にはないリソースだ。新たな階層の管理を任せてやる」
「我を……飼うつもりか……ッ!!」
バルログが屈辱に顔を歪め、砕けた斧を握りしめようとする。
俺はニヤリと笑って、最後の一押しを投げる。
「嫌ならいつでも挑んでこい。お前の『暴力』が、俺の『理』を上回ったその時に、この迷宮を返してやるよ。……もっとも、俺のアップデート速度についてこられればの話だがな」
バルログは絶望的な力の差を、そして自分の誇りを守るための「再戦の約束」という妥協点を見せられ、長い沈黙の末、重い首を縦に振った。
「……よかろう。貴様の喉笛を食い破るその日まで、お前の迷宮を覗いてやる」
交渉成立。
俺の世界で言うところの、M&Aの完了だ。
「よし、ナノ。移行処理を開始しろ」
「了解です、ご主人!……外部サーバー『ゲヘナ』の接収を開始します。全データの同期、スケーラビリティ・ロック解除。……容量を統合します!」
俺がバルログと共に、ゲヘナの中枢――燃え盛る紅い結晶『ゲヘナ・コア』に手を触れた。
瞬間、足元から突き上げるような巨大な地鳴りが響いた。
ズズズズズ……!!
ゲヘナの洞窟が崩落を始め、空間そのものが砂のように解けていく。
だが、それは破壊ではない。
より巨大なシステムの一部として、再構成されているのだ。
視界の端で、魔力残量のインジケーターが、見たこともない速度で跳ね上がっていく。
【最大魔力容量:8,000 → 23,000】
「……はは、迷宮のスペックが一気に三倍か。これだけあれば、新しい階層の実装も余裕だな」
◆北西迷宮・第十一階層/クロ視点
ゲヘナの風景が完全に消え去り、次に目を開けた時。
俺たちは、北西迷宮の深部――新しく生成されたばかりの、広大な岩肌に囲まれたフロアに立っていた。
「本日付で、炎熱迷宮ゲヘナは『第十一階層から十五階層』として正式に統合した。……ようこそ、バルログ。ここが、お前の新しい職場だ」
俺は背後のバルログを振り返る。
彼は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、その目には、整然と区画整理され、無駄な熱気が効率的に循環されているこの「新しい世界」への、言葉にできない驚きが宿っていた。
「……さて」
俺は一息つくと、空中にコンソールを展開した。
手に入れた二万三千の魔力。
これを使えば、より強力な魔物の実装も、自由自在だ。
「……全階層の『大型アップデート』をしないとな」
迷宮核が、かつてないほど力強く、深く脈動した。
その鼓動は、迷宮都市で立ち上がったカイたちの心拍と、奇妙にシンクロしているような気がした。
元社畜エンジニアの迷宮運営。
その次のフェーズが、今、圧倒的なスケールで動き出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
大型アップデートの案を考えるので、少し更新の期間が開きます。
また、書き溜めたら更新再開しますので、少々お待ちを。




