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第五十七話:玉座の対峙、あるいは経営者対談

◆炎熱迷宮ゲヘナ・最深部『焦熱の玉座の間』/クロ視点


 その空間は、もはや「部屋」という概念を超越していた。

 

 天井の見えない広大な空洞。

 壁面を流れる溶岩は巨大な血管のように脈動し、玉座の周囲からは、視界を歪めるほどの魔力の熱気が立ち上っている。


 中央に鎮座するのは、五メートルを超える巨躯の魔人。

 赤黒い肌に、捻じれた二本の角。彼こそが、この地獄の王――バルログだ。


「……よくぞ辿り着いた、矮小なるネズミどもよ。貴様らが、この絶対的な破壊の炎の前でどこまで耐えられるか、その身で試してみるか?」


 バルログが玉座の脇に立てかけた巨大な斧を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

 彼が一歩踏み出すごとに、大気が悲鳴を上げるように爆ぜ、足元の岩盤が赤く溶け出していく。


「……バルログ。お前、自分が何をしているか分かっているのか?」


 俺はポヨの冷涼な膜に守られながら、あえて一歩前に出た。


 ロクの観測データが、視界の端で警報を鳴らし続けている。バルログの肉体は、階層全体の魔力を強引に吸い上げ、常に臨界点に近い負荷がかかっているのだ。


「何をしているか、だと? 愚問を! 我が力、我が炎こそがこの迷宮の法! 侵入者を焼き尽くし、糧として更なる高みへと昇る。これこそが迷宮のあるべき姿よ!」


「……それを、世間では『自転車操業』あるいは『資源の食い潰し』と呼ぶんだ。お前は自分の資産である魔物や階層を燃やして、一時的な火力を上げているに過ぎない。そんな運営を続けていれば、いつかお前自身も燃えカスになって消えるぞ」


「黙れ! 慈悲などという毒で魔物を飼い慣らす、軟弱な迷宮主が! 力こそが全て。この炎に焼かれ、灰となって散るがいい!」


 バルログの怒号と共に、部屋中の熱気が一箇所に収束を始めた。


「力か。……なら、見せてやる。お前が信じる『暴力』よりも、遥かに効率的で、冷徹な『ことわり』をな」



◆北西迷宮・第五階層「一触即発の広場」


 一方、北西迷宮・第五階層では、別の意味での『暴力』が牙を剥こうとしていた。

 

 新設されたギルド支部の正面。抜刀した『白金の盾』のリーダー、ガルスが、カイの喉元に鋭い刃を突きつけていた。


「小僧、これが最後の警告だ。道を開けろ。この街の『権利』は、より強い者が管理すべきなのだ。王国とギルド本部が秩序を書き換えてやる」


 ガルスの背後には、同じく高ランクの武具を纏った仲間たちが、周囲の居住者たちを威圧するように立っている。


 彼らにとって、この迷宮都市は単なる「占領対象」であり、そこに住む者たちの思いなど、一顧だにしない。


「……強いとか、弱いとか。そんなの、今ここで関係あるのか?」


 カイは喉元の刃を恐れることなく、ガルスの目を真っ直ぐに見据えた。


「俺たちは、この街が好きなんだ。ケット・シーが焼くマカロンの匂いがあって、温泉があって、仕事の後にみんなで笑い合える……。あんたたちが言う秩序には、そんなものは一つもないだろ」


「笑わせるな。魔物と馴れ合う平穏など、まやかしに過ぎん! 力こそが秩序なのだ!」


「……なら、あんたたちが壊そうとしているのは、俺たちの家だ。ここのルールを守れない奴に、これ以上好き勝手はさせない!」


 カイが叫ぶと同時に、周囲を遠巻きに見ていた居住冒険者たちが、一人、また一人と武器を手に取り、カイの背後に並び始めた。


 『夜明けの芽』のカイ、レオ、セラ、ミナが構える。

 さらには、ただの肉屋の主人や、酒場の親父までもが、包丁や棍棒を手に歩み寄る。


「……なんだ、貴様ら。Aランクの我々に逆らうというのか!?」


 ガルスが狼狽うろたえる。


 彼らは迷宮主を叩けば済むと考えていた。だが、目の前に立ちはだかっているのは、迷宮の主が誰かも知らず、ただ「この場所を愛している」という一点で結ばれた住人たちだった。


「俺たちがこの街を守る。……それが、この街で生きるってことだ!」


 カイの一喝が、広場に響き渡る。


 スパイとして潜入していた各勢力の隠密たちは、その光景を見て確信した。

 この迷宮の真の強さは、主の武力ではなく、住人たちの中に育まれた「自治の意志」なのだと。


◆第十階層・雷雲の玉座


 その光景を、リリはモニターを握りつぶさんばかりの勢いで見つめていた。


「……みんな……」


 リリの背後で、黒い雷がバチバチと火花を散らす。


 彼女の脳内では、すでに幾千もの『白金の盾』を消し去るシミュレーションが完了していた。ご主人のマカロンを踏みにじり、街を汚す不届き者。今すぐ、王都の壁まで吹き飛ばしてやりたい。


「……ああっ、もう我慢できない! あいつら、全員消しちゃってもいいよね!? ご主人の言いつけなんて、もう……!」


「――よせ、小娘」


 リリが玉座から飛び出そうとした瞬間、涼やかな声が彼女を止めた。

 部屋の隅、お気に入りの長椅子で紅茶を飲んでいたエルドラが、視線だけをリリに向けた。


「今おぬしが出れば、あやつらが積み上げてきた誇りを台無しにするぞ。見ておれ。住人たちが自ら家を守る……。これこそが、黒瀬が一番見たがっていた景色ではないかえ?」


「……でも、カイたちが怪我したらどうするの!?」


「死なぬ程度なら、それは成長のための代価よ。……それとも、主が苦労して築き上げた共存を、おぬしの短気で台無しにするつもりか?」


 エルドラの言葉に、リリは悔しそうに拳を握りしめた。


 彼女には分かる。もし自分がここで介入すれば、それは「迷宮という強大な力が人間を排除した」という恐怖の象徴になり、迷宮が排除の対象になってしまう。


「……ううぅ、分かってるよぉ。分かってるけど……! あー、もう! あとでマカロン十箱、ご主人に奢らせるんだから!」


 リリはモニターに向かって、精一杯の「睨み」を利かせることで、その溢れ出す魔力を抑え込んでいた。


◆炎熱迷宮ゲヘナ・最深部


 一方、ゲヘナの戦い。


「死ねッ! 『終焉の獄炎(プルガトリウム)』!!」


 バルログが巨大な斧を振り下ろした。

 圧縮された超高温の火柱が、爆風と共に俺たちを飲み込もうと迫る。


「ポヨ、最大出力!」


「ポヨォォォォォ!」


 ポヨが俺たちの前に巨大なドーム状に広がり、その表面を極限まで硬化させた。


 激突する炎と衝撃。ポヨの体が蒸発しそうになりながらも、その「表面張力」を魔力で固定し続け、熱を横へと受け流していく。


「ジグ、行け!」


「はっ!」


 ジグが炎の合間を縫って、銀色の閃光となって肉薄する。


 だが、バルログの周囲には、階層全体から供給される熱の障壁が展開されており、ジグの鋭い一閃も、届く前に熱で歪まされ、弾き飛ばされてしまう。


「ハハハ! 無駄だ! この階層が燃えている限り、我が守りは無敵よ!」


「……なるほど、確かに今のままだとジグの剣は届かない。熱というエネルギーの障壁を、お前は無限の供給源だと思い込んでいるからな」


 俺は冷静にバルログの動きを観察し、懐から束ねたスクロールを十数枚取り出した。


 俺のステータスはAランク相当だが、剣技は素人に毛が生えた程度。だから、最初から「剣」で勝つつもりはない。


「ロク、床下の魔力伝達経路パスの特定は?」


「完了。……クロ様、バルログは自身の足元にある三箇所の吸熱孔から、地脈の熱エネルギーを直接バイパスしています。あそこを遮断すれば、障壁の出力は六割低下します」


「よし。……バルログ、お前は熱を溜め込むことしか考えていないが、それは自分を『逃げ場のない蒸し風呂』に閉じ込めているのと同じだぞ」


 俺はスクロールを空中にバラ撒いた。


 本来なら「風」や「水」の術式だが、俺が書き換えた内容はもっと単純で、そして致命的な「物理の理」だ。


「《熱対流の理:一方通行の風》――実行!」


 術式が起動した瞬間、バルログの足元から、猛烈な「気流」が発生した。


 ただの風ではない。バルログが周囲に溜め込んでいた熱エネルギーを、強引に吸い上げ、天井の排気口へと高速で排出するための「通り道」だ。


「な……!? 熱が……我が炎が吸い取られていく!?」


「溜めるだけが能じゃないんだよ。……エネルギーってのは、常に高いところから低いところへ流れる性質がある。俺はその『出口』を無理やり作ってやっただけだ」


 バルログの周囲を覆っていた不落の熱障壁が、急激に薄くなっていく。

 溜め込んだ熱が、俺の作った「排熱路」を通って、凄まじい勢いで外部へ漏れ出しているのだ。


「ぐ、おぉぉ……! 貴様ぁぁッ!!」


 バルログが焦り、斧を再び振り上げる。

 だが、その一撃は先ほどまでの輝きを失っていた。


 俺は腰の剣を抜き、本来の魔力をその細い刀身に注ぎ込んだ。

 エルドラとの特訓、そしてジグの戦いを見て学んだ、最小限の動き。


「ジグ、ロク、合わせろ! この『負債』ごと、こいつを解体するぞ!」


 俺たちは、一斉にバルログへと踏み込んだ。


 地上の広場でカイたちが剣を振るう音。

 地獄の底で、俺たちが理を刻む音。


 二つの場所で、同時に「自分たちの居場所」を巡る戦いが、決戦の時を迎えようとしていた。

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エルドラ様、めっちゃ賢者っぽくリリの短気諌めてるけど、前々話のモンブランを食べてる途中に白金の盾の奴にケーキ落とされたらバックの王国ごと消滅させそうな…
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