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第四十八話:特例昇格試験

◆冒険者ギルド支部/黒瀬視点


「――お待ちください、クロ様。おっしゃっている意味が、少々理解しかねるのですが」


 カウンターの向こう側で、受付嬢のリアナが困惑の色を隠せない様子で、俺の顔とギルドカードを交互に見つめていた。


 先ほど、キラー・ビー駆除依頼をわずか三時間足らずで片付けて戻ってきたばかりの俺たちに対し、彼女が提示したのは順当な「Eランクへの昇格」だった。だが、俺が求めているのはそんな悠長なステップアップではない。


「言葉通りの意味だ、リアナさん。俺たちは、この『ランク上げ』という工程を可能な限り短縮したい。FからE、EからDと一段ずつ階段を上るのは、非効率なんだ。今の俺たちの実力を考えれば、飛び級での昇格を認めてもらうのが最も合理的だと思わないか?」


「飛び級……。確かに、先ほどの蜂の巣駆除の手際は、Fランクの枠を大きく逸脱していました。ですが、ギルドの規定では、昇格には一定の『貢献度』と『信頼』が必要でして……」


「規定は、あくまで『平均的な冒険者』を想定したものだろう? 例外のない仕組みなんて、欠陥品だ。もし俺たちが、この街の誰もが手を焼いている『クエスト』を即座に解決してみせたらどうだ? それを『飛び級』の正当な理由にできないか?」


 俺が少しだけ声を落として詰め寄ると、リアナは瞳を揺らし、ゴクリと喉を鳴らした。


 後ろでは、ジグが静かに佇み、ロクは兵装コンテナに寄りかかって無機質な視線を周囲に投げている。その二人から漂う「隠しきれない強者」の圧が、リアナの背中を押したようだ。


「……分かりました。実は、一つだけあります。支部長直々の特命として出されながら、ここ三年、誰も完了報告を持ってこられなかった案件が」


 リアナはカウンターの下から、埃を被った一枚の分厚い依頼書を取り出した。


「街の北に広がる『古の鉄鉱山』。かつてはこの街の主要な資源供給源でしたが、三年前から『リビングアーマー』の軍団に占拠されました。奴らは物理攻撃がほとんど通じず、魔法耐性も極めて高い。数組のCランクパーティが挑みましたが、装備をボロボロにされて撤退しました。今や、立ち入り禁止区域になっています」


「リビングアーマーか。物理と魔法の両面に耐性を持つ厄介な敵だな」


「はい。もし、この鉱山の最深部にいる『主』を討伐し、鉱山の安全を確保できれば……。支部長に掛け合い、特例としてD……いえ、Cランクへの同時昇格を約束しましょう。場合によっては、それ以上の待遇も考えられます」


「乗った。その依頼、今すぐ受注する」


 俺は迷わず、埃っぽい依頼書にサインをした。


 目標はBランク。他迷宮の調査権を得るためには、そこが最低ラインだ。そのためには、飛び級は避けて通れないチェックポイントだった。



◆アイアン・ゲート・市場


 鉱山へ向かう前、俺たちは街の市場に立ち寄った。


 普通の冒険者なら、回復薬や強力な武器を買い求めるところだが、俺が店主に注文したのは、奇妙な代物ばかりだった。


「おっちゃん、この『錆びた鉄くず』を樽で二つ。それから、錬金術師の店にある『アルミの微粉末』を在庫分全部売ってくれ」


「あぁ? そんなもん何に使うんだ、兄ちゃん。鉄くずなんてタダ同然だが、アルミ粉末は結構値が張るぞ?」


「実験に使うんだよ」


 俺は金貨を数枚投げ渡し、ポヨの体内にそれらを放り込ませた。

 隣で見ていたジグが、不思議そうに眉をひそめる。


「クロ様。リビングアーマーは鉄の塊です。それを倒すために、なぜ同じ鉄のくずを買い求めるのですか? 剣を新調するわけでもなさそうですが」


「ジグ、これは戦うための道具じゃない。俺たちが今からやるのは、『熱化学反応』による工業的な破壊だ。奴らが物理にも魔法にも強いというなら、奴らの『構成物質』そのものを攻撃対象にする」


「……コウセー、ブッシツ?」


「ああ。鉄という物質には必ず『融点』がある。物理が効かず、魔法を弾くなら、ただの熱でドロドロに溶かしてしまえばいい。それも、ただの火魔法じゃない。三〇〇〇度を超える熱量でな」


 俺の説明を聞いていたロクが、青い瞳を点滅させながら演算結果を報告する。


「酸化鉄とアルミニウムの配合比率を計算。三:一の黄金比で混合すれば、理論上、二五〇〇度以上の『テルミット反応』を誘発可能です。ご主人、精密な調合は私の魔導回路で行います。……しかし、このような知識、この世界のどの魔導書にも記されておりません。ご主人の脳内ログは、やはり異質です」


「俺の世界じゃ、レールの溶接やビルの解体に使うありふれた技術だよ。さあ、ロク。調合を頼む。俺たちが鉱山に着く頃には、最高の『爆薬』に仕上げておいてくれ」


「了解。攪拌かくはんシーケンスを開始します」



◆古の鉄鉱山・坑道内


 街から北へ数時間。辿り着いた鉱山は、不気味な静寂に包まれていた。


 入り口の大きな穴からは、ひんやりとした湿った空気が漏れ出し、奥からは時折、ガシャン、ガシャンという、金属同士が擦れ合う規則的な音が響いてくる。


「スキャン。……前方五〇メートル地点に、動体反応多数。人型、非生命体。魔力供給源は外部結界ではなく、鎧そのものに宿る怨念です」


 ロクが兵装コンテナから細身の槍を抜き、戦闘態勢に入る。

 俺たちは暗い坑道を奥へと進んだ。


 やがて、広い採掘広場に出た。


 そこには、数十体の「リビングアーマー」が、生きた石像のように整列していた。


 全身を分厚い鉄板で覆い、錆びついた大剣を構えたその姿は、確かに並の冒険者では突破不可能に見える。剣で叩けば刃がこぼれ、火や氷の魔法を撃っても、その金属装甲が魔力を分散させてしまうだろう。


「典型的な『高耐久・低機動』のユニットだな。さて、ジグ。お前の仕事だ」


「はっ」


「あいつらを倒す必要はない。俺が指定する中心位置に、一箇所にまとめてくれ。……一括処理の下準備だ」


「心得ました」


 ジグが風を切り、銀色の閃光となってアーマーの群れへと突っ込んだ。


 鬼人としての圧倒的な膂力が、リビングアーマーの大剣を軽々と弾き飛ばす。ジグは奴らを斬るのではなく、峰打ちや体当たりで強引に一箇所へと追い込んでいった。


「右翼、集約完了。中央へ誘導します」


 ジグの動きに無駄はない。数十体の鉄の巨像たちが、まるで見えない羊飼いに追われる羊のように、中央の窪みへと密集していく。


「ロク。周辺の岩盤強度は?」


「解析終了。天井部分の岩石に含まれる水分を熱すれば、急激な蒸気膨張により小規模な落盤を誘発可能です。ターゲットを完全に封鎖ロックできます」


「よし。ポヨ、用意したアレを出せ!」


「ポヨォ!」


 ポヨが体の中から、ロクが調合した「魔法の粉末」が入った樽を吐き出した。

 

 俺はそれをリビングアーマーたちの頭上、天井の隙間へと設置する。


 密集した鉄の魔物たちは、逃げ場を失い、ぎゅうぎゅうに押し詰められていた。奴らにあるのは「侵入者を排除する」という単純な命令だけだ。一箇所に集められたことに疑問を持つ知能はない。


「さて。王都のエリートたちが三年かかっても解けなかった敵を、今から討伐する」


 俺は一枚の魔導スクロールを取り出した。


 本来なら強力な着火魔法として使われるものだが、今回はそれを「起爆剤」としてのみ使用する。


「《局所的超高温・瞬間点火》――実行!」


 俺が放った火球が、アルミ粉末と酸化鉄の樽に命中した。

 次の瞬間、坑道内に、この世のものとは思えない眩い白光が溢れた。


 ――バチィィィィン!!


 それは爆発ではなかった。

 凄まじい激流のような、光の奔流。


 テルミット反応が開始され、三〇〇〇度を超える白熱した溶融鉄が、リビングアーマーたちの頭上から滝のように降り注いだ。


「ガァ……ギギ……!?」


 リビングアーマーたちが、初めて恐怖を感じたかのように震えた。

 物理攻撃を弾く装甲が、一瞬で赤熱し、形を失っていく。鉄の剣が飴細工のように曲がり、重厚な兜がドロドロと溶け落ちる。


「熱い……いえ、これはもはや、物質の崩壊ですね」


 ジグが顔を覆いながら呟く。


 三〇〇〇度の熱量は、魔法耐性という概念すら無意味にする。魔法が防いでいるのは「魔力的な干渉」であって、「分子の運動エネルギーによる融解」ではないからだ。


 リビングアーマーたちは、一体の巨大な「鉄の塊」へと溶接されていった。

 装甲も、中の怨念も、熱の暴力の前にひとたまりもなく霧散していく。


 追い打ちをかけるように、ロクが天井に衝撃魔法を叩き込んだ。

 熱で脆くなった岩盤が轟音と共に崩れ落ち、溶けた鉄を丸ごと土砂の中に埋め立てた。


「討伐完了。魔力反応、すべて消失。……ご主人、完璧な一括処理でした」


「ああ。素材の再利用ができればよかったんだが、この温度じゃ品質が変わっちまうな。ポヨ、あとで冷えたら掘り出して回収しとけ。グランの親父なら、何かに使えるだろ」


「ポヨ!」


 こうして、三年間この街を悩ませ続けたクエストは、物理法則の適用によってわずか数分で解決された。


◆冒険者ギルド支部/夕暮れ


 日が傾き始めた頃。

 ギルドの静かなロビーに、泥一つついていない俺たちのパーティが戻ってきた。


 俺はカウンターに歩み寄り、リビングアーマーの心核――熱でひしゃげ、炭素化した石ころのようなもの――をリアナの前に転がした。


「……終わったぞ。鉱山の掃討、完了だ」


 ギルド内が、水を打ったように静まり返った。

 リアナは口を半開きにしたまま、カウンターに置かれた「討伐の証」を見つめている。


「……六時間。嘘、ですよね?」


「嘘だと思うなら、今すぐ調査員を出して確認してくれ。あ、それと、最深部の『主』だった巨大なアーマーの残骸は、ポヨが食べて持ってきてる。入り口に置くと邪魔になるから、倉庫に回してくれ」


「ポヨーン」


 ポヨが体から、巨大な、そしてドロドロに溶けて再び固まった「鉄の彫刻」のようなものをベチャリと床に吐き出した。それはかつて「鉄血の騎士」と恐れられたボスキャラの無残な成れ果てだった。


 奥の扉が勢いよく開き、一人の屈強な男が現れた。

 この支部の長、バルド。


「おい、新入り。……いや、『クロ』だったか。これを、お前たちがやったのか?」


「ああ。何か問題でも?」


 バルドは俺の顔をじっと見つめ、次にジグとロクの様子を観察した。

 そして、豪快に笑い声を上げた。


「ガッハハハ! 全くだ、魔力の使い方がなってねえが、結果は本物だ! 魔法を『ただの火種』として使い、これだけの質量を溶かしきるとはな。お前さん、ただの冒険者じゃねえな?」


「しがない『現場の人間』ですよ。無駄が嫌いなだけだ」


「気に入った!リアナ、書類を書き換えろ。このパーティ『黒の職場』の飛び級昇格を承認する。今日からこいつらは『Cランク』だ!」


 周囲の冒険者たちから、どよめきと感嘆の声が上がる。

 一日のうちに、FランクからCランクへ。ギルド創設以来の快挙だ。


「……ありがとうございます、支部長。これで、Cランク以上の依頼も受けられるようになるのか?」


「ああ、Cランクになれば、中規模の迷宮調査も受けられる。だが、お前さんの狙いはもっと上なんだろ?」


 バルドは鋭い目で俺を射抜く。


「Bランクだ。そこまで行かないと、『ゲヘナ』の調査権は降りないんだろ?」


「『ゲヘナ』か……。あそこは、力だけでねじ伏せてくる、文字通りの地獄だ。だがお前さんたちのような『変人』なら、案外いい勝負をするかもしれんな」


 バルドはカウンターに手を置き、低い声で続けた。


「次はBランクだ。このランク帯には、大きな壁がある。実力だけじゃなく、パーティとしての『色』が問われる。……お前たちの色、次で見せてもらうぜ」


「ああ。期待してくれ」


 俺は新しく発行された「銀色の縁取り」があるCランクのカードを手に取り、ギルドを後にした。


 他迷宮の調査依頼。

 そして、その先の迷宮主バルログ。

 俺の「外回り」は、いよいよ加速し始めていた。



◆アイアン・ゲート・酒場


「――聞いたかよ? 今日の新人の話」


「ああ、鉱山を一日で掃除したってやつだろ。なんでも、巨大な光の柱が立って、鉄の魔物が一瞬で蒸発したらしいぜ」


「ありえねえ。……でも、あの銀髪の男と、ドールみたいな女の子。ありゃあ、そこらの冒険者じゃねえぞ」


 酒場の隅で、俺たちはそんな噂話を肴に夕食を摂っていた。

 テーブルの上には、名物の「鉄板焼き肉」と、冷えたビール。


「……クロ様。街の連中の目が、少しだけ変わりましたね」


 ジグがジョッキを置き、穏やかに笑う。


「恐怖三割、好奇心七割ってところか。まあ、注目されるのは効率が悪いが、ランクを上げるには避けて通れない工程だ」


「ご主人。次のBランク昇格への最適ルートを算出しました」


 ロクが、俺の皿に肉を盛り付けながら報告する。


「この街の周辺には、複数の小規模迷宮が点在しています。それらを短期間で『制圧』し、圧倒的な結果を提出することで、ギルド側の評価を強制的に引き上げることが可能です」


「いいな。……よし、明日からは『迷宮の連続攻略』だ。一体ずつ倒す手間を省くために、全フロア一括制圧の計画をいくつか考えておくか」


「……クロ様。あまり街の迷宮を壊さないでくださいね。後から行く冒険者たちの仕事がなくなってしまいます」


 ジグの忠告に、俺は苦笑いを返した。

 確かに、俺たちの効率は、この世界の冒険者たちの「常識」を壊し始めているのかもしれない。


 だが、止まるつもりはない。

 俺たちの迷宮――ホワイトな地獄を守るために。

 俺は、外の世界という名の広大な世界を、力強く推し進めていく。

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