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第四十七話:黒の職場

◆国境付近・街道/黒瀬視点


「――よし、一旦止まろう。現状のチェックを行う」


 迷宮から数キロ離れ、人気のない街道の脇。俺は足を止め、背後に続く三人に声をかけた。

 これから向かうのは、迷宮の近くにある街。他迷宮の調査依頼を受けるために、冒険者ランクを上げる拠点にする場所だ。その前に、今回の「外征ユニット」としてアップデートした彼らのスペックを、実地で確認しておく必要がある。


「了解しました、ご主人。各システム、スタンバイ状態へ移行します」


 最初に応えたのは、ロクだ。

 以前の無骨な石の体は見る影もない。今の彼女は、膝裏まで届く黒い髪と、陶器のように白い肌を持つ美しい少女の姿をしている。フリルをあしらったゴシック風のドレスに、背中には彼女の身長ほどもある巨大な棺桶型の兵装コンテナ。


 見た目だけなら、高貴な家の令嬢にしか見えない。だが、その中身は魔力回路がぎっしりと詰まった、Bランク上位の戦闘用演算機だ。


「……ボス。いえ、クロ様。いつでもいけます」


 次に進み出たのは、ジグだ。

 かつての泥臭いゴブリンの面影はどこにもない。長髪を後ろで束ね、額から伸びる二本の角。身長は一八〇センチを超え、贅肉を削ぎ落としたしなやかな筋肉は、上質な革の戦闘服越しにもその爆発的な力を予感させる。

 以前のジグが「現場の叩き上げ」だとしたら、今の彼は「完成された剣鬼」だった。


「ポヨーン!」


 そして足元では、相変わらずのポヨ。

 見た目は変わらない。だが、物理耐性に極振りした結果、もはやこいつを傷つけられる武器はこの世に数えるほどしかないだろう。


「じゃあ、まずはジグからだ。Bランク上位――『鬼人』としての攻撃力を試したい。あそこにある五メートル級の岩、やってみてくれ」


「御意」


 ジグが静かに歩を進める。

 構えはない。ただの散歩のような足取り。だが、岩の前に立った瞬間、彼の姿がブレた。


 ――キィィィン。


 抜刀の音すら遅れて聞こえるほどの神速。

 ジグが納刀し、岩から背を向けて俺の方へ歩き出す。数秒の沈黙の後、巨大な岩は斜めに四分割され、ずり落ちるようにして崩壊した。


「……はは、笑えるな。断面が鏡面仕上げじゃないか」


「以前は力任せに叩き切っていましたが、今は魔力の流れを『視る』ことができます。抵抗の最も少ないラインをなぞるだけ。無駄な動きをなくしました」


 ジグは淡々と報告する。その口調も、以前の片言から洗練されたものに変わっていた。


「合格だ。次、ロク。索敵性能とコンテナの運用を」


「了解。スキャン展開……半径五〇〇メートル以内の動体反応を個体識別(タグ付け)完了。後方三二〇メートル地点に野生の鹿。前方一二〇メートル地点の土中に冬眠中のトカゲ」


 ロクの瞳が青く発光し、俺の視界にも共有データが流れ込んでくる。

 ナノの補助があるとはいえ、ロク単体でこれだけの情報処理ができるのは心強い。外の世界では「不意打ち」が一番の事故の元だからな。


「コンテナの換装を行います」


 ロクが背中の巨大な箱を地面に置いた。ガシャン、と重厚な音が響く。

 彼女が天板に手を触れると、複雑な魔導機構が展開し、中から一本の細身の槍が飛び出した。


「兵装展開:一三番『穿孔の針』。近接から中距離まで対応可能です。内部にはグランさんが作成した予備武器一二種、およびクロ様の魔導スクロール一〇〇枚を定温・定湿管理下で格納しています」


「完璧だ。ロク、お前はうちの『歩くデーターセンター』兼『移動式武器庫』だ。頼りにしてるぞ」


「……その評価、バックアップメモリに永久保存します。少しだけ、温度が上昇しました」


 無表情なはずのロクの頬が、ほんのわずかに赤らんだ。機械人形のくせに、情緒回路もアップデートされているらしい。


「最後にポヨ。例の『防御』を見せてくれ」


「ポヨ!」


 ポヨが俺の腕に飛びついた。

 瞬間、ポヨの体が液体金属のように広がり、俺の右腕から肩、そして胸部を覆う薄い被膜となった。


「……うん、全く重さを感じないな」


「ポヨさんの表面張力を魔力で固定し、衝撃吸収率を一〇〇%に設定しました。Bランクまでの魔法、および物理攻撃なら無効化。Aランクの直撃でも、ご主人の内臓が破裂するのを防ぐ緩衝材として機能します」


 俺自身、一二〇〇の魔力を注いでAランク相当の身体能力はある。だが、戦闘技術は素人だ。この「ポヨ・アーマー」があれば、万が一の反応遅れをカバーできる。


「よし、ユニット・テストはすべてオールグリーンだ。これより本格的な『外回り』を開始する」


 俺は偽装魔法が施された眼鏡をかけ直した。

 俺のステータスはEランク相当。

 ジグとロクも、見た目は「凄腕の剣士」と「お嬢様」程度に気配を抑えさせている。


「目標は、冒険者としてのランクを最短でB以上に上げることだ。そうすれば『ゲヘナ』への立ち入り権限と調査権が手に入る」


「最短経路でのランクアップ……つまり、効率重視ですね」


 ロクが青い瞳を光らせる。


「ああ。地道な依頼なんてやってられないからな。一括解決で実績を稼ぐぞ」


 俺たちは街道へ戻り、堂々と街の門へと向かった。


◆冒険者ギルド支部


 国境の街は、堅牢な城塞都市だった。

 迷宮都市(第5階層)の、あの塵一つ落ちていない清潔さに慣れた目からすると、街の通りは少し不衛生で、馬の糞の匂いや石炭の煙が混じり合っている。だが、それが「生きた人間たちの社会」であることを強く感じさせた。


「……人が多いですね」


 ジグがフードを深く被りながら呟く。彼の角は、この街でも目立ちすぎる。


「ああ、活気があるのはいいことだ」


 俺たちは目的の場所――剣と盾が交差する紋章が掲げられた巨大な建物、冒険者ギルドの支部へと入った。


 中に入ると、一瞬で熱気が押し寄せてきた。

 談笑する冒険者たち、酒の匂い、そして独特の緊張感。

 俺たちの入場に、周囲の視線が突き刺さる。正確には、俺ではなく、俺の後ろに控えるジグとロクに対してだ。


「おい、見ろよあの女……どこかの令嬢か?」

「連れの男も相当だぞ。あんな綺麗な髪、どこの貴族の護衛だ?」


 ざわざわとした私語。

 俺はそれを無視して、受付カウンターへと向かった。

 そこにいたのは、真面目そうな受付嬢だった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「パーティの新規登録をお願いしたい」


「かしこまりました。では、こちらの書類に記入をお願いします。……えっと、すでにギルド登録をされている方は?」


「俺だけだ。ランクはE」


 俺がギルドカード(北西迷宮で密かに作っておいた偽装品)を出す。

 受付嬢はそれを受け取り、さらに後ろの二人を見て困惑した顔をした。


「あ、あの……こちらの御二方は?」


「俺の連れだ。今日から一緒に登録する」


「……分かりました。では、パーティ名を決めていただけますか?」


 俺は迷わずペンを走らせた。

 迷宮主として、そして元エンジニアとして、俺たちが外で成すべきことは一つだ。


【パーティ名:黒の職場ブラック・ワークス


 受付嬢がその名前を見て、少し引きつった笑いを浮かべた。


「ぶ、ブラック・ワークス……ですか。なんだか、凄く過酷そうな名前ですね……」


「いや、効率的でやりがいのあるパーティを目指している」


「は、はぁ……」


 後ろでロクがボソリと「ご主人、目が笑っていません。前世の怨念を検知しました」と毒を吐いたが、俺は聞こえないふりをした。


「登録、完了しました。皆様のランクはFからのスタートとなります。……ですが、パーティリーダーがEランクですので、一部のEランク依頼も受注可能ですが――」


「ああ、ランクアップに向けて、一番効率がいいやつを選ばせてもらう」


 俺は掲示板へと歩み寄った。

 そこには、下級冒険者が日銭を稼ぐための「薬草採取」や「街の清掃」といった依頼が並んでいる。その中で、俺はある一枚の紙を引き剥がした。


【依頼:キラー・ビー(猛毒蜂)の巣の駆除】

【内容:街の東の森に巨大な巣が三箇所形成。近隣住民に被害。】

【報酬:金貨二枚】

【備考:数が多い。通常の煙では効果なし。火攻めは森林火災のリスクあり】


「これだ」


「……クロさん。それは、Eランク数組で一週間かけて行う共同依頼です」


「いや、一週間もかける必要はない。それに三人で十分だ」


 受付嬢が慌てて割って入る。


「キラー・ビーは動きが速く、毒の針は革鎧すら貫通します。火も使えない状況では、一匹ずつ叩き落とすしかありません。たった三人では無謀です」


 俺は依頼書を受付嬢に突き出した。


「三時間で終わらせる。仕事というものは、こうして短縮するものだと教えてやるよ」


 周囲の冒険者たちが「ハッ、三時間だってよ」「素人が吠えてやがる」と笑い声を上げたが、俺はそれすらも「ノイズ」として処理した。


◆沈黙の森


「――さて、始めようか」


 森の奥、巨大な蜂の巣がぶら下がっている大樹の前で、俺たちは立ち止まった。

 周囲には、人の頭ほどの大きさがあるキラー・ビーが数十匹、羽音を立てて警戒している。


「通常の攻略法では、防護服を着て一体ずつ物理的に排除する、あるいは燻し(いぶし)をかける。だが、この蜂には耐性があるらしいな」


「ご主人、演算完了。物理的な排除では、撃ち漏らしを防げません。根絶には巣の内部の女王蜂を同時に無力化する必要があります」


 ロクが冷静に付け加える。


「その通り。火は使えない。だが、空気はある」


 俺はポヨの体内に収納していた一足の魔導スクロールを取り出した。


「今回使うスクリプトは、現代化学の応用だ。――《局所的濃度操作:高濃度二酸化炭素充填》」


 俺が魔法陣に魔力を通した瞬間、スクロールから不可視の「霧」が噴き出した。

 ただの霧ではない。空気中の成分から炭素を抽出し、酸素と結合させ、高密度の二酸化炭素を巣の周辺に滞留させる。


「キラー・ビーは昆虫だ。気門呼吸をしている。……つまり、この濃度の二酸化炭素の中に放り込めば、窒息する前に活動が停止する」


 羽音が止まった。

 バサバサと、巨大な蜂たちが空中で力尽き、雨のように地面に落ちていく。


「ジグ、ロク。落ちた連中の『無力化』を。俺は女王蜂のトドメをやる」


「了解」


 ジグが動く。剣は抜かない。

 落ちた蜂を一箇所にまとめ、ロクがその上に重力魔法のスクロールを置く。ペチャンコだ。

 俺は巣の入り口に手を当て、別の魔法陣を起動した。


「《瞬間急速冷凍》。……おやすみ」


 パリパリと音がして、巨大な巣が白く凍りついた。

 内部の女王蜂は、自身の代謝が止まるのも気づかずに永眠したはずだ。


「終了。一箇所目、所要時間一二分」


「効率的ですね、クロ様。……ですが、これは『戦闘』と言っていいのでしょうか?」


 ジグが少し複雑な顔をしている。彼の中の武人としてのプライドが「卑怯じゃないか?」と囁いているのかもしれない。


「これは立派な戦術だ。戦わずして勝つのが、一番のコストダウンなんだよ」


「……。理解しました。確かに、返り血を浴びないのは服の洗濯時間の削減に繋がりますね」


 納得の仕方がロク寄りになってきたジグに苦笑しつつ、俺たちは残り二箇所の駆除に向かった。


◆冒険者ギルド・受付


「――終わった。完了報告書だ」


 ギルドに戻り、カウンターにキラー・ビーの女王の羽根(討の証)を三枚置いた時、先ほどの受付嬢は石のように固まった。


「……え?」


 彼女は時計を見た。俺たちがギルドを出てから、移動時間を含めても二時間半しか経っていない。


「嘘……。Fランク冒険者が三人だけで、三箇所の巣を?」


「ああ。ついでに森で見つけた『猛毒草』も採取しておいた。納品枠にあっただろ?」


 ポヨが体内の四次元ストレージから、大量の薬草をベチャリとカウンターに出す。


「こ、これも一週間分くらいの量ですよ!?」


「まとめて処理した方が効率がいいからな」


 ギルド内が静まり返る。

 俺たちのことを笑っていた冒険者たちが、信じられないものを見る目で「黒の職場」の面々を見つめていた。


「受付さん。……あ、お名前は?」


「あ、はい……リアナと申します」


「リアナさん。俺たちは急いでいる。次、もっと高難度の依頼はあるか? できれば、一度に三、四個同時にこなせるような、エリア的に固まっているやつがいい」


 俺の言葉に、リアナは震える手で依頼票の束を探り始めた。


「……本気、なんですね。分かりました。特例として、Eランクへの昇格試験を兼ねた依頼を提示します」


 リアナの目が、単なる「手続き」から「期待」へと変わる。


 俺はニヤリと笑った。


「……いや、Dランクへの昇格試験を兼ねた依頼にしてほしい」

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