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第四十五話:雷神の洗礼と、壊滅する希望【第1部完】

◆第10階層・雷雲の玉座/グレン視点


 扉が開いた瞬間、肌を焼くような濃密な魔力が吹き荒れた。


「……嘘だろ」


 グレンが、乾いた笑いを漏らす。

 天井はなく、頭上には黒い雷雲が渦巻いている。

 広い円形の石舞台。その中央に鎮座する玉座に、彼女はいた。


 黒い軍服のようなドレス。背中には四枚の漆黒の翼。

 頭上の角は王冠のように反り返り、その周囲にはパチパチと黒い雷が明滅している。


 以前、Cランクのアレンたちが戦ったという「子供のような悪魔」の面影はない。

 そこにいるのは、成長し、完成された『魔王』そのものだった。


「……ようこそ。ボロボロね」


 リリが、頬杖をついたまま艶然と微笑む。


「第9階層を超えてきたことは褒めてあげる。

 けれど――そんな死にかけの体で、私の前に立つなんて、いい度胸よ」


「……ハッ。ナメられたもんだな」


 グレンが大剣を構える。だが、その腕は微かに震えていた。

 二日酔い、第6~8階層での消耗、そしてドッペルゲンガー戦での限界突破。

 今の彼は、ガス欠寸前のエンジンを無理やり回している状態だ。


「ソフィア、解析は?」


「……測定不能エラーよ。

 推定魔力量……Aランク上位。

 万全の状態の私たち全員で挑んで、ようやく勝機が見えるかどうか……!」


 ソフィアの声が強張る。

 だが、引くわけにはいかない。ここまで来たのだ。


「行くぞッ!!」


 グレンが地面を蹴った。

 残った体力を全て注ぎ込んだ、渾身の突撃。


 だが――リリは、指先一つ動かさなかった。


 ヒュンッ。


 グレンの大剣が空を切る。

 リリの姿が掻き消え――次の瞬間、グレンの背後の空中に座っていた。


「遅い」


 空間転移。

 予備動作なしの瞬間移動。


「ガハッ!?」


 背中に衝撃魔法を叩き込まれ、グレンがボールのように転がる。


「グレン! 防壁展開!」


 ソフィアが杖を掲げる。

 だが、リリの魔法構築速度は、Bランクの天才魔導師のそれを遥かに凌駕していた。


「分析している暇があるなら、もっと硬い盾を用意することね」


 リリが軽く手を振る。

 玉座の両脇に控えていた二体のインプが、空中に描かれた『レール』を操作した。


 バチィィィン!!


 轟音。

 放たれた鉄球が、ソフィアの展開した三重結界を紙のように貫き、彼女のすぐ横の柱を粉砕した。


「ひっ……!?」


 あえて外された一撃。

 だが、その威力はAランク冒険者の防御力すら無効化するものだ。


「神よ……お守りください……!」


 アリアが必死に回復魔法と防御魔法を乱れ撃つ。

 だが、リリが放つ黒い雷雨の前では、焼け石に水だった。

 彼女たちは、ただ蹂躙されるためだけにここに立っていた。



◆決着/リリ視点


 数分後。

 そこには、膝をつき、剣を支えにしてかろうじて意識を保っているグレンの姿があった。


「はぁ……はぁ……くそ……バケモノめ……」


 鎧は砕け、剣は刃こぼれしている。

 後ろでは、ソフィアとアリアが魔力切れで倒れ伏していた。


 リリは感心しながら玉座を降りた。

 今のグレンは、実力の二割も出せていない。

 それでも、Aランクの意地で倒れずにいる。


「殺せよ……」


 グレンが、血の滲む唇で言う。


「負けだ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」


 リリは、ゆっくりと彼の前まで歩み寄った。

 そして――しゃがみ込み、彼の目線に合わせた。


「殺さないわよ」


 リリはにっこりと笑った。


「ご主人が悲しむし、私の評価も下がるもの。

 それに――今のあなたを倒しても、自慢にならないわ」


 リリは、グレンの額に指を添えた。


「次は、万全の状態で来なさい。

 二日酔いも、疲労もない、最高の『紅蓮の牙』で。

 そうしたら――もう少しは楽しませてあげる」


「てめぇ……」


 グレンが悔しげに睨む。

 リリは、その額に力を込めた。


「バイバイ。」


 パチンッ。


 軽いデコピン。

 だが、そこには的確に意識を刈り取る衝撃魔法が乗せられていた。


 グレンの目が白黒し、巨体がどうと倒れ込む。

 同時に、ソフィアとアリアの体も強制転移の光に包まれた。


「ふぅ。任務完了」


 リリは立ち上がり、大きく伸びをした。

 Aランクパーティを相手にして、汗ひとつかいていない。


「……強くなりすぎちゃったかしら?

 ま、ご主人が喜ぶならいいか」



◆第5階層・宿屋/グレン視点


「……ッ!?」


 グレンは、ガバッと跳ね起きた。

 全身冷や汗まみれだ。

 反射的に剣を探すが、手にあるのはふかふかの布団だけ。


「ここ、は……?」


 見覚えのある天井。

 第5階層の宿屋だ。


「気がついた? グレン」


 隣のベッドでは、ソフィアが青い顔で天井を見つめていた。

 アリアも、ソファで呆然としている。


「生きてる……のか?」


 自身の体を確かめる。

 傷は塞がっている。魔力も少し回復している。

 あの絶望的な雷撃の嵐の中にいたことが、悪い夢だったかのように。


「おーい、リーダー! 起きたか?」


 ドアが開き、先に撤退させられていた部下の剣士が入ってきた。

 手にはワイングラス、顔は上気している。


「みんな心配してたんだぜ?

 でも、ここのワインとチーズが最高でさぁ! 待ってる間に一本空けちまったよ!」


「て、てめぇら……」


 グレンは震える声を出した。

 こっちは死ぬ思いで戦ってきたというのに、部下たちは宴会をしていたらしい。


「ふざけんな……!」


 怒鳴ろうとして――力が抜けた。

 圧倒的な敗北感と、生かされた安堵感。

 そして何より、この迷宮の「懐の深さ」に、毒気を抜かれてしまった。


「……完敗だ」


 グレンは、ベッドに倒れ込んだ。


「あそこは、今の俺たちが触れていい場所じゃなかった。

 ……出直すぞ。一から鍛え直しだ」


 悔しいが、認めざるを得ない。

 あの黒い悪魔が言った通り、万全の状態でも勝てるかどうか怪しい。

 だが――次は、デコピンで終わらせたりはしない。


 グレンの目に、消えかけていた闘志の火が、再び灯った。



◆ギルド本部・会議室/数日後


 王都へ帰還した調査団による、最終報告会が行われていた。

 円卓を囲むのは、ギルド支部長バルド、聖女アリア、魔導師ソフィア、そして包帯姿のグレン。


 机の上には、一冊の分厚い報告書が置かれている。


【北西迷宮・調査報告書】


 ソフィアが、淡々とその内容を読み上げる。


「第1~2階層。F~Eランク相当。

 構造は単純だが、罠による基礎訓練に最適」


「第3~4階層。Dランク相当。

 水没と極寒。環境負荷への対策を学べる登竜門」


「第5階層。――評価不能(最高)。

 安全地帯としての機能、物資の流通、保養施設。

 迷宮探索の拠点として、世界中探しても類を見ない場所」


「第6階層。Cランク相当。

 装備の質と属性対策が必須となる灼熱地帯」


「第7~8階層。Bランク相当。

 飛行妨害と視界遮断。個の力ではなく、パーティの連携が問われる難所」


「第9階層。特殊ギミック。

 己のコピーとの戦闘。慢心した実力者ほど苦戦する」


 そして――


「第10階層。

 Aランク上位……

 規格外の雷撃を操る悪魔と、未知の魔導兵器が鎮座している」


 沈黙が場を支配する。

 これほど綺麗に難易度が階段状に設定され、かつ深層には絶望的な戦力が配置されている迷宮など、前代未聞だ。


「……で、結論は?」


 バルドが低い声で問う。

 グレンが、不貞腐れたように答えた。


「『討伐』は推奨しない。

 もし討伐をするとしても、Sランクを用意するか、Aランクを複数パーティ揃えてようやく……ってレベルだ。

 そんなコストをかけるよりは有効活用の方がいい」


「それに」


 アリアが、胸の前で手を組んで発言する。


「不浄な気配はありますが……あの迷宮は、人を殺しませんでした。

 街の人々も、魔物たちも、奇妙な調和の中にいます。

 邪悪な存在として浄化するには……あまりにも、恩恵が大きすぎます」


 商人組合からの報告書も添えられている。

 『第5階層への出店希望者殺到。莫大な経済効果が見込める』と。


 バルドは、重々しく頷いた。


「全会一致だな。

 本迷宮を、国家による『特異認定迷宮』とする」


 特異認定。

 それは、討伐対象から除外され、国が管理・監視しつつ共存を図る、特別なダンジョンの証。


「監視しつつ、利用する。

 冒険者の育成場として、そして新たな経済圏として。

 ……あそこの『主』の掌の上かもしれんが、乗るしかないだろうな」


 こうして、北西の迷宮は、国公認の「死なない地獄」として、その地位を不動のものとした。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――よし、通った!」


 盗聴用使い魔からの音声を聞き終え、俺はガッツポーズをした。


「おめでとうございます、ご主人!

 これで晴れて、公認の事業主ですね!」


 ナノがファンファーレのような光を出す。


「ああ。

 これで、軍隊に包囲される心配なく、堂々と商売ができる」


 モニターには、第5階層でくつろぐ冒険者たちや、各階層で悲鳴を上げながら修行する新人たちの姿が映っている。

 魔力残量は順調に回復し、リリや魔物たちの忠誠度も最高潮だ。


「ククク、人間どもめ。

 まんまと飼い慣らされおって。チョロいのう」


 エルドラが、高級クッキーをかじりながら悪役のような笑い声を上げる。


「あーあ。また手加減の日々かぁ。

 ま、たまには本気出せる相手も来るでしょ」


 リリも、どこか嬉しそうに呟く。


 外の世界では、この迷宮の利権を巡って、貴族や商人たちがドロドロとした争いを始めているみたいだが、そんなことは知ったことではない。


 俺のダンジョンは、盤石だ。


「さて、と。

 とりあえずの危機は去った」


 俺は、コンソールの電源をスリープモードにした。


「これからは、『超安定運営』フェーズだ。

 もっと快適で、もっと効率的で、もっと“抜け出せない”迷宮を作っていくぞ」


 元社畜のダンジョンマスターは、新たな野望を胸に、少しだけ早めの休息を取ることにした。


◆王都・宰相執務室


 深夜の王城。

 重厚な執務机に向かう初老の男――王国宰相が、一通の報告書を蝋燭の火にくべていた。

 燃え上がる紙片には、『北西迷宮・特異認定に関する極秘付帯条項』の文字が見える。


「……バルドめ、上手く丸め込んだつもりだろうが」


 宰相は、揺らめく炎を見つめながら独りごちた。


「『死なない迷宮』。結構。

 冒険者の育成場として利用するのは、あくまで表向きの利益だ」


 彼が真に欲しているのは、そこではない。

 報告書の端に記されていた、数行の記述。


 『第5階層における未知の魔導具技術』

 『第10階層で確認された、Aランク防壁を貫通する長距離魔導兵器』


「この技術を手に入れれば、我が国の軍事力は飛躍的に向上する。

 周辺諸国とのパワーバランスを一変させる『魔導革命』になりうるのだ」


 宰相は、闇に向かって指を鳴らした。

 影の中から、音もなく数名の男たちが現れる。


「商人に紛れ込め。手段は問わん。あの迷宮の『中枢』に食い込み、その技術を盗み出せ。

 ……管理者を、こちらの傀儡かいらいにすげ替えても構わんぞ」


「「はっ」」


 影たちが霧散する。

 迷宮の平穏な日常の裏で、どろりとした政治の毒が広がり始めていた。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「……ん?」


 数週間後。

 俺は、順調に右肩上がりを続けていた魔力グラフの異変に気づいた。


【現在魔力残量】 7850

【最大魔力容量】 8000


「止まったな」


 今までは、冒険者が来れば来るほど、迷宮の成長に合わせて最大容量も無限に増えていくように見えた。

 だが、ここ数日、『8000』という数字になり、ピタリと成長が鈍化している。


「壁にぶつかったか」


「そのようじゃな」


 いつものように紅茶を飲みに来ていたエルドラが、面白そうに解説する。


「迷宮の器(最大容量)は、そこを訪れる『魂の質』に依存する。

 今の迷宮には、FからAランクまでの冒険者が溢れておる。

 だが……それ以上の『極地』に至る者がおらん」


「つまり、Aランク止まりの客層じゃ、これ以上迷宮は成長しないと?」


「うむ。

 8000の壁を超えるには、Sランク級の英雄を呼び込むか、あるいは――」


 エルドラは、紫の瞳を細めた。


「迷宮そのものを、『喰らう』しかない」


「喰らう?」


「他の迷宮の『核』を奪い、自らの糧とするのじゃよ。

 いわば、共食いじゃな」


 Sランク冒険者を呼ぶのはハイリスクだ。下手をすれば迷宮が壊滅する。

 だが、他の迷宮を攻略し、そのエネルギーを奪うなら――俺たちから仕掛けられる。


「……冒険者になれってことですか」


「ふふ、退屈しのぎにはちょうど良かろう?

 最近、東の国境付近で、鼻持ちならないAランク迷宮が幅を利かせているという噂じゃ。

 実験台には手頃かもしれんぞ?」


 俺は、コンソールに映る平和な迷宮都市の様子を眺めた。

 ここは守らなければならない。

 だが、守るためには、力が要る。

 外からの圧力が増していくのを感じる今、停滞は死を意味する。


「……考えておきますよ」


 俺は苦笑し、まだ見ぬ『外の世界』の地図を脳裏に描いた。


---


 これは、元社畜の迷宮主が、

 ホワイトな職場を守るためにブラックな世界と戦い続ける、

 終わらない「業務日誌」の、ほんの序章に過ぎない。


(第一部・完)

第一部はこちらで完結です。

第二部も書き溜められたら投稿再開頑張ります。

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― 新着の感想 ―
良いテンポの文章で一気に読ませて頂きました。 あのBB…お美しいエルドラ様の体型がそのうち丸くなりそうですね(性格は丸くなった) 第一部完結おめでとうございます。 第二部も楽しみにしております。
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