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第四十四話:鏡像の殺意と、超えるべき壁

◆第9階層・水鏡の闘技場/グレン視点


 扉の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの水面だった。

 波ひとつ立たない、鏡のような水面。天井も壁も見えず、ただ無限の静寂が広がっている。


「……敵はどこだ?」


 俺は大剣を構え、周囲を警戒する。

 第8階層の闇とは違う。ここは明るく、見通しがいい。だが、敵の気配が全く感じられない。


 その時、空間全体に無機質な声が響いた。


『侵入者をスキャン。……最大戦闘評価値を検出。対象:紅蓮の牙グレン』

『モデリング開始。出力:100%(ベストコンディション)』


「あぁ?」


 俺の目の前の水面が、ボコボコと泡立った。

 水が盛り上がり、人の形をとる。

 色は付き、質感を得て、そこに一人の男が現れた。


 真紅の鎧。巨大な剣。

 そして、俺と同じ顔。


「……俺かよ」


 だが、決定的な違いがあった。

 俺の鎧はここまでの連戦で傷だらけ、マントは焦げ、顔色は二日酔いと疲労で土気色だ。

 対して、目の前の“俺”は――傷ひとつない新品の鎧を纏い、魔力は充実し、肌艶までいい。


 万全の状態の俺。


「なるほどな。自分自身が最強の敵ってわけか」


 俺は乾いた笑みを浮かべ、地面を蹴った。


「上等だ! ニセモノごときに遅れはとらねぇ!」


 俺は大剣を振りかぶる。

 相手も同じ構えをとる。


 激突。


 ガギィィィン!!


 衝撃が腕を駆け上がり、骨がきしむ。

 俺の剣が弾かれた。相手の剣は、びくともしていない。


「なっ……重さが違う!?」


 コピーの追撃。

 速い。目では追えても、体が反応しきれない。


 ザシュッ!


 脇腹を浅く斬られる。

 俺がたたらを踏む間に、コピーは流れるような動作で次の斬撃を繰り出してくる。


「くそっ、俺の体ってのは、こんなに軽く動くもんだったかよ……!」


 絶望的な性能差。

 今の俺は、ガス欠のポンコツだ。対するあいつは、燃料満タンの最新鋭機。

 勝てるわけがない。



◆水鏡の闘技場/ソフィア視点


 戦況は一方的だった。

 グレンが攻めればカウンターを食らい、守れば盾ごと吹き飛ばされる。


「まずいわね……。あのコピー、単純な身体能力だけじゃない」


 私は杖を構えながら、敵の動きを解析していた。


「剣技の癖、呼吸の間合い、思考ルーチン……すべてがグレンそのものだわ」


 私が援護射撃をしようとすれば、コピーはグレンなら絶対にそうするように、私の射線が通らない位置へと巧みに移動する。

 アリアが回復をしようとすれば、その詠唱を妨害するように剣圧を飛ばしてくる。


 こちらの行動パターンが完全に読まれている。


「ぐ、ぁ……ッ!」


 グレンが膝をついた。

 大剣を杖にして、かろうじて立っている状態だ。


「勝てねえ……今の俺じゃ、俺には勝てねえ……」


 弱音が漏れる。

 無理もない。全盛期の自分に、ボロボロの状態で挑んで勝てるはずがない。

 だが――


「当たり前でしょ! 単純なスペック勝負に付き合ってどうするの!」


 私は叫んだ。


「グレン、あいつは『あなた』なのよ!

 だったら、あなたの『悪癖』もコピーしているはずだわ!」


「悪癖……だと?」


「そうよ! あなたはいつだって、『俺一人で十分だ』って顔をして突っ込んでいく!

 味方の援護なんて期待せず、個の力だけで解決しようとする!」


 それがAランク冒険者グレンの強さであり、最大の弱点。

 そして、あのコピーもまた、「自分一人で勝つ」ことしか考えていないはずだ。


「アリア、合わせなさい! グレンを信じて!」


「はいっ!」


 アリアが前に出る。

 私は杖を水面に突き立てた。


「あのコピーが予測しない行動をとるのよ。

 つまり――『仲間との連携』を!」



◆水鏡の闘技場/アリア視点


 ソフィア様の指示に、私は迷わず魔力を練り上げた。

 残された魔力はわずか。

 回復に回せば、もう少し戦線を維持できるかもしれない。

 でも、それでは勝てない。


(勝ち筋を作るのです!)


 私は、防御魔法も回復魔法も捨てた。

 全ての魔力を、たった一つの支援魔法バフに注ぎ込む。


「主よ、彼に力を!

 限界を超える、一瞬の輝きを! 《英雄の祝福ブレイブ・ブレス》!!」


 黄金の光が、膝をつくグレン様を包み込む。

 筋繊維が悲鳴を上げるほどの過剰強化。

 持続時間は数秒。その代わり、爆発的な力を生み出す諸刃の剣。


 コピーが反応した。

 アリアを排除しようと、切っ先をこちらに向ける。


 だが、その足元で水面が爆ぜた。


「行かせないわ!」


 ソフィア様が放った水魔法。

 攻撃ではない。水流が蛇のようにコピーの足に絡みつき、その踏み込みを一瞬だけ遅らせる。


 グレン様なら、力任せに引きちぎれる拘束だ。

 だが、その「一瞬」の遅れが命取りになる。


 なぜなら――本物のグレン様は、もう動いていたからだ。



◆水鏡の闘技場/グレン視点


 体が熱い。

 アリアの魔法が、枯渇していたはずの俺の体に、無理やり薪をくべて燃え上がらせている。


 目の前では、ソフィアが放った水流が、コピーの足を掴んでいる。


(普段の俺なら、こんなまどろっこしい真似はしねえ)


 味方の支援を待つなんて、性に合わない。

 自分で斬って、自分で勝つ。それが『紅蓮の牙』だ。


 だからこそ――あのコピーは、反応が遅れた。


「俺は……一人じゃねえんだよぉぉッ!!」


 俺は、吼えた。

 プライドも、流儀も、全部捨てた。

 仲間が作ってくれた、たった一度の好機。

 それに全てを賭ける。


 コピーが水を振りほどき、迎撃の構えをとる。

 速い。

 だが、アリアの祝福を受けた今の俺は、それより速い!


「消えろ、ニセモノォッ!!」


 交差する刃。

 俺の大剣が、コピーの剣ごと、その胴体をなぎ払った。


 ズバァァァン!!


 水しぶきが高く舞い上がる。

 コピーの体が、上下にズレた。


「……が、ぁ……」


 コピーは、信じられないものを見る目で俺を見た。

 そして、形を保てなくなり、ただの水となって崩れ落ちた。


 バシャァッ。


 水面が揺れる。

 立っているのは――俺一人だ。


「……へっ、ざまぁみろ……」


 俺は膝から崩れ落ち、大の字になって水面に倒れ込んだ。

 勝った。

 ギリギリの、本当に紙一重の勝利だった。



◆第9階層・奥/ソフィア視点


 戦闘終了後。

 私たちは、第9階層の出口付近で座り込んでいた。


 もう、動けない。

 魔力は空っぽ。体力も限界。グレンのバフが切れた反動で、彼は指一本動かせない状態だ。


 目の前には、最後の扉がある。

 第10階層。この迷宮の最深部。


 そしてその横には、帰還用の転移ゲートが光っている。


「……帰るか?」


 グレンが、掠れた声で言った。

 それが、最も合理的な判断だ。今の状態でボスに挑むなど、自殺行為にも等しい。


 けれど。


「……ギルドの記録だと、Cランクパーティ『霹靂の剣』は、この先のボスを撃退しているそうよ」


 私がそう言うと、グレンの眉がピクリと動いた。


「あのアレンとかいう優男がか?

 ……笑わせるな。Cランクにできて、Aランクの俺にできないわけがねえ」


 グレンが、震える腕で強引に体を起こした。

 負けず嫌いな男だ。だが、その意地がなければ、ここまで来られなかった。


「不浄の源はすぐそこです」


 アリアも杖を支えに立ち上がる。


「ここで引けば、聖女の名折れです。

 それに……これだけの犠牲を払って、手ぶらで帰るわけにはいきません」


 私も、眼鏡を押し上げて立ち上がった。


「ここまで計算され尽くした迷宮……。

 最奥に何があるのか、この目で見ないと死んでも死にきれないわ」


 私たちの意見は一致した。

 合理性を超えた、冒険者としての意地と好奇心。


 私たちは、互いに支え合いながら、最後の扉の前に立った。


「行くぞ。これが最後だ」


 グレンが扉に手をかける。

 ギギィ……と重い音がして、扉が開く。


 その先に待つのが、「Cランクが倒したボス」などではなく、最悪に強化された雷神だとは、知るよしもなかった。

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