第四十三話:暗闇の処刑人
◆第8階層・入口前/合流地点
「随分と待たせてくれたわね」
第8階層の扉の前で、先行していたソフィアたち『万理の瞳』の元へ、後続の2パーティがようやく辿り着いた。
だが、その姿は満身創痍だった。
「風が……あんなに理不尽だとは思いませんでした……」
聖女アリアが、乱れた法衣を直す余裕もなく肩で息をしている。
彼女の背後には、騎士がたった一人。
第7階層『嵐の峡谷』。吹き荒れる暴風とグリフォンの急降下攻撃により、護衛の騎士3名が谷底へ落下し、脱落させられたのだ。
「俺のところもだ。一人が風に煽られて落ちやがった」
グレンが苛立たしげに舌打ちする。
『紅蓮の牙』も、サブリーダー格の前衛1名と、魔術師1名を残し、一人が欠けていた。
残存戦力は、3パーティ合わせて計7名。
当初の12名から、すでに5名も減っている。
「……さて、どうする?」
グレンが、目の前の重厚な扉を顎でしゃくった。
隙間からは、一切の光を吸い込むような漆黒の闇が漏れ出している。
「突っ込むぞ。ジッとしてても腹が減るだけだ。
気配で殴り倒せばいい」
「無謀よ」
即座に否定したのはソフィアだ。
「魔力探知の結果、内部は『完全な闇』。光源魔法も減衰させられるわ。
それに、内部には高密度の『死』の気配が充満している。
マッピングと光源確保の陣形を組まないと、同士討ちで全滅するわ」
「ですが……」
アリアが、負傷して腕を押さえている部下の騎士を見て、苦渋の声を上げる。
「負傷者の消耗が激しいです。これ以上の進軍は危険では?
まずはここに簡易結界を張り、回復を優先すべきかと」
突破を叫ぶグレン。
慎重論のソフィア。
安全第一のアリア。
三者の意見が真っ向から対立する。
だが――迷宮は、彼らに議論の時間を与えなかった。
カラン……コロン……。
扉の向こうの闇から、硬質な金属音が近づいてくる。
重い甲冑を引きずるような音。
「……向こうからのお出ましかよ」
グレンが大剣を抜く。
「議論は終わりだ! 来るぞ!」
「くっ……! 隊列を組んで!
グレンが先頭! アリア様は中央で光源維持! 私が最後尾で解析するわ!」
ソフィアの叫びに、全員が弾かれたように動いた。
即席の合同パーティは、逃げるように、あるいは吸い込まれるようにして、第8階層の闇へと足を踏み入れた。
◆第8階層・常闇の回廊
扉をくぐった瞬間、世界から色が消えた。
「《聖なる灯火》!」
アリアが光魔法を放つ。
だが、その光は蝋燭の火のように頼りなく、半径1メートルほどを照らすのがやっとだった。
その先は、粘りつくような漆黒の闇。
「離れるな! 見失うぞ!」
グレンの声が反響する。
前後左右が分からない。平衡感覚すら狂いそうだ。
カラン……。
音がした。すぐ右だ。
「そこかッ!」
グレンが大剣を振るう。
だが、刃は空を切り、石壁を叩いて火花を散らしただけだった。
「チッ、どこだ!?」
ヒュッ。
風切り音。
「ギャアッ!?」
短い悲鳴が上がった。
アリアの背後にいた騎士だ。
「誰ですか!? 返事を!」
「う、腕が……いつの間に……ッ!」
騎士の腕から鮮血が吹き出している。
いつ斬られたのか、誰にも見えなかった。
「ソフィア! 敵の位置は!?」
「分からないわ! 魔力反応が乱反射してる!
あちこちに『死の気配』があって、実体が掴めない!」
ソフィアの悲鳴に近い報告。
この階層の主――デュラハンは、闇そのものと同化していた。
ザシュッ。
「ぐっ!」
今度は、『紅蓮の牙』の前衛が腿を切り裂かれて崩れ落ちる。
「くそっ、姿を見せろ!」
グレンが闇雲に剣を振ろうとして、止めた。
闇の中で味方が密集している。下手に大剣を振り回せば、仲間を両断しかねない。
「(攻撃できねえ……ッ!)」
Aランクの火力が、味方への誤爆というリスクによって封じられる。
そのジレンマを嘲笑うかのように、見えない刃が襲いかかる。
ヒュンッ!
「きゃあっ!」
今度は、ソフィアの隣にいたメイが叫んだ。
「メイ!?」
「あ、足が……斬られました……!」
メイがその場にうずくまる。
ローブが赤く染まっていく。
見えない。
防げない。
反撃できない。
じわじわと広がる血の匂いと、仲間のうめき声。
それが、エリートたちの心を恐怖で削っていく。
「いやぁぁぁ! どこにいるのよぉぉ!」
『紅蓮の牙』の魔術師がパニックを起こし、炎魔法を放とうとする。
「やめろ馬鹿! ここで爆発させたら全員死ぬぞ!」
グレンが怒鳴るが、恐怖は伝染する。
このままでは、全滅する。
◆決着・Aランクの一撃
「……ええい、鬱陶しいッ!!」
グレンが吠えた。
彼は兜を脱ぎ捨て、目を閉じた。
「グレン!? 何を!?」
「目は邪魔だ!
気配だけで……殺す!!」
グレンは構えを解き、棒立ちになった。
視覚情報を遮断し、全神経を聴覚と肌の感覚に集中させる。
カラン……。
(右か? いや、反響音だ)
ヒュッ。
(風の流れ。剣圧。……後ろだ!)
グレンの全身から、赤い闘気が噴き出した。
味方を巻き込む? 知ったことか。
このままじわじわ殺されるくらいなら、俺が道をこじ開ける!
「そこかァァァァッ!!」
グレンは、背後へ向けて渾身の裏拳ならぬ、裏大剣を薙ぎ払った。
ドォォォォォォン!!
凄まじい衝撃波が、闇を吹き飛ばす。
そして――
ガギィィィィン!!
硬質な破砕音が響いた。
「グルァァァ……ッ!」
闇の中で、何かが砕ける手応え。
デュラハンの大盾ごと、その胴体が両断された感触。
直後、部屋全体を覆っていた闇の結界が霧散し、天井の照明石が輝きを取り戻した。
◆選別の時
光が戻った部屋の中は、惨憺たる有様だった。
「うぅ……」
「痛い……」
その場に立っているのは、グレン、ソフィア、アリアの三人だけ。
残りのメンバーは、全員が血まみれで倒れ込んでいた。
『紅蓮の牙』のメンバー二人は、深い切り傷を負い出血多量。
アリアの騎士は、鎧ごと肩を砕かれ、片腕が動かない。
『万理の瞳』のメイも、脚を深く斬られ、恐怖で震えが止まらない状態だ。
「……回復を!」
アリアが駆け寄り、必死に治癒魔法をかける。
傷口は塞がる。だが、失った血液と体力、そして何より折れた心までは、すぐには治らない。
「……ここまで、ね」
ソフィアが、静かに告げた。
彼女の視線の先――部屋の奥に、二つのものが現れていた。
一つは、第9階層へ続く扉。
もう一つは、青白く光る『帰還用転移ゲート』だ。
迷宮からのメッセージは明確だった。
『戦える者だけが進め。弱者は帰れ』と。
「おい、お前ら」
グレンが、治療を終えた部下たちを見下ろした。
「帰れ。
これ以上ついてきても、俺の邪魔になるだけだ」
冷たい言葉。だが、そこには彼なりの気遣いがあった。
部下たちは悔しそうに顔を歪めたが、反論できる状態ではなかった。
「……悪ぃ、リーダー」
「……不甲斐ない……」
「私も……メイ、あなたは戻りなさい。
この足では、次の階層の足手まといよ」
ソフィアもメイに告げる。メイは涙目で頷いた。
「申し訳ありません、アリア様……最後までお守りできず……」
騎士も、アリアに深々と頭を下げる。
負傷した4名は、互いに肩を貸し合いながら、転移ゲートへと消えていった。
光が収まると、部屋には静寂が戻った。
残されたのは、3人。
Aランクの剣聖。
Bランクの天才魔導師。
そして、教会の聖女。
各パーティのリーダー(トップ)だけが、選別され、残された。
◆第9階層への扉
「……ケッ」
グレンが、自嘲気味に笑った。
「大層な調査団だったが、結局残ったのは『頭』だけかよ。
皮肉なもんだな」
「少数精鋭と言ってちょうだい」
ソフィアが眼鏡を押し上げる。その瞳には、覚悟の光が宿っていた。
「それに……この構成なら、悪くないわ。
私の解析と広範囲魔法。
アリアの最強の支援と回復。
そして、あなたの馬鹿げた突破力」
「誰が馬鹿だ」
グレンが睨むが、満更でもなさそうだ。
「行きましょう」
アリアが、杖を強く握りしめて言った。
彼女の白い法衣は泥と血で汚れているが、その表情は今までで一番凛々しかった。
「この迷宮の主に、文句の一つも言わなくては気が済みません。
あんな……あんな酷い仕打ち(カレーの誘惑含む)をして!」
「違ぇねえ」
3人は顔を見合わせ、頷いた。
即席だが、これ以上ない最強のパーティがここに結成された。
彼らは第9階層への扉に手をかけた。
その先に待つのが、自分自身という最強の敵だとは知らずに。
ギギィ……。
扉が開く。
そこには、鏡のように静まり返った、広大な水面が広がっていた。




