第四十一話:王都のエリート、迷宮都市に陥落す
◆第5階層・入口広場/調査団視点
「……ふん。どうやら歓迎ムードのようだな」
総勢12名からなる王都調査団。
第1階層から第4階層まで、彼らは圧倒的な実力で最短突破してきた。
だが、雪山の寒さと連戦の疲労は、確実に彼らの体を蝕んでいる。
グレンは鼻を鳴らし、剣の柄から手を離した。
「いいだろう。ここにある『情報』を集める必要もあるしな」
「賛成よ。この異常な生態系、調査する価値があるわ(あと、お風呂に入りたい)」
「そうですね。腹が減っては戦もできません」
三者三様の思惑を抱き、王都のエリートたちは迷宮都市へと足を踏み入れた。
そこが、地獄の蓋の上にある「蟻地獄」だとも知らずに。
◆大衆食堂「猫のひげ亭」/聖女と騎士たちの場合
「いらっしゃいませニャ! 4名様ごあんなーい!」
元気なケット・シーに導かれ、アリアと3名の騎士は食堂の席に着いた。
教会育ちの彼らにとって、食事とは質素であるべきものだ。
だが、この店内に充満する刺激的な香りは、彼らの信仰心を強烈に揺さぶっていた。
「ご注文はニャににするかニャ?」
「あ、あの……この、不思議な香りの料理は……?」
「『カツカレー』だニャ! 当店の看板メニューだニャ!」
出てきたのは、白米の上にたっぷりとかけられた茶褐色のルーと、黄金色に揚げられた豚カツ。
アリアは、震える手でスプーンを運び、一口食べた。
「んっ……!?」
口に入れた瞬間、複雑なスパイスの刺激が弾けた。
辛い。でも、その奥から野菜と肉の濃厚な旨味が押し寄せてくる。
「な、なんですかこれ……! 辛いのに、スプーンが止まりません……!」
護衛の騎士たちも、最初は「毒見を……」と警戒していたが、一口食べた瞬間に理性が崩壊した。
「うまい!」「この揚げ物、サクサクだぞ!」と、兜を脱いでガツガツとかきこみ始める。
汗をかいた彼らの元に、ケット・シーが冷えた『ラッシー』を差し出す。
辛さと甘さの黄金コンボに、聖女と騎士たちは完全にノックアウトされた。
そして食後。
満足げなアリアの膝に、給仕のケット・シーが「お疲れ様ニャ」と乗ってきた。
「ふぇ?」
ふみ、ふみ、ふみ。
肉球によるマッサージ。ゴロゴロという喉の音。
「あ、ああ……なんて……なんて穢れなき生物……」
アリアはとろけるような顔で猫を吸い、騎士たちも「こ、こっちの膝も空いてるぞ!」と猫を呼び寄せている。
教会の厳しい戒律も、迷宮浄化の使命も、今は猫の毛並みの彼方へと消え去っていた。
◆魔導リラクゼーション施設/『万理の瞳』の場合
「……興味深いわ」
ソフィアたち『万理の瞳』の4人は、更衣室でバスタオル姿になり、目の前の奇妙な椅子を観察していた。
『魔導サウナ』での体験は衝撃的だった。
熱された石に水をかける『ロウリュ』と、その後の水風呂。
血管が収縮と拡張を繰り返し、魔力回路の澱みが強制的に流される感覚。
いわゆる「整う」という状態に、頭脳派集団の思考回路はすでに半ば溶けていた。
そして、湯上がりの彼らを待ち受けていたのが、これだ。
「魔導マッサージチェア?」
分析官としての血が騒ぐ。
彼らは実験体として、全員で椅子に座った。
ブゥン……。
起動音と共に、背中の揉み玉が動き出す。
「あっ……!」
的確だ。
雪山での行軍で凝り固まった肩甲骨の内側に、正確に入り込んでくる。
「そ、そこは……魔力伝達神経の、ツボ……ぁっ、んっ……!」
ウィィィン……。
ふくらはぎをエアーバッグが締め付ける。
4台のマッサージチェアの上で、王都のエリート魔導師たちが一斉に嬌声を上げた。
「だ、だめ……そんな、精密な動き……人間には不可能よ……」
「リーダー、これ……解析不能です……気持ちよすぎて……」
眼鏡が曇り、知的な瞳がトロンと濁る。
彼らは追加のコインを投入し、延長ボタンを連打した。
「この技術を持ち帰る」という大義名分のもと、彼らは快楽の底へと沈んでいった。
◆ドワーフ酒場「鉄の槌」/『紅蓮の牙』の場合
「情報と言えば酒場だな」
グレン率いる『紅蓮の牙』の4人は、カウンターを占拠していた。
だが、出されたキンキンに冷えたラガービールを一口飲んだ瞬間、その態度は一変した。
「っかァーーー!! うめぇ!!」
思わず叫んだグレンに、隣で飲んでいたドワーフたちが絡んでくる。
「ガハハ! いい飲みっぷりじゃねえか、兄ちゃんたちよ!」
「人間には、ちと刺激が強すぎるんじゃねえか?」
ドワーフたちだ。
彼らの挑発に、グレンだけでなく、メンバー全員のこめかみに青筋が浮かぶ。
「あぁ? 誰に向かって口きいてんだ、樽野郎ども」
空になったジョッキをダンッ!と叩きつけた。
「俺たちは『紅蓮の牙』だ。
剣でも酒でも、テメェらに負ける気がしねえよ!
おい野郎ども、格の違いを見せてやれ!」
「おうよリーダー!」
「ドワーフごときに飲まれてたまるか!」
――そして、宴(戦争)が始まった。
次々と空になるジョッキ。積み上がる樽。
飛び交う野次と怒号。
Aランクの身体能力をフル活用した飲み比べは、深夜まで続いた。
「うィ〜……おっさん、やるじゃねえか……」
「お前さんもな……」
数時間後。
そこには、ドワーフたちと肩を組み、大声で歌を合唱する4人の冒険者たちの姿があった。
Aランクのプライドは、アルコールによって綺麗に洗い流されていた。
◆翌朝・宿屋ロビー/調査団視点
チュンチュン……。
爽やかな(擬似的な)朝の光が、ロビーに差し込む。
そこに集まった調査団の面々の様子は、明暗がくっきりと分かれていた。
「……うぷっ」
「頭が割れる……」
「水……水をくれ……」
『紅蓮の牙』の4人は、ソファで死体のように転がっていた。
二日酔いだ。
ドワーフとの飲み比べで限界を超え、全員が顔面蒼白で震えている。剣を握るどころか、立ち上がるのもやっとの状態だ。
対して――
「おはようございます。素晴らしい朝ね」
『万理の瞳』のソフィアたち4人は、ツヤツヤの肌で現れた。
サウナとマッサージ、そしてふかふかのベッドでの睡眠により、疲労は完全に回復。
魔力充填率120%といった様子で、眼鏡をキラリと光らせている。
「あ、おはようございます……」
聖女アリアと騎士たちも元気そうだが、どこか視線が泳いでいる。
「昨夜のことは墓場まで持っていく」という無言の誓いが、彼らの間に漂っていた。
「さて、グレン」
ソフィアが、死にかけているグレンを見下ろした。
「あなたたち、動けそう?」
「……無理だ。
半日……いや、一日くれ。
今動いたら、俺の中の何かが決壊する……」
グレンが口元を押さえて呻く。
これでは戦力にならない。Aランクの面目丸潰れだが、生理現象には勝てない。
「仕方ないわね」
ソフィアは、呆れつつも素早い判断を下した。
「私たちは先に行くわ。
『万理の瞳』の解析能力があれば、先行偵察くらいは可能よ。
あなたたちは回復してから追いかけてきなさい」
「すまねえ……頼む……」
グレンが力なく手を振る。
ソフィアたちは、「行きましょう」と颯爽と装備を整え、第6階層への扉へと向かった。
残されたのは、二日酔い集団と、元気な聖女一行。
「あの、アリア様。私たちはどうしますか?」
騎士の一人が小声で尋ねる。
アリアは、チラリと食堂の方を見た。
そこからは、またスパイシーな香りが漂ってきている。そして、窓辺ではケット・シーが日向ぼっこをしている。
「……そうですね」
アリアは、コホンと咳払いをして、真面目な顔を作った。
「グレン様たちを置いていくわけにはいきません。
万が一、魔物が襲撃してきたら大変です(ここは安全地帯ですが)。
私たちは、ここで『紅蓮の牙』の回復を待ちつつ、調査(という名の猫吸い)と、兵糧の再調査を行います!」
「はッ! 賢明なご判断です!」
騎士たちも、嬉しそうに敬礼した。
彼らの心は一つだった。「まだここにいたい」。
こうして、最強のAランクは酒に沈み、聖女は欲望に負けて残留を決めた。
先行するのは、知力と魔力に長けたBランクパーティ『万理の瞳』のみとなった。
◆迷宮核の間/黒瀬視点
モニター越しにその様子を見ていた俺は、コーヒーを吹き出しそうになった。
「……マジかよ」
「Aランク、全滅ですね(お酒で)」
ナノがケラケラと笑う。
「そして聖女様は完全に『おかわり』狙いです」
「まあ、戦力が分断されたのは好都合だ」
俺は気を取り直し、第6階層のマップを拡大した。
そこへ向かっているのは、ソフィア率いる『万理の瞳』。
「分析型のBランクパーティか……。
力押しじゃなく、頭を使ってくるタイプが先鋒とはな」
俺は、ニヤリと笑った。
「いいだろう。
灼熱の第6階層、そしてその先の『嵐の峡谷』。
お前たちの自慢の『解析』がどこまで通用するか、試させてもらうぞ」
俺は、第6階層の環境ギミックの出力を上げた。
王都のエリートたちへの、次なる試練が幕を開ける。




