第四十話:嵐の前の休息と、地獄のスパルタ
◆迷宮都市・裏路地「開発室」/黒瀬視点
「――よし、コンパイル通った。動作確認いくぞ」
迷宮都市のメインストリートから一本外れた裏路地。
関係者以外立ち入り禁止の区画にある「開発室」で、俺は額の汗を拭った。
目の前にあるのは、石と木材、そして魔石を組み合わせて作った奇妙な椅子だ。
「起動」
俺が声をかけると、椅子に埋め込まれた魔石が淡く光り、背もたれ部分がブゥン……と低い音を立てて振動を始めた。
「成功ですね、ご主人!『魔導マッサージチェア』です!」
ナノがパチパチと拍手する。
「ああ。ゴーレムの振動制御コアを小型化して流用した。
強さ調整は三段階。揉み玉の動きはスライムの粘性を参考にプログラムしてある」
俺は続けて、隣にある箱型の装置を指さした。
「こっちは『魔導サウナ』の熱源ユニットだ。
火精霊石で加熱した石に、水精霊石から抽出した水を滴らせて蒸気を発生させる(ロウリュ)。
温度と湿度は自動制御だ」
さらにその横には、ガラス張りの箱――『魔導自動販売機』。
冷気魔法で冷やされた牛乳やポーションが並び、硬貨を入れると空間魔法で商品が取り出し口に転送される仕組みだ。
「サウナで整って、マッサージチェアで揉まれて、キンキンに冷えた牛乳を飲む……」
ナノがうっとりとした声を出す。
「ここ、本当にダンジョンですか?」
「ダンジョンだ。
だが、冒険者がここでくつろげばくつろぐほど、滞在時間は伸びる。
地上に帰るのが億劫になれば、金も魔力もここに落ちる」
俺はニヤリと笑った。
調査団が6層に来るまでの時間稼ぎにもなるし、彼らの戦意を削ぐ(リラックスさせる)効果も期待できる。
「さあ、研修だ! ケット・シー部隊、集合!」
「ニャッ!」
号令と共に、十匹の猫人族たちが整列する。
エプロン姿の彼らは、新しい玩具を見るような目でマッサージチェアを見つめている。
「いいか、お客様への案内はこうだ。
『お疲れの背中に極上の揉み心地はいかがだニャ?』
そして、サウナ上がりの客にはすかさず牛乳を勧めること。これぞ『黄金の連携』だ」
「わかったニャ!」
「背中を揉む機械……すごそうだニャ~」
一匹のケット・シーが試しにチェアに座る。
スイッチを入れると――
「ニャァァァァァ~~~……」
魂が抜けたような顔で、ふにゃりと溶けた。
「……効果は抜群みたいだな」
俺は、その愛くるしい光景(暴力的なまでの可愛さ)に少しだけ癒やされながら、次の準備へと移った。
厨房からは、スパイスの刺激的な香りと、豚骨を煮込んだような濃厚な匂いが漂ってきている。
新メニュー『カツカレー』と『チャーシューメン』。
これもまた、異世界人たちの胃袋を掴んで離さない強力な武器になるはずだ。
◆第5階層・外れの訓練場/黒瀬(変装中)視点
開発作業が一段落した後。
俺は認識阻害の眼鏡と地味な装備を身につけ、「ソロ冒険者クロ」として訓練場にいた。
ただし――状況は最悪だ。
「遅い! 動きに無駄が多いぞ!」
パァンッ!
「ぐべっ!?」
鋭い木刀の一撃が、俺の脇腹を捉える。
俺は無様に地面を転がった。
「立て。魔力はあるのに、体の使い方がゴミじゃ。
それでは宝の持ち腐れだと言ったろう」
冷ややかな声で見下ろしてくるのは、ポニーテールに結った銀髪が眩しい美女剣士――変装したエルドラだ。
彼女は今、「謎のスパルタ師匠」として俺をシゴいている。
「くっ……痛ってぇ……」
俺は脂汗を流しながら立ち上がる。
ステータスはAランク相当に強化されているはずなのに、彼女の剣は避けられない。
予備動作がない。殺気がない。まるで自然現象のように剣が届く。
「休憩などないぞ。次!」
「勘弁してくださいよ、師匠……!」
再び構えようとした、その時だ。
「あ、あの……!」
訓練場の入り口から、声がかかった。
見ると、黒髪の青年剣士が立っていた。
“夜明けの芽”のリーダー、カイだ。
「す、すみません、覗くつもりはなかったんですけど……
今の剣……凄すぎて、目が離せなくて」
カイは、エルドラを熱っぽい目で見つめていた。
その視線は、美女への恋心などではなく、純粋な「武」への憧れだ。
「重心移動が全く見えませんでした。
どうやったら、あんな風に振れるんですか?」
エルドラは、カイをじろりと値踏みするように見た。
そして、口の端を吊り上げる。
「ほう。見る目だけはあるようじゃな、小僧」
「は、はい!
もしよろしければ……俺にも、ご指導お願いできませんか!」
カイが深々と頭を下げる。
おいおい、正気か若者よ。このババ……いや、師匠のシゴきは死ぬぞ?
「よかろう。
ちょうど、この出来の悪い弟子一人では退屈していたところだ」
エルドラは楽しそうに笑い、もう一本の木刀をカイに投げ渡した。
「死ぬ気で来い。
手加減はせんぞ」
「お願いします!」
――十分後。
「「うぐぅ……」」
俺とカイは、仲良く地面に転がっていた。
青空が綺麗だ。
「……クロさん、でしたっけ」
カイが、荒い息を吐きながら話しかけてくる。
「あの人……化け物ですね」
「ああ……理不尽の塊だ」
俺も同意する。
だが、カイの顔は晴れやかだった。
「でも、すごい。
たった十分打ち合っただけで、剣の振り方が分かった気がします。
クロさんの受け身も、参考になりました。魔力で衝撃を散らしてましたよね?」
「……まあな。死にたくない一心だよ」
「俺も、もっとうまく魔力を使えるようになりたいな……」
カイは起き上がり、木刀を握り直す。
その目は死んでいない。
(……素質あるな、こいつ)
俺みたいな「作られたステータス」じゃない。
叩き上げの才能。
エルドラも、それが分かっているからこそ、彼を見る目が少し楽しそうだ。
「よし、もう一本!」
「元気だな、おい……」
俺も、渋々体を起こした。
まあ、ここでカイと一緒に汗を流すのも、悪くない「情報収集」だ。
未来の勇者候補とコネを作っておくに越したことはない。
「ほれ、休憩は終わりじゃ!
二人まとめてかかってこい!」
鬼教官の楽しそうな声が、訓練場に響いた。
◆各階層ダイジェスト
【第6階層・灼熱の回廊】
「あっちぃぃぃ……!」
大盾使いのボルドが、汗だくになりながら盾を構える。
リザードマンの槍を弾き返すが、その衝撃で盾の表面が少し溶けた。
「おいおい、またかよ!
グランの親父のところの『耐熱コーティング』、もう剥がれてきてんぞ!」
「使い方が荒いからよ!
でも、ドロップ品の『火蜥蜴の皮』は高値で売れるわ。
これで修理費はトントン、プラス夕食代ってところね」
弓使いのアンナが、手際よく素材を回収しながら計算する。
文句を言いながらも、彼らの足取りは軽い。
稼げる。強くなれる。そして帰れば旨い飯がある。
そのサイクルが、彼らを迷宮の深みへと引きずり込んでいた。
【第2階層・複雑な洞窟】
「うわぁぁぁ骸骨だぁぁぁ!」
新米パーティ“泥ネズミ”のトミが、半泣きで短剣を振り回す。
だが、以前のような無謀な突撃ではない。
仲間と背中を合わせ、囲まれないように立ち回っている。
「やった……倒した!」
最後の一体を崩し、トミが地面に座り込む。
その横に、古びた木箱があった。
「宝箱だ!」
開けると、中には無骨な鉄のナイフが入っていた。
ドワーフの弟子が練習で作った、重心が少しズレた失敗作だ。
だが――
「すげえ! 刃こぼれしてない!
これ、俺が持ってるナイフより全然いいやつだぞ!」
「やったねトミくん!
これなら、もっと奥まで行けるよ!」
彼らにとっては、それは紛れもない「神器」だった。
俺たち運営側からすれば「在庫処分」でも、彼らにとっては「希望」になる。
Win-Winの関係が、ここにも生まれていた。
◆第5階層・入口ゲート前
そして――時は満ちた。
静かな広場に、重厚な足音が響く。
転移ゲートではなく、階段から降りてきた一団。
先頭を行くのは、真紅の鎧を纏った男。
Aランク冒険者、『剣聖』グレン。
「ケッ。ここが第5階層か」
彼は、周囲の空気を探るように鼻を鳴らした。
「第1から第4まで、ずいぶんと小賢しいギミックばかりだったな。
水攻めだの雪山だの……俺の剣技の前じゃ、ただの演出だ」
「油断しないで、グレン」
後ろに続くのは、知的な眼鏡をかけた女魔導師、ソフィア。
Bランクパーティ『万理の瞳』のリーダーだ。
「魔力の流れが不自然よ。
ここまで、あえて『消耗』を強いるような構造だった。
何かの意図を感じるわ」
そして、最後尾には、純白の法衣を纏った聖女アリアと、護衛の騎士たち。
「……不浄な気配は強くなっています。
でも……」
アリアは、扉の向こうを見つめた。
「扉の向こうから、とても……美味しそうな匂いがします」
「あぁ?」
グレンが眉をひそめ、大雑把に扉を押し開けた。
ギィィ……。
開かれた視界。
そこに広がっていたのは、地獄でも迷宮でもなく――
「いらっしゃいませニャー!」
賑やかな街並みと、笑顔の獣人たち。
「……は?」
グレンが、間の抜けた声を出す。
ソフィアが眼鏡をずり落とす。
アリアが、目をぱちくりさせる。
王都のエリートたちが、初めてその「常識」を揺さぶられた瞬間だった。
その様子を、遠くの時計塔の上から、一匹のケット・シーが双眼鏡で覗いていた。
その目は、可愛らしい猫の目ではなく、冷徹な監視者の光を宿していた。
『――ご主人。お客様、到着だニャ』
開発室でモニターを見ていた俺は、ニヤリと笑った。
「ようこそ、解析不能な楽園へ。
まずは風呂と飯で、その張り詰めた気を緩めてもらおうか」
俺は、コンソールのスイッチを入れた。
迷宮都市迎撃作戦――『おもてなし』の開始だ。




