夕焼け 3
先ほどまで寝ていた部屋を出て、アヤメと手をつないでガリウスの後を歩く。アヤメはまだ不安なのか、ヨヅキの手は繋ぐというより握られている。少し痛い。
寝ていた部屋では気づかなかったが、それなりに人がいる。一様に同じ制服を着ていたり、ガリウスと同じような鎧を着ている人ともすれ違った。
「ここは仮設拠点、場所は君たちの街から少し離れた丘陵にある。多少、元の地形を魔法で補強とかもしたけれどね。」
「魔法って色々できるんですね。俺、てっきり魔物と戦うためのものだとばかり…。」
「まぁそう思ってる人は多いね、もともと魔物と戦うための技術だし。とは言ってもできることには個人差あるし、魔力も使うから限界もある。だから地面の補強とか以外は手作業だよ、必死でテント立てたし。」
ガリウスはそう言って通路の端や天井を指さす。寝ていた部屋は壁のようなものがあったが、通路に出てからは骨組みやそれに覆いかぶさるように布がかけられているのが分かる。
「まぁでもここはあくまで前線基地。君の両親や他の人は、もうすこし離れた場所に避難してるよ。」
「じゃあ、なんで俺はさっきの部屋で?」
「それは普通に死にかけたのと、魔力の影響があるかわからないから。変に動かすよりここで目が覚めるのを待ってから移動した方がいいって判断。本来ならアヤメちゃんも先に移動するはずだったんだけど…。」
そういってガリウスはアヤメの方を見る。離れなかったって言っていたことを思い出す。
ヨヅキも同じようにアヤメの顔を見るが、そらされてしまう。
「アヤメ?」
「…。」
アヤメは何も言葉を返さない。散々泣いてたところを見られて恥ずかしいからだろうか。そんなことを考えながら見ていると、顔がまだ赤いことに気が付く。
「アヤメ?ほっぺがまだ赤いけど、お前どのくらい寝てたんだ?」
「!!」
見るなと抗議するように手をさらに強く握られる。痛い。
ヨヅキはおとなしくガリウスさんの方を向き直す。
「はは、まぁ君たちがここにいるのが例外。このあとは俺たちが別の避難所まで送り届けるよ。」
「そういえば俺たちって言ってますけど、ガリウスさんたちはどういう…人?組織?なんですか?」
「聞きたいことが山ほど出てくるな?好奇心旺盛な子だな、君は。」
「あ…。」
そう言われ気づく。確かに、起きてからガリウスになんでもかんでも聞いてばかりだ。
「別に責めたいわけじゃなくてね?君くらいの年の子だと、もう少し怖がりそうだから少し意外なだけだ。それで質問の答えだけど、魔法師って聞いたことは?」
「ちょっとだけなら…。魔法を使って魔物と戦う仕事をしてるって聞いたことがあります。」
「まぁ戦わない魔法師もいるんだけど、そんな感じであってる。俺たちは国家所属の戦闘魔法師ってやつ。正式名称はもうちょっと長いけど。」
魔法師、魔法使い。呼び方は様々だが魔法を使える人たちはそう呼ばれることが多い。
しかし、国家所属の人が助けに来たというのはヨヅキも驚いた。街にも魔法師はいたが、数は多くない。国に所属してる人なんていなかったはずだ。
魔物に襲われたことが伝わるとしても、街は国の中でも一番東の端。隣り町からも距離はあるためすぐ来れるとは考えづらい。
「ガリウスさんたちはどうしてここに?」
「俺たちの所属はちょっと特殊でね。一つの街に滞在するって感じじゃなくて、各地を回る方が多いんだ。近くを移動中に部隊の人間が異変に気付いてね。報告とか急いで済ませて緊急対応って感じかな。」
「じゃあ、ガリウスさんたちが近くにいなかったら…。」
「全部間に合わなかっただろうね、今も間に合ったとは言えないけど。」
本当にギリギリのところで助けられた。改めてその事実を再確認してぞっとする。
話を聞けば聞くほど、人生の幸運の使い果たしたんじゃないかとさえ思う。
「どうしてあんなことに…。」
「俺たちも来て正直驚いた。しかも、君たちを襲ったのは『人狼』って呼ばれる魔物。本来こっちの地域では見ない珍しいやつ。」
「…なら、なんで街にでたんですか?」
ガリウスの説明を聞いて、アヤメが聞く。
落ち着いたように見えるが、少しだけ声が震えている。
「そう、見ないはずなんだ。一番東にあり、海沿いにあるのが君たちの街だ。近くに森や山もあるにはあるけど今まで目撃情報はない。そもそも魔法師がこの街に少ない理由も、魔物自体めったに出ないからだしね。」
「そうなんですか?」
「把握してるところだと、水辺に生息する魔物が沖合でたまに見られる程度だね。今回がイレギュラー、人狼以外の魔物の報告もある。いろいろな事情があるから、いまだに別部隊が街に出て調査してる。まだ生存者が残ってるかもしれないし、発生源もふめ」
ドガァン!!
突然のことだった。
目が眩むほどの光が布越しに当てられる。テントの骨組みが激しく揺れるほどの風。その後に凄まじい轟音が耳に届く。すぐにガリウスが二人に覆いかぶさるようにして倒れこんだ。
あっという間にテントは崩れ、周囲のものが吹き飛んでいく。
ヨヅキとアヤメは耳を抑え茫然とガリウスにかばわれ続けることしかできない。しかし、二人はガリウスの顔見てただ事ではないことを理解する。
どのくらいそうしていただろう。風と光が収まり、ようやくガリウスが二人の上から退く。
「二人とも無事か!?どこか怪我は!」
呑み込めない状況と、鬼気迫るガリウスの顔に恐怖で震えながら頷く。
二人の無事を確認すると、すぐに立ち上がり周囲を確認する。
「動けるやつは怪我人を優先して保護しろ!レリック、他部隊と本部に連絡!」
「隊長!!」
「アルマ、状況は!?」
指示を方々に出しているガリウスに、茶髪の女性が走ってくる。アルマと呼ばれた女性は、ひどく焦った表情で報告を続ける。
「街が…!こちらに!」
報告を受けた後、ガリウスとともに駆け出していく。
恐怖で動くことができなかった二人も、話を聞いて立ち上がりガリウスたちが向かった方へと向かって歩く。
ガリウスとアルマは少し離れた高台に立っていた。
時間帯は夜、さっきの光は幻だったのかと思うほどあたりは暗い。しかし、二人の足元には淡い光が映っている。視界の先に何かしらの明かりがあるのだろう。
嫌な予感がする。
街は魔物によって崩壊し、火の手が上がっているところもあったが、そんな明るさではなかったはず。
ヨヅキもアヤメも同時にガリウスのもとへ駆け出す。そして、その先に見えた光景に息を呑む。
そこには、燃え上がる街が見えた。正確には、街だったものだ。逃げていたときに見た街は、多少なり元の街並みがわかった。だが、今やそんな面影はない。
通っていた学校、人が住んでいた家、放課後遊んだ公園、歩いた道、目印にしていた大樹。それらすべてが燃えている。街の全てが燃えているのだ。
現実とは到底思えない、夢であるような景色が目に映る。
「調査中の、人員は…!」
「…全滅です。応答も無し、個人の魔力反応も残ってません。」
ガリウスとアルマの表情は見えない。しかし、話し声と雰囲気から、二人がどんな感情を持ってるのかの予想がつく。
その時、街の光景を目にしたアヤメが倒れる。
「アヤメ!」
ヨヅキが抱えたことで、地面に倒れることはなかった。様子を確認するとアヤメは気を失ってはいないが、がたがたと震え、呼吸が荒くなっている。街の様子と二人の話を聞いて精神的なショックを受けたのだろう。
ヨヅキの声でガリウスは我に返る。この場には、守るべき二人の幼い子供がいるのだ。
「アルマ。大至急撤退だ、レリックに街の現状と撤退する旨を追加で報告させろ。」
「了解。避難先の部隊や人もより遠くへ移動させます。」
呆気に取られているわけにはいかない。怒りで彼らや自分の隊員まで失うことはあってはならない。怪我人もいる。葛藤はあれど、ガリウスは間違えることを許されない。
次は、ここや他の場所が焼き払われる可能性があるのだ。ヨヅキとアヤメを抱え、急いで離れる準備をする。
「ガリウスさん!街が!!」
ヨヅキは遅れて街が焼け野原になった事実を受け入れる。しかし、普通の子が親と離れた不安の中、住んでいた街が燃やされるなどという事態を飲み込めるはずがない。不安と恐怖と怒り。様々な感情が入り交じり、泣きながらガリウスの腕の中で暴れている。
「すまない、街は救えなかった。いくらでも恨んでくれていい。だが今は逃げるしかないんだ、すまない…!」
錯乱したヨヅキと震えるアヤメを抱え、ガリウスは指示を出しながらその場を離れる。
腕の中の二人は、街のあった方向から目を離せない。明るい空を眺めながら、暗い夜道へ逃げていく。
辛い、日常が崩れ去ったことが。
許せない、街を襲った魔物が。
憎い、すべてを焼いたあの爆発が。
だがそれ以上に恐ろしい。
何かを失うことが。誰かが傷つくことが。そして、また同じことが起きるかもしれないということが。
恐怖と混乱に呑まれ、二人は意識を手放す。
意識を手放す直前、心の優しい子供は願った。
(すべてを守れるような力があればいいのに…。)
世の中には、理不尽というものがある。
自分が悪くないのに、不幸な目に遭うとか。とてつもなく辛いことが起こるとか。
要するに、最悪な目に遭うということだ。
そんな経験をすると、「どうしてこんな目に。」「なぜ自分がこんな思いを。」ってきっと誰しも思うはずだ。
俺たちも、そうだったから。
理不尽に遭った人は、それからいろいろな行動に出るだろう。
復讐する、忘れる、取り戻そうとする。他にも、いろいろあるだろう。
だけど、俺たちは少し違ったのかもしれない。
俺たちは選んだ。「理不尽から誰かを守る。」そういう道を。
だから戦う。
これ以上、誰にも失わせないために。
主人公のプロローグはこれで終わり。ここまで読んでくださりありがとうございます。
あともう一話で全てのプロローグが終わります。長いな!!




