第四話
今日の朝は案の定、鈴音から昨日のことについて問い詰められた。
あまりにも勢いよく聞いてくる物だから少し気迫で押され気味になったぐらいだ。
――話の中で百面相するすずの顔はとても面白かった。
一つ、安堵したことは三条先輩に呼び出されたことを他の生徒の中で噂にはなっていなかったことだ。
距離感に気をつけながらついていったとはいえ噂が流れていたかと思うと寒気が止まらない。
放課後、昨日も歩いた廊下を歩く。
意外と道については忘れていなかったので迷うことなく旧校舎の生徒会室に着くことができた。
ドアを開けようと思ってノブを手に取った時、ふと勧誘の返答はどうしようかと改めて思い直していた。
――昨日の先輩方はとても面白そうな人達ではあったけど。
元々、部活を始めようかと考えていた理由は将来の為に、だ。
そうなると何処でも通じるような名の通った部活の方がいいのではないかとも思う。
運動部は難しいにしても、それこそ文芸部の方が同好会よりは聞こえがいいはずだ。
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると。
「あれ?早川くんではないですか?ドアの前でボーとしてどうしたんですか?」
後ろを振り返ると三条先輩がこちらを見ながら立っていた。
流石にドアの前で棒立ちでは邪魔になるだろうと思い道を開けると……。
「早川くんも文芸同好会に用事があったんですよね?一緒に行きましょうか」
そう言って三条先輩は慣れた手つきでドアを開けると俺の手を取って中に入っていった。
手を引かれたときに先輩の手は小さいなとそんなことを思いながら。
生徒会室に入れば昨日と同じ席で後藤先輩が座って外を見ていた。
昨日も来た為、部屋に変化なんてものは何もないけど、昨日とは違い少し鼓動が速くなるのを感じている自分に驚いた。
――って、違うな先輩と手を繋ぎっぱなし!?
慌てて手を引っ込めると三条先輩は気づいていなかったのかごめんごめんとそう言って自分の定位置であろうソファーに座った。
そうしていると、後藤先輩が外に向けていた目線をこちらに向けて少しの笑みを浮かべた。
「さて、早川君。今日も来てくれたということは勧誘に対する返答をいただけると考えても?」
「俺は、正直よくわかりません。先輩達はとても面白そう人達なので文芸同好会も楽しそうですけど、本当にそれでいいのかなって考えて」
「んー?だったら私たちと一緒に今月一杯活動してみます?いったんは仮入会って感じで」
まぁ、今すぐに決めないといけない決まりはないからそれでもいいかな?
部活動も入りたいのは運動部じゃないから今すぐに入って練習をしないとって感じでもないし。
「わかりました。今月一杯、そうですねゴールデンウィークが終わるくらいには結論を出したいと思います。いったんは仮入会でよろしくお願いします。」
仮入会の手続きは特に何もなく口約束だけとのことだ。
「さて、それでは今日はもう帰るといい、来週には何か考えておくとしよう」
「えー、もう今日は終わりですか?今来たばかりですよ?」
ぶぅぶぅと文句を言う三条先輩を後目に用は終わったとばかりに後藤先輩は部屋を去っていた。
――き、気まずい。
いきなり女子の先輩と二人っきり。
それも、先輩からとはいえ手までつないでしまった。
時計がチクタクと秒針を刻む音をBGMに三条先輩は難しい顔つきで考え事をしているようだ。
「そ、それじゃあ俺も帰らせてもらいますね」
「む?むー……わかりました。今日は何も歓迎できずに申し訳ありませんでした。ゴクドー会長も来週には何か考えると言っていましたし来週には改めて大きく歓迎できるようにしますね」
また明日、と小さく胸元でて手を振る先輩を校門で見送った。
俺も帰ろうかと帰路に就くと見知った顔を見つけた。
視線のさきには部活見学で少し疲れた顔をした鈴音だ。
鈴音は一人で帰っているらしいのでどうせ家は隣なんだ一緒に帰ろうと思って声をかけた。
「おーい!すず。一緒に帰らない?」
声をかけるとこちらを振り返り俺のことに気が付いたのか疲れた顔をいっぺんさせいつもの元気な笑顔になった。
「お!湊人じゃん!いいよー一緒にかえろ」
二人で横に並びながら一緒に歩く。
夕日が空を赤く染め上げている。
河川敷の堤防を歩いていると街路樹として植えられている桜並木が目に入った。
入学式の日にはあんなにも満開に咲き誇っていた桜は今では見る影もなく大部分は散ってしまっていた。
「もう桜が散り始めてる……そろそろ四月も終わりだね!」
「まだ四月は半分もあるぞ?気が早すぎるだろ」
「あれ?そうだっけ?桜が散り始めると四月も終わりだなーって気がしない?」
ニコニコとしながら桜並木に駆け出した鈴音。
こちらを振り返りながら俺にも早く来いと催促をしだした。
すごくいい笑顔でこちらを呼ぶものだからその笑顔に免じて少しだけと俺も走って追いかけた。
「散り始めているけどまだまだ桜は見れそうだね!」
「そうだな、ただ桜を見てると桜餅が食べたくなってくる」
ふと、そういえば今年は花見をしていなかったなと思った。
毎年ではないけれど鈴音家と早川家でよく一緒に花見をしていた。
「えー、確かに桜餅はおいしいけどこの光景は見てその感想ってどうなのよ?もっと儚いなーとかいろいろあるでしょ」
「花より団子、むしろ花より桜餅だな」
確かにそうかもといって笑う鈴音は十分に桜を見られたのか道に戻ってきた。
「そういえば、今朝言っていた同好会の件なんだけど、いったん仮入会することにしたよ」
「む、三条先輩のいるところだよね?そっか、私も入れたらなー」
それは無理な相談だ、完全招待性なんだから。
「あ!あそこで桜フェアやってるよ!湊人見に行こ?桜餅もあるみたいだし」
そう言って鈴音が指をさしたのは老舗感のある和菓子屋だった。
入口に掲げられているのぼりには桜フェア開催中とあり桜餅の絵も入っている。
暖簾をくぐると以外と人は入っていないのかゆっくりと見ることができそうだ。
ショーケースに入っている和菓子を見ていると目当ての桜餅を見つけた。
他にも興味の惹かれるものがたくさんあったけどお財布事情的に桜餅だけを購入して鈴音のほうに目を向ける。
「ぁ!みなふぉ、さくらふぉちかふぇた?」
店員のおばさんから試食の餌付けをされていた。
――ひな鳥かよ。
そう思いながら、眺めていると果たしてそれは試食の量だろうかと疑うくらい口に運ばれていった。
「おう、俺は桜餅買えたけど、すずは……別にいいか」
鈴音はもぐもぐと口を動かして口の中のものを飲み込んでから。
「私も買ったよ!桜ケーキ、おいしそうでしょ?」
そういって手に持っていた小箱を高らかと掲げて見せてくれた。
ショーケースの中にある桜ケーキを見ると全体的に白色とピンク色のしたかわいいケーキだ。
確かにとてもおいしそうに思う。
「そこの河川敷で食べていこうよ!確かベンチがあったよね」
鈴音はそういうと店員のおばさんにお礼をすると小さくスキップをしそうな足取りで河川敷のほうに歩いて行った。
ベンチを見つけ二人で座ると和菓子屋で買った桜餅を出す。
「ねぇねぇ、私の桜ケーキ半分一口あげるから湊人の桜餅一口頂戴?」
そういうと俺の返答を待たずに桜ケーキを口に突っ込んできた。
――うまいな、桜の風味と生クリームはいい塩梅だ。
「はい、私のケーキ一口食べたから桜餅一口ね!」
「わかった、わかった一口だけだからな」
口を開けてひな鳥が餌を待つような雰囲気の鈴音に桜餅を一口食べさせてやる。
「んー!桜餅もおいしいね!」
俺の桜餅を堪能し終わったのか、今度は自分が買ったケーキを食べ始めた。
俺も一口桜餅をほおばる。
塩漬けにされた桜の花びらの塩気とあんこの甘さが口の中でミックスされてとてもおいしい。
目の前には静かに沈みゆく夕日が夜の帳と戦うように空は夕焼けの赤色と夜の黒色が境目を作って混じり始めていた。
沈みゆく夕日を眺めながら食べる桜餅と視界に映る散りゆく儚げな桜は確かに春の終わりを告げているかのようだった。
最近は暖かくなってきましたよね。
厚手の服だと少し暑いなとそう思う今日この頃です。