第一話
四月、入学式も終わり高校生活はそろそろ一週間ほどが経過しようとしていた。
いつもとは違う通学路を歩く非日常が日常に変わるそんな小さな変化の時間が経過していた。
教室のドアを開けると今日の日直が友達であろう人と会話をしているだけで、まだまだ早い時間についてしまったらしい。
朝、登校してからのルーティーンといえば毎日必ず準備を終わらしてから小説を読むことだ。
純文学、ライトノベル、恋愛小説、ミステリーと雑食を言われればそれまでだけどふと気になったものは手にとって読むようにしている。
現実では経験することができない非日常を小説の主人公はいつも提供をしてくれる。
それは……
「湊人、おはよう。今日も黙々と小説かい?」
後ろから不意に声をかけられた。
振り返ると、細身な体型に細めのあからさまに胡散臭そうな雰囲気を醸し出している男がいた。
彼は高瀬智久。
智久とは中学からの親友だ、彼自身はかなりのコミュニケーション能力を持っていて誰とでもすぐ打ち解けることができる癖をして、一人教室の隅で小説を読んでいる俺にわざわざ声をかけてくれて、それ以来もう3年の付き合いになる。
「とも、おはよう。小説はいいものだよ、おすすめを紹介するから一度読んでみるといいよ」
智久は顔の前でナイナイと手を振ると
「湊人は、そろそろ部活とか決まったか?」
「いや、まだ決めかねてる。どうしてもピンとくるのがなくって。」
部活か……
中学の時は孤高の帰宅部だったけど、将来のことを考えると何か入ったほうがいいのだろうか?
正直、あまり興味はそそられないんだけどな。
「文芸部とかええんとちゃう?よく小説とか読んでるやん?」
「いやいや、小説は一人で誰にも邪魔されずに読むからいいんじゃないか、諸説あるけど」
それに、かってな偏見だけど文芸部ってまともに活動しているイメージがない。
部活動を理由に遊んでいる、みたいな?
そんなたわいもない話をしていると教室に一際よく通る声で元気な挨拶が聞こえてきた。
その、声の主人が二人で話しているところへ来て。
「おはよう!湊人!高瀬くん」
そこまで大きな声といったわけではないのにすっと頭に入ってくるこの声は……葉山鈴音。
俗にいう幼馴染というやつだ。
それこそ生まれた病院は一緒、家も隣、両親同士も仲が良くむしろ兄妹のような距離感で仲良くしている親友だ。
……改めて思いなおすとコテコテのラブコメの住人じゃないか設定とかもはや使い古されすぎて古典の領域まであるぞ。
「すず、今日も一段と元気があるな」
「そりゃ私の取り柄と言えば元気があることですから!」
……元気なことはとてもよいことで。
少しはその元気を分けてほしいものだ。
ふんすっ!とない胸を張ってドヤるんじゃありません。
「……なんか、文句でも?」
ジト目でこちらを見てくる鈴音に少しドキリとすると。
――すず!おはよう!
「あ!あかりちゃんおはよう!ちょっと呼ばれたからいってくるね!」
何処からか鈴音を呼ぶ声が聞こえてきて、ズビューンとでも効果音がつきそうな感じで呼ばれるがままに去っていった。
毎度のことながら嵐のようなヤツだな。
「そういえば、ともはなんの部活に入るのかもう決めたのか?」
「いやぁ、そういう僕もまだ決めかねてるんよ。正直湊人が決めたんなら参考にさせてもらおうかなと思ってまして」
胡散臭そうな笑みを浮かべながら笑う智久は楽しそうにいった。
珍しい?こともないか……
いつもは、マイペースと言いますか、自分の芯をしっかりと持って行動しているように思っていたけど、よくよく考えてみるとファミレスのドリンクバーやゲームなど色々と意見を聞かれていたような気がする。
――学校のチャイムが鳴ると同時に教室のドアの開く音がした。
「おーい、お前ら席につけ!って今日の日直は誰だ黒板を消してないじゃないか!」
――せんせーすみませーん
ガヤガヤとした毎日の朝が始まる。
風が吹き込む窓際の一番後ろの特等席、クラスが一望できるそこからぼんやりと眺める景色は……
何気ない日常ってそれだけで価値のあるものだと思います。
その時は気づかなかったとしても何年後かには大切な宝石のように