6.雨と螺旋階段
螺旋階段は当たり前にそこにあった。ユリアとのできごとは私の妄想だったかもしれない、と思えるほどに。
「すいません、この階段って写真撮っても良いですか?」
「ええ、かまいませんよ」
(水をぶっかけても良いですか?)
(ぐちょぐちょになるまで濡らしてやっても良いですか?)
(キスしても良いですか)
(この階段とセックスしても良いですか?)
その日は大雨が降って、傘や靴からこぼれる水で校舎の床に水溜りができるほどだった。
螺旋階段も濡れているはずだ!
四号館に行くと、入り口付近に四十人くらいの人だかりができていた。何かあったのかという期待もあったがそれは、ただの雨宿り客だった。
その人たちをかき分けて、一刻も早く、雨に濡れた螺旋階段が見たかった。あの校舎みたいに水溜りになっているのを。
引力、きっと私を惹きつけるものがあるはずだと思っていた。
でも、そんなもんか。
踏み板の水溜りを蹴飛ばすと、楕円になった細かい水滴がピッと飛んだ。
飛んだだけだった。
これが、私にとって一番うつくしかったもの。私の中で美化しすぎたもの。むしろ清々しかった。
結局私は男の人が好きだ。でも男の人が怖くて、そもそも人と仲良くなれなくて、そんな自分が周りの人とは違うと思いたかった。ありきたりな悩みを持った人間だ。だから、記憶と想像でこしらえた水と螺旋階段に欲情するしかなかった。
別に好きじゃない。ユリアも、水も、螺旋階段も。何も好きじゃない。
この感情は全部、偽物なんだ。じゃあ、ほんものってなんだ。