4.螺旋階段の空想 エピローグ
いくら螺旋階段がうつくしいからと言って、人間がすれ違う度にいとも簡単に恋をしてしまうような生き物だったら大変だ。
しかし、もしそんな恋が簡単に始まってしまったらそれは運命だろう。
この話は私の、螺旋階段の空想でしかない。だが全くの嘘ではないのだ。螺旋階段で出会った男と女がいた。四号館がまだ一年生のゼミの校舎として使用されていた頃、ある男が一人の女に興味を持ち、螺旋階段を降りてゆくところを追いかけた。それは素晴らしい顔立ちだったからだ。鼻が高い瓜実顔で両眼はくっきりと大きく唇はふっくらとしていつも濡れているような。誰もが目を引く存在だった。長い髪をかき上げると生まれつきの鋭い目が現れる。ほとんどメドゥーサである。そんな彼女が振り返った瞬間、男は足がすくみ、体が硬直し、階段から落下してした。しかも彼女に見下ろされたまま立ち上がることができなくなってしまったのだ。
女は鼻で笑い、
「格が低い」
と吐き捨て、素知らぬ顔をして去ってしまった。男は脚の骨を折っていたのに。
しかし男はそれをきっかけにすっぱり彼女を諦めることができた。それは男にとっては最終的に幸運なことだった。脚が完治した頃、彼はエレベーターに乗るのを手伝ってくれた人を代わりに恋人にした。
だが、私にとってそれは敗北である。ロマンスでエレベーターに負けたことが悔しくて悔しくて三ヶ月も不眠に苦しんだものだ。(螺旋階段とて夜になったら眠る)その眠れぬ夜にこの物語を創作したというわけである。
私はもう空想に飽きてしまった。だから見物の少年と女が果たして恋を始めてしまったのかはわからない。誰も知らない。