3.螺旋階段の空想
おしゃべりしながらのんびり昇る学生たち。資料を抱えて慌てて昇る教授。舞うように昇る人やアクロバットを披露するがいてもいいのだが。
私は昇る者を強制的に踊らせる。腰を外側にひねらせてそれぞれのリズムでステップを踏ませているのだ。
とは言え、私が設置された四号館はK大学では最も古い校舎で、今は考古学の研究室が残っているだけでほとんど昇る人はいなくなった。大学院生と教授以外には、せいぜい雨宿り客くらいだろう。
しかし、だからこそ私の不思議な力が発揮されることもある。
それはもう五十年近く前、1980年ごろの話だ。
入学式の日に私のうつくしさに惹かれたある男と女がいた。女の方は踏み板ゆっくり舞ったり、軽く三拍子のタップを踏んだりしていた。一方で男の方はかがんだり背伸びをしたりしながら毎日私を撮っていた。
そして二人は出会う。
女は昇り、男は降りた、その時だった。。
そして階段ですれ違ったその後、女はひた、と立ち止まって言った。
「あなた、ちょっと待って頂戴」
「何か?」
男は低い声でそっけなく答えた。
「あなたとすれ違った瞬間、感じたの」
「一体何を」
「あたしたち結ばれる運命だと思ったわ!」
「本当かい?今、初めて会ったのに」
「ええ本当よ、冗談じゃないわ」
「驚いた!なぜかって、僕も同じ事を感じたんだ!」
私は人を踊らせてしまう。どうしても踊りたくない人ですら、私の上ではこの曲線に従って腰をひねりリズムを刻まなければならない。
私の中間部分で影を重ねた二人は、私のこの不思議な力のことを知らなかった。だから、伴に愛のダンスをしているのだと錯覚したのだった。それは何もおかしいことではないし、この完璧主義的な私のカーブに性欲を掻き立てられることもあるだろう。
それから二人は体育館裏で講義の時間を過ごし、食堂でデミグラスソースのオムライスを食べるなど、神秘的なデートを重ねた。
だが男は次第に大学に来なくなった。週五日間の繰り返しがあまりにも単調で退屈になり、ある日から通学を諦めるようになったのだ。さらに将来の不安も彼の腰を重くした。
女は、必要も無いのに私を何度も昇ったり降りたりしていた。こうしていると、あのとき男と出会ったよろこびを何度も味わえるし、さみしさを紛らわすこともできた。
昇りきり、次は降りようというとき、女は大学の見物に来た少年とすれ違った。
女はひた、と立ち止まった。