04. ヤモリもどきと川登り
空腹ではないかと聞かれ、連れてこられたのは世界樹のすぐ脇で実を成す果実の前だった。
「食べたい時に、食べたいものを食べて良いんだよ」
そう言いながら、ティアは既に足元に実っている苺を次々と口に放り込んでいる。果実はどれも香ばしい香りを放ち、美味そうだ。近くにあったラズベリーを一つ口に入れてみる。
「甘い、もっと酸味があるかと思ったけど、とても美味い!」
自分が思っていたより、空腹だったのかもしれない。僕はベリーをどんどん口に運んでいく。ついでに、彼女の食べていた苺も試しに食べてみたが、それもとても瑞々しく甘くて美味かった。
(僕が今まで食べてきた果実の中で一番美味い)
聖域にある果実は全て聖果だった。聖果とはマナを回復させる効果を持つ、非常に貴重な果実のことだ。ティアは夢中で食べる僕に気を使ってか、近くに実る様々な果実を僕の横に積んでいった。彼女の行為は嬉しいが、さすがにこんなには食べきれない。
「ティア、とても美味しいんだけど、こんなには食べきれないよ。果実、摂りすぎても食べきれずに腐らせてしまうと悪いから、もう摂ってこなくて大丈夫だよ。ありがとう」
「果実は腐らないよ。このまま置いておいても、時間が経てば綺麗な空気になって大気に混ざって消えていくだけだから」
驚いた。ということは、ここにある聖果が、この洗練された空間を作り出す一助となっているということか……
「ねぇ、果実もう食べないの? お腹いっぱい?」
一通り食べ終えて果実に手をつけなくなると、ティアがこちらの様子を伺ってくる。腹は満たされたし、ここでしばらく暮らすなら、聖域についてもう少し詳しく知る必要があるだろう。
「あぁ、食べ終わったよ。ところで、僕はこの聖域のことを何も知らないから、もしよければ少し詳しく教えてくれないかな。例えば、決まり事とか禁止事項はあるのか?」
「そんなのないよ。ここはみんなで楽しく暮らす場所だから。私はいつも、みんなと歌を歌ったり、話をしたりして楽しく過ごしてるよ」
特にこれといった禁止事項はないらしい。ただ、彼らが当然と考えることが僕にとっては思いもよらない事柄である可能性もある。しばらくは、ティアの行動をよく見て学んでいくしかないだろう。
「そうだ、ルーシアに私の好きな場所を案内するね!」
ティアが「リョウ」と一声かけると、彼女の横に群青色の髪をした小柄な青年が姿を現した。
「川辺まで乗せて」
ティアがそう告げると、青年は巨大な龍に姿を変え、その背中に僕たちを乗せた。リョウは彼女の使役する風の精霊だ。龍となった彼はそのまま空高く舞い上がり、昼の青空を滑るように飛んでいった。
「これからどこに行くんだ?」
「きれいな場所だよ。ルゥイのすぐ下も綺麗だけど、ルゥイの森には他にも綺麗な場所がたくさんあるの」
リョウの背に乗りながら、僕たちは世界樹の周りを見渡していた。世界樹は小高い丘の上に聳え立っている。その丘の麓には川が流れており、川幅は目測で10メートルほど。広すぎず、狭すぎずといったところだろうか。川の水はとても澄んでいて、魚が泳いでいる様子がよく見えた。鳥が羽を休めていたり、精霊の姿も所々で見受けられた。リョウは森を上空から見下ろしながら、僕たちをその美しい川辺へと運んでいった。
「この川を登っていこう。ちょっとまっててね~」
ティアは川を泳ぐ不思議な生き物に近づき、声を掛けている。
「上流まで乗せてほしいの。お願いできる?」
それは、鱗に覆われた大きなヤモリのような生き物だった。ヤモリにヒレがついた魚のようにも見える。ティアはその生き物に話しかけているが、人の言葉が通じるのだろうか…… しかし、その生き物はティアの言葉を理解しているかのように、彼女の側に近寄り背中を川面に出して彼女が乗るのを待っているようだった。
「上まで乗せてくれるって。行こう!」
ティアはヤモリもどきの背に遠慮なく跨る。僕も共に乗るべきなのだろうか…… この得体の知れない生物に乗るのが少し躊躇われた。
「どうしたの? 早く乗って。この子に乗って上流に行くんだよ」
やはり、こいつに乗るしかないようだ。ティアが手を差し出してきた。仕方がない。彼女の促す声に応え、迷いを振り払い意を決して彼女の後ろに乗り込むことにした。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
ヤモリもどきはぐんぐん川を登っていく。流れがそれほど激しくないこともあり、このヤモリもどきが安定して泳いでくれるおかげで、意外と乗り心地は悪くない。
僕らが乗っているヤモリもどきの周りには、仲間のような他のヤモリもどきも随伴してついてくる。
この森はやはり美しい。流れに身を委ねながら景色を眺め、感慨にふけった。水は澄み渡り、その透明度は水底まで透けて見えるほどだ。純度の高さが証明されているようだ。水面が輝き、キラキラと光を反射している。川辺に茂る木々から垂れ下がる花々が、緑に彩りを添えている。空気は澄み渡り、一呼吸するだけで全身が浄化されるかのようだった。
前方からティアの楽し気な歌声が聞こえてきた。なんだか、その歌声に乗せられて自分まで楽しくなってくる。僕はしばらく流れに身を任せ、周りの景色を楽しんでいた。こんな気持ちは、はじめてだった。
ティアはリョウに乗って上流まで一気に行くこともできたはずだが、彼女はこの景色を僕にも楽しませたかったのかもしれない。川のせせらぎや森の美しさ、そして彼女の歌声―― それらすべてが、このひとときを特別なものにしてくれているのだと感じた。
「ここで降りるよ」
ティアに案内されて辿り着いたのは、小ぶりながらも美しい小滝だった。水が清らかに流れ落ち、辺りに心地よい音を響かせている。僕らは近くの川辺に降り立った。目の前に広がる景色に目を奪われ、その美しさに息を呑んだ。
周囲を見渡すと、宝石や鉱石で彩られた壮麗な岸壁が広がっていた。足元の岩や石は、ルビーやサファイア、ダイヤモンドなどの輝かしい宝石で埋め尽くされている。
「ここは一体何なんだ? まるで宝石箱の中みたいだ」
「ここは、私が子供たちとよく歌を歌う場所なの。子どもたちは、キラキラしたものや、綺麗なものが好きだからここによく集まるの」
「ここはなぜこんなに宝石が多いんだ?」
「宝石ってどれのこと?」
「足元にたくさん落ちているだろ、この赤や青、緑色に輝いている石のことだ。これは宝石の原石だ」
「色石ことだね。これは、子供たちが石や岩を磨いて作ったものだよ。本当に大切なものはずっと持っているか、どこかに隠して大切に保管してるよ。ここに落ちているのは、遊びで作ったものや作る途中で飽きて放置したものだよ」
彼女の説明に耳を傾けながら、僕は辺りを見渡した。足元に散らばるこれらの石はすべて宝石の原石で、その美しい輝きが目を奪う。
「綺麗だよね。みんなが集まって歌うことで色石ができるから、ここはキラキラ輝いているの。だから、子どもたちはここが大好きなんだ」
小滝の周りに集まっている精霊たちの声は、僕には聞こえない。彼らが今、この瞬間も歌を歌っているのか、それともただ静かに存在しているのか、わからない。
美しく幻想的な光景を目に焼き付けながら、神秘的なこの森の美しさに、ただただ感嘆するばかりだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
もし少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と感じていただけたなら、ぜひブックマークと広告下の【☆☆☆☆☆】をクリックしていただけると嬉しいです。
皆さんの応援が次のストーリーを書く大きな励みになります。
何卒よろしくお願い致します。