03. 承諾
無秩序なのに秩序的に、完全調和をなして色鮮やかに咲き乱れる花々。香しい香りが鼻先をくすぐる。木々には色とりどりの花々が飾りをつけ、まるで絵画の中に迷い込んだかのような光景が広がっている。どの色合いも調和がとれ、そこにいる者の気持ちを落ち着かせる。あちらこちらに何とも美味しそうな果実が実り、香ばしい香りを放ちながら訪れる者を誘っている。この場所を例えるならば、どのような言葉がふさわしいだろうか? そう、まさに理想郷だ。
ティアに促され、樹洞の外に出るとまず目に飛び込んできたのはこの光景だった。驚いたことに、この美しい理想郷にはたくさんの精霊が飛び交っていた。ティアのオーラに反射して見えているわけではない。辺りを見渡せば、そこかしこに彼らの存在を確認できる。最も、皆一様に半透明ではあるのだが。
「驚いたな、聖域の中にこんなに美しい場所があったなんて」
「ここはルゥイのすぐ下だから、一番きれいな所だよ。私も子どもたちもここが大好きなんだ」
そう言われて辺りを見回すと、目に入るのは自分たちが出てきた樹洞から続く幹だった。その太さに驚愕する。これが世界樹なのかと感嘆せずにはいられなかった。
「世界樹って、まさかこの木の事か? というか、これは本当に木なのか?」
「そうだよ。この木がルゥイ」
一言で表すならば、それは壁だ。横にも上にも終わりの見えない遥か彼方まで続く壁だった。
「こんなに大きいとは、想像を遥かに超えていたよ。ティアはこの世界樹と話をするんだろ? 僕がここでしばらく暮らすために、許可をもらわなくて大丈夫か?
今さらながら、ここで暮らすことについて世界樹の承諾を得ていなかったことに気づいた。ここは世界樹が守護する地であり、他人の領土に無断で踏み入るわけにはいかない。遅ればせながらも、許可を得る必要があるだろう。
「ルゥイはダメなんて言わないよ。呼んでみる?」
ティアが世界樹に向き直り、「ルゥイ」と一声かける。すると、折り重なった太い幹の上から一人の人物が姿を現した。
「人がこの地に足を踏み入れた代償を計らってあげたのに、ずうずうしくもここに住もうというのかい?」
彼は背の高い青年だった。その顔立ちには幼さが残り、子供と言われればそう見えなくもない。最も印象的なのは、瑠璃色に輝く双眸が一層その端正な顔を冷たく見せていることだ。まっすぐに伸びた若葉色の長い髪は、まるで神々しく光を放っているかのようだった。何も言わなくてもわかった。彼は人ならざる者、それも周りにいる精霊とは格が違う。彼こそが世界樹なのだろう。
そして、それは明らかに僕に向けられた言葉の槍で、歓迎されていないのは明白だった。ここは聖域、世界樹の領域だ。彼の意向が、この先の僕の立場を大きく決定するのだろう。発言には注意しなければ。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。ティアが僕を瘴気の中から救い出し、治療してくださったのはあなたのおかげだと聞きました。おかげでこの通り、身体は回復し無事に帰還できそうです」
「そう、なら早く帰りなよ。どうせティアに送ってもらうんだろ? それくらいならティアも力を貸してくれるだろうからね」
「そのことで、あなたに一つお願いがあります。しばらくの間、この聖域に住まわせていただくことはできないでしょうか?」
「君がここにいて、何ができるんだい? 歌を歌って子どもたちを楽しませる? 大地を清める? 私の心を癒す? 絶対に無理だ。何もすることがない者を置く道理はない」
世界樹は完全に僕の滞在を拒絶していた。ティアが歓迎しているから、当然世界樹からも嫌煙されることはないと思ってしまったが、どうする、取り付く島もない……
「ルゥイ! ルーシアは外で襲われたんだって。それで今、外にいるのは危ないんだって。また襲われるかもしれないんだよ。ルーシアが傷ついたら、私、悲しい! ルーシアが襲われなくなるまで、ここで暮らすのが一番安全なんだよ。私、ルーシアと過ごしたい!」
ティアの必死な訴えに、世界樹は静かに彼女の元へと降りてきて、額にそっと口づけをした。その目は、僕を見下ろしていた時とはまるで違い、優しい慈愛に満ちていた。
「ティアがこの龍の子と過ごしたいんだね?」
「うん! 私、ルーシアが心配。それに、また会えて嬉しいの」
世界樹は僕に向き直ると、再び冷たい目を向けた。ティアの時とはまるで正反対だ。
「ティアが君にいてほしいと言っている。それなら君がここにいる理由にはなるだろう。ただし、外から連絡が来たらすぐに戻るんだ。ここは君の居場所ではないよ」
ティアの一言で、冷たく拒まれたここでの生活がいとも簡単に許可された。世界樹はずいぶんとティアに甘いようだ。おかげで一時的ではあるが、ここでの居住権を得ることができた。