19. 王宮へ
翌日、ティアと共に王宮へ出発した。しかし、出発早々出鼻を挫かれることになった。王宮までの道のりが遠いため、転移で移動しようと考えていたのだが、最初の転移を行った際に彼女の不興を買ってしまったのだ。
「どうして急に転移したの! 私、転移嫌いなの! 本当にびっくりしたんだから!! 私、身体ある?」
「すまない、転移が苦手だとは聞いていたんだが失念していた。だが、王宮まではかなりの距離があるぞ。飛翔でも、この距離を移動するには数日かかるが大丈夫か?」
「別にいいじゃない。昔もリョウに乗って王都まで行ったことがあるし、またリョウに乗って行こう!」
「リョウは人目に付く。騒ぎになるといけないから、別の方法で行こう」
私はマレクに風竜を連れてくるよう指示を出した。風竜は風を操る能力を持ち、飛行速度が速く空中での機動性が高い竜だ。城には軍事用に調教された様々な種類の竜が数多く飼育されている。しばらくすると、マレクが数体の風竜を連れて戻ってきた。
ティアは風竜を物珍しそうに見ながら、声を掛けていた。調教されているとはいえ、竜は非常に敏感で気性が荒く神経質な生き物だ。慣れない者がむやみに近づけば、怪我では済まない。
「ティア、危ないから顔の近くには寄らず、そっと背中に乗ってくれ。一応私もいるし、制御しているから怪我をすることはないだろうが、それでも竜は敏感な生き物だから刺激しない方がいい」
「でもこの子、挨拶してくれたよ。私、すぐに仲良くなれると思う」
そう言って、ティアが風竜の背をそっと撫でると、竜は顔を近づけて頭を下げた。これは、竜が信頼する相手や服従した相手に見せる行為だ。竜はティアに心を許しているようだった。
「驚いたな、ティアは精霊の言葉だけでなく、魔獣の言葉も理解できるのか? そういえば、聖域でも魔獣や獣に話しかけてたよな」
「言葉は分からないけど、気持ちは何となく分かるよ。この子も、きっと私に親しみを感じているんだと思う」
竜はティアに甘えるように身体を摺り寄せていた。警戒心の強い竜が、初対面の相手にここまで友好的に接する姿など見たことがない。彼女の不思議な魅力に改めて驚かされた。
ティアを自分の前に乗せ、上空へと滑空する。彼女が落ちないように腰を引き寄せた。彼女の香りが鼻腔をくすぐり、胸の奥から込み上げてくる感情を必死に抑えた。
ここからは長旅になる。王宮に着けば、また忙しくなるだろう。ゆっくり話す時間も取れないかもしれない。今のうちに、聖域での暮らしや国に入ってからどのように過ごしていたのかを聞いておきたいと思った。
「ティアは、聖域を出るまで、どのように過ごしていたんだ?」
「私は歌を歌っていたよ。ルゥイや子どもたちと一緒に。それから森を走ったり、湖で泳いだり、子どもたちの話を聞いたりしてた。ルーシアと一緒にルゥイの森で過ごした時と変わらないよ」
「そうか……」
「ルーシアはどうやってそんなに大きくなったの? 肉を食べると大きくなるの?」
「そうだな。食事も睡眠もしっかりとれていたし、父も母も背が高いから遺伝もあるだろうな」
「遺伝って?」
「親に似たんだよ」
「そういえば、王も大きい人だったよね」
「それに、龍族の中でも私たちのような純粋な龍種と、ピクシーのような小柄な種族がいる。私たちは特に他の種族に比べても比較的身長が高いんだよ」
ティアはその説明に納得したようにうなずいた。風竜の背中で揺られながら、彼女は新しい知識を吸収しつつ、楽しそうに風景を眺めていた。
「なぁ、ティアは…… どうして聖域を出ようと思ったんだ?」
昔も同じような質問をしたことがある。だが、あの時と違うのは、今ではティアを信頼しているという気持ちだった。この60年間、何の音沙汰もなかった彼女がなぜ急に聖域から出ようと考えたのか、どうしても知りたかった。
(君は、私との約束を覚えているか?)
「私、18歳になったの。もう大人なんだよ。聖域の外では、大人は生きるためにみんな仕事をするんだって、そうして各自が役割を持って生きているの。私も人だから、外の人たちみたいに役割を持って生きてみたらいいってルゥイが言ったの」
「それで、外に出て仕事をしようと思ったのか?」
「うん、そう。もともと私はルゥイを喜ばせることが自分の役割だと思っていたの。でも、人としての役割も大切にしたいと思ったの。ルゥイがそう言ってくれたから」
彼女はただ、人として皆と同じように生きてみようと思っただけだ。それも、世界樹に言われて…… 急に気持ちが沈んでいくのを感じた。彼女に、忘れられていたわけでもないのに……
「それなら、なぜ王宮へ行こうと思ったんだ? 国に入った時、最初に王宮へ向かおうとしたのだろう?」
「ルーシアと約束したから、会いに行こうと思ったの。でも、王宮には騎士がたくさんいると聞いていて、捕まりたくなかったから会いに行けなかったの」
それを聞いただけで十分だった。ティアが約束を覚えていて、私に会おうとしてくれた。その事実が、私の閉ざされた心を温かく満たしていった。
耐えきれず、私はティアをそっと腕の中に包み込み抱きしめた。
「騎士たちはもう君を襲わない。ティアを傷つけた者たちはすでに罰せられた。もう君を傷つける者は誰もいないよ。だから安心して」
ティアと私は風竜に乗り、途中休憩を挟みながら一日中飛び続けた。ある程度大きな町に行けば転移門がある。その門を経由して王都まで行けば、移動も早い。転移門での移動は術式による転移より身体への違和感がほとんどないため、彼女も怖がることなく王宮まで移動できるだろう。
「ここが宿? 人が泊まるための店があるんだね!」
「今日は、この宿に泊まろう。明日になれば大きな町に着くから、そこからは転移門で王都まで移動しよう」
「転移門って何?」
「門と門をつないで長距離を移動できるんだよ。術式で行う転移よりも、身体への負担が圧倒的に少ないから、違和感もほとんど感じないはずだ」
「本当? 転移でしょ? 私、あのフワッとしてゾワッとして、身体がなくなりそうになる感覚が嫌なの。本当にそうならない?」
「そうならないはずだ。一度試してみて、どうしても怖いと感じるならまた風竜で移動しよう」
ティアが寝台にジャンプした。その無防備な姿に戸惑いながらも、夜も遅いため挨拶をして部屋を出ようとした。
「どこに行くの?」
「私は一度王宮に戻るが、何かあれば外にいる護衛に声を掛けて」
「どうして王宮に戻るの? もう夜だよ、寝る時間だよ?」
ティアの言葉を聞いて、彼女が慣れない旅に不安を感じているのではないかと心配になった。私も一緒に宿に泊まるべきだろうか……
「ティア、もし心配なら、私も隣の部屋を借りるよ。何か困ったことがあれば、遠慮せずに言ってほしい」
「どうして隣の部屋なの? せっかく会えたのに、一緒に寝ようよ」
彼女はその意味を分かっているのだろうか…… 子供のころならまだしも、今の私には彼女と同じ部屋で過ごすことは到底受け入れられなかった。
「ティア、この部屋には寝台が一つしかない。二人で寝るには少し狭いから、明日に備えて君はゆっくり体を休めたほうがいい」
「くっついて寝れば大丈夫だよ」
(私は大丈夫ではない!!)
「ティア、大人になると男女は寝所を共にしないものなんだよ」
「寝所って?」
「眠る場所のことだ。それがこの地の常識だ。覚えておいてほしい」
「常識って何?」
「皆が共通に持つ考え方や決まりのことだ」
「大人は一緒に寝ないの? 変な決まり!」
子どもの頃、私たちは並んで寝ていた。彼女にとって、急にそのような常識を言われたところで納得するのは難しいだろう。私はため息をつきながら、どう説明すればいいのか考えた。
「ルーシア、私が抱きしめてあげたら眠っていても苦しくなくなるよ。一人でちゃんと眠れるの?」
彼女は何より私のことを心配して、共に寝ようとしていたのだ。その思いやりに胸が熱くなった。
「もう、悪夢は見ないんだ。ティアが抱きしめてくれたから。あれ以来見なくなった。私は一人でも眠れるよ。ティアもゆっくり休んで」
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