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16. 裏路地の市場

 今日は月に一度の買い出しの日だ。マーロウは隣町まで馬車で店の食材を買いに出かける。普段は一人で行くこの買い出しに、今回は無理を言って私も同行することになった。マーロウの店で働くようになってから1ヶ月、村の外の世界を知らない私は、他の町にも強い興味を抱いていた。他人に決して話しかけず、気配を気取られないようにすると言う約束を交わし、町へ向かった。


 馬車の揺れに身を任せながら、初めて見る景色に胸を躍らせる。マーロウは時折、私に注意を促すように目配せをしながら静かに馬を操っていた。こうして、私の初めての隣町への冒険が始まったのだった。


 町に到着すると、マーロウは馬車を市場の近くにある馬車宿に停めた。馬車宿は、買い物や物を売る人々が利用するために設けられた広場で、多くの馬車や荷車が整然と並んでいた。マーロウは馬車を頑丈な鎖で固定し、馬に水を与えるための桶を用意した。


「ここに置いておけば安心だ。買い物が終わるまで動かないように、しっかり固定しておこう。ティア、買い物が済んだらここに戻ってくるから、この場所を忘れないようにしっかり覚えておくんだぞ」


 彼は私に優しく言い聞かせた。こうして、私たちは買い出しの準備を整え市場へと足を踏み入れた。初めて訪れる町の市場は活気に満ちていて、目新しいものばかりで私の好奇心はさらに膨らんだ。


 市場にはさまざまな店が軒を連ね、多くの食材が豊富に揃っていた。活気があふれ賑わう人々の中、マーロウは慣れた様子で人の波を巧みにかわしながら、次々と食材を購入していく。


 私も初めは彼と離れないように注意深くついて歩いていたが、市場の物珍しさに一瞬気を取られ、気がつくと彼を見失っていた。町の人々は皆背が高く、小柄な私は人波に押し流されていつの間にか見知らぬ路地に入り込んでしまっていた。


(ここは一体どこだろう……)


 道を引き返すべきか考えたが、どのみちあの人の波ではマーロウを探すことは難しいだろう。そう結論付けて、私はそのまま路地を進んでいくことにした。


 路地は薄暗く、表の市場とはまるで別世界のような雰囲気だった。しばらく歩いていると、微かに人々の話し声が聞こえてくることに気づいた。マーロウに会えるかもしれないというわずかな期待を胸に、そのまま進んでいくと、そこには露店が軒を連ねる隠れた市場が広がっていた。


 私は興味を引かれ、市場に足を踏み入れた。そこには様々な商品が並んでいたが、先ほど表の市場で見た食材や日用品とは異なり、見慣れない置物や奇妙な道具、瓶詰めの液体、この地の人々が宝石と呼ぶ色石、そして生きた動物などが売られていた。動物が売られていることにも驚いたが、どの商品にも値段が書かれていないのがさらに不思議だった。本当に市場なのかさえわからなくなってくる。


 しばらく店を見て回っていると、少し先の露店から見知った顔が出てくるのが目に入った。それは、いつも村で私の薬草を買い取ってくれる薬屋の店主だった。


「店主、買い物してるの?」


 突然姿を現した私に驚いているのか、一瞬動揺した顔をした店主だったがすぐに私だと気づくと「あぁ、君かと」ほっとした様子で答えた。


「ところで、こんなところで何をしているんだい?」


「わたし、マーロウと買い出しに来たんだけど、途中ではぐれちゃったの。人が多くて、マーロウを探しているうちにここを見つけたの。ここにも市場があるみたいだから、マーロウがいるかと思って」


 店主は一度、周囲を見回した後私に向き直り、低い声で言う。


「ここは裏の市場だ。表の市場とは違って、表立って買い取れないものが売買される場所だ。マーロウがここに来るとは思えない、あの男はこういった場所を避けるはずだからな」


「表立ってって、普通じゃ買えないものが売られているの?  動物も売られていたよ。それに、見たことがない不思議なものもたくさんあった。値段は書かれていなかったけど」


「闇市では値段が書かれていないのが普通だよ。理由はいくつかあるが、主に交渉で価格が決まるからだ。商品の希少性や品質も時期や需要によって変わるし、買い手の背景に応じて価格を変えることもあるんだよ。まぁ、理由はそれだけじゃあないんだがな……」


 難しい言葉が出てきて、完全に理解したとは言い難いけれど、少なくとも値段が話し合いで決まることは分かった。世の中にはそんな買取方法もあるのかと感心してしまう。


「店主はここに何を買いに来たの? この市場に売られている動物たち? それとも、この市場で売っている不思議な道具?」


 私がそう尋ねると、店主は一瞬目を泳がせて私から目を逸らした。しばらくの沈黙の後、店主はやや気まずそうに口を開いた。


「まあ、色々とね……」


 それだけを口にし、詳細については語らなかった。店主の曖昧な返答に買い物の内容が気になりつつも、私にはマーロウを探すと言う目的がある。そう長くここにいるわけにもいかない。


「店主、私、マーロウを探さないと。そろそろ行くね」


 そう言って、私はその場を後にしようとした。


「ティナ、お前馬車でここに来たんじゃないのか?」


「そうだよ」


「だったら、馬車宿に行けばマーロウに会えるはずだ。はぐれたんなら、マーロウもきっと心配してそっちに戻っているかもしれないぞ」


 確かに言われてみればその通りだ。マーロウには馬車宿の場所をよく覚えておくように言われていた。帰りも馬車に乗って帰るのだから、そこで待っていればマーロウと再会できるはずだ。思いがけない朗報に安堵の気持ちが広がった。


「馬車宿までの道は分かるかい?」


「表の市場まで出れば多分分かると思うけど、人が多くて途中で道が分からなくなるかも」


「なんだ、結局分からないのか…… 仕方ない。馬車宿まで送っていくよ」


 薬屋の店主に連れられて馬車宿までたどり着くと、そこには落ち着きなく辺りを見回すマーロウの姿があった。彼を見つけて、ようやく再会を果たすことができたのである。




 ―――




 マーロウと町に出かけた数日後、私は種類ごとに束ねた薬草と果実を持って薬屋を訪ねた。先日、馬車宿まで案内してくれた薬屋の店主にお礼をしたいと考えたためだ。店主は私の薬草を非常に気に入ってくれて、また多く買い取りたいと言っていた。今日はいつもより多めに持参した薬草に加えて、お礼の品としてルゥイの果実もいくつか持ってきた。


「今日はずいぶんと多いんだな。こんなにたくさん、しかもこれだけの質の物をいつもどこで採って来るんだい?」


「ルゥイがくれるんだよ」


「そのルゥイって人はずいぶんと親切な人なんだな。今度、紹介してくれないか?」


 私たちが和やかに話していると、不意に別の声がその会話を断ち切った。


「少しいいか? 店主、お前に聞きたいことがある」


 その瞬間、まるで全身を冷たい風が吹き抜けたような緊張が走った。店主に話しかけている人物は、私が決して会ってはならない存在だった。それは、今まで避け続けてきた騎士だったのだ。二人の騎士が、私のすぐ横で店主に話しかけている。


「最近、このエルドレイン領で薬をはじめとする薬草の値段が急騰しているのは知っているか?」


「はい、それはもちろん。店の商品に関わることですから」


「原因を調べたところ、どうやら違法な経路により上質な薬が密売されていることが分かった。そして、その売買経路を追跡した結果、薬の原料になる薬草がお前の店で取引されているという証言が得られたのだ」


「そ、そんな…… 何かの間違いでは? こんな片田舎の店で扱う薬草なんて、たかが知れてますよ。薬草の買取顧客名簿もお見せしましょうか?」


「もちろん名簿も調べさせてもらう。ただし、店に置いてある商品も全て調査させてもらうぞ」


「ちょ、調査とは……?」


 店主は戸惑いの表情を浮かべていた。私は、彼らに気づかれないように細心の注意を払いながら、店を出なければならない。幸いなことに、店主は私の事情を知っているため私がここにいることは黙っていてくれている。今のうちに外に出なくては。私はそっと踵を返し、外に出ようとした。


「まずは、このカウンターにある物から数値を見させてもらうぞ」


「ま、待ってください! それは、私の物ではありません! そこにいる娘が今私に売りつけようとして持ってきたものです」


「!!?」


 私は耳を疑った。店主は私の事情を知っている。それなのに、今、私がここにいることを明かしたのだ。騎士たちは店主の指さす方角を見つめ、再び店主を見返した。


「娘などいないぞ、何を言っているんだ!」


「その娘は普段から姿を隠す衣服を身に纏っているんです。そうだ、この間も闇市でその娘を見かけました。もしかしたらその娘は、この店だけでなくその闇市でも薬草を売る常連なのかもしれません。だから薬の値段が高騰したんですよ! きっとそうに違いない!」


 店主が矢継ぎ早に話し終えると、騎士は私に向き直り鋭い視線をこちらに向けた。騎士がこちらに向かってくるのを見て、私は素早く踵を返し急いで店を駆け出した。恐ろしくて後ろを振り返ることができない。とにかく一刻も早く遠くに逃げなければ!


 マーロウの店に逃げ込むべき? でも、薬屋の店主が私のことを騎士に話してしまった。もうこの村にはいられないかもしれない。どこに向かえばいいのか分からないまま、とにかく足を動かした。村の外に出よう、そう決めて先の角を曲がった途端、曲がった先にいた人物と盛大に衝突した。


 転倒する! 衝撃を覚悟して目を瞑ったが、想像した痛みは襲ってこなかった。目を開けると、目の前の人物が私の腕をしっかりと掴み、驚いた顔で私をじっと見つめていた。


「君は……」


 その人物は何かを言いかけたが、私の注意は後ろの追手の存在に向かっていた。振り返ると、こちらに向かって猛然と走り寄ってくる騎士の姿が見えた。


 その瞬間、全身に鳥肌が立ち体中に緊張が走った。私には、騎士たちに苛まれた記憶が、今もなお鮮明に脳裏に焼き付いていたからだ。


(追いつかれる!)


 そう判断するや否や、私は目の前の人物の腕を振り払い一目散に上空へと飛び立った。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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