15. 甘い香り
薄暗い照明の下には、いくつかの丸いテーブルが置かれていた。カウンターの後ろには、たくさんの飲み物のボトルが並び店主がその中央に立っている。
室内では、食事を楽しむというより飲み物を飲みながら談笑している人たちが多かった。 顔を赤く染めて机に伏している人、笑っている人、どこか怒っているような人と様子はさまざまだ。
私は彼らに気づかれないように、店主のそばまでそっと歩み寄りカウンター席の端に座った。
テーブルの上のメニュー表を見ると、まず最初に目に入ったのは「ドリンク」と表記された文字だった。その下には、見たことのないメニューがずらりと並んでいる。
(どれが美味しいんだろう……)
周りを見ると、みんな飲み物を飲んでいるので、この店は食べ物より飲み物を楽しむ場所なのだろうと一人納得する。とりあえず、何か注文することにした。
「店主、甘い飲み物ある?」
店主は私に声を掛けられると、驚いたように振り向いた。私は封装を着ているので、店主にとっては突然の客の登場に困惑しているのだろう。店主は私をじっと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「もしかして、あなたはこの村を救ってくれた救世主様ではないですか?」
突然の発言に戸惑う。店主はどうも私のことを知っているような口ぶりだった。
「私、ティアっていうの。あなた、私の事知ってるの?」
「ここは酒場ですからね。色々な情報が集まるんですよ。最近、この国を救った救世主が食堂亭に滞在しているという情報も入ってきました」
私は普段封装を羽織って生活しているが、それでも私の存在が噂になっているらしい。この話が更に広まれば、私の居場所が騎士の耳にも届くかもしれない。私は身震いした。
(近いうちに、場所を移動した方がいいのかな……)
「甘い飲み物をご要望でしたね」
店主は薄青色の液体を金属製の容器に注ぎ、まるで精霊が森の中を舞うかのように滑らかな動作でその容器を振った。そして、容器の中の液体をグラスに注ぎ、それを私の前に置いた。
「妖精の森です」
「綺麗な色だね」
「このカクテルは、妖精の住む森や彼らの踊る姿をイメージして作りました。味はオレンジと花の蜜をベースにして、甘みをプラスしていますよ」
「妖精って何?」
「妖精は自然界の精霊で、小さくて美しい存在です。森や花に住み、魔法の力を持っていると言われています」
「そっか、外では小さい子どもたちのことを妖精と呼ぶんだね」
匂いを嗅いでみると、さわやかなオレンジの香りが鼻先を抜けていく。一口飲んでみると、店主の言った通り、口の中でオレンジのわずかな酸味と蜜の甘みが広がっていった。カクテルの、冷たい口当たりが何とも心地よい。
「おいしい!」
つい、独りごちる。
逆三角形の頭に長い脚を持つ、不思議な形のグラスを片手に勢いよくそのカクテルをゴクゴクと飲み干す。すると、今度は別の味にも挑戦したくなった。
「他にも作って、甘いものがいい!」
「救世主様、カクテルってのはそんな一気に飲むものじゃありませんよ? まぁ、お望みとあらばお作りしますがね」
―――
時刻は夜の9時を過ぎている。内心、俺は焦っていた。いるはずの時間帯にあいつがいなかったからだ。別に子供じゃないし、一人で夜に出歩くこともあるだろう。だが、あいつはトラブルメーカーで、村中の騒ぎの的になるかもしれない奴なんだ。おまけに世間知らずで、不法入国者な上に国家騎士にも追われている。そんな奴を夜中に一人、放っておけるわけないだろう。
少しでも目を離せば、また騎士に掴まるかもしれない。今まであいつをかばっていたおやじ達が、危険にさらされるかもしれないんだ。これはあいつのためじゃない。そう自分に言い聞かせながら、俺は必死にあいつを探した。
ちょうど、酒場の前に差し掛かった頃、店の中から外に向かって金と銀の美しいオーラが広がっていくのを目の当たりにした。
(なんだ、これは!?)
誘われるように酒場に入っていく。酒場は半地下にあり、通常この時間帯なら階段を下りると中の喧騒が外まで聞こえてくるものだが、今は静まり返っていた。扉を開けると、まず聞こえてきたのは美しい歌声だった。
声の主は実に陽気で楽しそうに歌っていた。見知った顔が、周りを気にせず堂々と歌を披露するその姿は、見ているこちらまで楽しい気分にさせられる。
しかし問題は、歌っている者が素性を明かしてはならない人物であるということだった。それなのに、彼女は自ら周りに存在を明かしているのだ。これでは封装が意味をなさない。俺は慌てて彼女に駆け寄った。
「ティア、何してんだ!! こんなところで歌なんて歌って! オーラも駄々洩れじゃねぇか!? 周りからも注目を浴びてるぞっ!」
周囲を見渡すと、皆ティアのオーラに呆然としていた。酔っ払いが多いのだろう、やっかまれる前に早く立ち去らなければ。
「ダミアンッ、あのねぇ~、とぉ~っても甘くって美味しいカクテルを飲んでたの。酒場って良いところだねぇ。なぁんで来ちゃダメって言ったの? こ~んなに美味しいのにぃ~!」
ティアは頬を桃色に染めて文句を言いだした。舌がもつれている上に、俺の言葉が届いていない上に、状況判断ができていない! 酔っぱらっているな!
「言いたいことは山ほどあるが、とにかく早く帰るぞ!!」
俺はティアの手首を掴み、無理やり引き寄せた。抵抗されるかと思ったが、力が入っていないのかすんなり椅子から立ち上がり、そのまま勢い余って俺の腕の中に飛び込んできた。
甘い香りがふわりと香り、ドキリとする。
「もっと、飲みたいんだけど……」
「だめだ! この酔っ払い、封装も意味をなしてないじゃないか……」
俺はティアの額を軽く小突いた。
「マスター、今日の分はツケにしておいてくれ」
ティアの手を引きながら、月夜の夜道を二人で歩く。途中「眠い」と言ったティアは、何の断りもなく俺の背中にダイブした。文句を言おうと後ろを振り向けば、香しい香りが鼻腔をくすぐる。途端、心臓が跳ねた。
仕方なくそのまましばらく歩いていると、数分も経たないうちに彼女の気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。人の気も知らずに呑気なものだ……
背中から伝わる体温が、自分とは違う存在を嫌でも意識させる。星が輝く夜空の下、俺はその重みを感じながらも足元だけを見つめて前に進んだ。考えないように、思考の波を別の意識へと向けなければ。自分たちの関係はそういうものではないのだから。
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