14. 薬草売買
朝起きると、私はこっそりと家を出た。人目を避けて村を出れば、そこからはもう自由だ。リョウを呼び出しいつもの場所へ向かう。
村から西へ進むと、そこには広大な森林が広がっている。以前は、瘴気に侵された森だったが、ナザレ村の近くに住む精霊の子どもたちが、この森が再び美しくなれば嬉しいと言っているのを聞いて、私が浄化したのだ。それ以来、その子たちと仲良くなり、毎朝その場所で歌を歌うのが日課になった。
一通り歌い終わった後は、店に戻る。マーロウは既に仕事を始めていて、私はヘレナと一緒に朝食をとった。朝食を済ませた後、家の掃除と洗濯を手際よく片付け一階へ降りると、店内から賑やかな声が聞こえてくる。
私の仕事は単純で、溜まった皿を洗って棚に戻すだけだ。洗うといっても、洗剤を水滴で滑らせて一気に汚れを落とした後、水で洗い流せばあっという間に皿洗いは完了する。ちなみに、手動で行っているわけではなく、全て水の子の力を借りているからここまで手際が良いのだ。
私は、次に皿が溜まるまでやることがなく、いつも時間を持て余す。厨房で忙しく働くマーロウを横目で見つつ、時に食堂でせわしなく動くヘレナを見ながら皿が溜まるのを待っていた。封装を羽織れば表立って動くこともできるが、姿の見えない私にはヘレナのように接客の手伝いは出来ない。
一度、暇を持て余して、水の子の力を借りずに自分で洗い物を試みたことがあるけれど、皿を割ってしまったり、容量が悪くて洗い場がどんどん溢れていったりして、自分一人で洗い物をするのは諦めた。多少暇でも、周りに迷惑を掛けずに仕事を円滑に進めるためには、やはり子どもたちの力を借りた方が良いと思った。
「ティナ、ちと早いが昼飯食っちまえ。休憩にしろ」
待ちに待った昼食の時間がやってきた。私は食堂のカウンター席の端に座った。ここが私の定位置だ。マーロウの作る食事は絶品で、一日の中で楽しみのひとつなのだ。
「いただきま――――――アッ!!?」
「うまっ!!」
突然背後から現れたダミアンに、私の貴重な昼食を一口かっさらわれた!?
「おやじ、俺にも何か作ってくれ、腹ペコなんだよ」
「バカヤロー!! ただ飯ぐらいにやる飯はねぇ!!」
「ッチ! なんだよ! ケチくせぇなぁ~」
ダミアンは私の横にドカリと座り込むと、机に突っ伏して私を睨みつけた。私があげないわけじゃないのに……
「私、封装を着てるのに、どうしてここに座ってるのが分かったの?」
「ばぁか、昼時にカウンターに飯が置かれておやじが昼食だって言ってたら、大体お前がここに座ってるんだよ」
「ダミアン、お腹空いてるの?」
「あぁ、腹ペコで死んじまいそうだ。薄情なおやじは息子だろうと、タダで飯は食わしてくれねぇみてぇだしな」
ダミアンは笑いながら話しているけれど、もしかしたら食事を買う金がないのかもしれない……
「ダミアン、一緒に食べよう! 私のを半分あげる!」
「は!?」
「金ないんでしょ? 私、夕食も貰えるし、もし足りなかったらルゥイに果実出してもらえるから。あ、ダミアンにも後で果実あげるね!」
「ち、ちげぇよ!! 勘違いすんな! 金はある!! ったく、真に受けんなよな……」
彼は何故か顔を赤くして怒っている。
「そうだぞティア、こんな奴に食事を分けてやる必要はない。それはティアの分だ」
そう言うと、マーロウはダミアンの前に食事を差し出した。なんだ、ちゃんと彼の分を準備していたみたい。安心して、私は自分の食事に口をつける。
「ダミィ、あんたまた帰ってきたの? 最近よく帰ってくるねぇ。気になる人でもいるのかい?」
後ろからヘレナが楽しそうな声で問いかけてきた。息子の顔を見られてきっと嬉しいのだろう。
「そんなんじゃねぇよ! おやじの店に、人間っぽい居候が住み着いてるんだ。悪い噂が立たないか気にしてるだけだ!」
昼食を食べ終えた後は、少し時間がある。私は今日の目的を果たすために外に出た。
「どこに行くんだ?」
なぜかダミアンが付いて来た。
「今日はやることがあるの。でも、午後も仕事があるからあまり時間がないの。急がないと」
「ふぅん……」
ダミアンは頭の後ろで手を組んだまま付いてくる。興味なさそうなそぶりを見せながらも、離れる気配はなかった。
「村の外に行くけど、一緒に行く?」
「暇だし、付いて行ってやるよ」
リョウと一体となって飛び立った。これなら目立たずに、早く外に出られるからだ。
「お前、無許可で飛ぶのは法律違反だぞ、気をつけろよ!」
「飛ぶことに許可がいるの? いったい誰の許可が必要なの?」
「国の許可だよ」
「国? 国の誰が許可するの?」
「資格がいるんだよ。国から許可された奴だけが飛ぶことを許されているんだ。飛翔という行為自体、生死を分ける危険な行為だからな」
知らなかった…… 私は今まで自由に飛んでいたけれど、特に誰からも怒られたりはしなかった。意外な事実に気付かされ、自分の無知を痛感しながらしばらく飛んだあと、村から離れた森の中に降り立った。
私はルゥイに、店で売れる薬草を出してほしいと頼んだ。地面から次々と芽を出す様々な植物。これらは、この地で薬草と呼ばれているものだ。私はそれらを種類ごとに紐で束ねた。
「おい、今のなんだよ? どうして植物が地面から出てくるんだ? お前、何したんだ?」
ダミアンは目を大きく見開き、驚いたように地面を凝視している。目の前で起こったことが信じられないといった様子だ。
「ルゥイは世界樹なの。薬草を売るために、ルゥイに薬草を出してもらったの」
「お前、本当に聖域から来たのか……?」
「そうだって言ったじゃない」
「…………」
その後、村に戻り薬屋に立ち寄った。薬草を売るのは今回が初めてではない。この店の店主は、偶然にも私が初めて食堂でマーロウと話していた時、ヘレナに飲み物のボトルを詰め込まれていた客だった。だから、私の事情を知っている。店主はいつも快く私が持ってくる薬草を買い取ってくれる。
「店主、今日も買い取りお願い」
「あぁ、ティナか。ティナの持ってくる薬草は質が良いから好評だよ」
硬貨を受け取り、挨拶をして店を出た。こうしたやり取りも慣れたものだ。
「ずいぶんと手際がいいんだな。まさか、ティナがこんな方法で小遣い稼ぎしてるなんて思ってもみなかったよ」
「小遣い?」
「あぁ~、まぁ、なんだ。それなりに、ちゃんと稼げてるってことだ」
そう、私も少しずつ金を貯めつつある。そこで、私はダミアンに向き合った。話さなければならないことがあるからだ。
「ダミアン、私、金少し貯まったよ。この封装、高かったって言ってたでしょ? いくらだったの?」
「あ~~~、それな、別に今払わなくてもいいよ」
「後で返すにしても、いくらだったか分からないと、返せないよ?」
「だ~か~ら~、今じゃなくていいんだって! 俺が返してほしいと思ったら、そん時に金額を言う!!」
「どうして? なんで今教えてくれないの?」
「だーーーー!! なんでもだ!!! この話はしまいだっ!!!!」
ダミアンは一人で歩いて行ってしまった。もう聞くことは出来ない。結局、封装がいくらだったのかは聞けないまま、私はその後、仕事に戻ったのだった。
―――
ティアがバレイスに入国した後、疾走したという知らせを受けたのが約1ヶ月前のことだ。その後も捜索を続けているが、現在も消息はわかっていない。新たな情報を得るために調査を続けているが、良い報告はまだ聞けていない。
「マグダルフ公、何か情報に進展はあったか?」
「リセル殿下、残念ながら今のところ有力な情報はありません。ティア殿の失踪から1ヶ月以上が経ち、捜査範囲をエルドレイン領から全域に広げていますが、時間の経過とともに捜索は更に難航するでしょう」
前回と同じような報告を受け、進展のなさに肩を落とした。
最初、ティアが聖域から国に入ったと報告を受けた時は信じられない気持ちと、一刻も早く会いたいという思いで胸がいっぱいだった。しかし、話を聞くと、彼女は国境で警備兵に乱暴され、その際に酷く負傷したということだった。
周りの者たちは言葉で説明するばかりで、真実を見せようとはしなかったが、国境警備兵の行動については取り調べの際の映像が残っているはずだと思った。私は権力を利用して、証拠となる映像をこの目で確認した。
見なければよかったとは思わない。真実は自分の目で確かめるべきだから。激しい怒りを抑えつつ、一刻も早く彼女を見つけなければと思った。
乱暴を働いた兵士たちは軍法会議にかけられ、すでに重い処罰が下された。奴らは魔力を封じられ、ゼーレで人間が暮らす内地に送られる予定だ。奴らは人間に酷使される最も屈辱的な労働が課せられる。直接手を下せないのが悔しいが、軍法会議での決定事項である以上、それ以上の刑罰は私刑を意味する。それは許されないことだった。
事件が起きてから1カ月以上が経過し、ティアの怪我の具合も気にかかる。気持ちは焦るばかりだ。自分の無力さに苛立ちを覚える。あの頃から何も変わっていない自分に、歯がゆさが募るばかりだ。
「それと、ティア殿の件とは別になりますが、最近、ティア殿が失踪したエルドレイン領で薬草の値段が急騰しています。ここ半月のことです。彼女の失踪と関係があるかは分かりませんが、現在調査中です」
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