13. ぶらり村歩き
「これ、受け取れ」
何の前触れもなく手渡されたのは、一着の羽織だった。渡してきたのはマーロウによく似た、小麦色の面差しをした彼の息子のダミアンだ。マーロウより少し小柄な彼は、少し筋肉質な身体つきをしている。彼は冒険者として活動しており、普段は家に立ち寄ることがほとんどないらしい。
彼は以前、私を見た時に、大層訝しんだ。マーロウとヘレナが事情を説明しても、なかなか納得がいかず、彼は未だに私に対する警戒心を解いていないように思っていたのだけれど……
「服? くれるの?」
「やるんじゃない、支払いは後払いでいいってことだ」
支払いとは、金を払うことだ。つまり、彼は後で金を払えと要求しているわけだ。私には今、金がないし服も必要ない。なので、そんな要求は受け入れたくない。
「いらない。金ない。服もいらない」
「ばっか!! いいから受け取れって!!!」
服を押し付けられた。
「いいか! それはな~、封装と言って、着た者の気配を周りの者が察知できなくなる、すんげぇ魔防具なんだぞ! まぁ、中古品だけど。それでも結構な値が張ったんだ!! かなり貴重なものなんだぞ! 手に入れるの、すんげぇ苦労したんだからな!」
封装…… 懐かしい。昔これを着て、王や先王を助けたっけ。彼はどうしてそんな貴重なものをくれるのだろうか。
「お前、そのオーラ抑えられないんだろ? そのせいで接客どころか、店の外も碌に歩けないって聞いたぞ。これがあれば、もっと自由に外を出歩けるだろ?」
その通りだった。私はオーラを抑えられない。魔力の高い者は、幼い時からオーラが漏れ出さないように、マナを安定させる訓練をするらしい。でも、私はオーラを制御できず、非常に目立つ上に人間のものに似ている。
髪は目立つからとヘレナが亜麻色に染めてくれた。それでも、身体から漏れ出るオーラまでは隠せない。そのため、今まで自由に外を出歩くことができなかったのだ。でも、この服があれば、これからは自由に外に出られるんだ!
「ありがとう、ダミアン!!」
「うわっ!!?」
私は感極まってダミアンに抱き着いた!
「は、は、離れろ!!! い、いいか、これは、やるんじゃない! 後払いだからな!!!」
「うん!! 金を貯めたら後で返すね!!!」
私はダミアンに抱き着いたまま、彼の顔を見つめしっかりと約束をする。
「ティナ、いいものを貰ったな」
厨房からマーロウが顔を出す。今までのやり取りを聞いていたようだ。
「おいおいダミィ、お前、顔真っ赤じゃねぇか」
「う、うるせぇ!! その呼び方すんなっ! それとティナ、いい加減離れろ!!」
ダミアンに引き剝がされた。
「いいか、俺がこの封装を渡したのは、おやじの店で人間を匿ってるなんて変な噂が立ったら困ると思ってだなぁ――――」
「はいはい、ダミィは孝行息子だよ。まったく、その割には店は継ぐ気はねぇらしいけどな」
「はん、俺はこんな片田舎で終わる気はさらさらないんだよ!」
喧嘩を始めた二人を横目に見ながら、早速封装を羽織ってみる。うん、着心地は悪くない。
「お、さっそく着てみたのか。そうだな、せっかくだから、少し店の外を歩いてみたらどうだ? 今は店も忙しい時間帯じゃないし、ちょうどいいだろう」
「いいの!?」
「あぁ、ダミィ、お前どうせ暇なんだろ? ティナに村を案内してやれ」
こうして、ダミアンと共に村を回ることになった。初めて見る村の景色にワクワクが止まらない。
ダミアンは、小さくてつまらない村だと言っていたけれど、実際には様々な店があった。服屋、靴屋、宿屋、道具屋、肉屋、青果店、鍛冶屋などが軒を連ねていた。
店を初めて見るわけではなかったが、何を提供する店なのか分からないところが多かった。私はいろいろとダミアンに尋ねたが、彼は親切に教えてくれた。
「お前って、ホント何も知らないんだな」
「前、聖域の外に出た時も世界中の町や村を回ったんだけど、こんな風にゆっくり村を回ったりできなかったから」
「ふぅん、本当にお前が世界を救った天族ならな……」
ダミアンは、私が聖域から来たことや、世界中を浄化したことをまだ信じられないみたい。それでも私に親切にしてくれるのは、お父さんとお母さんのためだといっていた。とても優しい人なんだと思う。
少し歩いていると香ばしい香りがどこからともなく漂ってきた。私はその香りに誘われるようにふらふらと道を歩いていく。
「おい、どこに行くんだ?」
「いい匂いがする!」
見ると、そこには「パン屋」と書かれた店があった。その店の脇には露店があり、「ホットサンド」と書かれたパンを販売しているコーナーがあった。ちなみに、外の世界のことは私が聖域を出る前にルゥイがたくさん教えてくれたので、文字は読める。
「おいしそう!」
美味しい匂いはここから漂ってきていたのだ。私はそのパンをじっと見つめた。
「いらっしゃいませ、何かお求めですか?」
声を掛けられたのは、私ではなくダミアンだ。封装を羽織っている私に、露店の店主は気づかない。
「お前、ほしいのか?」
「おいしそう、ほしい。これってもらえるの?」
そう聞くと、ダミアンは呆れ顔でため息をついた。
「そんなわけあるか。店の物は、全て金を払って購入するんだよ。どれが欲しいんだ?」
「私、甘いものが食べたい」
「甘いものねぇ、この中だとアップルジャムとチョコバナナが甘そうだぞ」
「チョコバナナ! 私、ホットチョコなら飲んだことあるよ。とっても甘くておいしかった! チョコバナナにする!」
ダミアンはチョコバナナとベーコンエッグを買い、露店を後にした。
「これも後払い?」
「ばぁか、これくらいはおごってやるよ」
「おごるって何?」
「払ってやるよ」
額をピンッと指で弾かれた。少し痛かったけど、楽しそうに笑うダミアンを見て怒るのは止めた。
店の前に置かれたベンチに座って、二人でホットサンドを食べる。温かいパンの中で、甘いチョコとクリームが溶けている。さらに、バナナの酸味がちょうど良い感じにその甘さを引き立てていた。
「おいしーーーーい!!!」
「!!? ばっか!!」
私が叫ぶと、慌てた様子でダミアンに口を塞がれた。
「お前~~~!! 大声出すなよな! 周りのやつらに注目を浴びたら、その服着てる意味無くなるだろ!!」
「ご、ごめんごめん。美味しくてつい……」
私たちは辺りを見回したが、特に通行にはいなかったようで、注目を浴びることはなかった。いけない、気を付けないと……
横を見ると、ダミアンはブツブツと文句を言いながら、大口を開けて私とは違うベーコンエッグなるホットサンドにかぶりついている。実に美味しそうだ。
「ねぇ、ダミアン。それ、どんな味?」
「これか? どんなって、普通のベーコンに甘い卵が入ってるだけだよ」
「私のはねぇ、とっても甘くて美味しいチョコバナナだよ。食べていいよ。あげる」
「は?」
「だから、ダミアンのホットサンドも食べてみたい。交換しよう!」
「はあぁぁぁぁぁ!!!」
ダミアンに私のホットサンドを渡して、ダミアンのホットサンドにかぶりつく。なるほど、こういう味か。こっちも美味しい。
「あ、お前っ!!?」
「ダミアン、大声出したら注目浴びるよ」
もぐもぐ食べながらダミアンを注意する、彼は何か言いたそうにしながら、それでも注意深く周りを見回す。先ほどとは違い、通りすがりの通行人がダミアンのことを訝し気に見ている。
「お前のせいだろ! ってか、勝手に人の食いもん食ってんじゃねぇよ!」
先ほどの事を気にしてか、彼は少し声を落として文句を言ってきた。勝手に食べたつもりはないんだけど。
「どうして怒るの? 交換っこだよ。私のも食べてみて。おいしいよ! 二人で食べたら2倍楽しくて、2倍美味しいんだよ!」
「その2倍美味いって、意味が違うと思うけど……」
「ルーシアとね、昔、果実水を一緒に飲んだの。二人だと、1つの味しか楽しめないけど、2つ別々の味を作って二人で飲むの。そうするとね、二人分の味が楽しめるんだよ。二倍美味しかったよ!」
「ルーシアって、王太子殿下の事だろ? 殿下が飲み物を交換なんてしてくださるのか? こんなやり方で交換したら、不敬罪で捕らえられそうだ。それに、ティアに王族の知り合いがいるっていうのも、なんだか信じがたいな」
「ダミアンは、私の話を大体信じないよね」
「話のスケールがでかすぎるんだよ。まぁ、お前が龍族じゃないって話は本当みたいだけどな。その風変わりなオーラだけは本物だよ」
そう言って、ダミアンは大口を開けて私のホットサンドにかぶりついた。
その後、「酒場」と書かれた看板を見つけた。私は興味を引かれて中に入ろうとしたが、ダミアンは決して入ることを許してくれなかった。ここは女が入るべき場所ではないそうだ。そう言われると余計に気になる。今度こっそり来てみようかな……
最後に見たのは「薬屋」と書かれた小さな店だ。そこには様々な植物が天井から吊るされ、瓶の中にも詰められていた。見覚えのある植物が多く、これらが店の取り扱い品だとは意外だった。
「ここは植物を売る店なの?」
「いや、この店にある植物は薬草だ。薬の原料になるんだよ。ここでは、調合した薬やポーションを売っているんだ」
「薬とポーションって何?」
「薬ってのは、病気や怪我を治すための飲み物や塗り薬のことだ。ポーションは薬よりもさらに万能な効果を持つ液体薬剤で、飲むだけでなく、傷口に振りかけるだけでも治療効果が得られるんだ。ただし、作り手が少なくて薬よりも流通量が少ないから、とても貴重で値段も高いけどな。」
「ここにある薬草も全部売り物なんだよね?」
「あぁ。ただ、薬草なんかはそのまま買うより、普通そこの店主が調合した薬を買うぞ」
ルゥイは店で売っているものなら、大体の物は買い取ってくれると言っていた。外に出て、様々なことに挑戦してみたい。私は今後の計画について一人考えを巡らせた。
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