11. 見知らぬ天井
軍の本部にある重厚な扉の一室。そこは、来訪者を威圧するかのような圧倒的な雰囲気に包まれていた。その部屋には、軍の最高司令官である、ウィルター・ドレヴ・マグダルフ元帥が座っている。
屈強な軍人でありながら、整った顔立ちを持つウィルターは、手元の水晶盤を見つめながら、その茶色い瞳を険しくし、眉間に深い皺を寄せていた。
水晶盤に映し出された映像には、無抵抗な少女に3人がかりで代わる代わる暴行を加える様子がまざまざと映し出されていた。その所業は、見るに堪えない不快で胸糞の悪いものだった。
ウィルターの眉を寄せる皺が一層深くなった。彼は両手を額に当て、熟考に耽る。
つい先ほど、人間の国境侵犯が阻止できなかったとの報告が届いた。さらに、侵入者には内通者がおり、かなりの手練れだということが明らかになった。彼らは検問所を破壊し、現在国内で逃走中だという。
事は緊急を要する。非合法の人間による違法入国であれば、一大事である。急ぎ、騎士たちが現場検証を行い、この水晶盤と、侵入者が持ち込んだ荷物の回収に成功した。ただし、現場にいた騎士たちは現在治療を受けているとのことだが……
まさか結界を突破した者があの少女だったとは…… 騎士たちは彼女を人間と勘違いしたようだ。大きな誤解が大きな事故を呼んでしまった。
(この怪我だ、それほど遠くには移動できないだろう……)
ウィルターはそう思いながら、今後の対応を考え始めた。
「急ぎ、騎士を招集しろ! 捜索隊を編成する。それから私は王宮に向かう、事の経緯を陛下に報告しなければ!」
―――
目が覚めると見知らぬ木目模様が視界に入った。それは天井だ。そこには見知った空はなく、ここが室内であることを自覚する。寝台の柔らかな感触が身体を包み込んでいた。
(ここは、どこだろう……)
周りを見回すと、心配そうなリョウの眼差しとかち合った。
「身体、痛むだろ? 大きいののところに戻るか考えたが、ひとまずティアが目を覚ますまで待とうと思った」
「ここどこ? ウゥッッ!?」
起き上がろうとした途端、全身に鋭い痛みが走った。身体を小さくうずくまり、痛みが収まるのを待つ。
「今は動かない方がいい。ここは、安全な場所だ。ティアを治療した龍の人の住処だ」
「私を、治療した人……?」
部屋の奥でカチャリと扉が開く音がした。その方向を見ると、髪を後ろで束ねた小柄な人物が近づいてきた。体格は小柄だが、私よりもやや大きく感じる。その人物は、胸元から膝まで身体を包む白い布地(ティアはその布地をエプロンと呼ぶことを知らない)を身にまとっていた。
「良かった、目を覚ましたんだね。あんた、丸1日眠り続けていたんだよ。それに高熱も出したんだ。今はだいぶ下がったみたいだけど、まだ身体辛いんじゃないかい?」
ずいぶん長く眠っていたみたい。この人は一体…… 私が、黙って見つめていると、目の前の人物は慌ててさらに説明を加えた。
「あ、ごめんごめん。自己紹介が遅れたね。私はヘレナ。ここは私の自宅で、一階では旦那と二人で食堂を営んでいるんだ」
(食堂って何だろう……?)
「あんた、街道で倒れていたそうだよ。隣町に買い出しに行ってたウチの旦那が、帰り道にあんたを見かけて連れて来たんだよ。ひどい怪我だったから、医者に診てもらって治療したんだけど、全治3カ月だって言うじゃないか。一体どうやったらそんな怪我を負えるって言うんだい?」
リョウが話していた、私を治療してくれた人はヘレナのことみたい。悪い人ではなさそうで、私の怪我を心配してくれている。どうやらここは安心できる場所のようだ。私は緊張していた身体から力を抜いた。
「治療してくれてありがとう。私、ティアっていうの。聖域から来たんだけど、この国に入った途端に、この国の人に攻撃されたの。私の事を人間だと思ったみたい。その後、この国に来た理由を説明したんだけど、信じてもらえなくてたくさん打たれたの」
「聖域!!? あんたの横にずっと付き添っている、あんたのツレも聖域の人? なんか透けてるけど……」
「ツレ? この子はリョウ、風の精霊だよ。ここに来るまでずっと私を守ってくれたの」
ヘレナはリョウをまじまじと見た。外の人はやっぱり精霊を見たことがないみたい。リョウが珍しいようだ。私もリョウを見た。私の目には彼は透けて見えないんだけど。
「何か、事情があるようだね。今、旦那は一階の食堂で仕事中なんだよ。昼時は過ぎたから、少し客足も落ち着いているけど、あんたの話は、仕事が終わった後ゆっくり聞くよ。まだ身体も辛いだろうから、それまでは安静にしときな。後で、食事を持ってくるよ」
そう言うと、ヘレナは部屋を出ていった。室内は再び、ヘレナが来る前の静けさを取り戻した。
「良い人だね。食事もくれるみたい」
「ティア、歌えるか? とにかく早く身体を治そう」
「そうだね」
私は怪我をした時に、いつも歌う癒しの歌を歌った。声を張ると腹部が痛むので、声は抑えつつ、それでも気持ちを込めて歌う。歌うにつれて、徐々に身体の痛みが和らいでいき、歌い終わる頃には、先ほどまでの辛さや痛みが完全に消えていた。
「もう、動けるよ」
寝台から起き上がり、身体をぐっと伸ばす。部屋の中を少し歩いてみると、壁に取り付けられた鏡に自分の姿が映し出された。先ほどまで気づかなかったが、身体中に細い布が巻かれていた。
「これ、なんだろう?」
「それは、治療で使ったものだ。怪我をした場所をその布で保護しているようだ」
現在怪我は完治した。私は身体中に巻かれたその布をすべて取り除いた。そして、窓を開けて外を眺めると、すぐ下には行き交う人々と、活気ある会話が聞こえてくる。どうやらここは、人々の住まう居住区のようだ。村なのか、町なのかは分からないけれど。
やることもないので、部屋を出て、少し外を歩いてみることにした。通路の先には階段があり、下に降りるにつれて賑やかな話し声が聞こえてきた。
一階が食堂だと言っていたことを思い出す。室内を覗き見ると、たくさんのテーブルや椅子が並んでいた。いくつかのテーブルには、食事を楽しむ人々の姿があった。
「あんた、動いて大丈夫なのかい!?」
声を掛けたのは、先ほどのヘレナだった。私を見て驚いている。
「もう、怪我は治ったよ。それよりここが食堂? みんな食事してるね」
「あぁ、そうだよ。ここは、特性ウィルド・ラビッドのスチューが名物の、ナザレ村食堂グリーンリーフだ! というか、あんた本当に大丈夫かい? 大怪我なんだよ! 全治3カ月だって言っただろ、寝てなきゃダメだって!!」
私は身体が完治していることを示すために、その場で回転したり、飛び跳ねたりして痛みがないことを証明した。ヘレナは目を白黒させている。
「ほら、全然痛くないよ。ホントに治ったんだってば」
「驚いた、あんた包帯も取っちまったんだね。まぁ、痛みがないならよかったけど…… けど、もし少しでも辛いようならすぐに休むんだよ!」
ヘレナとそんなやり取りをしていると、部屋の奥から大柄な人物が近づき、声を掛けてきた。
「ヘレナ、何を騒いでいやがる! この料理、そっちのテーブルに運んでくれ…… って、おい、あんた、動いて大丈夫なのか!!?」
その大柄な人は、ヘレナと同じような反応を見せる。どうやら、私のことを知っているようだ。
「私も驚いたんだけどね、なぜだか怪我が治っちまってるみたいなんだよ」
「はぁぁぁぁ!!?」
ヘレナは料理を運びながら答える。
「ティア、この人が私の旦那だよ。そんでもって、この店の店主だ。さっき話しただろ、この人が倒れてるあんたを見つけて、この家まで連れてきたんだよ」
「治っちまったってどういうことだ? あんな大怪我をしてたのに?」
「どうもこうもないよ。なんだか知らないけど、痛みもないみたいなんだよ。見たところ、本当に傷も完治してるみたいだし……」
「そんなことが、あるか!? おい、お前、本当に大丈夫なのか?」
突然距離を詰められて少し驚いたけど、私を助けてくれた人だと言っていたから、ちゃんとお礼を言わないと。
「身体は大丈夫、どこも痛くないよ。あなたがこの家に連れてきてくれたの? ありがとう。怪我も治療してくれたって聞いたよ」
「あ、あぁ、治療したのは医者だけどな。俺の名はマーロウだ。ちなみにあんたを運んだのは俺じゃなくて、あんたのツレだよ。最初、あんたを見つけた時、ひどく警戒されて偉い敵意を向けられたよ」
結界を超えてから、あの人たちにひどい傷を負わされた。だからリョウも警戒したのだろう。誰が信用できるのか分からなかったから。
「リョウに攻撃されなかった?」
マーロウはふっと笑い、頭をポリポリと掻きながら隣にいるリョウをチラリと横目で見た。
「あぁ、攻撃はされなかったな。されそうにはなったが……」
マーロウは一拍置いた後、少し考えるように目を細めた。そして、私の顔をじっと見つめながら続けた。
「なぁ、あんた、俺の事覚えてないか?」
そう言われ、私はマーロウの顔をよく観察してみた。彼は、赤茶けた短髪にやや角ばった無骨な顔立ちだが、細く垂れ下がる目元が優しい印象を与える。私はこの顔に、見覚えがなかった。
「知らない。初めて会ったと思うけど」
「そうか…… 60年前になる、その頃はまだこの国が人間の支配下に置かれて、どこの村や町でも人間が好き放題ふるまっていた」
ずいぶん昔の話みたい。私は静かにマーロウの話を聞く。
「この村も例外じゃなかった。その日も俺の店に人間が飯を食いに来ていた。代金なんて払うはずもねぇ。それだけなら我慢できた。だがあいつら、寄りにもよって、店の売り子に手を出そうとしたんだ。俺は許せなかった。今まで我慢していたものが爆発しちまったんだ」
当時を思い出しているのか、マーロウは眉をひそめながら拳を強くテーブルに打ち付けた。
「あの頃は、人間に逆らえば命を落としても仕方がない、それが俺たちの日常だった。俺も例外じゃなく、やつらに逆らった結果呪を発動されてリンチに遭った。その時は、もう死ぬんだと思ったよ」
呪いとは、人間の持つ負のエネルギーを倍増させて、瘴気を発生させる魔道具のことだ。マーロウが苦しそうに拳を握りしめる横で、ヘレナがそっと彼に寄り添った。
「苦しむ俺を、村のやつらは遠巻きに見ているだけだった。助けたら、今度は自分たちがその標的になっちまう、仕方がないことだ。だがその場を、美しい歌が包みこんだんだ。不思議なことに、その歌は光と共に現れて俺の苦しみを根こそぎ消してくれた」
マーロウは一瞬言葉を切り、思い出に浸るように目を閉じた。やがて目を開けて私を見つめるその目には、優しい微笑みが浮かんでいた。
「あの時、首錠を外してくれただろ? あんたのおかげで、俺はまだこうして生きていられる。まぁ、あの後再び首錠は付けられちまったんだが、それ以上の暴行を加えられることも、やっかまれることもなかった。ありがとな!!」
マーロウはニッと笑みを浮かべ、私の手をぎゅっと手を握った。彼の大きな手の平が私の手を包む。ゼーレを出てすぐの村で助けたあの時の人が、マーロウだったんだ。
「覚えてるよ、呪で苦しんでる人を助けたこと。あれ、マーロウだったんだね」
「あぁ、ちなみに、その時人間に手を出されそうになった店の売り子が、ヘレナだ」
マーロウはヘレナの腰に手を回して、親しげに彼女の肩を軽く叩いた。
二人の仲の良さが伝わる。
「私もお礼を言わせて。あの時はほんっとうにありがとう! この国が人間から解放されたのもあんたのおかげだろう? この村にもあんたの歌は届いたよ。あんたが大きな生き物に乗って、村中を浄化してくれただろ? そのおかげで、村にいた人間は呪を発動できず、全員騎士に捕縛されたんだ」
「若い奴らはともかく、俺たちくらいの世代のやつは、みんなあんたに感謝しているよ」
「あんたの顔や髪色は一度見たら忘れない。街道であんたを見かけたとき、すぐに帰って手当したかったんだが、さっきも言ったようにあんたのツレに酷く警戒されたんだよ。俺の素性を話して、絶対に傷つけないと誓いを立てて何とか連れ帰ってきたってわけさ」
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