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09. 国境警備兵

 宮廷の中庭には、多彩な灯りが躍る。華やかなパーティー会場は一夜の輝きに包まれる。豪奢な装いの貴族たちは笑顔で踊り、美食と酒を楽しんでいる。夜空には星が輝き、楽団の音楽が風に乗って響いていく。贅を尽くした宴の場は、まさにきらびやかな夜の始まりだ。


 今から60年前、この国は人間(ヒューム)の支配から主権を取り戻し、解放された。その出来事を祝して、毎年この日には国が主催する「解放祭」という盛大な祭事が執り行われる。王都では、多くの行商人が行き交い、様々な露店が立ち並ぶ。人々も賑やかに行き来し、普段よりも一層華やかな雰囲気が漂う。


 夜になると、王宮では本日の祭事を祝う夜会が開かれ、貴族たちの優雅な笑顔と楽しげな談笑が会場に響き渡る。まるで私の心の内とは正反対のその笑い声に、いつにも増して苛立ちが募っていく。


(何がそんなに楽しい……)


 こんなふうに感じるのは、本来祝福されるべきその人が、この場にいないからだろうか……


 夜会は既に中盤に差し掛かっている。


(もう、帰っても良いだろうか……)


「リセル殿下、一杯いかがですか? 先ほどから何も口にしておりませんわ」


 隣でうっとりと笑む女の存在が煩わしい。香水の匂いが強すぎて、鼻につく。香りがましだから今夜のパートナーに選んだというのに、これでは意味がない。腕にまとわりつく女の身体の感触が、心底不快だった。


「オリヴィア、私は少し席を外す。君も私に構わず、親族や友人などと交流をして来ると良い」


 気取られないよう、さりげなく彼女の手を振りとく。何か言いたそうに口を開く女を無視して、人垣を避けるように中庭に歩を進めた。外であれば幾分か人の視線も避けられるだろう。


 外にはちらほらと夜会の参列者が見受けられるが、さして気にするほどでもない。中庭の中央にある噴水の前に腰を下ろそうと思ったが、そこには既に先客がいた。恋人だろうか、男女が仲睦まじく寄り添い合いながら楽しげに会話をしている。


 私は噴水前の男女を横目で流し見ながら、会場とは反対側の壁に寄りかかった。外では、会場の雑然とした喧騒が嘘のように、月明かりが静かに夜の中庭を照らしている。


「宴はまだ中盤ですよ。こんなところにいらしては、婚約者候補の御令嬢がせっかくの機会を逃してしまいますよ」


 今、絶対に会いたくない人物の一人に捕まってしまった。スウェン・ハヴァッグだ。濃紺の長い髪を肩で流し、柔和な笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる彼は、夜会の際、こうしてどこかに逃げ込んでも、すぐに見つけ出してちょっかいをかけてくる。実に厄介な男だ。


「中盤だろう、もう充分交流した。それに候補というが、どいつもこいつも匂いがきつくて近寄れないんだよ」


「おや、皆殿下のために趣向を凝らし、自らのフェロモンを濃厚に凝縮した最高の香水を身に纏っているのですよ。あれだけ香りが強ければ、お気に召す方が一人や二人、見つかるのではありませんか?」


「気分が悪くなる一方だ。マシだと思っていたオリヴィアからも離れたくらいなんだぞ。私が外に避難した理由を考えろ」


 私がそう言うと、スウェンは肩をすくめてやれ困ったな、と本当は何とも思っていないような口調で嫌味を言った。


「ご覧ください、イリウス殿下を。あんなに多くの御令嬢を侍らせて、楽しげに談笑されているではありませんか。昨年、4人目の婚約者を候補として選ばれたばかりだというのに実にお盛んなことですねぇ」


 イリウスは、私より25歳年下の腹違いの弟にあたる。彼は私とは違って人当たりもよく、魔力もそれなりに高い。ただ、いつもどこか気の抜けたやる気のない印象を与える。本人は王位にはさほど興味がないと公言しているらしいが、本心ではどうだろうか……


「候補を何人迎え入れても、後継を生む素養がなければ意味がない。今あの場に、その素養を持つ者がいるのかどうかも分からないだろう? 数を打てば当たるというものでもないのだから」


「ある程度の数を打たなければ、当たるものも当たりませんよ。まして、リセル殿下は打とうとすらしていません。ご自身の年齢をよくお考えください。いくら長寿の龍族と言えども、結婚適齢期はとうに過ぎていますよ」


 笑顔の裏に、鋭い言葉の棘が見え隠れする。自分でも分かっている。このままではいけないことも、今の自分に求められているものも。


「殿下、まだ待っておられるのですか?」


「…………」


 不意に触れられたくない話題を振られた。スウェンは、私と彼女の関係を知る数少ない理解者だ。彼の言わんとすることは分かっている。この60年間、なんの音沙汰もなかったのだ。今さら再会できるかもなどという、つまらない幻想を抱くつもりはない。


「万が一、この地に再び瘴気が満ちたときには、また会えるかもしれませんよ。しかし、それを防ぎ、この地を守るのが王の役割です。殿下はいずれ、この国を担っていくのでしょう?」


「私は無駄な希望を思い描いたりはしない。今ある現実をしっかり見据えているさ」


「それは安心しました。では、今ある現実をしっかりと見据え、会場にお戻りください。殿下が今すべき最善を尽くしてください」


 嵌められた…… こうなっては戻るしかない。スウェンに促されるまま、再び喧騒の会場へと歩を進める。うんざりする気持ちを今は心にしまい込もう。




 ―――




 目の前に倒れ込む3人の人物を見下ろす。先ほどまで威勢よく私を痛めつけていた彼らは、今は力なく地に伏している。


「リョウ、もうやめよう、還っちゃう」





 国に入るためには結界を超えなければならなかった。そのために、結界をつなぐ塔よりも高く飛ばなければならない。それは昔、ルーシアが教えてくれたことだ。私は結界を越えてバレイスに入ったつもりだった。しかし、結界を越えた途端、三人の人物が私の行く手を阻んだ。彼らが私を止める理由はわからないけれど、どうやら私を人間だと思い込んでいるようだった。


「そのオーラは…… まさか人間のものか!? お前、何者だ!!」


「そのおかしな生き物は何だ!? どのようにしてゼーレを抜け出してきた!?」


「貴様、何が目的だ!!? また瘴気をばら撒くつもりか!!!」


 代わる代わる繰り出される質問の嵐。答える間もなく、雷が私を襲った。息つく暇もなく、風が私を地に薙ぎ払う。地面に激突する衝撃を覚悟して目を瞑ったが、襲ってくるはずの痛みは優しい風に包まれていた。


「リョウ……」


 リョウは龍から人の姿へと形を変え、私を抱きとめてくれた。


「ティアを傷つけた者たちは、罰を受けるに値する」


 突然姿を変えたリョウに、そこにいた3人は緊張した面持ちで私たちを睨みつけた後、彼らは再び電撃の矢を打ち放った。


 リョウは瞬時に竜巻を巻き起こした。土煙が立ち上がり、竜巻に巻き込まれた土と砂が壁となって電撃の矢を阻む。さらに、風の渦から小石を混ぜた弾丸を彼らに向かって放った。


 バキン! ゴツン! と衝撃音が轟いた。


 竜巻はますます大きくなり、彼らを巻き込みながら回り続けた。巨大な竜巻に飲み込まれた彼らは、小石の弾丸の嵐を容赦なく浴びせられた。





 今、目の前に力なく倒れ伏す彼らと、ちゃんと話がしたい。私は彼らの傍まで近寄ると、話しやすいようにしゃがみ込みゆっくりと問いかけた。


「ねぇ、どうして急に攻撃してきたの? 私、人間じゃないよ。ティアって言うの」


 私の問いかけに、その中でひときわ大きな体格をした人物が力なく答える。


「我々は国境警備兵だ。無許可での入国は国際法で固く禁じられている! お前は西部ゼーレから来た人間だな? そんな姿(ナリ)をしていても分かるぞ。美しく姿を変えて我らを油断させようとしているのだろうが、そのオーラが人間であることの何よりの証だ!」


 この人は、私が人間ではないと言っても信じるつもりはないようだ。それにしても、国に入ってはいけないなんてルゥイは何も言っていなかった。どうしていいのか分からず、私は戸惑いを感じた。


「隣の者は種族は分からないが、この人間を手引きしたのだろう? いずれにせよ、違法入国および脱法行為を見逃すわけにはいかない!」


「ティア、どうせこの龍は聞く耳を持たない。構わず行こう」


 リョウの言う事にも一理ある。彼らは私の言葉に耳を貸す気はなさそうだ。今、動けないこの機に飛び立てば、すぐには追ってこれないだろう。


「うん……」


「待て! 先ほどの比例は詫びる。急な攻撃を仕掛けてすまなかった。侵入者は絶対に見逃さないのが、我々国境警備兵の規律であり厳しい決まりだ。ただ、やり方が強引すぎたことは認める。君の事情も聞くべきだった」


 先程とは打って変わって、別の人物が慌てたように口を開いた。


「この近くに検問所がある。そこでゆっくり話を聞かせてほしい。もう決して乱暴な真似はしないと約束する!」


 必死に話すこの人物の様子を見て、まずはその検問所という場所に行こうと思った。そこで話を聞いてもらえれば、国に入る許可がもらえると思ったし、何より彼らとこれ以上争いたくはなかったからだ。


「分かった、そこに行くよ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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